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作者: 青葉かなん
残酷な描写あり
第二十八話 メリアタウン防衛戦
 鳴り響く鐘の音が止んだ時。巨人の沈黙してた機関が一斉に動き出した。歯車の音が聞こえ、関節が動き出す。油が切れている個所も多々見られる巨人は金切り声を上げて稼働し始めた。あれは頭部だろうか、巨人のてっぺんから一度に大量の水蒸気が噴き出した。
 メリアタウンに居る者たちはそれが一体何なのか全く予想が付いていなかった、未知を見上げる彼らの表情は困惑しており、これからこの巨人がどうなるのか、よもや動くのかと見守っているまさにその時に稼働を始めた。民衆はパニックに陥る。商工ギルドや民間軍達が市民の一斉非難を誘導するが街中混乱の渦にある。
 パニックになっていたのは何も市民だけではない、こんな予期せぬ事態に陥った傭兵部隊や城壁の上で大砲を管理している民間兵も何が起きたのか混乱していた。最初に動いたのは巨人の方だった、城壁外に現れた巨人はメリアタウンへと一歩足を動かした、また一歩。ゆっくりではあるがその度に大きな地震が起きる。遠くから見ているレイ達からすればスローモーションでこっちに近づいてくるようにも見える。あまりの恐怖で平静を保てなかった兵士が城壁に設けてある大砲のクランクを回して標準を巨人へと合わせ、トリガーを引いた。

 砲弾は見る見るうちに巨人へと向かい、胸部へと着弾する。一度轟音が鳴り響いた後爆発が起きて巨人が少しだけよろけた。その一発が戦闘の合図にもなった。次々と大砲が発射されていく、曲射弾道で近づくそれは何発も巨人に命中するが余りにも固い装甲に傷はおろかへこみすら付かなかった。

「始まったぞレイ、俺達もいこうぜ!」

 呆然と立ち尽くしているレイ達だったが大砲の音でガズルが我に返る、真っ先に走り出したガズルの背中を追う様にアデルとギズーも走り出す。レイはまだその巨人を見上げていた、一体これは何なのか、なんの目的でここに現れたのか、いや……目的何てないのかもしれない。偶然この場所に現れたのか、まさか本当にミト達を追って来たのか。そんなことが頭の中でグルグルと回っている。そして後ろに居るミト達を咄嗟に見つめた。

「ミトさん、アレが何なのか分かりますか?」
「いえ……いいえ!」

 彼女もまた怯えていた、知らないというがその表情には何か気がかりなものが残っている。

「此処は危険です、直ぐに皆さんと非難してください」
「レイさん、あなたは?」
「僕は今からアレを倒してきます、大丈夫、僕達はこう見えて結構強いんですから」

 そう言うとレイもその場を後にしてアデル達の後を走って追いかける。雨が降り続く中彼女たちはびしょ濡れでその場に立っている、ミラが彼女の元へ近づき震える手を握った。

「姉さん、アレって……」
「分かってるわミラ、覚えていないけど見た事はある。たぶん私達が最後に見た物――」

 二人はそれぞれそう受け答えをした、ミラの右側にファリックが近寄ってきて同じように巨人を見上げた。彼もまたこの巨人を見たような気がしていた。

「オイラも何となく見た気がするんだアレ」

 ここで初めてファリックが口を開いた、ずっとミラの後ろで隠れる様にしていた彼だが決して口が聞けなくなっていたわけではない。その性格が災いしていたのかずっと黙っていた。

「人見知りも大概にしてよねファリック、とりあえずどうすれば良いかな姉さん」
「……もしもアレが私達を追ってきたのならあの人たちに全て任せるわけには行かない、何とかしないと。でもどうすればいいの」

 三人は記憶はないものの、確かにそれを見た気がしていた。こちらへやってくる前、それも最後に見たものとしてイメージだけが脳内のどこかに存在していた。




「どっせぇぇぇぇっい!」

 砲弾が巨人へ無数に飛ぶ中ガズルが巨人の足元に高く飛ぶ、右手に重力球を作り出し振りかぶってそれをぶつけた。だが巨人にダメージが入っているようには全く見えない。巨人の足が動きそのまま弾き飛ばされてしまう。城壁へとまっすぐに跳ね返されてぶつかるとゆっくり地面に落ちようとしていた。だが城壁の石段を左手でつかむとそのまま上へと昇っていく。

「ガズル君大丈夫か?」
「あぁ、でもビクともしねぇぞアレ」

 城壁の上に居た兵士がガズルに手を差し伸べている、それを掴んで最後の段を飛び越え城壁の上へと到着する。右手を見てみると拳の処から流血しているのが分かった。これまで重力球を使っての攻撃でどんなものでも吹き飛ばしてきた彼だったが今回ばかりはあまりにも固すぎる装甲に手を焼いていた。

「痛ってぇな畜生、なんて固さだ」

 ポケットからハンカチを取り出して右手の負傷部分を巻き始める、左手と口でハンカチを縛るともう一度巨人をにらみつけた。眼下にはアデルが走って巨人に向かっていくのが見えた、その後ろにはライフルに法術弾を装填しているギズーの姿も見える。

「アデル! 生半可な攻撃じゃビクともしねぇぞぉ!」

 この雨の中アデルにできることと言えばおそらく剣による斬撃だろう、しかしガズルが先に仕掛けた通り彼の物理攻撃は一切通じていなかった。その中で彼より非力のアデルの攻撃がどこまで通じるのかは不明だ。仮に炎帝剣聖結界ヴォルカニック・インストールを発動させたとしてもだ。おそらくアデルは自分の最大火力で攻撃するつもりでいるだろうとガズルは考えていた。

炎帝剣聖結界ヴォルカニック・インストール

 ガズルの予想は当たっていた、この雨の中炎帝剣聖結界ヴォルカニック・インストールを発動させるだけのコントロールを保持しているのには正直に驚くところだが、その効果がどこまで通用するのか。しかしそれは良い意味で予想を裏切ってくれた。

「合わせろアデル!」

 アデルの後方、法術弾の装填を完了させたギズーが空に銃口を向けた。巨人ではなく空へだ、トリガーを引き発射された弾丸は速度を増して空へと昇っていく。一瞬光を放ったと思った瞬間雲が大きな円状に広がりを見せ青空が顔を見せた。それを見たガズルが一瞬何が起きたのかと目を疑った。次にギズーは素早くスピンコックを行い次弾を装填すると同時に排莢を行った。両手で構えて目標を確認する、ドットサイトを覗き込み巨人へ標準を合わせた。

「ガズル、俺の合図と同時に重力爆弾グラビティ・ボムだ!

 アデルの叫び声がガズルに届いた、そして彼等二人が何をしようとしているのか理解する。ガズルは立ち上がると負傷した右手ではなく左手を頭上に掲げて重力球を作り出す、それも今まで作り出した大きさの何十倍ものサイズで作り出した。一瞬だけ目の前の視界が歪む、かつてないほど巨大な重力球を作り出したガズルだったが体内のエーテル貯蓄量が並程度である彼にとってこの大きさはまさに規格外であるからだ。

「簡単に言いやがって畜生……急げアデル! 長く持たねぇぞっ!」

 右手でずれた眼鏡を掛けなおして巨人を睨んだ、そしてアデルの合図が二人の耳に届いく。アデルは高く飛び上がるとヤミガラスを抜刀し剣先から生じる摩擦熱を何十倍にも膨れ上がらせ巨大な炎を作り出した、それと同時にギズーが引き金を引いて法術弾を発射さえる。巨人の足元に着弾すると弾丸ははじけ飛び中に格納された法術が一気に暴走する。風だ。巨大な竜巻が巻き起こり巨人の体を飲み込んでいく。そこにアデルが作り出した巨大な炎が吸い込まれて行き炎と風は互いに共存するように激しく魅かれあい、巨大な火柱を作り出した。

「「「トライ・ディザスター」」」

 最後にガズルが城壁から巨人目掛けて飛ぶとその巨大な重力球を投げつける。巨人の体全体を包み込むほどの大きさは無かったが巻き起こる火柱と共に巨人の体は重力球に吸い込まれて行った。彼らが行った攻撃は三つ、一つはアデルによる炎法術による攻撃、次にギズーによる風法術弾による竜巻攻撃、そしてガズルの重力球による攻撃。それらは一つ一つの攻撃力としてではなく、三つの複合攻撃による連携攻撃である。
 思いついたのはアデルだ、以前の戦いで一度だけ成功したこの連携攻撃。耐法術障壁アンチ・マジックシールドを使える者には然程効果が無いが、今回の相手は巨大な金属を纏った巨人である。灼熱の業火に焼かれればその分厚い装甲も溶けるだろうと考えたのだ。

「今だ! 撃て撃て撃て撃てぇ!」

 彼らの攻撃を見ていた城壁の上の兵が叫ぶ、それと同時に再び攻城兵器が轟音と共に巨大な弾を発射する。目標は巨大な重力球、吸い込まれるようにそれ目掛けて飛び込んでいく複数の鋼鉄の弾をアデル達はしっかりと見ていた。いくらガズルの攻撃を跳ね返す装甲でも灼熱地獄の中であれば溶けてしまうだろう。そこに飛んでくる鋼鉄の弾、これらもまた吸い込まれたと同時に溶解し中の温度を上昇させる。
 十数発の弾が発射されたのち、ゆっくりと重力球は解けていく。アデル達はこの時点で勝利を勝手に思い込んでいた。それが結果として彼等を絶望させる。
 重力球の一部が解けだすと同時に無傷の姿で巨人の足が出現したのだ、数千度にまで達するあの灼熱地獄を難なく耐え抜き溶解することも無く外傷一つ付くことも無くそれは出てきた。

「アレを耐えるのかよっ!」

 アデルが着地すると同時に炎帝剣聖結界ヴォルカニック・インストールは解除され膝をついた。息を切らし片目で巨人が完全に姿を現すのを目撃するアデル、そこにギズーが降りてきて同じように見上げる。舌打ち一つして濡れた顔を手で抜いた。

「煉瓦だって簡単に溶解させる温度だってのになんて野郎だ」

 その後方でギズーもまた二人同様見上げて愚痴をこぼす、彼等三人にとって現状最大の攻撃力を誇る連携攻撃が全く通用しなかったのだ無理もない。
 再び巨人が動き出した、相変わらず動きは遅いものの着実にメリアタウンへと近づいてきている。城壁の兵士達も先ほどの攻撃を見ての巨人に呆然としていた、そんな兵士の一人に突如として影が落とされた。レイだ、彼は素早くメリアタウン城壁の後方から跳躍すると軽々飛び越えてきてしまった、高さ二十メートル以上の城壁を難なく易々と。その体からは冷気が放出されはじめる。

氷雪剣聖結界ヴォーパル・インストール

 右手に霊剣を構え空中で氷雪剣聖結界ヴォーパル・インストールを発動させた、一度体を後ろに捻って左手から圧縮された風圧を巨人とは反対方向へと発射した。その反動によりレイの体は巨人へと急速接近をし霊剣で切り掛かる。目標は頭部、熱せられた金属板からは熱気が漂い蜃気楼が浮かび上がっている。そこに霊剣を叩きこんだ。

「か……固いっ!」

 その霊剣でも傷を付けることはできなかった。金属同士がぶつかる音だけが響き渡りレイははじき返されてしまう。しかしレイの攻撃はそこで止まらなかった。斬撃が通用しないことを察した彼はすぐさまエーテルを練り始める。体から大量の冷気が放出されると同時に左手には青白い冷気の塊が形成されている。

「ガズル、アデルを担いで飛べ!」

 言われた通りにガズルは隣で息を切らしているアデルを担ぎ上げてギズーのいる後方へと素早く飛んだ、それを確認したレイは左手の冷気を巨人に向けて放った。

絶対零度アブソリュート・ゼロ

 巨人の周りが急速に気温下降し始めた、足元から徐々に氷が形成されては焼けた金属片の温度でそれを瞬時に溶かしていく。それを数回繰り返したのち完全に氷が形成されていく。するとどうだろう、ガズルの打撃もアデルの斬撃も、はたまた数千度の熱に耐えた巨人の装甲版に亀裂は入り始めた。その亀裂は徐々に広がりを見せて体全体がつぎはぎだらけの様に装甲版すべてにヒビが入っていった。その光景をみたガズルが「なるほど」と感心する。

「ヒートショックか、レイの奴めやるな」

 巨人の体を氷が覆うのに一分と掛からなかった、頭部からつま先に至るまですべてが氷漬けになりそこからひび割れた装甲版が見えている。

「こちらレイ・フォワード、支援要請パロット砲四番から七番ダイレクトサポート。目標敵中央」

 無線機越しにメリアタウン指令本部へと伝達を入れた。

「”こちら本部、ダイレクトサポート了解。城壁パロット砲四番から七番打ち方用意”」

 指令本部から城壁の砲台観測主へと伝達が伝わる、弾丸を大筒に装填するとクランクを回して標準を巨人へと合わせいつでも発射できる体制を整える。この間僅か五秒程度。未だ空中に浮いているレイのすぐ脇をすり抜けるような砲台もあるが構わず命令が下る。

「”打ち方はじめ!”」

 その命令と共に一斉に発射された、ほぼ同時に発射された大砲からは咆哮にも似た音がメリアタウン全体に鳴り響くほどの大きさで広がる。発射時に重砲から煙が立ち上り周囲に硝煙の匂いが充満する。
 四発がほぼ同時に巨人を覆う氷に着弾した、分厚い氷だったが大砲の破壊力により氷全体へと亀裂が生じた。亀裂は瞬時に広がり轟音と共に崩れ巨人の体を覆う装甲と共に破壊した。

「嘘でしょっ!?」

 粉々になって破壊された装甲、その奥にはもう一枚の装甲が見える。そちらは無傷のままであった。灰色で無機質だった外装とは違ってこちらは黄金色に光る合金で出来ている。全体がやや丸く形成されていた外装は言わば鎧でこちらが本体であった。
 分厚い装甲が剥がれ巨人が身軽になる、先ほどまでの遅い動きから一転素早い動きへと変わっていく。真っ先に狙われたのは目の前にいたレイだった。巨人の顔が露になると瞳の部分が赤く光りそこから光が飛んでくる。

「っ!」

 とっさに霊剣でその光を防ごうと前に構えた、飛び出してきた光は霊剣に当たるとレイ共々を地面へと弾き飛ばしてしまった。あまりにも予想外の攻撃にレイは一瞬何が起きたのか理解できなかった。またそれを見ていたアデル達も同様に巨人が何をしてきたのかが分からなかった。
 弾き飛ばされ地面へと吹き飛ばされてしまったレイは直ぐに起き上がると再び霊剣を構える。先ほどの二倍程度の速度でメリアタウンに近づいてくる巨人に対してもう一度同じ法術を使おうとエーテルを練る。だが巨人はそれを許しはしなかった。
 先ほどと同じ光をレイ目がけて発射した、法術を唱えていたレイはその光を防ぐことも避けることも出来ないでいる。そこへガズルが飛んできてレイを蹴り飛ばした。直線状に何もなくなった光はそのまま地面へとぶつかり爆発を起こす。

「アレに当たると不味いな」

 爆発の衝撃で二人とも別々の方角へ吹き飛ばされてしまった、レイは巨人の足元へと吹き飛ばされガズルはその反対方向、つまり元の場所へと吹き飛ばされてしまっていた。仰向けで倒れたレイの目に飛び込んできたのは巨人の足の裏だった。即座に起き上がると体制を崩したまま後ろへと飛ぶ。が、巨人の足が振り下ろされた時の風圧でもう一度吹き飛ばされてしまう。今度はアデル達の元へと帰ってくることになった。

「た、ただいま」
「おかえり……じゃねぇよ! どうすんだこんなの! 絶対零度アブソリュート・ゼロとトライ・ディザスターのコンボも通用しねぇとかレイヴンなんかよりよっぽどやべぇぞ!」

 お道化たレイの言葉にアデルが切り返す、だが事実その通りだった。彼らが今まで戦ってきた中でも屈指の強さを誇るこの巨人、動きは速くなるし攻撃方法も変わってきている。特に目から発射されるあの光が難ありなのは言うまでもない。そうこうしている内に巨人は徐々にこちらへと近づいてきている。

「何だ?」

 メリアタウン城壁まであとわずかで手が届くという処で巨人の動きが突如として止まった、すると胸部の装甲が中央から分かれて横に開いた。中に城壁に設置してある様な砲身が見える。ソレに真っ先に反応したのがギズーだった。彼の記憶の中からそれと似たような重砲を探し出すがどれもこれも一致しない。そもそも砲弾を込めるだけの大きさはある物の平べったい形状をしている。
 次第に巨人はその砲身をレイ達へと向けるべく状態を傾けてきた、すると方針は赤く光り輝きだし始めた。

「やべぇのが来るぞ!」

 ギズーの予感は的中した、赤く輝きだしたと思った直後先ほどレイ達を狙った光より巨大な光がレイ達に向けられて発射された。咄嗟の事で彼等は逃げることが出来なかった。

絶対零度アブソリュート・ゼロ

 着弾する寸前、本当に直前のところでレイが絶対零度アブソリュート・ゼロによって巨大な氷の防壁を作り上げた。アデル達は手で目を覆い避けるしぐさをしていたが自分達が無事なことに違和感を感じて手を退かす。
 作り上げられた氷の防壁は光の直撃で破壊と形成を繰り返しながらなんとか耐えている状況だった。だが本来絶対零度アブソリュート・ゼロの使用は氷雪剣聖結界ヴォーパル・インストールを発動させながらの法術である、まだレイのエーテル残量は残っているもののこの状態が長く続けばこの防壁が崩れるのも時間の問題である。レイは何とか三人だけでも逃がそうと試みたが光があまりにも巨大であるがため四方八方を包み込むようにして防壁を囲っていた。

「ヤバイ、持たないっ!」

 破壊と構築を続ける氷の防壁は予想以上にレイのエーテルを消費させている、徐々に構築が甘くなり破壊される部分が多くなってきていた。それに比べ巨人が放つ光は一向に衰えることを知らない。

「レイさん!」

 突如レイ達の後方から女性の声が聞こえてきた、聞き覚えのある声にレイはその正体がミトだと知る。

「駄目だミトさん、逃げて!」

 だがレイの声は届かなかった、地面と城壁が破壊される音でその声はミト達へ届くことは無かった。ミト達が彼らの元へと走ってやってくる、その手には各々の武器が握られている。

「姉さん、あそこ!」

 ミトの隣を走っていたミラが巨大な氷の塊を見つけて中に居るレイ達四人の姿を微かにだが捕らえた。だが彼女たちがそれ以上近づくことはできなかった。城壁が崩れて彼女たちの前に落ちてくる、道を塞がれた状態の彼女達は迂回を試みようとするが左右にも瓦礫が落ちてきて前に進むことが出来なくなってしまった。
 ちょうどその時、巨人から発せられる光が一段と大きさを増す。一回り大きくなった光の柱は容赦なくレイが作り出す氷の防壁を破壊し始める。その衝撃は奇しくもミト達の前に塞がっていた瓦礫を吹き飛ばす形になる。彼女達はギリギリの処で耐えているレイ達をその目ではっきりと目撃した。その瞬間――。

「あ……っ!」

 突如ミトの目の前が真っ白になった、そして次々と記憶にのない光景が浮かんでくる。それらは今目の前にしている情景と偶然にも酷似していた。またほぼ同時にミラとファリックも同じ景色が鮮明に浮かび上がってきていた。記憶を失っているはずの彼女達に一部の記憶が瞬間的に呼び起こされる。
 頭が割れそうなほどの痛みが彼女達を襲った、だが頭の中に浮かび上がるイメージは止めどなく湧いて出てくる。見知らぬ人、見知らぬ場所で彼女たちは戦っている。その相手こそが目の前に立ち塞がる巨人に見えた。

「思い出した、アレは――」

 確かに見た記憶がある巨人と、現状レイ達が置かれている場面。それらは以前彼女達三人が目撃した状況に酷似している。そして自分達もまた戦っていたのだと思い出す。それが一体何時で、何処で、何の目的で戦っていたのかは分からない。しかし、確実にそれは敵対していた。

「アレは、私達を追ってきた『ガーディアン』」

 無意識のうちに彼女の左手にエーテルが注ぎ込まれて光の球体を作り出していた。それを宙に放ると右手に持っている杖で叩く、衝撃が加わった瞬間光の球はいくつかの小さな光の弾丸へと姿を変えて拡散しながら巨人の顔へと飛んで行った。それと同時にミラがレイ達の元へと走った。槍を左手に持ち替えて右手にエーテルを集中する、作り上げられたのは風、それを地面に叩きつけるとミラの体がフワッと浮かび上がった。

「ファリック、ダイレクトサポート宜しく!」
「了解っ!」

 崩れていく瓦礫を走りながら無事に残っている城壁上部へとたどり着いた。ほぼ同時刻にミトの光の弾丸が巨人の顔に直撃し少しだけ後ろへとのけ反った。
 次にミトはもう一度エーテルを練り上げ始め光の球を作り出し、それを巨人が放った光の柱の中に居るレイ達目がけて放つ。氷の防壁に囲まられている彼らの元へ届くと光の球は弾けて彼等四人の傷を癒し始めた。高度な回復法術である。
 ぐらついた巨人が城壁に居るミラを発見すると右腕を振り上げてミラ目がけて薙ぎ払う。だがその腕はミラへと届くことは無かった。一発の銃声が聞こえたその時巨人の腕に弾丸が着弾すると軌道をずらしてミラの手前数センチの所を掠めていった。

「ナイスコントロール」

 ミラがニヤッと笑うと振り下ろされた腕に飛び乗った、そのまま巨人の上部へと走りだし頭部を目指す。
 二度の攻撃を受けた巨人は完全にバランスを崩しレイ達に向けて発射されていた光の柱が彼らの元からずれて直ぐ近くの城壁へと直撃し破壊していく。

「レイさん!」

 彼らへの攻撃がずれたのを確認したミトが四人に向かって走り出した。レイもまた攻撃が止んだことで展開していた氷の防壁を解除する。防壁の幅残量僅か数センチ、間一髪である。

「ミトさん、何で――」
「話は後! 今はアレを倒します」

 消耗しきったレイに彼女は自信のエーテルを分け与える、それを見たアデルが驚愕した。契約も無しにこんな高等法術が使える事に驚いたのだ。

「あんた、一体何者なんだ」
「だから話は後って言ってるでしょ!」
「あ、はい」

 ガズルとギズーもまた驚いた、先ほどまでのミトとは全く持って別人だったからだ。あの大人しそうだった彼女がアデルをも言い負かすほど強気で啖呵を切っているのだ、これにはレイもキョトンとしている。

「これで動けるはず、今はここから逃げて。巻き添えを喰らうわよ」

 レイの手を取って走り出した、それに続けてアデル達も急いでその場を後にする。全速力で城壁内へと向けて走る彼等。そこにアデルがまた口を開いた。

「なぁ、巻き添えってなんのだ?」

 アデルの質問に対してミトは振り向かずに開いている手で巨人の頭部を指さす。そこには登り切ったミラの姿があった。槍を巨人の頭上遥か上空へと投げるとすぐさま詠唱に入る。長い詠唱を唱えながらエーテル巨大に練り上げていく、その体からは剣聖結界時に放出される具現化されたエーテルのオーラが姿を現した。彼の頭上に上昇気流が発生し分厚い雲を形成していく、その雲の中では静電気が発生しそれが巨大な雷鳴をとどろかせる。長い詠唱を唱え終わったミラは目を開きその場を飛んで槍を掴みさらにその上空へと槍を投げ飛ばした。

雷帝魔槍撃ライトニング・ダッシャー

 放り投げた槍に雷が直撃した、避雷針の役割を槍が果たしそこから一直線に雷が巨人へと降り注いでくる。槍に直撃した時ミラがエーテルを槍に注いでいた為雷はその威力を増大し巨大な落雷となって巨人にぶつかった。

「これの巻き添え!」
「巻き添えって、あんたの弟巻き添えになってんじゃねぇか!」

 アデルは振り返り巨人を覆いつくすほどの巨大な落雷を目撃した、今までこれほどまで大きく巨大な雷を見たことなかった彼は思わず顔から血の気が引いた。もう少し逃げるのが遅かったら自分達もアレに巻き込まれていたのかもと思うとぞっとする。もう一度巨人の頭上に目をやるとあの雷の直撃を受けても平然としているミラが槍を回収して巨人の頭上に降り立っているのを見た。

「大丈夫、自分の攻撃位自分で防げるからあの子」

 その言葉通りミラは涼しい顔をしている。雷の直撃を受けた巨人は心臓部に巨大な電圧が掛かりその動きを止めている、ようやく安全な場所まで逃げてきたレイ達は振り返って巨人を見上げた。先ほどまで暴れまわっていた巨人が動かなくなったのをその目で見て終わったと感じ、肩の力を抜いた。しかし――

「まだよ、『アレ』にはもう一段階ある」

 勝った、そう確信している四人に対して水を差す様にミトが現実を告げる。その言葉通り巨人の目は再び赤く光りだして各接続部分から火花を散らしてもう一度動き始めた。
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