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作者: 犬物語
暗殺者の心得:窮地
暗殺者は暗殺が専門だもの、戦闘訓練なんて基本しないのよ、たぶん、おそらく、きっとそう
「ひぇッ!」

 切っ先が鼻先をかすめていく。
 もう少しで薄切りグレースちゃんの完成だったぜ。
 っていう冗談はさておき。

(っべー当たってたら完全にイッてたわ、やっべー)

 片方の剣が通り過ぎたら別角度から別の太刀筋。それに対応しようとしたタイミングでさらに別の角度から切っ先が突っ込んでくる。

 訓練でよくやらされた図だ。この時のオジサンは容赦ない。反撃のスキを与えないほどの猛攻を繰り広げてきやがります。なぜこのような戦闘をやらされてたかと言いますとぉ、えーっとなんだったっけ。

(暗殺者が戦闘・・という行為をしなければならないタイミングといえば?)

 それは、暗殺に失敗して戦わなければならなくなった時でーす。さんざん教え込まれたことばが脳裏に蘇ってくる。

(暗殺者は相手の領域深くへ忍び込み、対象ただひとりを仕留める。隠密の気配を察し刃を退けられる者の技量は?)

 達人級でーす。

(暗殺に失敗した時の暗殺者の立場は?)

 相手陣地に孤立してまーす。
 逃げ場ないでーす。
 その上達人級の相手に見つかりましたー。

「ではどう戦うぅうう!」

 オジサンの一閃。すぐさましゃがんで頭上に心地よくない風を確認。背後の枯れ木が伐採され無常に倒れていく。

 その正体は霧だというのに、オジサンの姿はまるで生き写しであるかのようにこ再現されていて、カラーリングも人肌に衣装すべて再現されている。見た目はともかく動きまでコピーしてほしくなかった。

(っていうか手加減して! ビーちゃんたちそんな強くなかったじゃん!)

 みんなの強さは、フラー到達までのそれとほぼ同レベルだった。つまり今のわたしにとってはそこまで強く感じなくて、自分自身のレベルアップにほんのりうれしさを感じちゃったりするのです。

 けどこのイジワルオヤジは違う。あの訓練の日々と同じ、わたしが「イケる!」と思ったトドメの一撃を「ほう、いい太刀筋だ」とか抜かしてあっさり受け止める系。オジサンとの訓練で染み込んだ高すぎる壁の記憶。それが今、わたしの脳裏を支配していた。

 っていうかどんどん強くなってる気がするんだけど?
 ぜんぜん勝てるイメージ浮かばないんだけど?

「これじゃ逃げらんないじゃん!」

 追い詰められた暗殺者の選択肢なぞこれ一択である。なぜなら多勢に無勢の状況で戦おうなんて思考回路があり得ない。集団でボコられ燻製になるのがオチだ。でなければ捕まって拷問かけられその先にあるのは「おまえがおにくになるんだよ!」ルートだ。

 達人の猛攻をかわし姿を消す。

 これはその訓練。スキあらば攻めてもいいけど基本は逃げる。だからそれ実践したんだけどこいつ消えてくれないのおかしくね?

(ってことで、現在レッツキルモードに移行しております)

 なお苦戦中。背中に目ぇ付いてるんじゃね? ってくらいスキがねーし。っていうかさ、あれオジサンとはいえ霧なんでしょ? 武器も霧だよね。いくら投げても無駄遣いにならない的な。そんな武器あったらいいなぁ。

(あのオジサンもどきも仕掛けてきたり? ってそんなこと無いかあはは――ッ!)
「うわひゃあ!」

 マジで投げてきた!
 剣が霧となって消えた!
 オジサンの手から剣が生えた!
 すごい! イメージどーりのイリュージョンだ!
 じゃなくて。

(それヒキョーでしょ! ぜったいウソだよオジサンそんな戦い方したことないもん!)

 さすがニセモノ。戦闘中まったくしゃべらないのもニセモノの証だ。だってホンモノのオジサンだったら「スキだらけだぞ、ほらもっと足を動かせ」とかいろいろうるさいもん。

「グレース!」
「え?」

 ふいに頭上からの声。わたしは見上げた。するとどうだろう? 霧に覆われた世界のなかに一筋の光が差し込んでいるではありませんか。

「聞こえるなら返事して!」
「ドロちん!」

 わたしは上に向かって叫んだ。

「ドロちん早く出して!」
「時間がないわ、黙って話を聞いて!」

 時間がない? それってどういうこと?
 問いかける前に、ドロちんが早口でまくしたててきた。

「ソイツはふたつの魔法でアンタを襲ってるわ。ひとつは幻覚魔法と、もうひとつは空気中の水分に魔法をかけて虚像を作り出す能力よ」
「え? は? へ?」

 なにそれわかんない!

「理解できないでしょうから、とにかく実体のある幻をつくる能力だと思って」

 おけ、把握した。

「問題はその幻覚よ。そいつはアンタの記憶を元に幻を作り出すわ。だから虚像はアンタがよく知ってるヤツが選ばれるけど強さは違う」
「ふぇ?」

 マジで?
 オジサンめちゃくちゃつえーけど。

「そいつはしょせん虚像なの。見た目、動き、クセ、ぜんぶアンタの記憶にあるヤツ。だから強さもアンタがイメージした強さになるわ。つまり――」

 ここが肝心ですよ、とでも言いた気にタメをつくるドロちん。

「アンタが強いとイメージすればするほど、今アンタの目の前にいる幻も強くなるってことよ!」
「あぁぁそうか」

 なるほど、どーりで。
 ビーちゃん、スプリットくん、サっちゃんはかるく退けられた。
 わたしが強くなったからじゃない。

 それは今のわたし・・・・・なら・・軽く倒せる・・・・・というイメージの中で戦ったからだ。

 でもオジサンに対しては違った。
 訓練中に見せた底の見えない強さ。
 それに引っ張られて、今もどう戦えばいいかわからないままでいる。

(えっへへ、こんなんじゃオジサンにどやされるなぁ)

 まだ過去の私すら倒せないのか? って。

「心を強く持ちなさい! そうすれば勝てるわ!」
「グレース、がんばってくださいな!」
「耐えろ、もう少しで魔法を無力化する」
「みんな――ッ!」

 霧の身体、霧の剣による一撃を手持ちのナイフで受ける。

 本来戦闘用でないそれは、けどオジサンの重たい一撃をしっかり受け止めてくれた。それと同時に俊足すごくはやい発動。背後にまわって速度重視の連撃。

(あは、身体が軽いや)

 アドバイスをもらったから? ううん、ちがう。

(みんながいるから!)

 なんだかんだでオトモダチ想いなドロちん。
 大親友のあんずちゃん。
 やさしく見守ってくれるブッちゃん。

 みんながわたしを助けようとしてくれている。
 フラーでオジサンたちと別れて、しょーじき寂しかった。
 けど今はみんながいる。みんなと旅してる。
 うれしい、たのしい、もっとわいわいしたい。

(そりゃあ、たまーに懐かしくなるけど)

 でも、ごめんねオジサン。
 今のわたしは、今ここにいる仲間のほうが大事だと思ってる。
 だから、ごめん。

「ヤるよ、オジサン」

 迷ってらんないのよ。
 わたしは地面を蹴った。
 オジサンに肉薄した。

(ほんとだ、わたしの気持ちひとつでぜんぜんスローに見える)

 両手剣の弱点。片手持ちによるパワー低下、大ぶりになりガチで、二刀目が短刀でなければ懐に入られれば終わりだということ。いまのオジサンが典型的な例だ。

「スキル、鋭利するどい

 わたしはナイフを研いだ。どーせニセモノなら、ついでにオジサンに対してむくむくしてたストレスぜんぶぶっ放してやろうと思って。

(いつもイジワルばっかしてさー。よく噛んで食べろとか寝袋を雑に扱うなとかいちいちうるさいんだよーそのクセ洗い物テキトーだし、あーそうそう、薪つくりででた木くずそのままにされると困るんだよねー焚き木の火が燃え移るかもしれないし、いっつもビーちゃんが片付けてたじゃん。あといろいろあるけどまあいいや。とりあえず何が言いたいかというと)

「ありがと」

 わたしはナイフを突き立てた。

「それでいい」
「え?」

 声が聞こえて、わたしは見上げた。

「お前は、お前の今と大切にしろ」
「……おじさん?」

 オジサンが笑ってるような気がした。
 これはまぼろしだ。
 自分の記憶が産み出した幻。
 この声もことばもぜんぶわたしが言わせたことば。
 でも。

「ありがとね」

 最後まで説教くさいけど。
 いちどナイフを引き抜く。

 そしてもう一度、こんどは心臓めがけて深々とナイフを突き立てた。

「ん?」

 辺りに光が満ちる。周囲の霧がそれに反射し、泡となり消えていく。気付いた時には、周囲の景色はもとの荒野へと戻っていた。

「グレース、無事ですか!」

 駆け寄る甲冑の音。ふと見ると、心配そうな表情をしたあんずちゃんがこちらに近づいている。

「あんずちゃん」
「グレース!」
「わっ」

 重量級の身体がのしかかる。それでも親切なあんずちゃん、しっかりこちらに体重がかからないバランスを維持してくれた。

「心配しましたわよ! グレースだけずっと霧の中にいるのですから」
「まじで? どんくらいかかったの?」
「それはわかりませんけど、もうとにかく心配でしたの!」

 抱きつく親友。その感触は甲冑なのでカチカチだったけど、その心はとてもヒートアップであたたかい。

「ありがと、ごめんね」

 あんずちゃんの首に腕をまわした。そうだ、今はビーちゃんでもサっちゃんでもなく、あんずちゃんにたっぷり抱きつこう。ついでにドロちんにも。

「やめろ」
「あう」

 とんがり帽子と杖に阻まれた。くそぅ、今のドロちんはツンツンモードだ。

(あん?)

 ちがうなぁ……あれはお怒りモードだ。

「何のつもりかしら?」

 かろうじて社交口調。その矛先は未だ晴れぬ霧の中へ向いている。ブッちゃんもある種の警戒心をもってそこを睨みつけて、わたしはその他面々といっしょに訝しげな視線を向けるだけ。

「何のつもり、はこちらのセリフだな」

 極めておとこ口調。低く押さえてるけど女性の声だ。

「オーサイトという名で呼ばれている……魔王に用があるそうじゃないか。目的はなんだ?」

 霧の中から現れたのは、ひとりの女魔族だった。
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