伝統工芸品
自然豊かすぎて何でも揃ってそうな町、テトヴォ
「もう出てくのか」
荷造りを終えたサンダーさんが言う。わたしたちは在庫があるので必要最低限の荷物しか持たないけど、サンダーさんはあやしい緑のローブにやたら収納しつつ、さらにテトヴォで新しい分厚い収納ケースまで購入してた。
こっちで預かりますわよ? そんなあんずちゃんからのありがたいお言葉を、サンダーさんは「手元にないと安心できない」とキッパリ。気持ちはわかるけど、長旅にそのお荷物は酷でございますわよ? サンダーさんの年齢であればなおさら。
(ま、気持ちはわかるけどね)
わたしも仕込み武器いろいろあるし。そもそも、異空間に収納した道具がどうなってるのか知らない。でも信頼できる人からのプレゼントだし、収納してる間に消えちゃった! なんてことは起きないと思う。
わたしはブッちゃんのお肌よりまっくろくろすけなわんちゃん、ジーニアスのことを思い出しつつ部屋を出た。
「皆用は済ませたな?」
ブッちゃんが最後の確認を促し、みんなが問題ないと顔で応える。
この日のために、みんな個々でお世話になった人へあいさつ巡りをした。ブッちゃんとサンダーさんは教会の人たち。あんずちゃんは防具屋さん。ドロちんはわからないけど、たぶん魔法屋さんとかそこらへん。
わたしは漁船の人たちに会いに行った。
たくさんの感謝のことばと、たくさんのおさかなさんをもらった。思わずその場で食っちまおうと悪魔が囁いてきたけど、わたしは精一杯の理性と涙と唾液で在庫を展開し、冷凍保存可のすばらしい異空間にそれらを放り込んだ。
そうそう、みんな出会ったころより笑顔になった。ううん、はじめからそうだったけど、今はムリしてないというか、ほんとに、心の底からの笑顔というか、まあそんな感じ。聞くところに寄ると、国に納める税金が減って安心して生活できるようになったんだって。
そうそう、例のにーちゃんが哪吒をプレゼントしてくれたんだ。
マキリ包丁? っていうんだって。いろいろな用途に使えるし収納性バツグンでけっこー便利。おんなの子にナイフをプレゼント? と思ったら、彼はちょっと照れくさそうに「本業は忍者だって聞いたから」と……いつ知った? 教えた覚えないんだけどなー。
獲物を仕留めるには切れ味が足んないけど、彼は彼なりに、わたしに必要なものを考えてくれたんだなーって。それが嬉しくてめっちゃ感謝した。切れ味のほどは実践で確かめるとして、キミとの縁は斬らないから安心してね。
「はーいみなさーん。出発の前に寄っときたいトコがありまーす」
楽しみは最後にとっておこうと思って。
きょとんとするみなさまを差し置きまして、わたしは先頭に立ちパーティーを先導していく。
目指すはテトヴォの隅っこのさらに奥。裏通りを二度三度曲がって、人気のないその果てにあるボロボロのお宿。
「お前ら、今日テトヴォを出るんじゃなかったのか」
中に入ってお出迎えするのは、筋骨隆々でミリタリーな土と緑の迷彩ズボンが似合う異世界人、ティッくんだった。
「まさか、もう一泊ここに泊まるなんてことはねーよな」
男性にしては長めなまっくろい髪の毛。それを無造作なオールバックにしつつカウンター越しに話しかける。スポーツマンみたいな濃ゆい顔でレセプションやってるの違和感しか感じないわ。
「ひっさしぶり!」
「昨日ぶりだな」
今はカウンター越しで、白シャツと灰のジャケットというワイルドな姿を見せる。まっくろい瞳にグレースちゃんの姿を映しつつ、彼は呆れ口調でものを言った。
「用もねーのに毎日来やがって。それなら金落としていけよ」
「えへへ、ごめんって。でもさ、わたしがちょこちょこ来るようになったからお客さん来てくれるようになったでしょ?」
「それはそうだな」
(フッ、計画通り)
たまに訪れる旅人や冒険者ギルドっぽい人たちを、それとなーく「こっちに安い宿があるんだよなー」つって誘い込む作戦、大成功だぜ。
「評判は上々ですの?」
「おかげさんで。そっちの坊さんが世話してくれたおかげでだいぶ良くなったってじーさんが言ってたぜ。ありがとな」
「大したことではない。こちらもそれを条件に宿泊費用を抑えてもらったのだから」
「こんな安宿をさらに値切るだぁ? ったく商売上手だな」
と、宿泊中の冒険者らしき人物が階段から降りてきて、ティッくんに何かを注文した。気前よく返事したティッくん。さてと、と意気込みカウンターの下をごそごそ探る。
「ずいぶんフレンドリーな接客ね」
「こんくらいがちょーどいーんだよ」
ドロちんのツッコミをかるくいなしつつ、ティッくんは酒瓶とグラスを用意した。
「ちょっと行ってくらぁ。何もねーけど、待つならそこのテーブルを使ってくれ」
「かたじけない」
(……幸せそうだね)
階段を登っていくティッくんを見送り、わたしはそんなことを思った。
これはむりだなって。
本当は旅に誘うつもりだった。オトモダチとしていっしょに旅しましょ? って。
でも、彼と老夫婦が語り合う姿を見たら、あんな満開笑顔のティッくんを見たら誘う気になれないよ。彼らの仲を引き裂くような気持ちになるし、何よりティッくんが断るだろうから。
「あぁーあ。いいタビトモになれると思ったのになー」
「何よタビトモって」
「いっしょに旅するオトモダチ」
「ウチはそんなのになった覚えないんだけど?」
「まぁまぁそんなこと言わずに」
「こらっ、離れなさいよ!」
ロリっ子魔法使いにのしかかりグレースちゃん。黙ってればお人形さんのような可愛さ、愛で甲斐あるロリちんなのだ。
「……いこっか」
ひとしきり身体をまさぐった後、わたしはぽつりとそう言った。
「いいんですの?」
「うん」
心配そうにあんずちゃんが言う。マイベストフレンド。たぶん、ここに来たわたしの思惑にも気づいてると思う。
「未練がましいのもアレじゃん? ずっとこの場にいてもジャマにしかなんないし、それぞれの旅路を進んでいくのがいいかなーって思うんだ」
「そうですわね」
「異世界人の都合なんか知らんが、会いたけりゃいつでも会いに行けんじゃねーのか? そのスキルとやらで」
「スキルはそこまで万能ではない。だが、望めばどこへでも瞬間移動できる魔法があると聞いたことがある」
「テレポートなんて幻想よ。せいぜい数百メートルがいいトコだわ」
「へー」
イスを元に戻し、わたしたちは宿の扉を開ける。ティッくんが新しいのを取り付けたのか、以前あったそれではなく、新しい木材を使った頑丈なものに変貌していた。小気味よい音をたて閉められる扉。外の空気をめいっぱい吸い込んで、わたしたちは新しい一歩を踏み出していく。
「おい!」
太い声。振り向くとティッくんが老夫婦と並んでそこにいた。
「世話になったな。いつでも帰ってこいよ。そんときゃ安くしてやるぜ」
異世界人はデカい身体を堂々と見せつけ、老夫婦はしわがれた笑顔。こころなしか、以前見た時よりとても健康的で若返ってみる。
「覚えておこう」
「言ったんだから約束は守ってよね。それまでに、少しはマシなつくりにしておきなさいよ」
「当たり前だ。テメーらが泊まったホテルより豪勢にしてやんぜ……それとグレース!」
名指し。わたしは元気に声を返した。
「なーに?」
「ありがとよ!」
「え? うわっ!」
なんかポイって投げられた。
キャッチあんどリリー、いやしない。
「なにこれ」
木彫りの……ひつじ?
「テトヴォの伝統工芸品だ。腹が減ったらそれ見てごまかせ!」
「ありがとー! これ食べれる?」
「んなわけあるか!」
「ジョーダンだよ!」
さすがのグレースちゃんだって木は食べないよ……たぶん。
「じゃーねー!」
別れは淋しい。
けど涙の別れとは限らない。
どっちも笑顔でさようなら。
そして、わたしたちの旅は続くのだ。
「東の山脈を目指す。もうすぐ国境だ」
「はぁーあ、この年で山登りを経験するとはなぁ」
「イヤなら置いてくわよ」
「ドロシーさん、お年寄りは労ってあげないとダメですわよ」
「まだそんな年じゃねーんだけどなぁ」
テトヴォを飛び出し、わたしたちは山のほうへと歩き出した。
地図を広げたブッちゃんが先導する。サンダーさんがローラーつきのバッグを引き、あんずちゃんとドロちんがそれに続く。すこし歩いて、テトヴォが遠くなってきたところで、わたしはふと町並みへと振り返った。
草原に包まれた山麓。
美しい青が押し寄せる港。
すべてがキラキラ輝いている。
「また来るよ、ティッくん」
「グレース、どうしました」
「なんでもなーい!」
ルームメイトの声で振り向けば、こんどは山頂を白く染め上げた山脈が迎えてくれる。そのスケールに圧倒され、感動し、それに包まれたいと願って、わたしはなだらかな坂を駆け上がっていった。
荷造りを終えたサンダーさんが言う。わたしたちは在庫があるので必要最低限の荷物しか持たないけど、サンダーさんはあやしい緑のローブにやたら収納しつつ、さらにテトヴォで新しい分厚い収納ケースまで購入してた。
こっちで預かりますわよ? そんなあんずちゃんからのありがたいお言葉を、サンダーさんは「手元にないと安心できない」とキッパリ。気持ちはわかるけど、長旅にそのお荷物は酷でございますわよ? サンダーさんの年齢であればなおさら。
(ま、気持ちはわかるけどね)
わたしも仕込み武器いろいろあるし。そもそも、異空間に収納した道具がどうなってるのか知らない。でも信頼できる人からのプレゼントだし、収納してる間に消えちゃった! なんてことは起きないと思う。
わたしはブッちゃんのお肌よりまっくろくろすけなわんちゃん、ジーニアスのことを思い出しつつ部屋を出た。
「皆用は済ませたな?」
ブッちゃんが最後の確認を促し、みんなが問題ないと顔で応える。
この日のために、みんな個々でお世話になった人へあいさつ巡りをした。ブッちゃんとサンダーさんは教会の人たち。あんずちゃんは防具屋さん。ドロちんはわからないけど、たぶん魔法屋さんとかそこらへん。
わたしは漁船の人たちに会いに行った。
たくさんの感謝のことばと、たくさんのおさかなさんをもらった。思わずその場で食っちまおうと悪魔が囁いてきたけど、わたしは精一杯の理性と涙と唾液で在庫を展開し、冷凍保存可のすばらしい異空間にそれらを放り込んだ。
そうそう、みんな出会ったころより笑顔になった。ううん、はじめからそうだったけど、今はムリしてないというか、ほんとに、心の底からの笑顔というか、まあそんな感じ。聞くところに寄ると、国に納める税金が減って安心して生活できるようになったんだって。
そうそう、例のにーちゃんが哪吒をプレゼントしてくれたんだ。
マキリ包丁? っていうんだって。いろいろな用途に使えるし収納性バツグンでけっこー便利。おんなの子にナイフをプレゼント? と思ったら、彼はちょっと照れくさそうに「本業は忍者だって聞いたから」と……いつ知った? 教えた覚えないんだけどなー。
獲物を仕留めるには切れ味が足んないけど、彼は彼なりに、わたしに必要なものを考えてくれたんだなーって。それが嬉しくてめっちゃ感謝した。切れ味のほどは実践で確かめるとして、キミとの縁は斬らないから安心してね。
「はーいみなさーん。出発の前に寄っときたいトコがありまーす」
楽しみは最後にとっておこうと思って。
きょとんとするみなさまを差し置きまして、わたしは先頭に立ちパーティーを先導していく。
目指すはテトヴォの隅っこのさらに奥。裏通りを二度三度曲がって、人気のないその果てにあるボロボロのお宿。
「お前ら、今日テトヴォを出るんじゃなかったのか」
中に入ってお出迎えするのは、筋骨隆々でミリタリーな土と緑の迷彩ズボンが似合う異世界人、ティッくんだった。
「まさか、もう一泊ここに泊まるなんてことはねーよな」
男性にしては長めなまっくろい髪の毛。それを無造作なオールバックにしつつカウンター越しに話しかける。スポーツマンみたいな濃ゆい顔でレセプションやってるの違和感しか感じないわ。
「ひっさしぶり!」
「昨日ぶりだな」
今はカウンター越しで、白シャツと灰のジャケットというワイルドな姿を見せる。まっくろい瞳にグレースちゃんの姿を映しつつ、彼は呆れ口調でものを言った。
「用もねーのに毎日来やがって。それなら金落としていけよ」
「えへへ、ごめんって。でもさ、わたしがちょこちょこ来るようになったからお客さん来てくれるようになったでしょ?」
「それはそうだな」
(フッ、計画通り)
たまに訪れる旅人や冒険者ギルドっぽい人たちを、それとなーく「こっちに安い宿があるんだよなー」つって誘い込む作戦、大成功だぜ。
「評判は上々ですの?」
「おかげさんで。そっちの坊さんが世話してくれたおかげでだいぶ良くなったってじーさんが言ってたぜ。ありがとな」
「大したことではない。こちらもそれを条件に宿泊費用を抑えてもらったのだから」
「こんな安宿をさらに値切るだぁ? ったく商売上手だな」
と、宿泊中の冒険者らしき人物が階段から降りてきて、ティッくんに何かを注文した。気前よく返事したティッくん。さてと、と意気込みカウンターの下をごそごそ探る。
「ずいぶんフレンドリーな接客ね」
「こんくらいがちょーどいーんだよ」
ドロちんのツッコミをかるくいなしつつ、ティッくんは酒瓶とグラスを用意した。
「ちょっと行ってくらぁ。何もねーけど、待つならそこのテーブルを使ってくれ」
「かたじけない」
(……幸せそうだね)
階段を登っていくティッくんを見送り、わたしはそんなことを思った。
これはむりだなって。
本当は旅に誘うつもりだった。オトモダチとしていっしょに旅しましょ? って。
でも、彼と老夫婦が語り合う姿を見たら、あんな満開笑顔のティッくんを見たら誘う気になれないよ。彼らの仲を引き裂くような気持ちになるし、何よりティッくんが断るだろうから。
「あぁーあ。いいタビトモになれると思ったのになー」
「何よタビトモって」
「いっしょに旅するオトモダチ」
「ウチはそんなのになった覚えないんだけど?」
「まぁまぁそんなこと言わずに」
「こらっ、離れなさいよ!」
ロリっ子魔法使いにのしかかりグレースちゃん。黙ってればお人形さんのような可愛さ、愛で甲斐あるロリちんなのだ。
「……いこっか」
ひとしきり身体をまさぐった後、わたしはぽつりとそう言った。
「いいんですの?」
「うん」
心配そうにあんずちゃんが言う。マイベストフレンド。たぶん、ここに来たわたしの思惑にも気づいてると思う。
「未練がましいのもアレじゃん? ずっとこの場にいてもジャマにしかなんないし、それぞれの旅路を進んでいくのがいいかなーって思うんだ」
「そうですわね」
「異世界人の都合なんか知らんが、会いたけりゃいつでも会いに行けんじゃねーのか? そのスキルとやらで」
「スキルはそこまで万能ではない。だが、望めばどこへでも瞬間移動できる魔法があると聞いたことがある」
「テレポートなんて幻想よ。せいぜい数百メートルがいいトコだわ」
「へー」
イスを元に戻し、わたしたちは宿の扉を開ける。ティッくんが新しいのを取り付けたのか、以前あったそれではなく、新しい木材を使った頑丈なものに変貌していた。小気味よい音をたて閉められる扉。外の空気をめいっぱい吸い込んで、わたしたちは新しい一歩を踏み出していく。
「おい!」
太い声。振り向くとティッくんが老夫婦と並んでそこにいた。
「世話になったな。いつでも帰ってこいよ。そんときゃ安くしてやるぜ」
異世界人はデカい身体を堂々と見せつけ、老夫婦はしわがれた笑顔。こころなしか、以前見た時よりとても健康的で若返ってみる。
「覚えておこう」
「言ったんだから約束は守ってよね。それまでに、少しはマシなつくりにしておきなさいよ」
「当たり前だ。テメーらが泊まったホテルより豪勢にしてやんぜ……それとグレース!」
名指し。わたしは元気に声を返した。
「なーに?」
「ありがとよ!」
「え? うわっ!」
なんかポイって投げられた。
キャッチあんどリリー、いやしない。
「なにこれ」
木彫りの……ひつじ?
「テトヴォの伝統工芸品だ。腹が減ったらそれ見てごまかせ!」
「ありがとー! これ食べれる?」
「んなわけあるか!」
「ジョーダンだよ!」
さすがのグレースちゃんだって木は食べないよ……たぶん。
「じゃーねー!」
別れは淋しい。
けど涙の別れとは限らない。
どっちも笑顔でさようなら。
そして、わたしたちの旅は続くのだ。
「東の山脈を目指す。もうすぐ国境だ」
「はぁーあ、この年で山登りを経験するとはなぁ」
「イヤなら置いてくわよ」
「ドロシーさん、お年寄りは労ってあげないとダメですわよ」
「まだそんな年じゃねーんだけどなぁ」
テトヴォを飛び出し、わたしたちは山のほうへと歩き出した。
地図を広げたブッちゃんが先導する。サンダーさんがローラーつきのバッグを引き、あんずちゃんとドロちんがそれに続く。すこし歩いて、テトヴォが遠くなってきたところで、わたしはふと町並みへと振り返った。
草原に包まれた山麓。
美しい青が押し寄せる港。
すべてがキラキラ輝いている。
「また来るよ、ティッくん」
「グレース、どうしました」
「なんでもなーい!」
ルームメイトの声で振り向けば、こんどは山頂を白く染め上げた山脈が迎えてくれる。そのスケールに圧倒され、感動し、それに包まれたいと願って、わたしはなだらかな坂を駆け上がっていった。