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作者: 犬物語
ボス戦開始
まずは前哨戦から
 テトヴォは港町だ。

 海岸に行けばコンクリートで固められた足場があり、手前には整地された場所に水揚げと競りを行う広場があり、たくさんのお魚が取引されている。

 それと同時に、テトヴォは畜産の町でもある。

 背後に大きな山脈があり、その手前には広大な草原が広がっている。そこにはたくさんの家畜が放たれ、自由気ままな毎日を送っている。

「見つけた!」

 今、わたしはその方向に走っていた。逃走したメイスを追い町を離れ、山脈と並行するようにやや北寄りに。町並みから一片して澄んだ空気に包まれるなか、景色を楽しむ暇なく、背を向ける彼に近づいていく。

 彼は草原の中心で佇んでいた。

 うつむき、紫色の髪が疲れ果てた彼の状態を教えてくれる。何の影響か、メイスの服はボロボロに破れており、胸部だけでなく身体のあちこちも顕になっている。けど、それらよりも目立っていたのは彼の周囲や、身体自身にまとわりつく黒いなにか。

「あれは!」

 わたしはその正体を知っている。
 突然現れ、泡粒のように消滅する漆黒の影。
 マモノだ。

「は、ハハ……そうカ」

 こちらに背を向け身体を揺らす。
 笑っているんだ。

「グレース!」

 背後、高い位置からの声。振り返ると美しいたてがみをなびかせた馬。あんずちゃんは重装鎧を装備しその背にまたがっている。

 その背後には飛行魔法で滑空する少女。さらに巨体を揺らし駆ける僧侶と、テトヴォの兵たちが続いていた。

「さあ観念しなさい!」
「わたしはそうだったんだ! ははあ!」

 こちらの声を無視し、メイスは青空に叫んだ。

「記憶がなくて当然だ。だって私はつくられたんだから……あは、あぁ、そうかそうかだからあのおうちは駆け出しメイドに住居割の二階から赤いめぐすり!」
「ッ!?」

 わたしは身構えた。
 言ってることは意味不明。
 これから起こることは予測可能。

「あんずちゃん準備して!」
「ええ!」

 黒がメイスに満ちていく。
 背中にコウモリのような羽根が生える。
 ボロ雑巾のような服がすべて剥がさ、彼は生まれたままの姿になった。

「フォカヌポウ!! ――こいつはもう使えんか」
「あん?」

 前半、ヘンな笑い声。
 後半、人が変わったようにこっちを睨む。
 なんだこいつ?

「はぁ……邪魔してくれたな。順調だったものを、よもやこんな回し者を用意するとは」

 まるで別人の声色。先ほどと打って変わって落ち着き払った態度。漆黒に染まった自分の身体を眺めつつ、再度天空に向かってなにかをつぶやき、そして彼はこちらを振り向いた。

「おかげで計画が台無しだ」
「ッ!」

 全身黒。
 目だけが赤い。

 悪徳政治家の面影なく、引き締まった筋骨と殺意に満ちた笑みだけがそこに残された。顔はメイスそのものだったけど、こいつはもうあの男じゃない。

「だれ!」
「消えろ。管理者の操り人形が」

 その言葉と共に、わたしたちの周囲に大量のマモノが出現した。見渡す限りまっくろ。もうちょいカラーあってもよくない?

「来ましたわね」

 ルームメイトが馬上にて剣を構える。あんずちゃんは地上戦よりこっちのがよほど強い。広い場所、存分に剣を振るえる環境。条件が揃えばくっころから最強の女騎士にクラスチェンジするのだ。

(もしかしたら、スプリットくんより強いかもね……それより)

「準備おっけー?」
「早速ね」

 上空からドロちんの声。遠くで状況を確認したブッちゃんも、速度を上げスキル詠唱をはじめてる。

「んじゃ、はりきって行きましょー!」

 腰をかがめ、四つん這いになり、地を駆くための姿勢を整える。

 練度を向上すればスキル詠唱の必要性はなくなる。けどちゃうねん。こういうのは雰囲気というか気分というか、つまり「これからはじまるぞ!」みたいな勢いが必要なのよ。

 だから言うね?

「スキル、俊足すごくはやい

 戦端が開かれた。

「わおーん!」

 影を這う。素早く、すべての風景が一直線になって、視線の先にある獲物だけがインプットされる。

 だれもわたしに追いつけない。
 捉えられない。
 わたしはナイフを取り出した。

「まずはひとーつ!」

 首筋、からの心臓。ふたつのナイフがマモノを影へと帰した。

「まだまだいくよー!」
「さあ、わたくしに挑戦するマモノはだれですの?」

 地上に立てば騎士っぽい。馬上にいればマジ騎士様なあんずちゃん。だれなどと言わず複数相手にして余裕の表情である。

 おウマさんも強いのよねー。足にまとわりつくウサギみたいなマモノを後ろ蹴りひとつで黒い霧。あんずちゃんの手綱繰りであっちへ跳ぶわこっちへ動くわ大車輪の活躍です。

「わああ!」

 上からたくさんの小型爆弾が降ってきた。犯人はあのロリっ子性悪ツンデレ魔術師。

「ドロちんこっち当たるし!」
「ちょろちょろ動き回るからでしょ。あと、避けないと死ぬわよ」
「ふぇ?」
「スキル隕石メテオ
「は?」

 音がした。
 ピューって。
 花火? いいえ、岩です。

「ちょ! ま! やめ!!」

 天気予報じゃ今日晴れだって!
 雨じゃないスか!
 っつーか石の雨なんて聞いたことないんですけど!

「ドロちん! ジョーダンじゃないよマジで!」
「アンタなら当たらないでしょ」

 それは信頼の証? えへへぇ~、じゃなくて。

(危ないし)

 本来の呪文より簡略化したのか、石と規模は小さめだった。でも当たったら痛いしマモノさんたちも苦悶の表情で大ダメージ。

「ひえー、ドロちんってたまにツンデレじゃなくてツンツンあんどツンの時あるよねーってッ!?」

 背後に殺意。
 地を蹴る。
 追いつかれる。
 反射的に振り向きナイフを掲げた。

「くぅ!」
「止めたか。ただの回し者ではないようだ」
(押し込まれる!)

 右に払い受け流す。
 相手の勢いを止められない。

「ほう、なるほど、ここまでは耐えられるのか」

 攻撃が疾すぎて腕がみっつに見えた。
 余裕の笑みでそれをやる。
 まるで試すように。

「ねえ、キミだれ! なんなの!」
「知る必要はない」
「ああ!」

 ガードが弾かれた。
 身体が接近し眼前まで迫る。
 鼻と鼻が触れあう距離感。
 メイスだった何かが、引きつった笑みを浮かべた。

「ちょうどいい、実験だ。異世界人の耐久テストをしよう」
「たいきゅう?」

 何の?
 いいや、言いたいことはわかる。
 こいつにはソレ・・ができるということも。

(強い。何とかしないと――)

 狩られる。
 あの時みたいに。

 真っ二つになった僧侶の姿。
 身体を貫かれた親友の姿。
 踏み潰された魔法少女の姿。

 脳裏に浮かぶ光景。わたしの心臓が早鐘を打ち、額から大粒の汗が流れ出た。
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