▼詳細検索を開く
作者: 犬物語
変身にはケモ度ってのがありましてね?
っや犬はもふもふよ
「クッ……うっ」

 なにがおきた?
 身体中がいたい。
 動けない。
 視界がボヤける。
 ただ、近くでわたしに呼びかける声があった。耳鳴りで聞き取りにくいけど、鈴のように澄んでいて、でもそこから発せられる音はちょっとやかましくて、いつも文句ばかりのツンデレさんで。

「グレース! グレース起きろ!」
「うぅぅ……どろ、ちん?」
「よし生きてた。そっちは無事?」
「なんとか無事だ。しかし火傷が厳しい、治療の時間をくれ」
「くそっ、あのクソ犬め!」

 ドロちん? ――少女の輪郭がうっすらとわかった。それが動いて、だれかになにかをたずねてる。あぁーダメだ、いしきがもってかれるぅ。

「起きろコラ!」
「いったあ!」

 ビンタ、いまビンタした!
 こっちケガ人!
 まんしんそーい!

「意識はある?」
(おかげさまで)

 運良く気付け方面に向かいました。
 若干フラつくものの自力で立ち上がる。
 そして思い出す。何をされた?

(そうだ、ドラゴンの全身から火が吹き出して、それで)

 接近していたわたしとあんずちゃんを包みこんだ。
 周囲の景色を真っ赤に染めた。
 反射的にドラゴンの身体を蹴って遠くへ逃れようとした。

 わたしは攻撃が本格化する前に運良く逃れられた。けどあんずちゃんはその攻撃をモロに受け止めてしまったらしい。鎧によってクリティカルダメージは避けられたものの、火に撒かれたことで装備内に熱を取り込むこととなった。

「あんずちゃん!」
「動かないで。アンタも治療しなきゃ……くそ、こんなことだったら治療呪文も勉強しとくべきだったわ」

 言って、少女の髪が青に染まる。量はそこまで伸びなかった。

「気休め程度よ期待しないで。スキル、治療ヒール!」
(……あったかい)

 ドロちんの手に触れられた箇所に熱が生まれる。なんだろう、この手に包まれると懐かしさにすり寄りたくなる。身体をぶつけたくなる。そして目を閉じていっしょに――。

「だから寝るなっつの」
「いてっ」

 頭をコツンされた。

「よくやったわ。アンタはここで休んでなさい……あとはこっちでやる」

 言って、ドロちんは立ち上がりドラゴンを睨みつけた。
 対するドラゴンは片翼をなくしたせいかバランスを失い、よろめきつつ苦痛に顔を歪めている。
 飛べなくなってる? であればチャンスかもしれない。こっちもなんとか加勢したいとヒザに力を入れ、ドロちんを見上げたとき気付いた。

(こっわ)

 今まで見たこと無いような顔。
 もともと短気なドロちん。今までブッちゃんに怒鳴りつけ、あんずちゃんに怒り、そしてわたしを小突くこと数しれず。それでも、ううん、そういうキャラだからこそシリアスとギャグの境界線がハッキリしてた。

 コレ・・は、そのボーダーダインを軽く越えてる。
 純度ひゃくぱーせんとの怒り。
 その対象は、今目の前にいるドラゴンに対してではなかった。

「くそ犬が……大魔術師の恩恵をエサにこんな下らないイベントを用意して……ダンジョン内に大魔術師ケルベロスの遺産なんてひとつもなかったじゃない!!」
(なんの話? ――あっ)

 ドロちんの身体が光ってる。
 本人気づいてないっぽい。

「騙しやがってあの駄犬、ホイホイ釣られてドラゴン部屋に連れてこられましたって? どーせどこかでほくそ笑んでるだろ出てこい!!」

 虚空へ叫ぶ。
 光が増幅される。
 見覚えのあるこの光。わたしがあのスキルを使う時の光。ビーちゃんやスプリットくんがピカッてたあの光。

「ぶっ飛ばしてやんよ! 負けてたまるかあああああああああああ!!!!」
「うわっ!」

 まぶしっ!
 ぜんぶまっしろ。ちょっとまって変身トランスファーってこんなやかましい演出あったっけ?

(ドロちん!?)

 光に包まれた少女をさがす。少女がいた場所に手を伸ばしてもそこに彼女の感触はなく、まさかそんなと伸ばしたおててを右往左往。それでも見つからなくて上下にゆらゆら。

 触れた。
 もふっ。

「え?」

 もふ?
 さらにまさぐってみる。
 もふもふだ。

「え?」

 光が消えた。
 そこに犬がいた。

「え?」

 犬と目が合った。

「え?」

 犬がしゃべった。
 二足で立ってる。
 わたしは犬の頭をなでていたらしい。

 自分の道を走る系な佇まい。
 もふっとしつつも弾力性のある頑丈な被毛。ややウェーブがかっており、これは雨風をしのぐのに便利そうだ。
 さて問題。このわんわんはだれでしょう?

「ドロちん?」
「――によ」

 あたってたー。

「なによこれ!!」

 ドロちんは自分の顔をもふもふさわって叫んだ。

「はぁ!? なにこれバッカじゃないの!!? なんでわたしの変身トランスファーだけこんな・・・なのよ!」

 あ、ドロちん変身トランスファーのこと知ってたんだ。
 ってかかわいくない?
 ツンと立ったちいさなおみみ。
 くりっとしたまあるいひとみ。
 ちっちゃくて、こじんまりとしてて、でも態度はめちゃくちゃデカい。
 かわいくないわけがなくない?

「かわいい!」

 わたしは犬を抱き上げた。
 全身でもふもふを感じる。

「ヤメロ! 頬を擦り寄せるなぁ!」
「……」

 なおここ戦場。その証拠に遠くの青くて黒い僧侶さんは「なにしてんだこいつら」って顔してる。
 あんずちゃんの顔は見えないからわからない。って、そうだ! あんずちゃん!

「ブッちゃん! あんずちゃんは!」
「大事には至らん。しかし後方退避だ」
「わかった」

 じゃあわたしもホンキ出すよ。
 いちど深呼吸して、
 こころを高めて、
 満ちていくのを感じて、
 わたしはその言葉を唱えた。

「スキル、変身トランスファー!」

 なんでもできる。
 なんでもなれる。
 全身に熱を感じ、頭から耳がにょきっと出てくるのを感じる。手の感覚がやわらかくなって、あっちこっちにあたたかい毛が満ちていく。

「よし、おまたせ」

 自分の爪が鋭く伸びたことを確認し、わたしは側に佇むドロちんを見下ろした。

「なんでウチはそう・・じゃないのよ」

 立派に佇むわんちゃん、不満顔である。

「かわいいよ!」
「そうじゃなくて、ああもういいわよ」

 ひとりといっぴきがドラゴンと対峙する。この姿になると、こころの底から何でもできるような気分になってくる。とても気分が高揚して、今にでもドロちんに抱きつきたい衝動にかられる。

 それはドロちんも同じことだ。

「魔力の高まりを感じる。今なら強力な魔法も操れるわ――グレース援護して」
「がってんだ!」

 わたしは勝利への一歩を駆け出した。
Twitter