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作者: 犬物語
ひとりで生きるということ
勢いで飛び出して、その後どうすればいいかわからないってのはあるあるよ
(……え?)

 わたしはスパイクの目を見た。

 笑ってない。彼は本心からそのことばを口にしたようだ。

「まさか」

(ウソだよ)

 そんな人だと思ってなかったのに。

「どうして、スパイクさん」

「いや、キミがこのまま路頭に迷うのを見たくはないからね。せめてもの気持ちと、その対価ということで受け取ってくれ」

 いつもと変わらぬ笑顔で彼は言った。

「キミだって、ただ他人に頼ってばかりなのはイヤだろう?」

「でも、だからってそんなのないじゃん!」

「ちょっと」

 提案を受諾されなかったことに戸惑ってるように見える。受け入れられて当たり前だってこと? 人の弱みにつけこんでそんなのないよ!

(はっ! まさか)

「はじめからわたしの身体が目当てだったの!?」

「えっ」

「わたしに乱暴する気でしょう!?」

「いや、ちょっとまってなにか勘違いしてない?」

「やめて近寄らないで! それ以上近づいたらKILLよ!」

 胸元からギラリと光る得物を取り出す。スパイクは目を見開き両手をわしゃわしゃした。

「なんか文字違くない!? いやいやなにか勘違いしてるよ! おいらはただ肉体労働してほしいだけなんだって」

「ほら! やっぱりわたしの身体目当てなんだ!」

「絶対すれ違いあるよねこれ!? おいらが言いたいのは用心棒とか建築作業員とかそっちのほう!」

「え、あ、そうなんだ」

「まったくナニと勘違いしたんだか――ほらそれしまって。武器チラつかせながらだと気楽に話せないでしょ」

「ごめんなさい」

 残念ながら、この刃物はまだ血を吸う経験をできないようだ。新品だったのになぁ。

 しぶしぶ元の場所に突っ込むのを確認した後、スパイクは冷や汗を拭いつつ語りだすのだった。

「ふぅ……知り合いに不動産屋さんがいるから、住み込みで働けるよう口添えしとくよ。もちろん、チャールズにはヒミツでね」

「ほんと!?」

「ただし自分で稼いで自分で家賃を払うこと。こっちでできるのは口添えだけで、その後ずっと働けるかはキミ次第だからね」

「うん! スパイクさんありがと!」

 普段頼りない感じだったけどめっちゃ頼りになる人だったんだ。

「場所はここからちょっと遠いけどそれが逆にいい。フラーは広いから、ちょっと離れた地域のことは知らないなんてことも珍しくないんだ」

 たしかに。わたしは心のなかでそう思った。街を訪れて数日経つけど、みんな含めてこの周辺とお城までの道のりしかよくわかってない。っていうかこの街全体がどんな形かすらよくわかってない。

(入口なんこあるんだろ)

「話聞いてる?」

「え、あ、なに?」

「聞いてなかったね……もう一度言うけど、ここを離れるなら今の旅団も抜けないと」

「りょだん?」

「チームでギルド登録する場合"旅団"という形をとるんだ。たぶんチャールズが団長になってると思うけど覚えはない?」

「うーんぜんぜん」

「それは困ったな……旅団を抜けるなら新しくギルド加入登録もしなきゃいけないだろうし」

「そうなんだ。ギルドとうろくってどうやるの?」

「やったことない?」

「えへへ」

 ぜんぶオジサン任せなのです。

「役所でギルド登録をするんだ」

「どうやって?」

「キミは通常登録だからA型の書面を用意するんだ」

「A型ってなに?」

「届け出に必要な書類さ。それを役所のギルド登録受け付けに持っていって」

「お役所ってどこ?」

「この先の広場を抜けてふたつとなりの地区だね。それから所在地登録と報酬受け取り要項を記述して同意書を」

「しょざいち? ようこう? どういしょ?」

「おーけー、ギルド登録はしなくていいや」

 スパイクは清々しい顔でそう言った。

「登録なしでもいいの?」

「報酬額は下がるけどね」

「えー」

「だって身元がわからない相手を信用できないでしょ?」

「やたらメンドクサイ書類を書かされるほうが問題だとおもいまーす」

「文句は国に言って。ギルド登録は国の管理と少しでも報酬額を上げたい人がやるもので、みんなわりと自由にやってるんだ」

 ふらふらと歩いていき手頃なイスに座る。せもたれをお腹に、笠木かさぎに両ひじをつけてその上にあごをのっける。

「さながらノラ冒険者って感じかな」

「なにそのノラ犬みたいな」

「キミの言ってることは理解できないけど、ようは掲示板の仕事をこなして報告して報酬を貰えばいいだけだよ。受け付けや支部の人と仲良くなれば、もしかしたら報酬額をアップしてくれるかもしれないよ?」

「マジで!?」

「ああ。もしかしたら特別な仕事を依頼してくれるかもしれない。っていうかそれすら知らなかったの?」

「うん」

 だってぜんぶオジサンに任せてたから。

「……先行きは暗そうだね」

 スパイクは呆れ顔になった。





「ごめんなさい!」

 あれからひと時が過ぎて、同じ部屋にて頭をさげる少女がひとり、まあわたしなんだけど。

 違いといえば、今は日がナナメから差し込むこと。あとはいっぱい人がいること。

 その先頭に立ったオジサンが、朝と比べてじんわり青くなってきたアゴをさすっている。

 それはなんという顔だろう? 怒り? 悲しみ? 楽しさと自粛の共存。それらをすべて内包したような表現し尽くしがたい色。

 ながい時間をかけて、彼は伝えるべきことばを頭のなかで吟味していた。

「正直、おまえがうらやましい」

「え?」

 最初に飛び出したのは、そんな思いがけないことばだった。ワケわかんないけど、彼のうしろで少年がニヤニヤしてた。

「軍属に戻る決意をしつつ、これまでの自由な立場を思うとお前の言葉がなんともな。立場上止めはしたが、啖呵きって謁見の間を出ていくお前のことをうらやましいと思ったよ」

 どうしよう。以外な反応過ぎてこの先どう切り出せばいいかわかんない。

 てっきり、あの時と同じように説得されるだけだと思ってた。それでもさいしょにあやまって、でもやっぱり戦いの道具にはなれないとキッパリ断るつもりだった。

 どんなことばも今の気持ちを伝えられない。そんなふたりの間を嫌った声がオジサンのうしろから響いた。

「突っ立てないでなんか喋りなよ」

「ふふっ、トゥーサの言うとおり何か切り出したらどうだ?」

 ビーちゃんからふっかけられたオジサンは頭をポリポリ。

「そうは言ってもなぁ」

「あっそ。じゃあこっちから続きしゃべっちまうよ?」

「ああいや、それは勘弁してくれちゃんと話すから。さて」

 どこから切り出せばいいやら。若人を引き連れた中年はちょっとだけ考えて、それからまたしゃべりだした。

「お前が出ていった後だが、王がそれぞれに軍属になるか否かを問いただしていったんだ」

(軍属。つまり戦争に駆り出されることだ)

「みんなどう答えたの?」

 不安と心配が降り混ざる。そんなわたしの心情を察して安心させるよう微笑んだり、目を逸らしたり、ほかの人のほうを向いたり。

「オレは――」

「おっとそこまでだ」

 スプリットくんが口を開きかけたとき、ガチャリとドアが開かれスパイクが姿を現した。

 ちょっと空気読んでくんないかな? っていう視線を送る。ごめんって感じで降参ポーズされた。

「それ絶対長い話になるよね? じゃあ行こうか」

「どこに?」

 若干トゲがある言い方だったのは認める。が、その後スパイクが口にしたことばにわたしの気分はひゃくにじゅうどくらい変わった。

「スカスカになったお腹を満たしにさ」
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