なにかを選ぶことは、なにかを捨てるということ
異世界におけるドラゴンの扱い
「逃げるか!」
ビーちゃんが高度を増していくドラゴンに叫ぶ。その背にいる、今は影もみえなくなったうるさい声の男が憎たらしい声をあげた。
「潮時つってんだよ! テメーらなんかいつでもヤれんだよ」
巨大生物が羽をはばたかせた結果、場内にもその余波が及んでめちゃくちゃになったガレキが砂塵を巻き上げていく。
ビーちゃんはまた見えない弓を構えた。すぐにそれが具現化され、こんどは三本つがえたそれを斉射する。
それぞれの軌跡で障害物を割けていったけど、それらはすべてドラゴンの身体に衝突して消えた。
「効かない?」
「無駄。ドラゴンはシステムの根幹に位置する存在。そのレプリカでさえ破壊することはできない」
鈴のような静かな声がちょくせつ頭に響く。これはあの緑髪の少女、キャサリンの声だ。
「余計なこと教えんじゃねーよキャス。ったく、せっかく王をぶっ殺そうと思ったがまあいい。どのみちもーすぐ死ぬからな」
「なに? それはどういうことだ!?」
最後のマモノの胴体を貫いたオジサンが叫んだ。周囲はガレキや砂がぶつかる音が散乱しているのに、彼らの声は妙に耳に入ってくる。これもキャサリンの魔法なのかな?
「メインクエストの都合さ。そして次は戦争だ。戦乱に巻き込まれる主人公たち。はたして彼らの運命は? ――すべてはGMの思い通り。ハンッ! いけ好かねぇ」
急に語り口調になるスナップをよそに、わたしの頭には疑問だけが渦巻いていた。
(わからない。システムとかメインクエストとか、いったい何がなんなの?)
「わかんないよ! この世界はいったいなんなの!」
「何度も言わせんなよ。ここはゲームの世界だ」
スナップは吐き捨てるように言った。
「いっぴきのクソ犬が作り出したクソみてーな世界さ。オレさまはこんなハリボテみてーな世界をぶっ壊してやるんだ……あいつぁ世界そのものを構築しなおそうとしてるみてーだが、こっちはそんなの興味ねーんでな」
「え?」
「しゃべりすぎ」
そのことばをスイッチに、ドラゴンはさいごの羽ばたきで大空に飛び立つ。あっという間にその姿は光の粒になって、そして見えなくなった。
「みんな無事かい!」
騒がしい音が消えたことで、周囲ではまだ救助活動が続いていることに気づく。
「みなさんしっかり!」
サっちゃんが倒れた柱を持ち上げ下敷きになった人を助け出す。グウェンちゃんがケガ人の手当に走り回り、度重なるスキル行使の結果、ひたいには大粒の汗を流していた。
スプリットくんは王子さまが演説をしたスペースをバックに佇んでいる。そこにはたくさんの人が無傷で避難していて、彼はずっとそこでマモノたちを撃退していたのだろう。
彼の姿を見る数人は尊敬と羨望の眼差しを送っていた。
「王は無事か!」
「別室にて待機中でしたので。いま、スパイクさまが同室され容態を見守っています」
侍女モードのヴィクトリアさんがオジサンに答える。そのほか、運良く無事だった紳士服や侍女服の人たちが忙しなく動き回っている。
ハデな衣装の人たちはなにもせず、ただオドオドとその場で佇むだけだった。
「まるで戦士のような身のこなしだな。そのカッコは伊達ではなかったようだ」
「たんなる真似事です。過大評価せぬよう」
それから混乱が収まるまで、わたしたちはひたすら救助活動を続けた。終わるころには月さえ沈み始めていて、マモノたちとの戦いで憔悴した兵士や救護活動をしていた人たちの瞼が重くなっていく。
とくにグウェンちゃんの疲労が激しく、彼女は複数の王族に囲まれるなか倒れているのを発見された。
とつぜん倒れたらしい。そしてどうすることもできずただ見ていたのだと。
後になってスパイクが戻ってきて、王の許可が降りたから城内に宿泊できるという流れになった。ただ、わたしたちと衛兵たちは城の傍にある簡易的な宿泊施設に案内され、そこで夜を過ごすことになった。
王族たちが案内された部屋とは違い、あたたかいベッドではなく簡易的なものではあったけど、それでもカチカチの床よりはマシだ。
後になってオジサンも合流した。なんかやたらめった豪華な寝室を提供されたらしく、彼は「こっちのほうが慣れてる」と自ら進んでこちらに来たらしい。もったいないの。
「はうぅ~」
わたしは植物を利用してつくられたふとんに全体重を委ねる。なんにしても、今日はつかれた。
スナップたちの襲撃、彼らが言ったこと、今後どうなってしまうのか。考えなきゃいけないことはたくさんあるけど、今はただやさしいぬくもりに包まれていたい。
そんなことを思って目を閉じたら、わたしの意識はすぐ闇の奥深くへ消えてしまった。
「ん?」
わたしは目を開く。
あかるい。あちこちから白い光が降り注いでる。
朝? そう思ってあたりを確認すると、ここには床も壁もなんにもなく、ただ白い空間が広がっていた。
(あ、これどっかで見たことあるぞ)
「ゆめだ」
「ひさしぶり」
「わっひょぉうい!!」
真後ろからなんか声がした!
「……そんなに驚かなくてもいいじゃないか」
びっくりするでしょフツーは! いきなり驚かさないでよね。
「あ、あの時のわんちゃんだ」
「ひとのこと言えないでしょ。いやこの場合いぬのこと言えないでしょ、になるのかな」
しゃべる犬が首をひねった。なに言ってんだこいつ。
改めて、このナゾ犬を観察してみる。
まっくろで毛むくじゃらのよつあしどうぶつ。まちがいなく犬だ。
耳がたれてる。あたまぺったんこで大きくて、んでしっぽは根本がややほそく、半ばからふとくなってるように見えてツチノコとかカワウソに見えなくもない。
「ツチノコかぁ、そんな言われ方ははじめてだね。オッターテイルとはよく言われるけど」
「こころを読まれた!」
「こんにちはグレース。ぼくはアレだ、異世界風味でいうとチートを与えてくれるかみさまみたいなものだよ」
この声だし、女神ではないことはわかるよね? その犬は落ち着いたおだやかな声で続けた。
それは知ってる。ずぅ~っと前にこのわんこが出てきて、そのおかげで変身が使えるようになったんだ。
「キミは、これから物語の分岐点に直面するだろう」
(はぇ?)
「人間がかかえる矛盾。人間だからこそ存在する問題。それを前にしてどのような選択をするか。それもまたキミがキミであるために必要なこと」
なに、唐突にかみさまみたいなセリフ語り始めたんですけど?
「あ、でもかみさまだからいいのか」
「犬》の話きいてる?」
「ごめんなさい」
「ふふ、キミは落ち着きがないね。まあ、種類によって性格もまちまちだけど――話をつづけよう」
まっくろな犬がしっぽを右側に大きく振って言った。
「キミはこれから大きな選択をすることになる。どんな選択でも、それはキミ自身が得た答えだ」
まっしろな空間。まっくろな犬。たくさんのことばをしゃべるけど、目の前にいるわんこの口は開かない。
「後悔してほしくない。だけど辛いときは新しい仲間を――オトモダチをみつけるといい。それがボクたちのやり方でもあり、人間のやり方でもあるのだから」
犬の姿がボヤけていく。どこからともなく光が差し込み、それがわたしに夢の終了を暗示させてくる。
「ちょっとまって!」
わたしは反射的にそう叫んでいた。
「言いっぱなしで消えちゃうとかあり得なくない?! まだいろいろわからないことだらけなんですけど!」
この世界がなんだとか、なんでこの世界にいるのかとか、スナップが言ってたあれこれとか――、
元の世界にもどる方法とか!
「だいじょうぶ。キミならできるよ」
「勝手に決めつけないでよ! それならひとつだけ、ひとつだけ答えて!!」
いろんな思いがたくさん積み重なってるのに、わたしの口が紡いだことばは、わたしが思いもしなかったセリフだった。
「オトモダチになろーよ!」
「ッ!」
霞んでいく姿のなか、まっくろな犬がハッキリイと驚いた表情を見せた。
「その発想はなかった。でも、うん、きっと」
その犬はちょっとだけ考えて、まよって、そして最後にははにかんだ笑顔を見せた。
「いつか、この世界をクリアしたら。その時はおたがいの匂いを嗅ぎあおう」
犬なのに。それが笑顔なんだとわかった。
ビーちゃんが高度を増していくドラゴンに叫ぶ。その背にいる、今は影もみえなくなったうるさい声の男が憎たらしい声をあげた。
「潮時つってんだよ! テメーらなんかいつでもヤれんだよ」
巨大生物が羽をはばたかせた結果、場内にもその余波が及んでめちゃくちゃになったガレキが砂塵を巻き上げていく。
ビーちゃんはまた見えない弓を構えた。すぐにそれが具現化され、こんどは三本つがえたそれを斉射する。
それぞれの軌跡で障害物を割けていったけど、それらはすべてドラゴンの身体に衝突して消えた。
「効かない?」
「無駄。ドラゴンはシステムの根幹に位置する存在。そのレプリカでさえ破壊することはできない」
鈴のような静かな声がちょくせつ頭に響く。これはあの緑髪の少女、キャサリンの声だ。
「余計なこと教えんじゃねーよキャス。ったく、せっかく王をぶっ殺そうと思ったがまあいい。どのみちもーすぐ死ぬからな」
「なに? それはどういうことだ!?」
最後のマモノの胴体を貫いたオジサンが叫んだ。周囲はガレキや砂がぶつかる音が散乱しているのに、彼らの声は妙に耳に入ってくる。これもキャサリンの魔法なのかな?
「メインクエストの都合さ。そして次は戦争だ。戦乱に巻き込まれる主人公たち。はたして彼らの運命は? ――すべてはGMの思い通り。ハンッ! いけ好かねぇ」
急に語り口調になるスナップをよそに、わたしの頭には疑問だけが渦巻いていた。
(わからない。システムとかメインクエストとか、いったい何がなんなの?)
「わかんないよ! この世界はいったいなんなの!」
「何度も言わせんなよ。ここはゲームの世界だ」
スナップは吐き捨てるように言った。
「いっぴきのクソ犬が作り出したクソみてーな世界さ。オレさまはこんなハリボテみてーな世界をぶっ壊してやるんだ……あいつぁ世界そのものを構築しなおそうとしてるみてーだが、こっちはそんなの興味ねーんでな」
「え?」
「しゃべりすぎ」
そのことばをスイッチに、ドラゴンはさいごの羽ばたきで大空に飛び立つ。あっという間にその姿は光の粒になって、そして見えなくなった。
「みんな無事かい!」
騒がしい音が消えたことで、周囲ではまだ救助活動が続いていることに気づく。
「みなさんしっかり!」
サっちゃんが倒れた柱を持ち上げ下敷きになった人を助け出す。グウェンちゃんがケガ人の手当に走り回り、度重なるスキル行使の結果、ひたいには大粒の汗を流していた。
スプリットくんは王子さまが演説をしたスペースをバックに佇んでいる。そこにはたくさんの人が無傷で避難していて、彼はずっとそこでマモノたちを撃退していたのだろう。
彼の姿を見る数人は尊敬と羨望の眼差しを送っていた。
「王は無事か!」
「別室にて待機中でしたので。いま、スパイクさまが同室され容態を見守っています」
侍女モードのヴィクトリアさんがオジサンに答える。そのほか、運良く無事だった紳士服や侍女服の人たちが忙しなく動き回っている。
ハデな衣装の人たちはなにもせず、ただオドオドとその場で佇むだけだった。
「まるで戦士のような身のこなしだな。そのカッコは伊達ではなかったようだ」
「たんなる真似事です。過大評価せぬよう」
それから混乱が収まるまで、わたしたちはひたすら救助活動を続けた。終わるころには月さえ沈み始めていて、マモノたちとの戦いで憔悴した兵士や救護活動をしていた人たちの瞼が重くなっていく。
とくにグウェンちゃんの疲労が激しく、彼女は複数の王族に囲まれるなか倒れているのを発見された。
とつぜん倒れたらしい。そしてどうすることもできずただ見ていたのだと。
後になってスパイクが戻ってきて、王の許可が降りたから城内に宿泊できるという流れになった。ただ、わたしたちと衛兵たちは城の傍にある簡易的な宿泊施設に案内され、そこで夜を過ごすことになった。
王族たちが案内された部屋とは違い、あたたかいベッドではなく簡易的なものではあったけど、それでもカチカチの床よりはマシだ。
後になってオジサンも合流した。なんかやたらめった豪華な寝室を提供されたらしく、彼は「こっちのほうが慣れてる」と自ら進んでこちらに来たらしい。もったいないの。
「はうぅ~」
わたしは植物を利用してつくられたふとんに全体重を委ねる。なんにしても、今日はつかれた。
スナップたちの襲撃、彼らが言ったこと、今後どうなってしまうのか。考えなきゃいけないことはたくさんあるけど、今はただやさしいぬくもりに包まれていたい。
そんなことを思って目を閉じたら、わたしの意識はすぐ闇の奥深くへ消えてしまった。
「ん?」
わたしは目を開く。
あかるい。あちこちから白い光が降り注いでる。
朝? そう思ってあたりを確認すると、ここには床も壁もなんにもなく、ただ白い空間が広がっていた。
(あ、これどっかで見たことあるぞ)
「ゆめだ」
「ひさしぶり」
「わっひょぉうい!!」
真後ろからなんか声がした!
「……そんなに驚かなくてもいいじゃないか」
びっくりするでしょフツーは! いきなり驚かさないでよね。
「あ、あの時のわんちゃんだ」
「ひとのこと言えないでしょ。いやこの場合いぬのこと言えないでしょ、になるのかな」
しゃべる犬が首をひねった。なに言ってんだこいつ。
改めて、このナゾ犬を観察してみる。
まっくろで毛むくじゃらのよつあしどうぶつ。まちがいなく犬だ。
耳がたれてる。あたまぺったんこで大きくて、んでしっぽは根本がややほそく、半ばからふとくなってるように見えてツチノコとかカワウソに見えなくもない。
「ツチノコかぁ、そんな言われ方ははじめてだね。オッターテイルとはよく言われるけど」
「こころを読まれた!」
「こんにちはグレース。ぼくはアレだ、異世界風味でいうとチートを与えてくれるかみさまみたいなものだよ」
この声だし、女神ではないことはわかるよね? その犬は落ち着いたおだやかな声で続けた。
それは知ってる。ずぅ~っと前にこのわんこが出てきて、そのおかげで変身が使えるようになったんだ。
「キミは、これから物語の分岐点に直面するだろう」
(はぇ?)
「人間がかかえる矛盾。人間だからこそ存在する問題。それを前にしてどのような選択をするか。それもまたキミがキミであるために必要なこと」
なに、唐突にかみさまみたいなセリフ語り始めたんですけど?
「あ、でもかみさまだからいいのか」
「犬》の話きいてる?」
「ごめんなさい」
「ふふ、キミは落ち着きがないね。まあ、種類によって性格もまちまちだけど――話をつづけよう」
まっくろな犬がしっぽを右側に大きく振って言った。
「キミはこれから大きな選択をすることになる。どんな選択でも、それはキミ自身が得た答えだ」
まっしろな空間。まっくろな犬。たくさんのことばをしゃべるけど、目の前にいるわんこの口は開かない。
「後悔してほしくない。だけど辛いときは新しい仲間を――オトモダチをみつけるといい。それがボクたちのやり方でもあり、人間のやり方でもあるのだから」
犬の姿がボヤけていく。どこからともなく光が差し込み、それがわたしに夢の終了を暗示させてくる。
「ちょっとまって!」
わたしは反射的にそう叫んでいた。
「言いっぱなしで消えちゃうとかあり得なくない?! まだいろいろわからないことだらけなんですけど!」
この世界がなんだとか、なんでこの世界にいるのかとか、スナップが言ってたあれこれとか――、
元の世界にもどる方法とか!
「だいじょうぶ。キミならできるよ」
「勝手に決めつけないでよ! それならひとつだけ、ひとつだけ答えて!!」
いろんな思いがたくさん積み重なってるのに、わたしの口が紡いだことばは、わたしが思いもしなかったセリフだった。
「オトモダチになろーよ!」
「ッ!」
霞んでいく姿のなか、まっくろな犬がハッキリイと驚いた表情を見せた。
「その発想はなかった。でも、うん、きっと」
その犬はちょっとだけ考えて、まよって、そして最後にははにかんだ笑顔を見せた。
「いつか、この世界をクリアしたら。その時はおたがいの匂いを嗅ぎあおう」
犬なのに。それが笑顔なんだとわかった。