だいとし
人があつまれば思惑もあつまる。
「注意がいくつかある」
獲得したイノブタっぽい生き物をロープでつなぎ下から加熱していたとき、オジサンは揺れ動く炎を瞳に宿しながら言った。
「フラーは完全な城郭都市だ。平和だけがウリの国だが一定の秩序のため首都への出入り口では検問を受けることになる。その際は武器の刃をむき出しにしないでおいてくれよ」
「おっさんがいるじゃん」
少年の意図を察する。焼き加減がよくなってきたところで、彼はナイフを片手に食べられない部分を切り離していった。
「二十年前の功労者だからと言って顔パスはできんぞ? そもそも引退した身で、当時できた縁のほかはカラッキシだ。私を知るものは同年代かよほど当時を調べてる者くらいだな」
「城郭都市。つまり、まわりを壁に囲まれた街ということか」
「ビシェル、それは合ってるようですこし違う。フラーはもともと小高い山があった地域に人が居座るようになった土地だ。だから山頂に城を構え、斜面のいち部分を切り崩しそれを壁の材料に宛てたのだ。だから城の裏側は崖になっている」
「なるほど……それならわざわざ街全体を石壁で覆う必要もなくなる」
「石の工面はメンドウだからな。魔術師にそのヘンの石を切り崩してもらうこともできるが、フラーはところどころ木材や山を削ったことによってできた土を壁としている。幸い自然は豊かだから木材ならごまんとある」
続けて可食部を切り分け木皿にて各所に配っていく。ナイフとフォークはみなさんお持ちになったでしょうか? そうそう、こんな世界だからちゃんとチョップスティックもあるんだよ!
「そういえば、彼らはあまり使いすぎないでほしいと言っていたな」
「だろうな。エルフにとって森は資源以上の価値をもつ」
全員におさらがまわったところで、パーティーの筋肉担当が新たな薪を火のなかへ差し込んだ。夜中になればこの光だけが頼りとなる。また貴重な熱源にもなるため絶やすことはできない。
「検問では来訪理由なども聞かれるワケだが……なんだ」
となりに視線を向けた。向けられたほうは目をぎゃんぎゃんに輝かせその時を待ちわびている。
まあ、わたしなんですけどね。
「ねえねえ食べていい!?」
「なぜ毎回聞いてくるんだ……おまえたちも気にせず食べろよ」
そうはいかない! きちんとヨシ! って言われてから食べないと、あれ、ちがうよね、えーっといただきます! って言ってから食べなきゃだよねたぶん。
ほらビーちゃんの目なんかガンギマリですよほらヨダレ。はやくはやく言って!
「いつもお前らはなんなんだ」
「なんとなくそーゆー感じなの! ほらはやくぅ!」
ちなみにスプリットくんはたまにフライングする。
「はあ……ちゃんと噛めよ」
言って、子沢山の保護者はなにかを持ち上げるかのごとく両手を上にかざした。
「神への感謝を」
ほんとはもぉっと両手おっぴろげて「おーカミよ!」みたいなスタイルでやんなきゃダメなんだけど、この長旅のなかかなりの割合やらされてきたオジサンには重労働だそうで、さいきんは両手をちょんと上にもってく程度になりました。
グウェンちゃんは教会で暮らしてた習慣なのか、なんかながーいことばで祈りを捧げることがある。でも毎回じゃないんだよね。気になって聞いてみたら「べつに神を信じてるわけじゃないですから」とのこと。それでいいのか修道女。
「話をもどすが、検問は荷物検査と聞き取りがある。本人確認はギルド名簿を照会してもらえばいいが、その他の質問でヘンな質問をしないでくれ」
「ほかにどんな質問があるの?」
「いい質問だグレース。たとえば出身地や年齢などを訊ねられる」
「それはどう答えれば」
さんかい噛んでごっくんした修道女が不安気な表情になった。
「キミたちは異世界人としての登録があるからそれに関しては心配しなくていい。ただ年齢は今日の昼のような答えにすると不審がられるからやめてくれよ? ちゃんと実年齢で返してくれ」
(はーい……でもほんとのことなんだけどなぁ)
なんでかしらないけどそういう自信があります。
「それらを突破してしまえば、あとは自由と平和の街フラーを満喫できる。人口およそ十万人、世界有数の大都市だ」
「じゅうまんにん!」
それって多いの?
「都市法によってフラーでは一年と一日以上滞在してれば市民権を得られる。それを求めて国の各地から人がやってくるんだ。メシ、食材が集う市場、旅の宿に娯楽施設なんでもござれ。もちろん酒場もな」
(それはいらない)
「異世界人を受け入れるコミューンや、以前言ったような異世界人だけを集めたパーティーもあるそうだし、どうだ? 旅の終焉後はとりあえずフラーに一年滞在して市民権を得るってのもありだと思うぞ」
「それは、考えたこともなかったな」
スプリットくんがわりと真剣に悩んでる。そんななかキッパリとお断りのことばを返す少女がひとり。
「あたしは教会に帰ります」
「私もいったんエルフの里に戻ろうと思う。その後のことはわからないが」
「オレは、まあその選択肢もアリだよな」
「アタイはこの身体を鍛えられるならどこでもいいよ」
「ふむ、それぞれ己の進むべき道があるのだな――グレースはどうだ?」
「わたし? んー」
どうなんだろ?
もともと行き倒れになりかけたのをオジサンに助けてもらって、人が集まるところまで案内してもらって、スプリットくんと出会って、そしてマモノの襲撃を受けた。
その時の出来事をおうさまに言わなきゃいけなくて、でもその後のことなんてまったく考えてなかった。この先わたしはどうすればいいんだろう?
「よくわかんない」
結局、わたしはそんなことばしか口から発することができなかった。
獲得したイノブタっぽい生き物をロープでつなぎ下から加熱していたとき、オジサンは揺れ動く炎を瞳に宿しながら言った。
「フラーは完全な城郭都市だ。平和だけがウリの国だが一定の秩序のため首都への出入り口では検問を受けることになる。その際は武器の刃をむき出しにしないでおいてくれよ」
「おっさんがいるじゃん」
少年の意図を察する。焼き加減がよくなってきたところで、彼はナイフを片手に食べられない部分を切り離していった。
「二十年前の功労者だからと言って顔パスはできんぞ? そもそも引退した身で、当時できた縁のほかはカラッキシだ。私を知るものは同年代かよほど当時を調べてる者くらいだな」
「城郭都市。つまり、まわりを壁に囲まれた街ということか」
「ビシェル、それは合ってるようですこし違う。フラーはもともと小高い山があった地域に人が居座るようになった土地だ。だから山頂に城を構え、斜面のいち部分を切り崩しそれを壁の材料に宛てたのだ。だから城の裏側は崖になっている」
「なるほど……それならわざわざ街全体を石壁で覆う必要もなくなる」
「石の工面はメンドウだからな。魔術師にそのヘンの石を切り崩してもらうこともできるが、フラーはところどころ木材や山を削ったことによってできた土を壁としている。幸い自然は豊かだから木材ならごまんとある」
続けて可食部を切り分け木皿にて各所に配っていく。ナイフとフォークはみなさんお持ちになったでしょうか? そうそう、こんな世界だからちゃんとチョップスティックもあるんだよ!
「そういえば、彼らはあまり使いすぎないでほしいと言っていたな」
「だろうな。エルフにとって森は資源以上の価値をもつ」
全員におさらがまわったところで、パーティーの筋肉担当が新たな薪を火のなかへ差し込んだ。夜中になればこの光だけが頼りとなる。また貴重な熱源にもなるため絶やすことはできない。
「検問では来訪理由なども聞かれるワケだが……なんだ」
となりに視線を向けた。向けられたほうは目をぎゃんぎゃんに輝かせその時を待ちわびている。
まあ、わたしなんですけどね。
「ねえねえ食べていい!?」
「なぜ毎回聞いてくるんだ……おまえたちも気にせず食べろよ」
そうはいかない! きちんとヨシ! って言われてから食べないと、あれ、ちがうよね、えーっといただきます! って言ってから食べなきゃだよねたぶん。
ほらビーちゃんの目なんかガンギマリですよほらヨダレ。はやくはやく言って!
「いつもお前らはなんなんだ」
「なんとなくそーゆー感じなの! ほらはやくぅ!」
ちなみにスプリットくんはたまにフライングする。
「はあ……ちゃんと噛めよ」
言って、子沢山の保護者はなにかを持ち上げるかのごとく両手を上にかざした。
「神への感謝を」
ほんとはもぉっと両手おっぴろげて「おーカミよ!」みたいなスタイルでやんなきゃダメなんだけど、この長旅のなかかなりの割合やらされてきたオジサンには重労働だそうで、さいきんは両手をちょんと上にもってく程度になりました。
グウェンちゃんは教会で暮らしてた習慣なのか、なんかながーいことばで祈りを捧げることがある。でも毎回じゃないんだよね。気になって聞いてみたら「べつに神を信じてるわけじゃないですから」とのこと。それでいいのか修道女。
「話をもどすが、検問は荷物検査と聞き取りがある。本人確認はギルド名簿を照会してもらえばいいが、その他の質問でヘンな質問をしないでくれ」
「ほかにどんな質問があるの?」
「いい質問だグレース。たとえば出身地や年齢などを訊ねられる」
「それはどう答えれば」
さんかい噛んでごっくんした修道女が不安気な表情になった。
「キミたちは異世界人としての登録があるからそれに関しては心配しなくていい。ただ年齢は今日の昼のような答えにすると不審がられるからやめてくれよ? ちゃんと実年齢で返してくれ」
(はーい……でもほんとのことなんだけどなぁ)
なんでかしらないけどそういう自信があります。
「それらを突破してしまえば、あとは自由と平和の街フラーを満喫できる。人口およそ十万人、世界有数の大都市だ」
「じゅうまんにん!」
それって多いの?
「都市法によってフラーでは一年と一日以上滞在してれば市民権を得られる。それを求めて国の各地から人がやってくるんだ。メシ、食材が集う市場、旅の宿に娯楽施設なんでもござれ。もちろん酒場もな」
(それはいらない)
「異世界人を受け入れるコミューンや、以前言ったような異世界人だけを集めたパーティーもあるそうだし、どうだ? 旅の終焉後はとりあえずフラーに一年滞在して市民権を得るってのもありだと思うぞ」
「それは、考えたこともなかったな」
スプリットくんがわりと真剣に悩んでる。そんななかキッパリとお断りのことばを返す少女がひとり。
「あたしは教会に帰ります」
「私もいったんエルフの里に戻ろうと思う。その後のことはわからないが」
「オレは、まあその選択肢もアリだよな」
「アタイはこの身体を鍛えられるならどこでもいいよ」
「ふむ、それぞれ己の進むべき道があるのだな――グレースはどうだ?」
「わたし? んー」
どうなんだろ?
もともと行き倒れになりかけたのをオジサンに助けてもらって、人が集まるところまで案内してもらって、スプリットくんと出会って、そしてマモノの襲撃を受けた。
その時の出来事をおうさまに言わなきゃいけなくて、でもその後のことなんてまったく考えてなかった。この先わたしはどうすればいいんだろう?
「よくわかんない」
結局、わたしはそんなことばしか口から発することができなかった。