まほうのりくつ
剣と魔法のファンタジー
「いつも悪いな」
「命に勝る恩はない。ならぜんぜん恩を返せてないよ」
オジサンはおばあちゃんから布袋をうけとり、おばあちゃんはシワくちゃな笑顔をオジサンに向けた。
「相変わらず一人称を使わないんだな」
「隠密に"個人"はいらない。引退したって染み付いたしつけはなおらんさ。それより坊や、ちったぁ動けるようになったかね?」
おばあちゃんがオジサンのうしろを覗き込む。スプリットくんは手をグーパーして、ブンブンしてから答えた。
「ばーさんすげえな。ただ葉っぱをくっつけただけなのにもう治っちまったぜ」
「痛みを感じなくしてるだけさ。ムリすると元の木阿弥だからね」
日差しが横から差し込むような早朝。人々がまだ起き出して間もないころ、わたしたちは出発の準備を済ませていた。
それでね、おばあちゃん大出血サービスでそれぞれにプレゼントをくれたんだよ!
ビーちゃんとサっちゃんはなんかヘンな粉? みたいなのをもらってた。サっちゃんは「これで筋トレ効果アップだぜ!」なんて宝物みたいに大事に抱えて、ビーちゃんは「これで痛みがやわらぐ」ってお腹を抑えてた。食べ過ぎかな?
「いままでありがとう! おさかな、とてもおいしかったです」
「また遊びにおいで。そんときゃ山の幸も用意しとくよ……オトモダチとして待ってるからね」
「うん!」
別れはちょっぴり悲しいけれど、あいさつを済ませ、わたしたちはまた旅立つ。
これからまた何日も歩かなきゃならない。あったかいベッドやオフトゥンとはしばらくサヨナラ。それでもみんなといっしょなら楽しい旅になるよね?
「…………………………すまん」
この中でいちばんの年長者がいちばん情けない顔をしてる。
目の前には寝袋がワンセット。お荷物になるからいくつも持てなくて、ふたつしかない貴重なキチョーなそれなのです。
で、そのうちのひとつが見るも無惨な姿になっています。それはなんでかというとですね?
「トゥーサがいつもゴザ寝してるからと寝袋を勧めるつもりで、それでトゥーサが入れる大きさにしてやろうとムリヤリ広げようとしてこうなった、そういうことですか」
「はい」
「……そうか」
ビーちゃん、額のすみっこに血管が浮き出ております。ってゆーかわたしも非難ゴーゴーなんですけど?
いやなんでって、だってコレ本日グレースちゃんが入居するおうちだったのよ? それが――。
「なんで」
なんということでしょう。旅人の疲れを癒やす快適空間が、匠の手によって通気性バツグンのボロ雑巾へと変貌したではありませんか。
「はぁ……まあ、破れたものは縫えばいい。飛び散った羽毛はあつめるだけ集めるから、その間に準備をすすめておいてくれ」
ビーちゃんが自分の手荷物からお裁縫セットを取り出した。エルフさんたちから武器のお手入れや破れた服を直すスキルも教わったんだって。料理に縫い物になんでもできるんだね。
ってことで、本日お料理担当をつとめることになりましたグレースです。よろしくおねがいします。
って言ってもただ単純に火を起こして木の枝で台つくって、同じように木の棒を刺したおにくをぶら下げるだけなのですけどね。
さいしょぜんっぜんダメだったんだけどね~。火起こしも組み立ても出来なかったんだけど、オジサンに教わってちょっとずつできるようになったの。ほめて!
あとはそれをぐーるぐーるしてジョーズに焼けるまで待つだけ。たまに失敗しちゃうけど表面削ればいいのだよ。
「戦いに行くってワケじゃないが、パーティが増えてくると魔術師と僧侶がほしくなるな」
ビーちゃんからのおしかりで意気消沈してたオジサン。シュンとした気持ちはおいしいものを食べて捨て去った。
「ねえねえ、魔術師ってどんな魔法つかうの?」
「どんなと言われてもな……なんでもできる、と私は思った。手から炎や氷を生み出したり、あるいは気流を変え逆巻く風を操りたり、そうだ、地面を隆起させる魔法もあったな」
「それなら見たことあるぜ」
道端の石に腰を下ろしていたスプリットくんが言った。
「嵐で道がメチャクチャになってたことがあったんだ。それで馬車が通れなかったんだけど、たまたま通りかかったヤツが魔術師で、地面に手をついてなんかしゃべってたな」
「呪文だな。理屈はよく知らんが、たしか力ある存在に助力を乞うて、一時的に力を分けてもらうらしい。あの時のニンフ、エコー殿もそうだ」
「エコー。あの人が」
脳裏に艷やかな髪の女性が浮かぶ。圧倒的な存在感で周囲よりけっこー浮いてた。でもふしぎと森のなかで一体化してて、まるで深い森のなかに佇むかみさまみたいな。
「魔法といったらエルフのほうが詳しいんじゃないか?」
オジサンがビシェルを一瞥した。
「同じことしか聞いてない。魔法はあまり教わらなかったからな。それは才能による部分が大きく、エルフの中でも特に秀でたものは世界そのものに影響を及ぼすような魔法も使用可能らしい。しかし呪文の文法や理屈をまる暗記すれば、その――」
「ふっ、淀むことはない。あの者たちはこう言ったのだろう?」
オジサンはどこか遠くを見ている。夜空の星か炎のゆらめきか。わたしにはわからなかった。
「才能のカケラもない人間でも使えなくもない」
「ケッ、あのツンツンしたエルフ女イヤそうな目で見てきやがっていけ好かねー」
「へぇ、エルフは人間を嫌ってんのかい?」
「いーや違うぞトゥーサ。嫌ってるじゃなく見下してるんだ」
「はは、そりゃよけーにタチ悪い」
「そう言うな。彼らとて好きでそうなったワケじゃない。エルフの寿命は人間と比べて長くてな。わたしたちにとって数世代前の出来事でもエルフにとっては当代、もしくはいち世代程度しか時が進んでない――スプリット、お前が背負ってるその武器は、はるか昔多くのエルフを屠ってきたのだ」
「エルフと人間が戦ってた時代があったの?」
「ずっと昔の話だ。人間の開拓による破壊。森に生きるエルフたちのことだ、森林を片っ端から伐採して家を組み立てていく人間を恨んだだろう……そして魔王は人間と戦うことになった」
(ふーんそうなんだ――あれ?)
なんで人間はじゃないんだろう?
「命に勝る恩はない。ならぜんぜん恩を返せてないよ」
オジサンはおばあちゃんから布袋をうけとり、おばあちゃんはシワくちゃな笑顔をオジサンに向けた。
「相変わらず一人称を使わないんだな」
「隠密に"個人"はいらない。引退したって染み付いたしつけはなおらんさ。それより坊や、ちったぁ動けるようになったかね?」
おばあちゃんがオジサンのうしろを覗き込む。スプリットくんは手をグーパーして、ブンブンしてから答えた。
「ばーさんすげえな。ただ葉っぱをくっつけただけなのにもう治っちまったぜ」
「痛みを感じなくしてるだけさ。ムリすると元の木阿弥だからね」
日差しが横から差し込むような早朝。人々がまだ起き出して間もないころ、わたしたちは出発の準備を済ませていた。
それでね、おばあちゃん大出血サービスでそれぞれにプレゼントをくれたんだよ!
ビーちゃんとサっちゃんはなんかヘンな粉? みたいなのをもらってた。サっちゃんは「これで筋トレ効果アップだぜ!」なんて宝物みたいに大事に抱えて、ビーちゃんは「これで痛みがやわらぐ」ってお腹を抑えてた。食べ過ぎかな?
「いままでありがとう! おさかな、とてもおいしかったです」
「また遊びにおいで。そんときゃ山の幸も用意しとくよ……オトモダチとして待ってるからね」
「うん!」
別れはちょっぴり悲しいけれど、あいさつを済ませ、わたしたちはまた旅立つ。
これからまた何日も歩かなきゃならない。あったかいベッドやオフトゥンとはしばらくサヨナラ。それでもみんなといっしょなら楽しい旅になるよね?
「…………………………すまん」
この中でいちばんの年長者がいちばん情けない顔をしてる。
目の前には寝袋がワンセット。お荷物になるからいくつも持てなくて、ふたつしかない貴重なキチョーなそれなのです。
で、そのうちのひとつが見るも無惨な姿になっています。それはなんでかというとですね?
「トゥーサがいつもゴザ寝してるからと寝袋を勧めるつもりで、それでトゥーサが入れる大きさにしてやろうとムリヤリ広げようとしてこうなった、そういうことですか」
「はい」
「……そうか」
ビーちゃん、額のすみっこに血管が浮き出ております。ってゆーかわたしも非難ゴーゴーなんですけど?
いやなんでって、だってコレ本日グレースちゃんが入居するおうちだったのよ? それが――。
「なんで」
なんということでしょう。旅人の疲れを癒やす快適空間が、匠の手によって通気性バツグンのボロ雑巾へと変貌したではありませんか。
「はぁ……まあ、破れたものは縫えばいい。飛び散った羽毛はあつめるだけ集めるから、その間に準備をすすめておいてくれ」
ビーちゃんが自分の手荷物からお裁縫セットを取り出した。エルフさんたちから武器のお手入れや破れた服を直すスキルも教わったんだって。料理に縫い物になんでもできるんだね。
ってことで、本日お料理担当をつとめることになりましたグレースです。よろしくおねがいします。
って言ってもただ単純に火を起こして木の枝で台つくって、同じように木の棒を刺したおにくをぶら下げるだけなのですけどね。
さいしょぜんっぜんダメだったんだけどね~。火起こしも組み立ても出来なかったんだけど、オジサンに教わってちょっとずつできるようになったの。ほめて!
あとはそれをぐーるぐーるしてジョーズに焼けるまで待つだけ。たまに失敗しちゃうけど表面削ればいいのだよ。
「戦いに行くってワケじゃないが、パーティが増えてくると魔術師と僧侶がほしくなるな」
ビーちゃんからのおしかりで意気消沈してたオジサン。シュンとした気持ちはおいしいものを食べて捨て去った。
「ねえねえ、魔術師ってどんな魔法つかうの?」
「どんなと言われてもな……なんでもできる、と私は思った。手から炎や氷を生み出したり、あるいは気流を変え逆巻く風を操りたり、そうだ、地面を隆起させる魔法もあったな」
「それなら見たことあるぜ」
道端の石に腰を下ろしていたスプリットくんが言った。
「嵐で道がメチャクチャになってたことがあったんだ。それで馬車が通れなかったんだけど、たまたま通りかかったヤツが魔術師で、地面に手をついてなんかしゃべってたな」
「呪文だな。理屈はよく知らんが、たしか力ある存在に助力を乞うて、一時的に力を分けてもらうらしい。あの時のニンフ、エコー殿もそうだ」
「エコー。あの人が」
脳裏に艷やかな髪の女性が浮かぶ。圧倒的な存在感で周囲よりけっこー浮いてた。でもふしぎと森のなかで一体化してて、まるで深い森のなかに佇むかみさまみたいな。
「魔法といったらエルフのほうが詳しいんじゃないか?」
オジサンがビシェルを一瞥した。
「同じことしか聞いてない。魔法はあまり教わらなかったからな。それは才能による部分が大きく、エルフの中でも特に秀でたものは世界そのものに影響を及ぼすような魔法も使用可能らしい。しかし呪文の文法や理屈をまる暗記すれば、その――」
「ふっ、淀むことはない。あの者たちはこう言ったのだろう?」
オジサンはどこか遠くを見ている。夜空の星か炎のゆらめきか。わたしにはわからなかった。
「才能のカケラもない人間でも使えなくもない」
「ケッ、あのツンツンしたエルフ女イヤそうな目で見てきやがっていけ好かねー」
「へぇ、エルフは人間を嫌ってんのかい?」
「いーや違うぞトゥーサ。嫌ってるじゃなく見下してるんだ」
「はは、そりゃよけーにタチ悪い」
「そう言うな。彼らとて好きでそうなったワケじゃない。エルフの寿命は人間と比べて長くてな。わたしたちにとって数世代前の出来事でもエルフにとっては当代、もしくはいち世代程度しか時が進んでない――スプリット、お前が背負ってるその武器は、はるか昔多くのエルフを屠ってきたのだ」
「エルフと人間が戦ってた時代があったの?」
「ずっと昔の話だ。人間の開拓による破壊。森に生きるエルフたちのことだ、森林を片っ端から伐採して家を組み立てていく人間を恨んだだろう……そして魔王は人間と戦うことになった」
(ふーんそうなんだ――あれ?)
なんで人間はじゃないんだろう?