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 少年の名前を出すと、アリアは視線を下ろした。

「正直なところ、こんなことになってしまった以上、ユウはもう家に帰したいんだよなぁ」

 低い調子で呟く彼女に対し、少し仕返ししたくなったトリオは意地悪い口調で尋ねることにした。

「何じゃ、あんなに楽しそうなのに、帰したらもう会えんぞ?」

 聞かれた相手は一度肩を動かした後に、大げさに眉を顰めた。

「……何の話だよ」
「ユウの話じゃって。話すの楽しいんじゃろ? ワレ、随分可愛子ぶって猫被っちょるし。あいつもまんざらでもなさそうじゃしな」
「そんな訳ないだろ! フザけんな!」

 両手で握り拳を作って、アリアは抗議しているが、その意見は流すことにした。

 二人は随分気が合っている。
 出会った直後はユウが「可愛い」と呟く程度だった。しかし、フミの町でアリアがユウの看病をした頃には、何があったかは知らないが、すっかり仲が良くなっていた。
 妙な距離の近さにマチルダが指摘した時は、ユウは慌て、アリアはしらばっくれていたが、後で大人二人で「あれは最終的にデキる」と頷きあった。

 道中、マチルダが「あれ見てよ。アリアちゃんかわいー」と話しかけてきた。そちらを見ると、こちらに対しては白い頬を桃色に染めて笑顔でユウに話しかけるアリアがいた。

 ユウに対するアリアは、意識的になのか、否なのか、トリオと話している時よりも若干気取った態度で接している。下品なことも荒い口調も出していない。

 ユウは割と分かりやすく喜んでいる。

 大人二人としては、互いに唯一争わない共通項として利用していたところはある。
 二人の様子を見たマチルダは「あれよね。恋愛なんて、結局自分があれこれ悩むより、他人が主役の話を見る方が無責任で楽しいのよ」と溜め息をついていた。一体どんな修羅場があったのか尋ねた時は別の世界へ逝きかけたが、言いたいことは共感はできた。

 下世話なのは分かっている。
 ただ、人の恋愛が始まる場面を見るのは物凄く楽しかった。

 そういうことで、いつも彼女がトリオに言っていたような調子で言ってみたが、激しく顔を歪めてきた。かつての姿でも、今の整った姿でもそぐわない。

「妙なことを言わないで欲しい。私は、ユウとは普通に話してるだけだ!」
「いや、ユウに対する態度、えらく愛想が良いじゃろ」
「下世話な話すんなこの俗物が。消すぞ」

 限りなく低い声で不機嫌そうに言い捨てるアリアに、トリオは抗議する。

「消すな。そもそも、よくからかってきたのはそっちじゃろ」
「失敬な! あなた方みたいに、以前はスキンシップ、今は言葉責めでいちゃいちゃベタベタしているのとは違うんです。あぁ、無垢な永遠の十六歳の私がエロい鳥に汚される! 何も喋んな!」

 恥ずかしさを誤魔化したいのだろう、頬が朱に染まっているアリアは赤い耳を押さえた。トリオは言い捨てる。

「どっちもしとらんわ。そもそも前に汚したいと言ってたのどこのどいつじゃ」
「大昔のいんちき聖女でしょ。知らない! 道中やらしくただれまくっている人の話なんて記憶にない」
「旅していたときは何もしてないの知っとるじゃろ」
「同棲させた嫁入り前の若い娘に対してやりまくった自慢うざっ」

 早口で言い放つアリアの言葉に対し、反論したい部分についてちゃんと返す。

「いや、じゃからそれは、こっちは住む前にちゃんと籍入れたかったのに、あっちが一ヶ月あけろと言うたんじゃってば」
「早速尻に敷かれてんじゃないよ! やだやだ! お嬢様系清純派美少女の私に変なこと吹き込むな。耳がエロくなってカブれる!」

 アリアは耳を更に強く塞ぎ、首を激しく横に振った。トリオは彼女の耳元まで飛び上がり怒鳴った。

「そんな話しとらんじゃろ! ……で、そんなことより、ユウの話じゃ」

 こちらの耳と嘴がかぶれそうになったため、寝台に着地したトリオは話を戻した。

「そこまで誤魔化そうとするのなら、結局ユウと離れたくないんじゃないのか?」
「誤魔化してない!」

 アリアはトリオをを見ずにそっぽを向いている。膨らませた頬は朱いままだ。
 話がこれ以上進まなそうだと危惧していた頃、アリアは頬を戻し、唇を噛み締めた。眉は相変わらず顰めている。

「こんなことあった以上、私は彼を巻き込みたくない。ユウはあなた方とは違って普通の人間だからさ。危険なんだよ」

 やや揺れる声でアリアは訴えた。

 普通の人間。
 能力については異論はあるが、立場としてはトリオは普通の人間ではないのは、認めざるを得ない。

 認めたくないのはやまやまだが、今は鳥という部分を除いても、人の姿の時はこの土地では目立った容姿ではあったし、ニルレンと出会い方もなかなか特殊ではあったし、世界を救った英雄の一行の一人ではあるし、珍しい力は持ってはいるし、自分にしか扱えないものもあった。

 不本意だが、唯一無二の属性を多く持つとは思う。
 多くは全く望んでいないものばかりなのだが、それでも自分が選んできたものも少しはある。
 反対側の寝台から少し動く音がした。そちらを見ると、未だ寝ているマチルダが右腕を大きく動かしたようだ。

「あなた達とは違うんだ」

 アリアが紡ぐ言葉は震えている。

「ユウは、冒険者とは縁のないウヅキ村に住む、地味でおとなしくて存在感の薄い、人に流されやすい所もある、ちょっと頭の良いごく普通の少年なんだ」
「そうじゃな」

 利発ではあるけど、影が薄くて流されやすい押しの弱い村人の少年。

「だから、ここまで来れたんじゃろ?」
「そうさ。だから、私が気をつければ一緒にいられると思ったんだ」
「そうじゃな。ユウが一緒の方がワシもええしな」

 ユウは、トリオにとっては今や大切な仲間だ。アリアにとっても同様だろう。もっともアリアはそれ以外の感情ももっているだろうが。
 アリアは唇を噛み締め、頭を大きく振った。

「でも、もう限界だよ。彼は頭が良いからこのままじゃまた気付かれちゃう。私の力だけでは彼を消してしまうところだった。私では彼を守れない」
「そうはいっても、アルバートがおるんなら対処はできるじゃろ。アリア一人が頑張らんでもええんじゃないか?」
「そうかも知れないけど、危ないよ。ウヅキ村に戻すべきだ。危険な目にあわせたくない。帰ってもらう!」

 強く言い切るアリアに、トリオはこう返すことにした。

「ワシはユウが決めた方を支持するからな」

 トリオの言葉に顔を顰めたアリアは何かを言いかけようとした。

 しかし、扉からのノックの音で瞬時にやめ、素早く立ち上がった。

「ユウ!」
「話したかったんじゃろ?」

 頷きかけた後、アリアは大きく首を振った。

「違う! 心配してただけだ!」
「はいはい。それでええわ」

 訂正するのが億劫になったトリオはそのままアリアの言葉を肯定することにした。その態度に不服そうな彼女はトリオを睨む。

「あと、ユウは絶対帰すからね!」
「はいはい」
「いいか。邪魔するなら、てめえの羽根をむしり取ってやるからな!」

 言い捨てた後、扉へ急ぎ足で向かうアリアを確認した後、トリオはマチルダの側まで飛んでいき、顔を左の翼で仰いだ。マチルダは目を開ける。

「あれ? わたし、座ってなかったっけ?」
「疲れたんじゃろ。突然寝よったわ」
「うーん、そう? さっぱり覚えてないわ」

 顔を顰めるマチルダを見た。
 扉を開けて、少し華やいだ声を出すアリアとは対象的に、姿も声も同じだが、こちらは仕草も言うことも違う。
 しかし。

「……寝顔と寝起きは変わらんな」
「ん? あんた何か言った?」
「何も言うちょらんわ」

 何も知らない閉じた世界にいた彼女を外の世界へ連れ出した。何年間も側にいて共に戦い、事が終わって一緒に住んでからは愛の言葉を言って言われ、抱きつかれ抱きしめた。
 恐らく二度と味わえないであろうその体温とその柔らかい感触をトリオは思い出し、首を振った。
7章終わりです。
視点が変わると見える世界も変わるため、文体やら相手の反応やら評価やら変わるだろうと遊んでみましたが、アダルティはこれで終了です(笑)
8章からはユウに戻ります。

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