残酷な描写あり
R-15
193 菓子
リューナの目の診察は病院の院長と命の大神官ウィタムの二人で行われた。
「偉い人たちに囲まれて緊張した……」
「あたしもびっくりしたよ」
セレインはリューナの診察に付き添ってくれていた。彼女はリューナが神の子だと知らない。そのため大神官がいることに相当驚いたようだ。昼食の際、そのときの話を皆に聞かせた。
「なんか、病気とか障害じゃなくて呪いみたいな感じなんだって」
「呪い……」
神の子の力を封じたというのだから、確かにそういうものなのかもしれない。詳しくは闇の都へ行かないと教えてもらえないとのことだ。いずれ行くつもりではあるが、まだここでやることがある。
「私を狙ってる人たちが呪いをかけたのかな?」
「そうかもしれないね」
「だったら、呪いが解ければ見えるようになるってことだよね。期待してもいいのかな……」
リューナの口元が少し緩んだ。
「絶対に見えるようになるよ! 呪いは医療の領分じゃないからあたしじゃ役に立てないけど、呪いなら各地の大神官に聞けばなんとかなりそうだもの」
「……うん」
嬉しそうに微笑むリューナをフォスターは複雑な気持ちで見ていた。
その「呪い」とは神の力を封じるためのものだ。力が解放されたらどうなるのだろう。ただ見えるようになって喜ぶだけなら良いのだが、神の自覚とやらが出て、リューナがリューナで無くなってしまうかもしれない。そうなったら家族の元に居てくれるのだろうか。
「ねえ。もうちょっと嬉しそうな顔をしたらどうなのよ」
「え?」
セレインに突っ込まれて焦る。
「きっとフォスターはー、そうなったらリューナちゃんに頼られなくなって寂しいなーって思ってるんだよー」
ファイスールが戯けて助け舟を出した。
「そうなの?」
リューナは途端に嬉しそうな声を出す。
「え、あ、まあ、うん」
「えへへ。見えるようになってもフォスターには頼るからね」
ファイスールとテレクエルは毎食では無いものの、ほぼ毎日どこかの時間の食事を共にしていた。フォスターとカイルはもうすっかり慣れてタメ口をきくようになっている。
双子とは対照的にカイルの存在感が薄くなっていた。心ここにあらずといった様子のときと、そわそわして落ち着かない場合があった。今日は後者である。
「カイル、この後何か用事でもあるのか?」
「え? 特に無いけど?」
「仕事でも入れたのかと思った。なんか落ち着きがないから」
「そ、そうかな」
普段は荷運びなどの日雇いの仕事をしているが今日は入れていなかったらしい。
「部屋に忘れ物しちゃったから、それでじゃないかな」
「忘れ物?」
「うん」
「何を忘れたのー?」
「クッキー」
「前に言ってたやつ?」
「うん。無いと口がさみしいというか……」
テレクエルとセレインは顔を見合わせた。
「そんなに美味しいなら食べてみたいなー。今度味見させてよー」
「えっ、ダメだよ! もう残りが少ないから人にあげられない!」
ファイスールの言葉を聞いてカイルは焦ったように帰り支度をし始めた。
「じゃあ、またね!」
去っていく後ろ姿を見送りながらテレクエルとセレインが小声で話す。
「……あれはまずいんじゃないか」
「やっぱりそう思うよね?」
「? 何が?」
フォスターが訊くとファイスールが口を挟む。
「『例の薬』じゃないかってことだよー」
「は?」
「えっ?」
フォスターとリューナは揃って驚きの声を上げた。
「講義で教わった初期症状そのまんまだもの」
「僕もそう思う」
「この前遊びに行ったときも食べてたよねー」
「え、いや、だってクッキーだよ?」
「だから、それに『薬』を混ぜたんだろうね。菓子に混ぜたって話は初耳だけど」
テレクエルの言葉に兄妹で動揺した。
「で、でも、私もフォスターもそのクッキー食べたけど、なんともないよ?」
「だって同じクッキーを折って分けたんじゃないでしょ? 普通のと薬入りが混ざってて、あなたたちが食べたのは丁度薬が入ってなかったんじゃない?」
「俺は口に合わなくて一枚しか食べなかったしな……」
「私は結構食べたよ?」
「んー、きっと運が良かったんじゃないかなー」
リューナが「例の薬」を摂取しても神の子なので何とも無いのだろう。ファイスールは誤魔化すため軽くそう言った。
「ど、どうしよう……」
『早いうちならまだ助かるだろ。後を追ったほうがいい』
いつになく真剣な様子でビスタークが提案した。「例の薬」についてビスタークは思うところがあるのだ。フォスターは慌てて立ち上がる。
「俺、カイルの部屋に行ってくる! 今日の仕事断わらないと……」
「わ、私も行く!」
「リューナはダメだよ。そうやって慌てたところを攫おうとしてるのかもしれないし」
セレインに嗜められた。
「男手があったほうがいいでしょ。僕も一緒に行くよ。ここに連れてきて入院させよう」
「テレク、神衛に知らせて一緒に行ったほうがいいんじゃない?」
「じゃあファイスは呼んできてくれるか」
「ここも手薄になっちゃうから、近くの神衛に警備も頼んでくるねー。ちょっとだけ待っててー」
ファイスールは食堂の入口で警備をしている神衛兵へ知らせに行った。神衛兵は通信石で連絡を取っている。
「カイル、大丈夫かな……。死んじゃったりしないよね!? 私が狙われてるせい? どうしよう、どうしよう!」
リューナが青ざめてパニックになっている。以前忘却神の町で「薬」の被害者の話を聞いているので心配で仕方ないのだろう。
「お前のせいじゃない。死なないよ、落ち着け」
「まだ初期だから適切な処置をすれば大丈夫よ」
「早いうちに気付けてよかったよ」
医療を志す二人がいたから気付けたのだ。フォスターとリューナだけでは気付けなかったかもしれない。
ファイスールが神衛兵を二人連れて戻って来た。
「警備の神衛は部屋の中にも入口にも何人かいるから、もう行っても大丈夫ー。彼らを一緒に連れて行ってきてー」
「ありがとう、ファイス。では、よろしくお願いします。フォスターは仕事の手続きしてきなよ」
「わかった。じゃあ後から追いかける」
「うん」
テレクエルは神衛兵二人を連れて先に出発した。フォスターは後から出たが、カイルの借りている部屋へ着く前にテレクエルたちと合流できた。
「部屋にいるといいんだけど」
「あの様子だとすぐに薬がほしいみたいだったからいるでしょ」
緊張しながら部屋の扉をノックすると呑気な返事が聞こえた。
「あれー? みんな、どうしたのー?」
何事も無かったようなカイルの言葉にフォスターは拍子抜けした。しかしテレクエルの緊張は解けていない。
「クッキー、美味しかった?」
「うん。今食べたところ。なんか、フワフワしてすっごい幸せな気分になれるんだよねー」
カイルは幸せそうにニコニコと微笑んでいる。
「そうか。じゃあ、ちょっと僕たちに付き合ってくれないかな?」
「ん? どっか行くの?」
「うん。病院行こう」
「病院? なんで?」
「リューナちゃんが待ってるよ」
「リューナが?」
少し嬉しそうである。
「じゃあフォスター、連れて行って」
「わかった。ほら、行くぞ、カイル。リューナが心配してるぞ」
「んー? よくわかんないけど、リューナが待ってるなら行くー」
へらへらしている。やはり様子がおかしい。フォスターがカイルを外へ連れ出すとテレクエルは神衛兵二人に目で合図した。三人でカイルの部屋へ入っていく。うち一人は入ってすぐのところで立ち止まり壁役になる。
「あれ? なんで?」
カイルが不審がっていると、テレクエルが目的の物を見つけた。
「これか」
テーブルの上に置かれていた瓶を取り上げ神衛兵へ渡した。
「あ! 俺のクッキー!」
カイルが慌てて部屋へ入ろうとするが神衛兵とフォスターに止められた。
「何するんだ! 俺の! 俺のだぞ! 返せ!」
カイルの様子が豹変し、攻撃的になる。今にも飛びついて噛みつきそうな野生動物のようだった。フォスターはカイルを羽交い締めにしてテレクエルのところへ行かせまいとするが、普段のカイルとは違う尋常ではない力に壁役の神衛兵と二人がかりで押さえつけることとなった。幼馴染のあまりの変わりようにフォスターは恐怖した。
「偉い人たちに囲まれて緊張した……」
「あたしもびっくりしたよ」
セレインはリューナの診察に付き添ってくれていた。彼女はリューナが神の子だと知らない。そのため大神官がいることに相当驚いたようだ。昼食の際、そのときの話を皆に聞かせた。
「なんか、病気とか障害じゃなくて呪いみたいな感じなんだって」
「呪い……」
神の子の力を封じたというのだから、確かにそういうものなのかもしれない。詳しくは闇の都へ行かないと教えてもらえないとのことだ。いずれ行くつもりではあるが、まだここでやることがある。
「私を狙ってる人たちが呪いをかけたのかな?」
「そうかもしれないね」
「だったら、呪いが解ければ見えるようになるってことだよね。期待してもいいのかな……」
リューナの口元が少し緩んだ。
「絶対に見えるようになるよ! 呪いは医療の領分じゃないからあたしじゃ役に立てないけど、呪いなら各地の大神官に聞けばなんとかなりそうだもの」
「……うん」
嬉しそうに微笑むリューナをフォスターは複雑な気持ちで見ていた。
その「呪い」とは神の力を封じるためのものだ。力が解放されたらどうなるのだろう。ただ見えるようになって喜ぶだけなら良いのだが、神の自覚とやらが出て、リューナがリューナで無くなってしまうかもしれない。そうなったら家族の元に居てくれるのだろうか。
「ねえ。もうちょっと嬉しそうな顔をしたらどうなのよ」
「え?」
セレインに突っ込まれて焦る。
「きっとフォスターはー、そうなったらリューナちゃんに頼られなくなって寂しいなーって思ってるんだよー」
ファイスールが戯けて助け舟を出した。
「そうなの?」
リューナは途端に嬉しそうな声を出す。
「え、あ、まあ、うん」
「えへへ。見えるようになってもフォスターには頼るからね」
ファイスールとテレクエルは毎食では無いものの、ほぼ毎日どこかの時間の食事を共にしていた。フォスターとカイルはもうすっかり慣れてタメ口をきくようになっている。
双子とは対照的にカイルの存在感が薄くなっていた。心ここにあらずといった様子のときと、そわそわして落ち着かない場合があった。今日は後者である。
「カイル、この後何か用事でもあるのか?」
「え? 特に無いけど?」
「仕事でも入れたのかと思った。なんか落ち着きがないから」
「そ、そうかな」
普段は荷運びなどの日雇いの仕事をしているが今日は入れていなかったらしい。
「部屋に忘れ物しちゃったから、それでじゃないかな」
「忘れ物?」
「うん」
「何を忘れたのー?」
「クッキー」
「前に言ってたやつ?」
「うん。無いと口がさみしいというか……」
テレクエルとセレインは顔を見合わせた。
「そんなに美味しいなら食べてみたいなー。今度味見させてよー」
「えっ、ダメだよ! もう残りが少ないから人にあげられない!」
ファイスールの言葉を聞いてカイルは焦ったように帰り支度をし始めた。
「じゃあ、またね!」
去っていく後ろ姿を見送りながらテレクエルとセレインが小声で話す。
「……あれはまずいんじゃないか」
「やっぱりそう思うよね?」
「? 何が?」
フォスターが訊くとファイスールが口を挟む。
「『例の薬』じゃないかってことだよー」
「は?」
「えっ?」
フォスターとリューナは揃って驚きの声を上げた。
「講義で教わった初期症状そのまんまだもの」
「僕もそう思う」
「この前遊びに行ったときも食べてたよねー」
「え、いや、だってクッキーだよ?」
「だから、それに『薬』を混ぜたんだろうね。菓子に混ぜたって話は初耳だけど」
テレクエルの言葉に兄妹で動揺した。
「で、でも、私もフォスターもそのクッキー食べたけど、なんともないよ?」
「だって同じクッキーを折って分けたんじゃないでしょ? 普通のと薬入りが混ざってて、あなたたちが食べたのは丁度薬が入ってなかったんじゃない?」
「俺は口に合わなくて一枚しか食べなかったしな……」
「私は結構食べたよ?」
「んー、きっと運が良かったんじゃないかなー」
リューナが「例の薬」を摂取しても神の子なので何とも無いのだろう。ファイスールは誤魔化すため軽くそう言った。
「ど、どうしよう……」
『早いうちならまだ助かるだろ。後を追ったほうがいい』
いつになく真剣な様子でビスタークが提案した。「例の薬」についてビスタークは思うところがあるのだ。フォスターは慌てて立ち上がる。
「俺、カイルの部屋に行ってくる! 今日の仕事断わらないと……」
「わ、私も行く!」
「リューナはダメだよ。そうやって慌てたところを攫おうとしてるのかもしれないし」
セレインに嗜められた。
「男手があったほうがいいでしょ。僕も一緒に行くよ。ここに連れてきて入院させよう」
「テレク、神衛に知らせて一緒に行ったほうがいいんじゃない?」
「じゃあファイスは呼んできてくれるか」
「ここも手薄になっちゃうから、近くの神衛に警備も頼んでくるねー。ちょっとだけ待っててー」
ファイスールは食堂の入口で警備をしている神衛兵へ知らせに行った。神衛兵は通信石で連絡を取っている。
「カイル、大丈夫かな……。死んじゃったりしないよね!? 私が狙われてるせい? どうしよう、どうしよう!」
リューナが青ざめてパニックになっている。以前忘却神の町で「薬」の被害者の話を聞いているので心配で仕方ないのだろう。
「お前のせいじゃない。死なないよ、落ち着け」
「まだ初期だから適切な処置をすれば大丈夫よ」
「早いうちに気付けてよかったよ」
医療を志す二人がいたから気付けたのだ。フォスターとリューナだけでは気付けなかったかもしれない。
ファイスールが神衛兵を二人連れて戻って来た。
「警備の神衛は部屋の中にも入口にも何人かいるから、もう行っても大丈夫ー。彼らを一緒に連れて行ってきてー」
「ありがとう、ファイス。では、よろしくお願いします。フォスターは仕事の手続きしてきなよ」
「わかった。じゃあ後から追いかける」
「うん」
テレクエルは神衛兵二人を連れて先に出発した。フォスターは後から出たが、カイルの借りている部屋へ着く前にテレクエルたちと合流できた。
「部屋にいるといいんだけど」
「あの様子だとすぐに薬がほしいみたいだったからいるでしょ」
緊張しながら部屋の扉をノックすると呑気な返事が聞こえた。
「あれー? みんな、どうしたのー?」
何事も無かったようなカイルの言葉にフォスターは拍子抜けした。しかしテレクエルの緊張は解けていない。
「クッキー、美味しかった?」
「うん。今食べたところ。なんか、フワフワしてすっごい幸せな気分になれるんだよねー」
カイルは幸せそうにニコニコと微笑んでいる。
「そうか。じゃあ、ちょっと僕たちに付き合ってくれないかな?」
「ん? どっか行くの?」
「うん。病院行こう」
「病院? なんで?」
「リューナちゃんが待ってるよ」
「リューナが?」
少し嬉しそうである。
「じゃあフォスター、連れて行って」
「わかった。ほら、行くぞ、カイル。リューナが心配してるぞ」
「んー? よくわかんないけど、リューナが待ってるなら行くー」
へらへらしている。やはり様子がおかしい。フォスターがカイルを外へ連れ出すとテレクエルは神衛兵二人に目で合図した。三人でカイルの部屋へ入っていく。うち一人は入ってすぐのところで立ち止まり壁役になる。
「あれ? なんで?」
カイルが不審がっていると、テレクエルが目的の物を見つけた。
「これか」
テーブルの上に置かれていた瓶を取り上げ神衛兵へ渡した。
「あ! 俺のクッキー!」
カイルが慌てて部屋へ入ろうとするが神衛兵とフォスターに止められた。
「何するんだ! 俺の! 俺のだぞ! 返せ!」
カイルの様子が豹変し、攻撃的になる。今にも飛びついて噛みつきそうな野生動物のようだった。フォスターはカイルを羽交い締めにしてテレクエルのところへ行かせまいとするが、普段のカイルとは違う尋常ではない力に壁役の神衛兵と二人がかりで押さえつけることとなった。幼馴染のあまりの変わりようにフォスターは恐怖した。