残酷な描写あり
R-15
140 追手
絹神の町で一泊し、翌日は徒歩で次の町へと移動した。町で赤ん坊を抱っこするための布製の吊り紐を買ったのでようやく両腕が使えるようになった。背負うことも考えたが攫われる恐れがあるのに自分の目に入らないところへやるのは躊躇われた。
港町まではだいぶ距離があるのに徒歩で移動したのは船の料金を考えるとあまり馬車に金を使いたくなかったからだ。反力石を使って軽く走ると飛距離が稼げる分、普通に歩くより速い。今のところ怪しい神衛兵とは遭遇しなかったので余裕もあった。
町を三つ移動している間は平和だったのだが、四つ目の町に向かう森の中の街道の途中でついに襲われた。後ろから走ってくる足音が聞こえたので振り向くと先日撒いた光の神衛兵らしき男だった。途中から急に足音が聞こえてきたので静寂石を使っていると思われた。
いきなり斬りつけてきたのを咄嗟に躱し、ルナと名付けた赤ん坊を前にぶら下げながら右手首の格納石に触れ剣を出現させる。剣圧で弾き飛ばした後、行方をくらませるため一度森へ入った。反力石で上空へ昇り暫く相手の様子を窺う。神衛兵は上方へ逃げたことには気付いていない様子で周囲を見回している。ビスタークは神衛兵の死角へ降りると再度剣圧を当てて木に激突させた。その衝撃で握っていた剣を離したのでそれを拾わせないよう足で離れたところへ蹴り飛ばす。硬い木に背中からぶつかったため座った姿勢で動けずにいる神衛兵の喉元へ剣先を当て質問する。
「お前ら、何者だ? こいつを攫ってどうするつもりだ?」
神衛兵はこちらを睨んだまま何も答えない。ルナが胸元にいるので相手に近づけないよう足で顔を蹴った。
「答えろ」
やはり何も答えない。次は鎧の隙間を中心に蹴りを数発入れた。さらに次は追ってこれないように足を重点的に痛めつけた。しかし、顔をしかめるなどの反応も無く、痛みを感じていないように見えてとても不気味だった。
「答えろ」
仕方なく喉元に当てている剣先をゆっくり横へ動かし、うっすらと傷を付ける。幼少期のトラウマが脳裏をよぎるがそれを悟られないように表情は平静を保ったままだ。
ルナが泣き出してしまったが、それどころではない。剣先を当てたまま、相手をじっと睨み付ける。神衛兵はずっと無表情で、まるで人形のようだった。動揺した様子も、怯えや怒りといった表情も全く無い。
このままでは埒が明かないと考え、気絶させることにした。首の頸動脈を締め付けて脳への血流を遮断する。絞めすぎたり気道を絞めると死んでしまうので少し手加減はした。気絶している間に次の町を通過してさらに先へと向かうつもりである。とにかく距離を取って逃げきれればいいのだ。
しかし、困った。次の町で宿に泊まって休むつもりだったのだ。ずっと赤ん坊を抱えたまま馬車を使わず移動しているので、宿に泊まる時くらいしか休めない。加えて夜中に泣かれると熟睡出来ないのである。それでも出来る限りベッドで横になりたいと思うほど疲れていた。金をケチらず大人しく馬車に乗って移動すればよかったと後悔している。気絶させた神衛兵がいつ目覚めるかはわからないが、こんな近くでそんな悠長にしていられない。宿に泊まったら押しかけてきて町民に迷惑をかけることになるかもしれない。
今は土の刻を半分過ぎた頃だ。もう半刻すると暗くなり始める。こんな時間に乗合馬車は出発しない。悩んだ挙げ句、夜通し歩いて移動することにした。休むのは次の町で馬車に乗ってそれからにしようと考えた。
「仕方ない、一日我慢だ」
そう自分に言い聞かせ、買い物だけはして町を通り過ぎた。そして夜通し街道を歩いた。本当は道を外れて歩きたかったが、光源石はあるものの夜は暗く周りがよく見えないことと土地勘が無いことに加え、森の中の道だったこともあり街道の端を歩いた。
町と町の中間地点あたりで、正面から歩いてくる者が見えた。まだ遠いが嫌な予感がした。この前とは別人のようだが神衛兵に見える。そしてその嫌な予感は当たった。
何もないふりをしてすれ違うところで急に襲われた。想定はしていたので格納石から即盾を出し相手の剣を受けると自分の剣を取り出し前と同じように剣圧で木に激突させた。するとこの神衛兵は何か神の石のようなものを取り出し上へと投げた。それは光と音を発生し、他の仲間に知らせているように思えた。その音を聞いたからなのか異常に気が付いたからなのかルナが泣き出した。
恐らくこの場に操られた神衛兵達が集まって来るのだろう。もういっそのことおびき寄せてしまったほうがいっぺんに済むかと考えることにした。集まって来るまでの間、襲って来た神衛兵に以前と同じ脅しと質問をしたが、反応は全く同じだった。追ってこれないように関節技を足に極めて骨を折り、首を締めて気絶させた。その間も神衛兵はずっと無表情だった。やはり全く何も感じていないようで不気味だった。ルナは泣き止まないが気にしている余裕は無かった。
光を見たからなのか、また新手がやって来ているのが見えた。しかし、たまたま通りかかっただけの光の都へ巡礼に向かう神衛兵見習いの可能性もある。夜中なので可能性は低いものの、節約で夜通し歩く人間もいるので全く無いとは言えない。絶対に敵とは言いきれないため向こうが攻撃を仕掛けてくるまでこちらからは手を出せなかった。結局また襲われたので余計な心配だったが。
その神衛兵も同じように気絶させたが、先ほどの神衛兵が意識を取り戻してしまった。しかも足を折ったというのに変な方向に足が曲がったまま立ち上がっている。無表情で痛みを感じているようにも見えない。
そこで人ではなく悪霊なのだろうかという考えがよぎった。しかし既に死んでいるなら首を締めて気絶もしないはずで、何より首を締めたときにちゃんと体温が感じられたので確かに生きている。この神衛兵達は誰に何をされたのか、どんな悪意に晒されているのか考えて背筋が寒くなった。
最初に襲ってきた光の神衛兵がやって来るのも遠目に見えた。恐らく三人目の神衛兵も近く目覚めるだろう。他にもまだ来るかもしれない。これでは堂々巡りである。そして赤ん坊も泣き止まない。疲れで良く頭が働いていない中、一つ案が浮かんだので足の折れた神衛兵の腕を掴んで上空に飛び上がった。鎧を木の先端に引っ掛けてぶら下げ、身動きが取れないようにした。今気絶している神衛兵も別の木にぶら下げる。これでかなり時間が稼げるだろうと考えた。今こちらへ向かって来ている光の神衛兵にも同じことをするつもりだった。
しかしそう上手くはいかなかった。木の上にぶら下げた神衛兵が枝を切り、骨折したような音をさせて着地し、また向かってきたのである。その身体はあちこちから出血していたが、本人は全く気にする様子が無かった。ビスタークが折った足は片方だけだったが、今は両方の足が普通では無い方向に曲がっている。明らかに異様であった。
両足が折れている神衛兵に気を取られていると追い付いてきた光の神衛兵が攻撃してくる。神の子は人間に傷付けられても死ぬことは無いので赤ん坊のことなどお構い無しのようだ。剣圧をぶつけて距離を取り戦っているうちに三人目の神衛兵が意識を取り戻し木の上から音を立てて落ちてきた。着地が上手くいかなかったようで、腕と首が異様な角度に曲がっていた。内臓が傷付いたのか口からも出血している。それでも自身を構うこと無くこちらを攻撃してくる。
「……いい加減にしろ!」
普通なら瀕死の状態であるにも関わらず動きが少し鈍いだけだ。自分の血を撒き散らしながら襲ってくる神衛兵に恐怖を覚える。むしろ殺したほうが相手にとって幸せなのではとすら思えた。
港町まではだいぶ距離があるのに徒歩で移動したのは船の料金を考えるとあまり馬車に金を使いたくなかったからだ。反力石を使って軽く走ると飛距離が稼げる分、普通に歩くより速い。今のところ怪しい神衛兵とは遭遇しなかったので余裕もあった。
町を三つ移動している間は平和だったのだが、四つ目の町に向かう森の中の街道の途中でついに襲われた。後ろから走ってくる足音が聞こえたので振り向くと先日撒いた光の神衛兵らしき男だった。途中から急に足音が聞こえてきたので静寂石を使っていると思われた。
いきなり斬りつけてきたのを咄嗟に躱し、ルナと名付けた赤ん坊を前にぶら下げながら右手首の格納石に触れ剣を出現させる。剣圧で弾き飛ばした後、行方をくらませるため一度森へ入った。反力石で上空へ昇り暫く相手の様子を窺う。神衛兵は上方へ逃げたことには気付いていない様子で周囲を見回している。ビスタークは神衛兵の死角へ降りると再度剣圧を当てて木に激突させた。その衝撃で握っていた剣を離したのでそれを拾わせないよう足で離れたところへ蹴り飛ばす。硬い木に背中からぶつかったため座った姿勢で動けずにいる神衛兵の喉元へ剣先を当て質問する。
「お前ら、何者だ? こいつを攫ってどうするつもりだ?」
神衛兵はこちらを睨んだまま何も答えない。ルナが胸元にいるので相手に近づけないよう足で顔を蹴った。
「答えろ」
やはり何も答えない。次は鎧の隙間を中心に蹴りを数発入れた。さらに次は追ってこれないように足を重点的に痛めつけた。しかし、顔をしかめるなどの反応も無く、痛みを感じていないように見えてとても不気味だった。
「答えろ」
仕方なく喉元に当てている剣先をゆっくり横へ動かし、うっすらと傷を付ける。幼少期のトラウマが脳裏をよぎるがそれを悟られないように表情は平静を保ったままだ。
ルナが泣き出してしまったが、それどころではない。剣先を当てたまま、相手をじっと睨み付ける。神衛兵はずっと無表情で、まるで人形のようだった。動揺した様子も、怯えや怒りといった表情も全く無い。
このままでは埒が明かないと考え、気絶させることにした。首の頸動脈を締め付けて脳への血流を遮断する。絞めすぎたり気道を絞めると死んでしまうので少し手加減はした。気絶している間に次の町を通過してさらに先へと向かうつもりである。とにかく距離を取って逃げきれればいいのだ。
しかし、困った。次の町で宿に泊まって休むつもりだったのだ。ずっと赤ん坊を抱えたまま馬車を使わず移動しているので、宿に泊まる時くらいしか休めない。加えて夜中に泣かれると熟睡出来ないのである。それでも出来る限りベッドで横になりたいと思うほど疲れていた。金をケチらず大人しく馬車に乗って移動すればよかったと後悔している。気絶させた神衛兵がいつ目覚めるかはわからないが、こんな近くでそんな悠長にしていられない。宿に泊まったら押しかけてきて町民に迷惑をかけることになるかもしれない。
今は土の刻を半分過ぎた頃だ。もう半刻すると暗くなり始める。こんな時間に乗合馬車は出発しない。悩んだ挙げ句、夜通し歩いて移動することにした。休むのは次の町で馬車に乗ってそれからにしようと考えた。
「仕方ない、一日我慢だ」
そう自分に言い聞かせ、買い物だけはして町を通り過ぎた。そして夜通し街道を歩いた。本当は道を外れて歩きたかったが、光源石はあるものの夜は暗く周りがよく見えないことと土地勘が無いことに加え、森の中の道だったこともあり街道の端を歩いた。
町と町の中間地点あたりで、正面から歩いてくる者が見えた。まだ遠いが嫌な予感がした。この前とは別人のようだが神衛兵に見える。そしてその嫌な予感は当たった。
何もないふりをしてすれ違うところで急に襲われた。想定はしていたので格納石から即盾を出し相手の剣を受けると自分の剣を取り出し前と同じように剣圧で木に激突させた。するとこの神衛兵は何か神の石のようなものを取り出し上へと投げた。それは光と音を発生し、他の仲間に知らせているように思えた。その音を聞いたからなのか異常に気が付いたからなのかルナが泣き出した。
恐らくこの場に操られた神衛兵達が集まって来るのだろう。もういっそのことおびき寄せてしまったほうがいっぺんに済むかと考えることにした。集まって来るまでの間、襲って来た神衛兵に以前と同じ脅しと質問をしたが、反応は全く同じだった。追ってこれないように関節技を足に極めて骨を折り、首を締めて気絶させた。その間も神衛兵はずっと無表情だった。やはり全く何も感じていないようで不気味だった。ルナは泣き止まないが気にしている余裕は無かった。
光を見たからなのか、また新手がやって来ているのが見えた。しかし、たまたま通りかかっただけの光の都へ巡礼に向かう神衛兵見習いの可能性もある。夜中なので可能性は低いものの、節約で夜通し歩く人間もいるので全く無いとは言えない。絶対に敵とは言いきれないため向こうが攻撃を仕掛けてくるまでこちらからは手を出せなかった。結局また襲われたので余計な心配だったが。
その神衛兵も同じように気絶させたが、先ほどの神衛兵が意識を取り戻してしまった。しかも足を折ったというのに変な方向に足が曲がったまま立ち上がっている。無表情で痛みを感じているようにも見えない。
そこで人ではなく悪霊なのだろうかという考えがよぎった。しかし既に死んでいるなら首を締めて気絶もしないはずで、何より首を締めたときにちゃんと体温が感じられたので確かに生きている。この神衛兵達は誰に何をされたのか、どんな悪意に晒されているのか考えて背筋が寒くなった。
最初に襲ってきた光の神衛兵がやって来るのも遠目に見えた。恐らく三人目の神衛兵も近く目覚めるだろう。他にもまだ来るかもしれない。これでは堂々巡りである。そして赤ん坊も泣き止まない。疲れで良く頭が働いていない中、一つ案が浮かんだので足の折れた神衛兵の腕を掴んで上空に飛び上がった。鎧を木の先端に引っ掛けてぶら下げ、身動きが取れないようにした。今気絶している神衛兵も別の木にぶら下げる。これでかなり時間が稼げるだろうと考えた。今こちらへ向かって来ている光の神衛兵にも同じことをするつもりだった。
しかしそう上手くはいかなかった。木の上にぶら下げた神衛兵が枝を切り、骨折したような音をさせて着地し、また向かってきたのである。その身体はあちこちから出血していたが、本人は全く気にする様子が無かった。ビスタークが折った足は片方だけだったが、今は両方の足が普通では無い方向に曲がっている。明らかに異様であった。
両足が折れている神衛兵に気を取られていると追い付いてきた光の神衛兵が攻撃してくる。神の子は人間に傷付けられても死ぬことは無いので赤ん坊のことなどお構い無しのようだ。剣圧をぶつけて距離を取り戦っているうちに三人目の神衛兵が意識を取り戻し木の上から音を立てて落ちてきた。着地が上手くいかなかったようで、腕と首が異様な角度に曲がっていた。内臓が傷付いたのか口からも出血している。それでも自身を構うこと無くこちらを攻撃してくる。
「……いい加減にしろ!」
普通なら瀕死の状態であるにも関わらず動きが少し鈍いだけだ。自分の血を撒き散らしながら襲ってくる神衛兵に恐怖を覚える。むしろ殺したほうが相手にとって幸せなのではとすら思えた。