残酷な描写あり
R-15
126 出産
長い時間をかけ、ようやく赤ん坊が産まれた。泣き声が聞こえた瞬間、夫婦共に身体の力が抜けた。レリアの予想通り、男の子だった。ビスタークは生まれてきた子に自分のような痣が無いことを確認し安堵した。
「レリア、よく頑張ったな……お前の言ってたとおり、息子だったよ」
妻の頭を撫で、泣きそうになるのを堪えながら産湯で軽く血液や羊水などの汚れを洗い落とした息子をニアタから受け取りレリアへ見せる。
「上に乗せても大丈夫か?」
そう聞くと頷いたのでそっと腹部の辺りに赤ん坊を乗せた。レリアは弱々しく腕を動かし息子に触れ、穏やかな笑顔を向けた。瞳からは涙が流れていた。
「髪はお前似だな」
レリアは頷く。何か言いたそうにしているが腕に力が入らず、手話が出来ない様子だ。
「お前のことだから俺に似てるとか言いたいんだろ」
少し笑って頷いた。正解だったらしい。
「確かにビスターク似ね」
「そうだね」
ニアタと産婆も同意した。レリアは微笑んでいるが疲れた表情である。
「じゃあ、まずは休ませないと」
「その前に後産がまだだからね、休ませるのはそれからだ」
ニアタの提案を産婆が訂正する。
「ビスタークも疲れてるでしょ。レリアさんも一刻は休ませるからあんたも少し寝なさい。その後でゆっくり幸せに浸るといいわ。赤ちゃんは私たちで見ておくから」
「じゃあ聖堂で祈ってからな。客室使ってもいいか?」
自分達のベッドの上で出産だったので寝る場所が無いのである。
「いいわよ。長いこと使ってなかったから軽く洗浄石使いなさいね」
この場所にもたくさんの洗浄石が用意してあったのでそれを一つ渡された。すぐに聖堂へ向かい報告の祈りを捧げた。後で改めて妻と赤ん坊と家族一緒に礼拝へ来るつもりだが、すぐに報告したかった。おそらくレアフィールは近くにいて見ていたのではないかと思ったが自分がそうしたかったのだ。おそらく祝福の気持ちであろう反力石がたくさん降臨する。自分が産んだわけでもないのに一仕事終えたような気持ちでほっとした。
その後ようやく客室のベッドで少しだけ眠った。興奮気味だったため一刻経たないうちに起きてしまったが。
起きて妻と息子のいる自室へ入るとまだレリアは眠っていた。側にニアタがいるが険しい表情をしているのが気になった。
「ニア姉、何かあったのか?」
「あ、うん……後産の時に出血が多かったのが心配で……」
「えっ」
それを聞いてビスタークは青ざめた。
「もう出血は落ち着いたけどね。とにかく起きたらたくさん食べさせないと。私、食事の用意をしてくるわね」
「頼む」
ニアタは自分の子どもたちの面倒はソレムとマフティロに頼んでいた。自由なうちにそのまま食事の準備をしてくれるそうだ。町には医者がいないので血を増やすためには食べることしか出来ない。不安がよぎる。食欲石はすぐ近くにある。長命石はずっと首から下げさせている。
「大丈夫、今までも大丈夫だったんだから、今回もきっと大丈夫だ」
ビスタークは自分にそう言い聞かせた。出血が多いとはどれくらいだったのだろうか。顔色が良くないのでとても心配だった。自分の血をわけてやりたかった。本当は今すぐ妻を抱き締めてキスをしたかったが、回復するために眠っているのに起こしてしまうかもしれないと考えて出来なかった。
赤ん坊もある程度泣いてから眠ったそうだ。起きたら授乳しなければならないことを考えると可能な限り長く休ませてやりたい。このまま休ませて山羊乳を与えたほうがいいのではとも考えたが、母乳を吸わせることで母体が元に戻るよう促す効果があるとも聞いた。身体のためには無理をさせてでもそのほうが良いのかもしれず、悩ましい。
息子の様子を見た。レリアの寝ているベッドの隣に用意された柵がある小さい赤子用のベッドでぴくぴくとしながら眠っている。胎内から出てきたばかりなのでまだ赤くふやけていた。自分の血を引いていると言われても、自分の腹にいたわけでも無いのでどうもピンと来ない。自分に似てると言われたがそれもよくわからないでいた。
この赤ん坊のせいでレリアが大変な目にあっているという思いと、レリアがどうしても欲しいと思っていたことを考えるととても複雑な感情がわいてくる。妻が大事にしているなら自分も大事にしなくてはとも思うが、この子がいなければ妻は苦しまずもっと健康に過ごせていたかもしれないとも考えてしまう。
そんなことを考えながら見ていると赤ん坊が急に水らしきものを噴水のようにピュッと吐いた。
「!?」
突然のことに戸惑っていると泣き出した。そこまで大きな声ではない、弱々しい泣き声であった。その声でレリアの目が覚める。起き上がろうとするので慌てて支えてやる。
「無理するな。顔色が悪いぞ。起き上がる体力も無いんじゃないのか」
そう言うとレリアは自分の胸と赤ん坊を指差した。授乳しないと、という意味だろう。まだ息子は泣いている。
「じゃあ身体に乗せてやるから、無理して起き上がるな」
レリアは頷いた。ビスタークは赤ん坊の頭を支えてそっと抱き上げ、妻の胸の上へ恐る恐る下ろした。レリアは胸元のボタンを開けて乳首を赤子の口へ含ませた。痩せていたので元々乳房は物足りない小ささだったのだが、妊娠してからは膨らんできていた。この日のために身体が準備していたのだろう。赤ん坊に乳を与える妻はとても美しかった。神々しいとさえ思った。その姿をぼうっと眺めていたが、先程のことを思い出し妻へ相談した。
「……さっきそいつ水を吐いてたんだが大丈夫か?」
夫が心配そうに聞く様子に笑みを浮かべるとレリアは頷いた。赤ん坊を支えるのに手を使っているので手話が出来ない。何か言いたそうにして口を動かしている。
「大丈夫ならいいんだ」
ビスタークは慈しむように言う。そこへニアタが食事を持ってやってきた。
「お待たせ! あ、起きたのね、具合はどう?」
乳をやり終えたレリアへニアタが様子を聞く。
「さっき出血が多かったから、食べて血を増やしてもらおうと思って。食べられそう?」
レリアはビスタークへ息子を預けながら困ったような表情を見せた。そして手話で話し始めた。
「……食欲が無いって言ってる。でもな、レリア。今は無理してでも食べて欲しい。お前の身体のために、血を作るために肉を食ってくれ」
ニアタから食事を受け取って机の上に置きながらビスタークはレリアに言った。食欲石を渡し祈らせた後、皿の上に乗っている肉を小さく切ってフォークに刺して食べさせてやった。レリアは少しつらそうな表情をしながらも長いこと咀嚼したのち飲み込んだ。
【ごめんなさい、もう食べられない】
「じゃあせめてこれを飲んでくれ」
そう言って山羊乳を勧めた。なんとかコップ半分くらいまでは飲んだが、ため息をついてもう無理と断られた。そしてレリアにニアタへの通訳を頼まれる。
「……あまり母乳が出てないみたいだと言ってる」
「産んだばかりなんだから当たり前よ。吸わせているうちにだんだん出るようになるわよ。そのためにもしっかり食べたり飲んだりして欲しいんだけど」
「だってよ。もう少し食べれないか?」
そう言うと難しい顔をしながらも覚悟を決めたように頷いた。もう一度食欲石を持って祈り、ビスタークが肉を口に運んでやると懸命に食べ出した。自分のためには頑張れないが子どものためには出来るようだ。母親の強さを少し感じた。
「そういや、さっき赤ん坊が口から水を吹き出したんだが」
「ああ、それは羊水を吐いただけだから大丈夫」
レリアも頷いている。女性にはわかっていることだったらしい。自分は父親になったというのに知らないことだらけだなと反省した。
「レリア、よく頑張ったな……お前の言ってたとおり、息子だったよ」
妻の頭を撫で、泣きそうになるのを堪えながら産湯で軽く血液や羊水などの汚れを洗い落とした息子をニアタから受け取りレリアへ見せる。
「上に乗せても大丈夫か?」
そう聞くと頷いたのでそっと腹部の辺りに赤ん坊を乗せた。レリアは弱々しく腕を動かし息子に触れ、穏やかな笑顔を向けた。瞳からは涙が流れていた。
「髪はお前似だな」
レリアは頷く。何か言いたそうにしているが腕に力が入らず、手話が出来ない様子だ。
「お前のことだから俺に似てるとか言いたいんだろ」
少し笑って頷いた。正解だったらしい。
「確かにビスターク似ね」
「そうだね」
ニアタと産婆も同意した。レリアは微笑んでいるが疲れた表情である。
「じゃあ、まずは休ませないと」
「その前に後産がまだだからね、休ませるのはそれからだ」
ニアタの提案を産婆が訂正する。
「ビスタークも疲れてるでしょ。レリアさんも一刻は休ませるからあんたも少し寝なさい。その後でゆっくり幸せに浸るといいわ。赤ちゃんは私たちで見ておくから」
「じゃあ聖堂で祈ってからな。客室使ってもいいか?」
自分達のベッドの上で出産だったので寝る場所が無いのである。
「いいわよ。長いこと使ってなかったから軽く洗浄石使いなさいね」
この場所にもたくさんの洗浄石が用意してあったのでそれを一つ渡された。すぐに聖堂へ向かい報告の祈りを捧げた。後で改めて妻と赤ん坊と家族一緒に礼拝へ来るつもりだが、すぐに報告したかった。おそらくレアフィールは近くにいて見ていたのではないかと思ったが自分がそうしたかったのだ。おそらく祝福の気持ちであろう反力石がたくさん降臨する。自分が産んだわけでもないのに一仕事終えたような気持ちでほっとした。
その後ようやく客室のベッドで少しだけ眠った。興奮気味だったため一刻経たないうちに起きてしまったが。
起きて妻と息子のいる自室へ入るとまだレリアは眠っていた。側にニアタがいるが険しい表情をしているのが気になった。
「ニア姉、何かあったのか?」
「あ、うん……後産の時に出血が多かったのが心配で……」
「えっ」
それを聞いてビスタークは青ざめた。
「もう出血は落ち着いたけどね。とにかく起きたらたくさん食べさせないと。私、食事の用意をしてくるわね」
「頼む」
ニアタは自分の子どもたちの面倒はソレムとマフティロに頼んでいた。自由なうちにそのまま食事の準備をしてくれるそうだ。町には医者がいないので血を増やすためには食べることしか出来ない。不安がよぎる。食欲石はすぐ近くにある。長命石はずっと首から下げさせている。
「大丈夫、今までも大丈夫だったんだから、今回もきっと大丈夫だ」
ビスタークは自分にそう言い聞かせた。出血が多いとはどれくらいだったのだろうか。顔色が良くないのでとても心配だった。自分の血をわけてやりたかった。本当は今すぐ妻を抱き締めてキスをしたかったが、回復するために眠っているのに起こしてしまうかもしれないと考えて出来なかった。
赤ん坊もある程度泣いてから眠ったそうだ。起きたら授乳しなければならないことを考えると可能な限り長く休ませてやりたい。このまま休ませて山羊乳を与えたほうがいいのではとも考えたが、母乳を吸わせることで母体が元に戻るよう促す効果があるとも聞いた。身体のためには無理をさせてでもそのほうが良いのかもしれず、悩ましい。
息子の様子を見た。レリアの寝ているベッドの隣に用意された柵がある小さい赤子用のベッドでぴくぴくとしながら眠っている。胎内から出てきたばかりなのでまだ赤くふやけていた。自分の血を引いていると言われても、自分の腹にいたわけでも無いのでどうもピンと来ない。自分に似てると言われたがそれもよくわからないでいた。
この赤ん坊のせいでレリアが大変な目にあっているという思いと、レリアがどうしても欲しいと思っていたことを考えるととても複雑な感情がわいてくる。妻が大事にしているなら自分も大事にしなくてはとも思うが、この子がいなければ妻は苦しまずもっと健康に過ごせていたかもしれないとも考えてしまう。
そんなことを考えながら見ていると赤ん坊が急に水らしきものを噴水のようにピュッと吐いた。
「!?」
突然のことに戸惑っていると泣き出した。そこまで大きな声ではない、弱々しい泣き声であった。その声でレリアの目が覚める。起き上がろうとするので慌てて支えてやる。
「無理するな。顔色が悪いぞ。起き上がる体力も無いんじゃないのか」
そう言うとレリアは自分の胸と赤ん坊を指差した。授乳しないと、という意味だろう。まだ息子は泣いている。
「じゃあ身体に乗せてやるから、無理して起き上がるな」
レリアは頷いた。ビスタークは赤ん坊の頭を支えてそっと抱き上げ、妻の胸の上へ恐る恐る下ろした。レリアは胸元のボタンを開けて乳首を赤子の口へ含ませた。痩せていたので元々乳房は物足りない小ささだったのだが、妊娠してからは膨らんできていた。この日のために身体が準備していたのだろう。赤ん坊に乳を与える妻はとても美しかった。神々しいとさえ思った。その姿をぼうっと眺めていたが、先程のことを思い出し妻へ相談した。
「……さっきそいつ水を吐いてたんだが大丈夫か?」
夫が心配そうに聞く様子に笑みを浮かべるとレリアは頷いた。赤ん坊を支えるのに手を使っているので手話が出来ない。何か言いたそうにして口を動かしている。
「大丈夫ならいいんだ」
ビスタークは慈しむように言う。そこへニアタが食事を持ってやってきた。
「お待たせ! あ、起きたのね、具合はどう?」
乳をやり終えたレリアへニアタが様子を聞く。
「さっき出血が多かったから、食べて血を増やしてもらおうと思って。食べられそう?」
レリアはビスタークへ息子を預けながら困ったような表情を見せた。そして手話で話し始めた。
「……食欲が無いって言ってる。でもな、レリア。今は無理してでも食べて欲しい。お前の身体のために、血を作るために肉を食ってくれ」
ニアタから食事を受け取って机の上に置きながらビスタークはレリアに言った。食欲石を渡し祈らせた後、皿の上に乗っている肉を小さく切ってフォークに刺して食べさせてやった。レリアは少しつらそうな表情をしながらも長いこと咀嚼したのち飲み込んだ。
【ごめんなさい、もう食べられない】
「じゃあせめてこれを飲んでくれ」
そう言って山羊乳を勧めた。なんとかコップ半分くらいまでは飲んだが、ため息をついてもう無理と断られた。そしてレリアにニアタへの通訳を頼まれる。
「……あまり母乳が出てないみたいだと言ってる」
「産んだばかりなんだから当たり前よ。吸わせているうちにだんだん出るようになるわよ。そのためにもしっかり食べたり飲んだりして欲しいんだけど」
「だってよ。もう少し食べれないか?」
そう言うと難しい顔をしながらも覚悟を決めたように頷いた。もう一度食欲石を持って祈り、ビスタークが肉を口に運んでやると懸命に食べ出した。自分のためには頑張れないが子どものためには出来るようだ。母親の強さを少し感じた。
「そういや、さっき赤ん坊が口から水を吹き出したんだが」
「ああ、それは羊水を吐いただけだから大丈夫」
レリアも頷いている。女性にはわかっていることだったらしい。自分は父親になったというのに知らないことだらけだなと反省した。