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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
110 兄姉
 キナノス達に怒られたのが効いたのか、スヴィルはしばらくの間は大人しかった。フレリは指導を求めて来たがそこまでしつこくなかったので相手をしてやっていた。レリアは窓から見ていたりいなかったりと日によって違った。キナノスとエクレシアは仕事に来ていたがレリアは来ていなかった。聞いてもいないのにエクレシアが「レリアは別の仕事をしているからここには来ないよ」と教えてくれた。

 同じ水源石シーヴァイト運びの仕事を続けていたのだが、スヴィルが怒られたことを忘れてきたのか段々煩くなってきたので別の仕事を見繕ってもらおうと考えた。紹介所で相談すると今日は保育園での仕事を割り振られた。神官や神衛兵かのえへいの子どもを預かっている神殿内の保育園だ。

 スヴィルやフレリに振り回されたくなかったので水源石シーヴァイト運び以外の仕事を希望したのだが、子守りをさせられるとは思っていなかった。何故自分が子守りを、とは思ったが与えられた仕事はしなければならない。ニアタの長男コーシェルの面倒を見させられていたので一応子守りの経験はある。ため息をつきながら指定された場所へ向かうと、そこにはレリアの兄キナノスと姉エクレシアが洗濯物を畳んでいた。

「あ」
「げっ」
「おい。『げっ』とはなんだ」

 早速キナノスが突っかかってきた。ビスタークは視線を反らしながら言う。

「俺は人と関わりたくないんだよ」
「ふーん。それでレリアを避けてるの?」

 エクレシアが聞いてきた。

「え?」
「レリア、気にしてたよ。避けられてるみたいだって。迷惑かけてるからかもって」
「いや、それは……」

 確かに避けていたがレリアが悪いわけではない。どう答えようかと思っていると保育園の職員がやって来た。話をしてないで仕事をしろという態度でビスタークだけ別のところへ連れていかれた。

 少し大きい四から五歳くらいの子どもの面倒を見るように言われ遊び部屋に放り込まれた。しかし子どもたちは怖がって寄ってこようとしない。大きな傷のような痣が顔にあり無愛想なのだから当然の反応だった。まあ監視して怪我をするようなことをしたら叱ったり止めさせたりすればいいだけだ、と考えて部屋の唯一の入口に立ち警備をするような形をとった。

 しばらくつまらなそうに監視していると腕白そうな男の子がやってきた。

「お前、悪人だな! 逮捕してやる!」

 そう言って突っ掛かってきた。軟質石トフサイトを貼り付けた剣のおもちゃで叩こうとしてきたので片手でおもちゃの剣を掴んでもう片方の手で男の子の体を持ち上げ床に下ろした。男の子はほんの少しの間ぽかんとしていたがすぐに興奮し始めた。

「もういっかい!」

 楽しかったのかおもちゃの剣を床に落としてから、ぴょんぴょん飛び跳ね持ち上げてもらおうとしている。仕方がないので両手で持ち上げて横回転させまた床に下ろした。それを繰り返しているといつの間にか周りに子どもが集まってきていた。ビスタークはうんざりしながら子どもたちの上げ下ろしを続けた。これは続けると結構な運動量だ。
 めんどくさくなってきたので手持ちの反力石リーペイトを与えてみた。宙に浮くので子どもたちが興奮している。部屋には軟質石トフサイトがあちこちに貼り付けてあるので特に危険もない。ただ、理力不足になる恐れがあったので時間制限をつけた。

「お前に子どもと遊ぶ才能があるとは思わなかったな」

 気が付くと部屋のドアのところにキナノスとエクレシアが立っていた。畳んだ洗濯物を持っている。ここに仕舞う場所があるらしい。

「……仕事が終わったら、話がある」

 部屋から出て行こうとしたキナノスにすれ違いざまそう言われて憂鬱になった。何を言われるのだろうか。おそらくレリア関係だとは思うが、どんな文句を言われるのかと考えて気が重くなった。

 仕事が終わり保育園を出ると、キナノス達が待ち構えていた。

「来たな」
「……」

 忘れて帰っていないかという淡い期待は打ち砕かれた。

「何の用だよ」
「……お前、俺たちが何の神官なのか知ったらしいな」
「……」

 その話か。レリアは嘘がつけないから質問を繰り返されて表情でバレたのだろう、自分が質問したように、と思った。

「だったらどうする」
「誰にも言わないと約束したらしいが、本当だろうな?」
「言ってねえよ。特に話すような相手もいねえしな」
「本当だね?」

 エクレシアが念押ししてきた。

「いや、ほんと、真面目な話、言わないで」

 真剣な表情をしている。

「言わねえよ。言っても俺に何の得もねえしな。なんなら契約石カンタイトで縛ってもいいぜ」
「……」

 キナノスが何か品定めするようにこちらを見てからこう言った。

「約束してくれ。絶対に他の人間には言わないと」
「わかってるよ。お前らも色々あんだろ。絶対に言わねえから安心しろ」
「……感謝する」
「もうちょっと矛盾点の誤魔化しかたを考えたほうがいいと思うけどな」
「そうするよ」
「じゃ、もういいな」

 ビスタークが帰ろうとすると呼び止められる。

「……まだ何かあんのか」

 キナノスは何か言いたげにこちらを睨んでいる。

「言いたいことがあるならさっさと言えよ」
「ほら、言いなよ。それともあたしから言う?」

 キナノスはエクレシアに肘でつつかれながら急かされている。

「……自分で言う」

 何か言いにくいことを言おうとしているようだ。キナノスは一度息を吸って覚悟を決めたように口を開いた。

「……お前、レリアのこと、どう思ってんだよ」

 ビスタークはその言葉にたじろいだ。

「……どうって言われても……」
「他の女と仲良くしてるらしいじゃないか」
「は? してねえよ?」
「訓練場で良く藍鼠色のポニーテールの女の子と二人でいるって聞いたよ」

 フレリのことである。

「あれは違うぞ。お前も一度会ってるだろ、レリアが気絶して、ナンパ野郎を怒ってたときに」
「ああ、あの背の高い子か」

 キナノスはそれほど身長が高くない。フレリと大差ない感じである。

「あのナンパ野郎を倒したいらしくてな。何故かそのために指導することになったんだ。それだけだ」
「ふーん……」

 エクレシアが何か言いたそうに相槌を打った。

「何だ」
「じゃあ訓練してあげてるだけなんだね?」
「そうだ。さっさと奴を倒して解放してもらいたい」
「それなら良かった。レリアに伝えとく」
「……」

 何故伝える必要があるのか。本当はわかっているのだが意識したくなかった。そのため無言を貫こうとしたが、キナノスはそれを許さなかった。

「まだ俺の質問に答えてないぞ」
「……」
「レリアのことをどう思ってんだと聞いている。妹をたぶらかしといて逃げる気か?」
「たぶらかしてねえよ!」

 人聞きの悪いことを言うんじゃねえと思いむきになって反論する。

「抱きかかえて二人きりになったあげく、顎を上に向かせて……キ、キス、しようとしたらしいじゃねえか!」

「キス」という単語だけ恥ずかしそうに言いづらそうにしたがキナノスは段々声を荒らげる。

「え? いやそれは違うぞ! 首の傷が気になっただけだ!」
「キナノス、それは違うよ。キスされるのかと勘違いしたってレリアが言ってただけで」
「抱きかかえて二人きりってのは本当だろうが! それにそんな勘違いさせるようなことはしたんだろ!」

 キナノスは不機嫌を隠さなくなってきた。

「腹のたつことに、レリアはお前に惚れてるんだとよ。何でよりによってこんな素行の悪そうな奴に……」
「最近、色んな女の子たちに声かけられてるでしょ。手を出してるの?」
「……出してねえよ」

 スヴィルとの勝負の後、おそらく神官見習いと思われる女たちから逆ナンパのような声かけをされるようになった。今までのビスタークであれば遊ぶところであったが、今回は何故かそういう気になれなかったのである。

「どうだか。どうせレリアのことも遊びなんだろ」
「そもそもあんたの気持ちを聞いてないんだけど。どう思ってんのよ、レリアのこと。あの子はあんたのことものすごい好きだよ」

 二人に詰め寄られる。本当は知っていた。そうかもしれないと思っていた。

「世界中の都の試験を受けて正式な神官にならなきゃいけないのに恋愛とかしてる場合じゃねえだろ」
「ごまかさないでよ! あんたがどう思ってるかを聞いてるんだよ」
「やっぱりこいつはダメだ。レリアには何とか説得して諦めてもらおう」
「そうだな。それがいいと思うぞ。俺も一夜限りの遊びのほうが後腐れなくていいしな」

 そう言ったとたん、キナノスに拳で一発顔を殴られた。

「……最っ低だな。もうレリアに近づくな! 妹が穢れる」
「そうするよ。じゃあ、もういいだろ。今後は俺をいないものとして扱ってくれ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 エクレシアが何か言おうとしていたが無視して自分の部屋へ帰りはじめる。帰り道の途中で色々と考え、フレリとスヴィルの決闘が終わったらこの都を離れようと決意した。
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