残酷な描写あり
R-15
108 勝負
翌日、ビスタークにとって水の都での神衛兵の訓練が始まる日、普段通りに準備を終えて宿舎の外にある訓練場へと赴いた。今日は破壊神神官一行とは出くわさなかった。神官と神衛兵の食事時間が重ならないように訓練と講義の時間をずらしてあるからだ。水の都に限らず、いっぺんに食堂へ来られると大混雑になるため神殿側で対策をとっているのだ。ビスタークはレリアと関わらずに済んだので出会わなかったことに少しほっとした。
しかしかわりに別の者と出会うことになった。
「あ! お前は!」
「あ? あー……」
訓練場で出くわしたのは昨日図書館でレリアをナンパしようとしていた男だった。水の都の神衛兵と同じ鎧を装備している。
「お前……神衛見習いだったのか。昨日は訓練さぼってナンパしてたのかよ。しかも水の神衛って地元民じゃねえか」
「昨日は休みの日だったんだよ! お前こそ訓練さぼってデートしてんじゃねえよ」
「俺は三日前ここに着いたばかりでまだ訓練開始してなかったんだよ。それにデートじゃねえ、護衛だ」
「護衛?」
「あいつの親に頼まれたんだよ。お前みたいなナンパ野郎から守ってくれって」
そう言われたわけでは無かったがビスタークはそのように解釈していた。
「ナンパじゃねえよ! 真剣に嫁にする良い女を探してただけだ!」
「そういうのもナンパのうちじゃないのか」
「遊びじゃないから違うね」
いやそれもナンパだろう、と思ったが別の気になったことを聞いてみる。
「なんで図書館なんかでやるんだよ」
「俺の好みは大人しそうな娘なんだよ。神官見習いにはそういう娘が多い。神衛と違ってな」
そういいながら神衛兵見習いの中にいる女達をちらっと見る。数は少ないが女性の神衛兵もいる。自ら神衛兵に志願しているので鍛えている女性が多いのは確かだ。その中の一人がこちらを睨んだような気がした。
「……神官が大人しい女ばかりだと思ったら大間違いだぞ」
ビスタークはニアタの顔を思い浮かべながらそう言った。血のつながらない姉は母親も兼任していたところもあったので口うるさい。何度も叱られていたことを思い出した。
「んなこたわかってるよ。あくまでも神衛より多いってことだ」
「図書館でやるのはやめろ。迷惑だ。図書館は本を読むところだって知ってるか?」
嫌味を言ってやったが神衛兵見習いはめげずにこう言ってきた。
「そんなことより、昨日の女はお前のじゃないんだな?」
「……ああ」
別に付き合っているわけでもない。少し引っかかるものを感じたが肯定した。
「じゃあ俺が口説いても問題無いんだな?」
「勝手にしろよ」
「はー、お前冷たいんだな。女のほうはお前に惚れてるだろうに」
「はあ?」
「あの娘、昨日の娘じゃないのか」
そう言って上の方を指差した。その方向を見ると、上の階の窓からレリアがこちらを見下ろしていた。ビスタークが自分のほうを見たことに気がついて笑顔になり控えめに手を振っていた。そういえば目の前の建物は女子棟であった。
「何してんだ、あいつは……」
今ここにいるということは今日も講義に行かなかったのだろう。それはいいとしても体調不良なら部屋に籠っているべきではないだろうか。そう思って追い払うようにレリアとは違う手の振りをした。レリアはそれを見て悲しそうな顔をしたので少し心が痛んだ。
「お前ひでえな。振るんなら俺がもらうからな!」
水の神衛兵見習いの男はそう言うと笑顔でレリアに大きく手を振った。レリアは困惑したように軽く頭を下げるとそこからいなくなった。
「はは、お前のことが怖いようだな」
少し愉快に感じた。
「なんでだよ」
「昨日みたく一人でいる時に知らない身体の大きい男に近寄られたら、大人しい女なら怖いと思うに決まってるだろ」
「えっ? そ、そうなのか……」
男はショックを受けたような顔になった。
「俺の周りにはガサツで気が強い女しかいないからそんなことわかんねえよ……」
なんだか意気消沈している。そこで集合の笛の音が鳴り響いた。放置して集合場所へ向かおうとすると、神衛兵見習い男はビスタークについてきた。
「お前ホントに冷たいな! 人が落ち込んでるのに」
「いや俺には関係ねえし。別にお前知り合いでもねえし」
「俺はスヴィル。お前は?」
「……ビスターク」
「じゃあこれで知り合いだな!」
ビスタークは物凄く嫌だという顔をしてやった。スヴィルは構わず豪快に笑って背中を叩いた。
「知り合いになったことだしあの娘紹介してくれよな!」
「……紹介できるほど仲が良いわけじゃねえ」
「スヴィル、この人迷惑そうだよ。絡むのやめてあげな」
急に知らない女の声がした。誰かと思って声のしたほうを見ると、先ほどこちらを睨んでいるように見えた女の神衛兵見習いだった。どうやらスヴィルの知り合いのようだ。
「うるせえよフレリ。男同士の話に口を挟むんじゃねえ」
「この女の言う通りだ。迷惑してる。じゃあ任せた」
ビスタークはそう言うとスヴィルとフレリと呼ばれた女神衛兵見習いから距離を取ろうとした。それなのにスヴィルは追いかけてくる。
「なんで付いてくるんだよ?」
集合場所へ共に着いてしまった。フレリも一緒である。指導役の水の神衛兵が皆に話を開始したので会話は打ち切りとなった。
準備運動の後、近くにいたスヴィルと対人訓練で組むことになってしまった。
「俺が勝ったらあの娘紹介してもらうからな!」
「……まだ訓練だから勝ち負けとか無いぞ」
「後で試合みたいなのあるだろ」
「負けたら諦めるのか?」
「ああ!」
それでしつこく絡まれなくなるのであればいいと思い、勝負を受けることにした。体力馬鹿らしきスヴィルがレリアにつきまとったら彼女は倒れてしまうのではという危惧があった。ビスタークは既に三つの都で訓練をし、正式に神衛兵となっているので見習いに負けない自信はあった。まだ先ほどの窓からレリアがこそこそとこちらを伺っているが気付かないふりをすることにした。良いところを見せようと思ったわけではない、決して嫉妬心からではない、そう自分に言い聞かせた。
型通りの組手を終え、自由な形での一対一の戦闘訓練になった。
「約束守れよな!」
「お前こそ」
特に勝負方法は決めなかったのだが、まあ地面に倒れればいいだろうと思った。
想像していた通り、力任せに剣を振ってきた。剣はお互いに貸し出された水の神衛兵の剣だ。軟質石が貼られている。難なく躱してこちらも攻撃するがスヴィルも避けた。
挨拶は終わりだとばかりに素早く距離を詰め連続で斬りつけた。スヴィルは力こそ強いもののその分筋肉が重く、あまり素早さが無い。スピードで翻弄し、向こうの防御が薄くなった部分、今回は脚を狙った。軟質石を貼り付けた剣は斬られても痛くなく怪我こそしないものの衝撃はそのままである。スヴィルはよろけたが踏みとどまった。筋肉の厚みもあり打たれ強いようだ。見習いにしてはなかなかやるじゃないか、とビスタークは評価を上方修正した。
スヴィルはよろけながらもビスタークに剣を突き出してきた。それを自分の剣で弾くように剣先を反らしながら懐へ入り、腹部の鎧の隙間を突いた。いくら怪我をせず痛みが無い剣とはいえ、腹部への衝撃は脳へ痛みを錯覚させる。その怯んだ隙に脚払いをし、スヴィルの背中を地面に着けた。
これで自分が勝ったと言えるだろう、そう思っていると周りから歓声が起こった。いつの間にか周りの神衛兵見習いに観戦されていた。スヴィルに絡んでいたフレリもその中にいた。お前らは自分の訓練をしろよ、と苛立ちながらそう思った。
しかしかわりに別の者と出会うことになった。
「あ! お前は!」
「あ? あー……」
訓練場で出くわしたのは昨日図書館でレリアをナンパしようとしていた男だった。水の都の神衛兵と同じ鎧を装備している。
「お前……神衛見習いだったのか。昨日は訓練さぼってナンパしてたのかよ。しかも水の神衛って地元民じゃねえか」
「昨日は休みの日だったんだよ! お前こそ訓練さぼってデートしてんじゃねえよ」
「俺は三日前ここに着いたばかりでまだ訓練開始してなかったんだよ。それにデートじゃねえ、護衛だ」
「護衛?」
「あいつの親に頼まれたんだよ。お前みたいなナンパ野郎から守ってくれって」
そう言われたわけでは無かったがビスタークはそのように解釈していた。
「ナンパじゃねえよ! 真剣に嫁にする良い女を探してただけだ!」
「そういうのもナンパのうちじゃないのか」
「遊びじゃないから違うね」
いやそれもナンパだろう、と思ったが別の気になったことを聞いてみる。
「なんで図書館なんかでやるんだよ」
「俺の好みは大人しそうな娘なんだよ。神官見習いにはそういう娘が多い。神衛と違ってな」
そういいながら神衛兵見習いの中にいる女達をちらっと見る。数は少ないが女性の神衛兵もいる。自ら神衛兵に志願しているので鍛えている女性が多いのは確かだ。その中の一人がこちらを睨んだような気がした。
「……神官が大人しい女ばかりだと思ったら大間違いだぞ」
ビスタークはニアタの顔を思い浮かべながらそう言った。血のつながらない姉は母親も兼任していたところもあったので口うるさい。何度も叱られていたことを思い出した。
「んなこたわかってるよ。あくまでも神衛より多いってことだ」
「図書館でやるのはやめろ。迷惑だ。図書館は本を読むところだって知ってるか?」
嫌味を言ってやったが神衛兵見習いはめげずにこう言ってきた。
「そんなことより、昨日の女はお前のじゃないんだな?」
「……ああ」
別に付き合っているわけでもない。少し引っかかるものを感じたが肯定した。
「じゃあ俺が口説いても問題無いんだな?」
「勝手にしろよ」
「はー、お前冷たいんだな。女のほうはお前に惚れてるだろうに」
「はあ?」
「あの娘、昨日の娘じゃないのか」
そう言って上の方を指差した。その方向を見ると、上の階の窓からレリアがこちらを見下ろしていた。ビスタークが自分のほうを見たことに気がついて笑顔になり控えめに手を振っていた。そういえば目の前の建物は女子棟であった。
「何してんだ、あいつは……」
今ここにいるということは今日も講義に行かなかったのだろう。それはいいとしても体調不良なら部屋に籠っているべきではないだろうか。そう思って追い払うようにレリアとは違う手の振りをした。レリアはそれを見て悲しそうな顔をしたので少し心が痛んだ。
「お前ひでえな。振るんなら俺がもらうからな!」
水の神衛兵見習いの男はそう言うと笑顔でレリアに大きく手を振った。レリアは困惑したように軽く頭を下げるとそこからいなくなった。
「はは、お前のことが怖いようだな」
少し愉快に感じた。
「なんでだよ」
「昨日みたく一人でいる時に知らない身体の大きい男に近寄られたら、大人しい女なら怖いと思うに決まってるだろ」
「えっ? そ、そうなのか……」
男はショックを受けたような顔になった。
「俺の周りにはガサツで気が強い女しかいないからそんなことわかんねえよ……」
なんだか意気消沈している。そこで集合の笛の音が鳴り響いた。放置して集合場所へ向かおうとすると、神衛兵見習い男はビスタークについてきた。
「お前ホントに冷たいな! 人が落ち込んでるのに」
「いや俺には関係ねえし。別にお前知り合いでもねえし」
「俺はスヴィル。お前は?」
「……ビスターク」
「じゃあこれで知り合いだな!」
ビスタークは物凄く嫌だという顔をしてやった。スヴィルは構わず豪快に笑って背中を叩いた。
「知り合いになったことだしあの娘紹介してくれよな!」
「……紹介できるほど仲が良いわけじゃねえ」
「スヴィル、この人迷惑そうだよ。絡むのやめてあげな」
急に知らない女の声がした。誰かと思って声のしたほうを見ると、先ほどこちらを睨んでいるように見えた女の神衛兵見習いだった。どうやらスヴィルの知り合いのようだ。
「うるせえよフレリ。男同士の話に口を挟むんじゃねえ」
「この女の言う通りだ。迷惑してる。じゃあ任せた」
ビスタークはそう言うとスヴィルとフレリと呼ばれた女神衛兵見習いから距離を取ろうとした。それなのにスヴィルは追いかけてくる。
「なんで付いてくるんだよ?」
集合場所へ共に着いてしまった。フレリも一緒である。指導役の水の神衛兵が皆に話を開始したので会話は打ち切りとなった。
準備運動の後、近くにいたスヴィルと対人訓練で組むことになってしまった。
「俺が勝ったらあの娘紹介してもらうからな!」
「……まだ訓練だから勝ち負けとか無いぞ」
「後で試合みたいなのあるだろ」
「負けたら諦めるのか?」
「ああ!」
それでしつこく絡まれなくなるのであればいいと思い、勝負を受けることにした。体力馬鹿らしきスヴィルがレリアにつきまとったら彼女は倒れてしまうのではという危惧があった。ビスタークは既に三つの都で訓練をし、正式に神衛兵となっているので見習いに負けない自信はあった。まだ先ほどの窓からレリアがこそこそとこちらを伺っているが気付かないふりをすることにした。良いところを見せようと思ったわけではない、決して嫉妬心からではない、そう自分に言い聞かせた。
型通りの組手を終え、自由な形での一対一の戦闘訓練になった。
「約束守れよな!」
「お前こそ」
特に勝負方法は決めなかったのだが、まあ地面に倒れればいいだろうと思った。
想像していた通り、力任せに剣を振ってきた。剣はお互いに貸し出された水の神衛兵の剣だ。軟質石が貼られている。難なく躱してこちらも攻撃するがスヴィルも避けた。
挨拶は終わりだとばかりに素早く距離を詰め連続で斬りつけた。スヴィルは力こそ強いもののその分筋肉が重く、あまり素早さが無い。スピードで翻弄し、向こうの防御が薄くなった部分、今回は脚を狙った。軟質石を貼り付けた剣は斬られても痛くなく怪我こそしないものの衝撃はそのままである。スヴィルはよろけたが踏みとどまった。筋肉の厚みもあり打たれ強いようだ。見習いにしてはなかなかやるじゃないか、とビスタークは評価を上方修正した。
スヴィルはよろけながらもビスタークに剣を突き出してきた。それを自分の剣で弾くように剣先を反らしながら懐へ入り、腹部の鎧の隙間を突いた。いくら怪我をせず痛みが無い剣とはいえ、腹部への衝撃は脳へ痛みを錯覚させる。その怯んだ隙に脚払いをし、スヴィルの背中を地面に着けた。
これで自分が勝ったと言えるだろう、そう思っていると周りから歓声が起こった。いつの間にか周りの神衛兵見習いに観戦されていた。スヴィルに絡んでいたフレリもその中にいた。お前らは自分の訓練をしろよ、と苛立ちながらそう思った。