残酷な描写あり
R-15
093 正体
事件から四年ほど経って少し心の傷が癒えてきた頃。神殿の家族たちの努力の甲斐あって笑顔も見せるようになってきた頃だ。八歳になったビスタークは町の子ども達と普通に楽しく遊べるようになるまで心が回復していた。その日も学校の授業が終わり、神殿の外で子どもたちと遊んでいた。
それは、ビスタークが他の子どもたちとたまたま一人離れ、礼拝堂の入り口のそばにいたときだった。
「人を殺しておいて、よく笑えるな」
礼拝堂から出てきたところと思われる後ろにいた男から、そう言われた。その男はビスタークを見下すような冷たい目をしていた。あの事件の男は「薬」のせいもあってもっと異様な目つきだったが、しかしそれを思い出すような冷たさだった。
ビスタークはその言葉を聞いて頭の中が真っ白になり、血の気が引いていく。身体がわなわなと震え冷たくなった。力が入らなくなって膝が震え始めた。
もしかしたら何か嫌な気配を感じて男を追いかけて来ていたのかもしれない。ちょうど礼拝堂から出てきたところだったレアフィールが激昂して男に詰めよった。
「子どもに! 何てことを言うんだ!」
男はフン、と鼻を鳴らした。
「子どもって呪われた子じゃないか。流行り病もあの事件も全部こいつのせい…………ッ!?」
全て言い終わる前に、男は地面に這いつくばっていた。何かに押し潰させられているような格好で、苦しそうに腹ばいになっていた。
「いい大人が、子どもに全ての責任を押し付けるな!」
今まで穏やかだったレアフィールが怒りを露にしたのを初めて見た。ビスタークの記憶では後にも先にも感情的になったのはこの時だけだった。
レアフィールの激しい怒りを含んだ声が聞こえたのか、神殿の中にいたソレムが慌てて止めに来た。
「レアフィール!」
ソレムの焦った声を聞いて我に返ったレアフィールはやってしまったという感じの表情をしていた。
ニアタも騒ぎを聞きつけ遅れてやってきた。
「何があったの? …………ああ」
男が倒れているのを見て、何か察したようだ。ニアタとソレムは直ぐに男の心臓の鼓動や呼吸の有無などを確認し身体の状態を確かめる。どうやら口から血を吹き気を失っているようだ。
「死んでないよな? ……絶対、怒られる……」
レアフィールが目から額に手を当てうつむきながら呟いた。
「気絶してるだけみたい」
「最悪の事態だけは免れたのう」
ビスタークは心の傷を深く抉られ、暗い気持ちが心の奥底から這い上がろうとしていた。しかしそれ以上にレアフィールの方に衝撃を受けていた。何をしたのか全く解らなかった。
「やらかしたついでに記憶消しといていいかな?」
「……わしに許可が出せると思うか?」
「わかってる。ちょっと誰かに後押しして欲しかっただけ。どうせ怒られるんならあの時に全員の事件の記憶を消しとくべきだったよ。……いつも判断が遅いな、俺は」
と男に手をかざしながらレアフィールは言った。かざしている手は光っているように見えた。
「前からこいつビスタークのこととか色々言っててムカついてたから私は賛成」
「わしは親のほうじゃの。あんな親だからこいつみたいなのが育つんじゃ。あいつら何にもしないくせに文句しか言わん。町から出ていくようにそそのかすとするかの」
神官一家の黒いところを見た気がした。ビスタークは呆気に取られて三人を見ている。この中でビスタークだけが何が起こっているのかわかっていない。
「ビスターク」
レアフィールに呼ばれた。
「……俺、実は神様なんだ……って言ったら、お前信じる?」
呆気にとられていたのを通り越して気が遠くなるような感じだった。何の話をしているのか。レアフィールは何を言っているのか、何かの聞き間違いかとも思ったが、ソレムとニアタも真面目な顔をしている。からかっているわけではないようだ。
記憶を見ていたフォスターも驚いた。以前ソレムに神の子が神殿にいたことがあるとは聞いていたが、こんなに最近の話だとは思わなかったのだ。
「レア兄が何を言ってるのか全然わからない……」
「ちょっと待つんじゃ。ちゃんと話をする前にコイツをどうにかするほうが先じゃろ」
ソレムが倒れている男を見ながら指摘した。
「あと、他にこのことを見ていた者がおったか確認せんといかん。子どもたちが遊んでおったようじゃから、ニアタはそれとなく探ってくれんか」
「うん、わかった」
ソレムは指示を出した後呟いた。
「神の怒りに触れるなんてそうそう無いことじゃぞ。こいつはこの先の人生大変かもしれんのう……」
男は酷い転びかたをしたという設定で自宅まで送り届けられ、その後に神殿の食堂で全員揃ってきちんと話をすることになった。
改めて向き合ってレアフィールがビスタークへ説明し始めた。
「えーと、で、俺は次の飛翔神になる神の子なんだ。それはわかった?」
ビスタークの頭の中は疑問符でいっぱいだった。
「うーん、全然わからない。何で神様がここにいるんだよ?」
「昔から神の子は神の世界ではなく人間の世界の神殿で育てられるって決まりがあってな……」
フォスターがリューナの時に聞いた説明と同じだった。親父も自分と同じように混乱してたんだな、と思った。
「じゃあ、レア兄はそのうち神様になっちゃうってことか?」
「そうだよ」
レアフィールは穏やかに笑いながら答える。
「ここから、いなくなるのか?」
「……うん」
悲しそうな目をして元気のない返事をした。
「みんな知ってたのか?」
ビスタークはニアタとソレムを見て言った。
「降臨したレアフィールに名前をつけて育てたのはわしと死んだ妻じゃぞ。知らんわけなかろう」
「私も知ってたわ。物心ついたときから」
「知らなかったの、俺だけかよ」
「ごめん、言う機会が無くて。だって今も信じられないみたいなのに、普段いきなり『俺、神様なんだよねー』って言ったらもっと信じないだろ?」
「まあそうだけどさ……」
ビスタークは仲間外れにされていたような感じがして少し拗ねていた。
「さっきは何をしたんだ? あいつ、急に倒れたけど」
「…………重力、叩きつけちゃった……」
レアフィールが目を泳がせながら答えた。
「え? 飛翔神なのに?」
「飛翔神は元々、重力を司る神なんだよ。空に町を浮かせた辺りから飛翔神って呼ばれるようになっただけで。それに大抵は逆のこともできるもんさ」
「へえー。いいな、そんな力があって」
レアフィールは真面目な顔になって言った。
「ビスターク、強くなれよ。こんな力じゃなくていい、体も心も強くなれ。鍛えろ。ついでに頭もな。俺は、たぶんあと三年くらいしか一緒にいてやれない……」
少し寂しそうに目を伏せた後、気を取り直したように真っ直ぐビスタークの目を見て言った。
「お前の人生の試練はまだ続く。それに負けないように強くなれ」
それからレアフィールとビスタークは戦闘訓練と勉強にと明け暮れる日々が続くようになった。悪く言う人間を黙らせたかったら腕力だけ強くてもダメだ。頭も良くなれば隙が無くなるし、理力も増えるから、とレアフィールは言っていた。
ビスタークはあの一件から町の人間とは距離をおくようになった。そして笑わなくなった。言われた言葉が相当効いたようだった。
神の子は異能と理力だけでなく知識と体力的なものも人間より優れているらしい。知識などは勝手に頭の中に入ってくるのだとレアフィールは言っていた。それを聞いたビスタークはぼやく。
「神の子ってヤツはズルいな。俺も神様に生まれればよかった」
と文句を言いながら真面目に勉強と訓練をしていた。
「そうか? 俺はお前みたいに人間に生まれればよかったのにって思ってるけどな」
レアフィールはそう言って笑った。
記憶を見ながらフォスターは考えた。リューナにはそういう人間より優れているようなところは理力くらいしか無いと。神の子だというのはやっぱり何かの間違いで、身代わりの囮の子どもなのではないかと淡い期待を抱いた。キナノスは否定していたが、やはりどうしてもその可能性を信じたいのだった。
それは、ビスタークが他の子どもたちとたまたま一人離れ、礼拝堂の入り口のそばにいたときだった。
「人を殺しておいて、よく笑えるな」
礼拝堂から出てきたところと思われる後ろにいた男から、そう言われた。その男はビスタークを見下すような冷たい目をしていた。あの事件の男は「薬」のせいもあってもっと異様な目つきだったが、しかしそれを思い出すような冷たさだった。
ビスタークはその言葉を聞いて頭の中が真っ白になり、血の気が引いていく。身体がわなわなと震え冷たくなった。力が入らなくなって膝が震え始めた。
もしかしたら何か嫌な気配を感じて男を追いかけて来ていたのかもしれない。ちょうど礼拝堂から出てきたところだったレアフィールが激昂して男に詰めよった。
「子どもに! 何てことを言うんだ!」
男はフン、と鼻を鳴らした。
「子どもって呪われた子じゃないか。流行り病もあの事件も全部こいつのせい…………ッ!?」
全て言い終わる前に、男は地面に這いつくばっていた。何かに押し潰させられているような格好で、苦しそうに腹ばいになっていた。
「いい大人が、子どもに全ての責任を押し付けるな!」
今まで穏やかだったレアフィールが怒りを露にしたのを初めて見た。ビスタークの記憶では後にも先にも感情的になったのはこの時だけだった。
レアフィールの激しい怒りを含んだ声が聞こえたのか、神殿の中にいたソレムが慌てて止めに来た。
「レアフィール!」
ソレムの焦った声を聞いて我に返ったレアフィールはやってしまったという感じの表情をしていた。
ニアタも騒ぎを聞きつけ遅れてやってきた。
「何があったの? …………ああ」
男が倒れているのを見て、何か察したようだ。ニアタとソレムは直ぐに男の心臓の鼓動や呼吸の有無などを確認し身体の状態を確かめる。どうやら口から血を吹き気を失っているようだ。
「死んでないよな? ……絶対、怒られる……」
レアフィールが目から額に手を当てうつむきながら呟いた。
「気絶してるだけみたい」
「最悪の事態だけは免れたのう」
ビスタークは心の傷を深く抉られ、暗い気持ちが心の奥底から這い上がろうとしていた。しかしそれ以上にレアフィールの方に衝撃を受けていた。何をしたのか全く解らなかった。
「やらかしたついでに記憶消しといていいかな?」
「……わしに許可が出せると思うか?」
「わかってる。ちょっと誰かに後押しして欲しかっただけ。どうせ怒られるんならあの時に全員の事件の記憶を消しとくべきだったよ。……いつも判断が遅いな、俺は」
と男に手をかざしながらレアフィールは言った。かざしている手は光っているように見えた。
「前からこいつビスタークのこととか色々言っててムカついてたから私は賛成」
「わしは親のほうじゃの。あんな親だからこいつみたいなのが育つんじゃ。あいつら何にもしないくせに文句しか言わん。町から出ていくようにそそのかすとするかの」
神官一家の黒いところを見た気がした。ビスタークは呆気に取られて三人を見ている。この中でビスタークだけが何が起こっているのかわかっていない。
「ビスターク」
レアフィールに呼ばれた。
「……俺、実は神様なんだ……って言ったら、お前信じる?」
呆気にとられていたのを通り越して気が遠くなるような感じだった。何の話をしているのか。レアフィールは何を言っているのか、何かの聞き間違いかとも思ったが、ソレムとニアタも真面目な顔をしている。からかっているわけではないようだ。
記憶を見ていたフォスターも驚いた。以前ソレムに神の子が神殿にいたことがあるとは聞いていたが、こんなに最近の話だとは思わなかったのだ。
「レア兄が何を言ってるのか全然わからない……」
「ちょっと待つんじゃ。ちゃんと話をする前にコイツをどうにかするほうが先じゃろ」
ソレムが倒れている男を見ながら指摘した。
「あと、他にこのことを見ていた者がおったか確認せんといかん。子どもたちが遊んでおったようじゃから、ニアタはそれとなく探ってくれんか」
「うん、わかった」
ソレムは指示を出した後呟いた。
「神の怒りに触れるなんてそうそう無いことじゃぞ。こいつはこの先の人生大変かもしれんのう……」
男は酷い転びかたをしたという設定で自宅まで送り届けられ、その後に神殿の食堂で全員揃ってきちんと話をすることになった。
改めて向き合ってレアフィールがビスタークへ説明し始めた。
「えーと、で、俺は次の飛翔神になる神の子なんだ。それはわかった?」
ビスタークの頭の中は疑問符でいっぱいだった。
「うーん、全然わからない。何で神様がここにいるんだよ?」
「昔から神の子は神の世界ではなく人間の世界の神殿で育てられるって決まりがあってな……」
フォスターがリューナの時に聞いた説明と同じだった。親父も自分と同じように混乱してたんだな、と思った。
「じゃあ、レア兄はそのうち神様になっちゃうってことか?」
「そうだよ」
レアフィールは穏やかに笑いながら答える。
「ここから、いなくなるのか?」
「……うん」
悲しそうな目をして元気のない返事をした。
「みんな知ってたのか?」
ビスタークはニアタとソレムを見て言った。
「降臨したレアフィールに名前をつけて育てたのはわしと死んだ妻じゃぞ。知らんわけなかろう」
「私も知ってたわ。物心ついたときから」
「知らなかったの、俺だけかよ」
「ごめん、言う機会が無くて。だって今も信じられないみたいなのに、普段いきなり『俺、神様なんだよねー』って言ったらもっと信じないだろ?」
「まあそうだけどさ……」
ビスタークは仲間外れにされていたような感じがして少し拗ねていた。
「さっきは何をしたんだ? あいつ、急に倒れたけど」
「…………重力、叩きつけちゃった……」
レアフィールが目を泳がせながら答えた。
「え? 飛翔神なのに?」
「飛翔神は元々、重力を司る神なんだよ。空に町を浮かせた辺りから飛翔神って呼ばれるようになっただけで。それに大抵は逆のこともできるもんさ」
「へえー。いいな、そんな力があって」
レアフィールは真面目な顔になって言った。
「ビスターク、強くなれよ。こんな力じゃなくていい、体も心も強くなれ。鍛えろ。ついでに頭もな。俺は、たぶんあと三年くらいしか一緒にいてやれない……」
少し寂しそうに目を伏せた後、気を取り直したように真っ直ぐビスタークの目を見て言った。
「お前の人生の試練はまだ続く。それに負けないように強くなれ」
それからレアフィールとビスタークは戦闘訓練と勉強にと明け暮れる日々が続くようになった。悪く言う人間を黙らせたかったら腕力だけ強くてもダメだ。頭も良くなれば隙が無くなるし、理力も増えるから、とレアフィールは言っていた。
ビスタークはあの一件から町の人間とは距離をおくようになった。そして笑わなくなった。言われた言葉が相当効いたようだった。
神の子は異能と理力だけでなく知識と体力的なものも人間より優れているらしい。知識などは勝手に頭の中に入ってくるのだとレアフィールは言っていた。それを聞いたビスタークはぼやく。
「神の子ってヤツはズルいな。俺も神様に生まれればよかった」
と文句を言いながら真面目に勉強と訓練をしていた。
「そうか? 俺はお前みたいに人間に生まれればよかったのにって思ってるけどな」
レアフィールはそう言って笑った。
記憶を見ながらフォスターは考えた。リューナにはそういう人間より優れているようなところは理力くらいしか無いと。神の子だというのはやっぱり何かの間違いで、身代わりの囮の子どもなのではないかと淡い期待を抱いた。キナノスは否定していたが、やはりどうしてもその可能性を信じたいのだった。