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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
085 談話
 まだ部屋へ戻るには時間が早かったので、籠りきりのリューナへおやつを土産に持って帰ろうと思い街中を散策した。棗椰子の実を潰して丸め周りに木の実を削ったものをまぶした菓子や昨日食べた氷菓子などを買い、手持ちの容器に時停石ティーマイトと一緒に入れて持ち帰った。

 神殿に入り部屋へ戻る間、ビスタークに図書館や食堂、男女別の棟や講堂、訓練場などリューナと同じように説明された。昨日は真っ先に大神官のところへ連れていかれたので神殿の中のことを教えられていなかったからである。何かあった時のために構造を覚えておいたほうが良いだろう、とのことだった。
 そうして時間を潰してから自分の借りている部屋へと戻る。鎧を外し格納石ストライトから先ほど買った菓子を取り出してリューナの部屋へ行く。扉の前で警備をしているダスタムに一礼して中へ声をかける。

「リューナ、帰ってきたよ」

 すぐに中から足音が聞こえ、扉が開いた。

「おかえりなさい!」

 待ちかねていたように満面の笑顔で出迎えられた。

「おやつ買ってきたよ」
「わーい! ありがとう! さっきお茶用意してもらったばかりだからちょうど良かった」

 部屋の小さめのテーブルの上にお茶のセットが乗っていた。リューナをそこまで連れていって菓子を置いて座らせた後、自分も向かい合って座る。しばらくの間は買ってきた菓子の話や街中の様子、リューナが神殿内で案内されたことなど取り留めの無い話をしていたが、食べ終わったところで姿勢を正す。リューナもそれに気付いたようで少し緊張が走ったように見えた。

「……ごめん。見つからなかった」

 まず最初に謝った。ストロワが見つからなかったのは事実だ。リューナの緊張が解ける。

「やっぱりね。そうだと思った」

 少し笑みを浮かべている。

「……なんか、見つからなくてよかったような感じだな」
「うーん……そうかも。ちょっとだけ怖かったから」
「怖い?」
「うん。なんかわかっちゃうのが怖いというか……うまく言えないや」

 フォスターの心が痛む。真実を告げたらどうなってしまうのだろう。

「あ、あとな、医者も紹介してもらえることになったよ。いつ診てもらえるかはまだわかんないけど」
「そうなんだ」

 リューナは何でもないように頷いた後、投げやりに呟いた。

「多分、無駄だと思うけどね」
「そんなこと言うなよ……」

 フォスターのほうが辛そうである。

「大丈夫。どんなこと言われてももう泣かないから」
「……」
「フォスターは優しいから気にしちゃうかもしれないけど、見えなくてもフォスターがずっといてくれれば全然平気。大丈夫だよ」
「リューナ……」

 リューナは少し悲しげに笑いながら喋っている。ずっと家族と一緒にいられないと知ったらどうなってしまうのだろう。神の子の自覚が出たら平気になるのだろうか。

「まあ『見る』ってことがどんなことなのかは知りたかったけどね。一瞬で色んなことがわかるんだもんなあ、すごいなあ」
「……」
『おい、神殿内も警戒しろって話を忘れんな』

 ビスタークが空気を読まずに忠告してきた。確かに大事なことではあるので、軽くため息をついた後その話をする。

「あのな、話は変わるんだけど……」

 神殿内にも操られている神衛兵かのえへいがいるかもしれないという話をした。

「えーっ! じゃあ私、部屋から出ちゃだめってこと?」
「部屋からってわけじゃない。神殿の下の階はうろうろするなってこと」
「また怖い思いはしたくないけど……食堂なら良い? 今日はそこでお昼食べたの」
「うーん、どうなんだろ」
『空いてる時間帯に警備付きならいいだろう』

 ビスタークの言葉をそのまま伝える。

「本を借りてもらってるから今のところ暇潰しできてるけど、絶対そのうち籠ってるのに飽きちゃうよ」
「そうだよな。俺もずっと一緒にいてやれるわけじゃないしな」
「えっ……」

 リューナがショックを受けたような表情になる。

「え、だって神衛の訓練とか滞在費代わりの仕事に行かなきゃならないだろ?」
「あ、なんだ。そういうことかあ」

 とてもほっとしている。先ほど「ずっといてくれれば平気」と言われた後でそんなことを言ってしまったからだろう。

「ごめん、言い方が悪かったな」
「ううん。それより、私も何かできる仕事ないかなあ? お世話になりっぱなしで申し訳ないから」
「そうだな」

 忘却神の町フォルゲスでしていたように理蓄石ペルマイトに理力を貯めるくらいならできるだろうが、神官が大勢いるのだから理力は足りているのかもしれない。

「後で大神官に聞いてみよう」
「うん」



 その夜は二人だけで運ばれた食事をしてリューナは就寝したが、夜遅くフォスターだけリジェンダに呼ばれた。うとうとしかけていたので少し機嫌が悪くなりかけたが仕方がないと気を取り直した。大神官はこんな時間まで仕事をしているのかと同情したからだ。

「ごめんね、寝てた?」
「少しだけです。こちらこそお忙しい中すみません。大事な話ですよね?」
「うん。報告だけは細かくしておいたほうが良いと思って」

 リジェンダは渡されたビスタークの帯の端を握ってから立て続けに報告を始めた。

「まず、息子さんと話をして、予定通り話をするのは五日後になった。時間的には朝イチだね」
「わかりました」
「医者の件は予定を調整中だからまだ待っててくれ」
「はい」
「それから空の都エイルスパスから連絡が来た。横流しをしていた神官は薬中毒で亡くなっていたよ」
『くそっ』

 ビスタークがすぐに反応して腹立たしさを言葉にした。

「じゃあ何もわからないんですか?」
「そうみたいだ。発覚した頃にはもう末期の症状で、何もまともなことは話さず死んだらしい。それに、当時薬中毒だった者は他にもいたらしくてね。神官だけじゃなく神衛もらしい。だから捜査もままならなかったようだ」
『じゃあ石が出なくなったのは「薬」が蔓延していたからじゃねえか』
「そうなんだろう。……もしかしたら、今もいるのかもしれないね」
『どうにか出来ねえのか』
「向こうの政治に口出しは出来ないよ。向こうだってわかってて色々と手は打っているんだろうし」
「どうにもならないってことですね」
「すまないね」

 一息おいてからまた別の報告がされる。

「それから、この神殿に来ている神衛兵に空の都エイルスパス周辺の町の者が数名見つかった」
「別の町に偽装しているっていう?」
「いや、それはまだ照合中だよ。そんな小細工もされてないのがいたんだ。複数人」
『完全に怪しいじゃねえか』
「うん。そこまで遠くから来る人もいるにはいるけど、そんなに多くはいないからね。これからどんな人か探らせるよ」

 それを聞いてビスタークが提案する。

『じゃあ明日からこいつを訓練に参加させるか』
「え」
『雑談とかに参加しない無表情な奴がいたらおびき出せ』
「おびき出すって?」

 意味がわからないという顔をしてフォスターが聞き返す。

『リューナのいる場所にだ。罠を張るんだよ』
「リューナを危ない目に合わせる気か!」

 フォスターはふざけるなと怒りを露にする。

「いやいや、それは流石にまだ早いよ。せめて鎧の照合が終わって怪しいのを絞ってからにしよう」
「大神官まで!」

 リジェンダまで賛成するとは思わず、フォスターは非難の声を出した。

「勿論警備はしっかりする。守護石ナディガイトも持ってもらう。そして本人にも話して協力してもらう」
「話すって……」
「容疑者逮捕にご協力お願いしますって形で」

 別に神の子だってばらすわけではないよ、と付け足された。

『いつまでも怯えて隠れているよりさっさと捕まえて自由に出歩けるほうがあいつも良いんじゃないか』
「それは、まあ……」
「じゃあ鎧の照合が終わったら本人にお願いするよ。私かティリューダが言うほうがいいだろう」
「……本人が嫌がったらやめてくださいね」
『何か食べ物で釣れば喜んでやるだろ』
「……」

 おそらくビスタークの言う通りになりそうなのがなんだか悔しくてフォスターは無言を貫いた。
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