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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
066 従姉
 出発するのが遅くなってしまったため、いつもより移動速度を上げた。雲行きも怪しくなってきたため防雨石ホルナイトをいつでも出せるようにしておいた。今すぐに使わないのは理力を消費するからだ。休憩を挟みつつ移動し途中で雨にも降られたが、中継地点である小屋へ無事に辿り着いた。辺りはもう真っ暗で、星明かりと光源石リグタイトだけが頼りだった。ここの小屋は木造ではなく泳神の町ミューイスのようなしっかりとした石造りで中は少し広かった。

「誰もいないな」
「良かったあ」

 リューナはほっとしている。

「でも農具が色々置いてあるな」
『暗くてよく見えなかったが畑が近いんだろ』
「農具置き場なのか。勝手に泊まってもいいのかな?」
『ダメなら鍵かけてあるだろうからいいんじゃねえか』
「そうだよな」

 今日の夕飯は乗船前に作っていた魚のバター焼きを出してやった。二人分しかなかったのでヨマリー達の前に出しづらくて残っていたのだ。

「うん、美味しい」

 笑みを浮かべて食べるリューナはいつもより元気が無かった。

「ヨマリー達も晩ごはん食べてるかこれから寝る頃かなあ……」
「そうだと思うよ」

 相当引き摺っている。時間に解決してもらうしか無いだろう。何と言葉をかけていいかわからず、次の町はどんな料理があるかなどと適当な話題をしてその日はさっさと休んだ。

 特に問題なく翌朝を迎えた。ビスタークはこちらへは来ていないため骨の悪霊も出てこなかった。昨日買っておいたパンに炎焼石バルネイトで炙ったチーズを乗せて朝食にした。

 昨日は暗くてわからなかったが、小屋から外へ出るとここより先の景色は辺り一面キャベツ畑だった。収穫時期をずらすためなのか区画ごとに育ちかたが違っていて一部の区画だけに白い蝶が飛んでいる。おそらくあの一帯だけ防虫石ヴェルミナイトが使われていないのだろう。生態系のためわざとそういうことをするらしい、と学校で習った覚えがあった。

 この世界には四季が無い。寒暖差がほとんど無いのと神の石のおかげで安定した収穫が出来るようになっている。農作物系の石は土に埋めておくとその作物にとって最適な環境を作り出すので連作障害や病気になることが無い。また、寒暖差が必要な作物の場合もその神の石があればそういう環境を作り出すようになっている。


 広大なキャベツ畑に少し驚いたがすぐ盾に乗って出発した。しばらく進んでいくと農作業をしている人たちを見つけたので声をかけることにした。

「こんにちは。すみませーん!」
「はい、こんにちは。旅の人かい?」
「はい。町まであとどれくらいでしょうか?」
「そこまで遠くないよ。休憩小屋があったろう? あれはうちの町寄りにあるからね。泳神の町ミューイスから小屋までの距離より短いよ」
「そうですか。ありがとうございます」

 それなら昼過ぎくらいには到着できるだろうか。彼等も今朝町から出てきたと思われるのでなんとなく距離の察しがつく。

「食堂や宿はありますか?」
「食堂はあるけど宿は無いねえ。神殿にお願いするといいよ」

 念のため聞いてみたが泳神の神殿の情報通りだった。流石に甘藍石カンクタイトが出なくなったのかとは聞けなかったが。

「たまーに旅の人は来るけど重なったのは初めてかもしれないなあ」
「えっ?」
「昨日ここを通って町へ来た人がいるんだよ」

 それを聞いて少し身構えた。

「なんか、うちの町の料理が好きで食べに来たんだってさ。夫婦でね、結婚二十周年だかなんだかの旅行なんだってさ。神殿に泊まってるんだろうから会うかもしれないね」
「変わってるよなあ」

 ただの旅行者なのだろうか。宿が無いなら同じく神殿に泊まるはずである。夫婦の旅行というなら大丈夫かな、と思ったがビスタークに釘を刺された。

『油断はするなよ』

 フォスターはわかってる、と髪の毛に触れて肯定の合図をした。

 農作業をしている人達にお礼を言ってから再び移動を始めた。いくつかの緩やかな丘を抜けると町が見えた。

「昼飯、少し遅くなるけど町へ行ってからにするか?」
「うん」

 フォスターは後ろにしがみついているリューナに聞いた。少し元気の無い返事が帰ってきた。今回はリューナが気落ちしているため操縦桿を握らせていない。フォスターは自分の理力不足が心配だったがあの時から少しは増えたようで無事に町へ辿り着いた。

 甘藍神の町カンクタスは素朴な町だった。建物が石造りなだけで道幅や町の規模が地元の飛翔神の町リフェイオスとそんなに変わらない感じである。地元の食堂があったので入ってみた。もう昼は過ぎていたので店内は閑散としていて、カウンター席に二人男女がいるだけだった。

「すみません、いいですか?」

 もしかしたら休憩かもしれないと思い聞いてみたが快く受け入れてくれた。テーブル席につき、メニューは無いというのでおすすめの物を出してもらうことにした。

「君たちも旅行者……あ、巡礼かい?」

 店主がそう聞いてきた。フォスターのマントの隙間から鎧が見えたようで旅行ではなく巡礼と訂正していた。「も」と言ったということはやはり話に聞いた旅行者がいるのだろう。もしかしたらカウンターにいる男女かもしれない。

「はい、そうです」
「こっち経由で都へ向かう人はたまーにいるよ。どこから来たんだい?」
「あ、ええと、飛翔神の町リフェイオスです」
『馬鹿正直に言うな、バカ』

 素直に出身地を言ってしまい、ビスタークが文句を言う。しかし嘘が苦手なフォスターにとって別の町から来たなどと言っても不自然な感じになるだけである。狙われているのだから伏せたほうが良いのはわかっているが、それならば予め何処の町にするか設定しておかないと下手な嘘がよりバレやすくなってしまう。町民に怪しまれるだけである。

「ほうー、神話の町か。珍しいね」
「人口が少ないので……」

 店主と他愛ないやり取りをしていると、カウンターに座っていた女性から話しかけられた。

飛翔神の町リフェイオスだって?」

 その女性は少し外側に跳ねている肩くらいの長さの黒髪で歳は四十代半ばくらいだった。カウンター席から立ち上がってこちらへやって来た。入れ替わるように店主は厨房へ立ち去ってしまったので緊張が走った。

「じゃあ、マフティロって知ってるかい?」

 予想外の名前が出てきたので驚いたのと同時に気が抜けた。

「え……知ってますが……神官としても学校の先生としてもお世話になりましたし……」

 困惑しながら返答すると、ニッと笑ってこう言われた。

「私、マフティロの従姉なんだよ。リジェンダって言うんだ、よろしくね。あっちは旦那のマーカム」

 カウンターを指差して紹介してくれた。マーカムと呼ばれた男性のほうはこちらを見て軽く会釈をする。突然のことで呆気にとられているとビスタークが独り言のような声を出す。

『あー……』

 何か言いあぐねている感じがした。

『こいつは大丈夫だ。マフティロから聞いたことがある。従姉がいるってな』

 それならば安心だろう。フォスターはほっとすると軽く自分たちの紹介をした。

「……君たちのことは聞いているよ。まさかこんなところで会うとは思わなかったけどね。のことも聞いてるよ」

 神殿には通信石タルカイトというものがあると聞く。マフティロは水の都シーウァテレス出身なので彼女も水の神官なのかもしれない。ビスタークのことを知っているならリューナのことも当然知っているだろう。リューナは挨拶のつもりで軽く頭を下げた。

「神殿に泊まるのかい?」
「宿が無いと聞いているのでそのつもりです。まだ神殿には行ってないんですけど」
「まあ、たぶん、大丈夫だよ。ちょっとギスギスしているけどね」

 それを聞いてフォスターは表情を曇らせた。

「やっぱりそうなんですか……」
「何かあったら聞くよ」
「まあ、一泊するだけですから。……でも何かあったら相談させてください」

 空気が悪いだけで危害を加えられないのであれば別に構わないが、もしかするとリジェンダは水の都シーウァテレスから抜き打ちで調査しに来ているのかもしれない。それなら気になることは報告したほうがいいのだろう。ただ、自分は嘘が苦手なので余計なことを人前で言わないように気を付けようとフォスターは思った。
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