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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
048 買物
 翌日、仕事は昼からとのことでフォスターは朝食前に毎日の日課の訓練を済まそうと神殿そばの公園に向かった。神殿の敷地を公園にして一般人に開放している、と言うほうが正しいのだが。

 この世界では、そもそも個人の土地などというものは存在しない。町の土地は神の物だからだ。神殿を通してその土地を人々へ貸している。土地の賃貸料は町の税金となるのである。

 リューナは神官兄弟に預けてきた。宿の部屋で鍵をかけておけば大丈夫だろう、ということでビスタークはフォスターの額に巻かれている。案内してやると言っていたが何か隠しているような気がしてならなかった。

 公園の神殿側でこの町の神衛兵かのえへいが朝訓練をしているのが見える。自分がやっている訓練とそう変わらないようだった。

『あっちの訓練も昔と変わってないようだな』
「もしかして、向こうの訓練を確認するためについてきたのか?」
「いや、昔世話になった隊長がいるかと思ったんだけどな……もう歳だから引退してるっぽいな。だが顔が似てるのがいるから、もしかしたら昔の隊長の息子がいるのかもな……」

 どうやら昔を懐かしんでいたらしい。

 訓練のため公園内にある池の周りを走っているとあちこちの木に板がくくりつけられてそこに何か紙が貼ってある。どうも選挙の演説の日程が書いてあるようだった。顔が二つ描かれているのでおそらく候補者二人がこの公園に来て演説するようである。討論と言う名の口喧嘩が始まったりするのだろうか。まあ自分には関係無いなと思い、訓練を終わらせて宿へと戻った。

 朝食の時間に食堂はやっていなかったが、前の日に店長からソーセージを挟んだパンを貰って時停石ティーマイトと一緒にしておいたのでそれを朝食にした。神官兄弟の分もあったので向こうの部屋で食べた。その際に公園の貼り紙の話をするとコーシェルが興味を示した。後で行ってみるつもりらしい。

「リューナちゃんはどうするんじゃ? またわしらが見張ってたほうがいいんか?」
「あー、それなんだけど……」

 フォスターは昨晩の仕事終わりの時の会話を思い出していた。



「今日はありがとな。助かったよ」
「いえ、こちらこそ金銭面で助かりました」

 店長のクタイバと互いに感謝を述べる。

「そういやバタバタしてたから聞きそびれてたが、お前さんらは眼鏡を作りに来たのか?」
「いえ……妹は全盲なので眼鏡を作っても意味が無くて……見えるようになる方法を探して旅を始めたところで……」

 少し言葉を選びながらそう言うとクタイバが息を詰まらせたようにこう言った。

「お前……苦労してるんだな……」

 心なしか目元が潤んでいる気がする。両肩にぽん、と手を置かれ力強くうんうんと頷かれた。何か勝手に想像して同情されているようである。苦労というより心労があることには違いないので、余計なことは言わず厚意に甘えておこうと思った。

 ということで色々と便宜を図ってくれ、リューナは厨房の隅で座りながら野菜の皮剥きや茹で卵の殻を剥くなどの下働きをすることになったのである。同情の方向性が少し違う気もしたが黙っておいた。



「……そんなわけで、今日リューナは一緒に働くことになったんだ。だから面倒見てくれなくて大丈夫」
「えー、じゃあ兄貴と二人かー」
「リューナと一緒が良かったのか?」
「そりゃあ男だけより女の子がいたほうが華やかだし気分も上がるからね」

 リューナは意外なことを言われたような感じで目を瞬いている。

「それにようやく少し懐いてくれたし」

 ウォルシフはニッと笑ってリューナを見ながら言った。実は気にしていたようだ。

「ご、ごめんなさい……」
「いいよいいよ。俺がでかいから怖いんだろ。これからも少しずつ慣れてってくれよな」

 そのためにリューナへ言文石リーサイトを買ってきたのかもしれない。小動物に懐かれたい大男だな、とフォスターは思った。

「わしはお前と違って怖がられてないからのう」

 コーシェルが得意気に言ったがすぐに言い返される。

「兄貴はチビだから全然怖くないもんな」
「なっ……そういうことなんか、リューナちゃん!?」
「えっ、違うよ! 大神官のおじいちゃんと話し方とか雰囲気が似てるからだよ!」

 リューナは慌てて否定した。

「話を戻すけど、仕事は昼からだからさ、それまでに買い物しておきたいんだよ。どこか安い店知らないか?」

 フォスターが必須事項を伝える。

「食い物か?」
「それもあるけど洗浄石クレアイトとか欲しいから神の石の店も」
「最安値かどうかは知らんけどそこそこの店なら知っとるよ」
「案内してくれるか?」
「ええよ。わしらも色々見て回りたいしな」

 食事を終えて身支度を整えたら買い物へ行くことになった。格納石ストライトがついているので一応鎧も着ておいた。

「へえ、似合うじゃないか。これでうちの町も安心だな」
「……」

 フォスターは神衛になる気は無いが、旅の理由に「巡礼に出ている」という建前があるので「ならないけど」とは言えなかった。まあ常々「なりたくない」と言っているのであるが。

 店は公園とは反対方向にあった。公園は町の中心にあるので、店は町外れのほうだ。こぢんまりとした可愛らしい店の中に色々な石がきちんと並べてある。その並べられた神の石と値札を見てフォスターはため息をついた。

「やっぱり格納石ストライトは高い……」
「需要があるし遠い町の石じゃからのう」
転移石エイライトは扱ってないみたいだし」
「あれは一時期供給が止まって、今もだいぶ出荷量が少ないらしいよ。あったとしてもこの格納石ストライトより高いんじゃないか?」
「うわ、とても買えないな……」

 転移石エイライトはヴァーリオが落とした物を一つ持っている。使えば一瞬で線を書いた自分の部屋へ帰ることができる。しかし今いる場所へは一瞬で帰って来られないためもう一つ欲しいのだ。

転移石エイライトってなんで供給止まってたんだ? 今は出てきてるんなら原因がわかったってことだよな?」
「聞いた話じゃと、神官が高く買い取るとこへ横流しとかなんとか言うとったのう」
「ふーん」
「昔より少ない数しか出てこないんじゃあ、まだ何かあるんかもしれんのう」

 空の都エイルスパス飛翔神の町リフェイオスから左下方面の世界の反対側だ。かなりの距離があるため、数が出回らないとこの辺りまで届くことは無いだろう。

複製石トラパイトも無いか……」
「需要がありすぎてすぐに売れちゃうみたいだよ」

 ウォルシフが店に貼ってある紙を見ながら言った。いつ入荷するかもわからず、入れば即売れてしまうこと、予約は受け付けていないことが書かれていた。そのそばに貼られた別の紙には「お持ちの神の石鑑定します」と書いてあったが、書かれていた金額が格納石ストライト並みだったので諦めた。

「そうだ。友情石フリアイトって売ってる?」

 リューナが急に言い出した。

「あるけど、何でだ? 友神の町フリアンスで言えば良かったのに」
「そうなんだけど……昨日欲しくなっちゃったんだもん」
「昨日?」

 フォスターが聞くと、ウォルシフが納得したように言った。

「ああ、あの眼鏡の女の子?」
「うん。同い年の女の子と知り合ったの初めてだから、記念に渡せたらなって」
「えっ!?」
「同い年!?」

 フォスターとウォルシフが驚愕して声をあげた。

「う、うん。私と同じ十六歳だって。……そういえば、子どもに間違えられるって言ってた」

 胸が小さいから、と言っていたことはリューナの心の中にしまっておいた。

「子どもじゃなかったのか……十二歳くらいかと思ってた」
「まあ、でも攫われなかったんだから今回は間違ってなかったよ」
「これからはあまり見た目で判断しないほうがいいな……」

 見た目が子どもでも油断しないようにしようと思った。

「今日風呂入るときに渡すのか?」
「うん、そのつもり。明日出発するのかどうかわからないし」
「店次第だからな……」

 休んでいる店員の復帰次第なため、いつまで働くのかまだわからない。今日働いている間にわかると良いのだが。

「えっと、それで、買ってくれるの?」
「ああ、いいよ。ただ後でカイルのと混ざってわからない、とか言うなよ」
「大丈夫だよ。カイルのはこの前加工してもらったから」

 友情石フリアイトは金属の部品を付けてリューナが持っている肩掛けの鞄の内側にしまってある。部品がついているので外側に付ければいいのにとフォスターは思ったが、もし壊れて落としたら嫌だから、ということだった。

 友情石フリアイト洗浄石クレアイト美髪石トレッサイトの他、生活に便利な手頃な値段の石を買って店を出た。ふと隣の建物を見ると貼り紙がしてあった。公園にあったのと同じ貼り紙だ。

「コーシェル、公園に貼ってあった紙はこれだよ」
「おー、行かずに済んだのう。ふーん、土の刻から公園で討論会をするそうじゃよ」
「へえ。興味ないな」
「まあ普通他の町の選挙なんてそんなもんじゃよな」

 コーシェルは興味があるようだ。将来大神官になることがほぼ決まっているので他の町の政にも興味があるのだろう、とその時は思っていた。
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