残酷な描写あり
R-15
039 追及
『は? 俺はあんな奴知らねえよ? ここに来たのも初めてだしな』
「違うのか。それならいいんだけど」
気になったのでフォスターは先ほどのパン屋の店員と面識が無いかビスタークに聞いてみた。自分と似ている人間の心当たりがビスタークだけだったからだ。もしもビスタークが原因で記憶を消していたら罪悪感に押し潰されるところであった。きっと他人の空似か思い違いだろう。
リューナは機嫌良く買ったお菓子を食べ終わり、甘いお茶を楽しんでいた。フォスターは材料と作り方を考えながら味わって食べているとビスタークがこう言ってきた。
『リューナに帯を握らせろ』
「? 何か話すことがあるのか?」
「ん? お父さん?」
言われるがまま帯をリューナに握らせた。
『お前知ってたか?』
「何が?」
『コイツ、お前と一緒にいた女神官が好みらしいぞ』
フォスターは食べていたクッキーが喉の奥に入り込んで咳き込んだ。
「げほっ……ゲホッ、ごほっ」
「…………そうなの? フォスター?」
リューナの声が冷たい。目が見えないはずなのに冷たい目で見られているような感じがする。美人を見ただけで何かの罪にはならなかったよな、俺は何も悪いことしてないよな、と一瞬の間に色々な思考を巡らせた。お茶を喉へ流し込み咳が止まると一呼吸置いてから弁明した。
「好みっていうんじゃなくて、うちの町にはああいうお淑やかな若くて綺麗な女の人がいないから見惚れてただけだ。男ならみんなそうだと思うぞ」
「ふーん。そうなんだー。へー」
リューナが棒読み状態で相槌をうってくる。ビスタークは滅茶苦茶笑っている。自分が楽しむ為に息子を陥れたに違いない、最低だ、とフォスターは思った。
「若くて綺麗な女の人がいないって……私は? お父さんがよく『可愛い』とか『美人』とか言ってくれてたけどあれはウソってこと?」
お父さん、とはジーニェルの方である。
「お前は妹だから、いくら可愛くても美人でも対象外だ」
「……セレインさんはどうなの?」
リューナはニアタとマフティロの娘の名前を出してきた。フォスターより五歳上である。
「あの人は怖いしキツいから苦手だ。顔を合わす度に怒られてる気がする」
「ふーん。セレインさんは綺麗なの?」
「まあ、綺麗なほうではあるかな」
セレインは命の都へ医者の勉強をしに行っているので一年くらい会っていない。
「私には綺麗な声、くらいしかわかんないし」
「あ……」
リューナが悲しそうな顔をしている。綺麗、というのは目からの情報である。見えないリューナ相手に気遣いが足りなかったことを謝った。
「ごめん……」
「別に謝んなくてもいいけど」
少し拗ねたような声だ。
「でも残念だったねフォスター」
「? 何が?」
「アニーシャさん、フォスターに付いてた神官の人と結婚したばかりだって」
リューナは口の端を上げ少しだけ意地悪な顔をしてそう言った。
「へえ、そうなんだ」
一緒にいたサニアムの顔を思い浮かべて言った。別に見惚れていただけでアニーシャとどうにかなろうと考えていたわけではない。綺麗な人なので相手が既にいるだろうというのは考えてはいたが、サニアムも言っといてくれればいいのにとは思った。
「あとね、アニーシャさんって大神官のお孫さんで、フォスターを連行したり案内してくれた神衛の人の娘さんなんだって」
「えっ。そうなのか」
そちらの方が驚いた。サニアムは婿として親族付き合いが大変なのではないだろうか。変に心配と同情をしてしまった。
「あの神衛は大神官の息子か婿ってことか」
「それはどっちか知らないけど」
「小規模な町の神殿は家族経営が多いのかな」
『じゃああの女神官は将来大神官みたいなババアになるかもしれないのか』
フォスターはそれを聞いて想像してしまい、一気に夢が醒めたような気持ちになった。ロスリーメももしかしたら若い時は美人だったのかもしれない。アニーシャも実はロスリーメのような性格なのかもしれない。
「それは怖いな……」
『大神官で思い出したが、ここのとうちの爺さんは懇意にしてるみたいだったな』
「そういえば、名前呼びしてたな。大神官同士の交流はあるんだろうけど」
「知り合いだったら大神官から連絡してもらって石を譲ってもらえば良かったんじゃない?」
リューナがそう言うとビスタークが文句を言った。
『バカ。お前が殺すなって言ったからここに来る羽目になったんだろうが』
「だって私が本当に狙われてるなんて知らなかったし。大体二人とも詳しいこと教えてくれないじゃない!」
「リューナ、声を抑えて」
フォスターは店員の方を伺いながら注意した。リューナと二人で喋っているようにしか見えないらしく、そんなに不審には見えないようだ。だがそろそろここから出た方がいいだろう。
『だから俺の借金のカタに狙われてるって言っただろ』
「そこまで。怪しまれないうちに店を出るぞ。続きは外でやってくれ」
フォスターは小声でそう言った。
「またそうやってごまかす」
リューナは文句を言っていたが大人しく店から出た。
「ごちそうさまでした」
挨拶をして外へ出た。手持ちの時刻石は茶色く土の刻を表している。携帯できる大きさの時計は高級品で持っていないため、炎の刻まであとどれくらいなのかはわからない。しかし炎の刻になれば必ず神殿に入れる保証も無い。どうやって時間を潰そうかと考えながら歩くことにした。
「うーん。蜂蜜売ってるところでも探すか」
「今のパン屋さんには無かったの?」
「無かった。聞こうと思ってたんだけどお前らが喧嘩始めるから聞きそびれた」
「じゃあ探さないとね」
「養蜂場に行ってみるか。多分網が張ってある所だろうし」
遠くに網が張ってあるところが見える。その場所に向かって並んで歩き始めた。
「で、なんで私は狙われてるの?」
リューナは続けて追及を始めた。残念ながら今回は蜂蜜に誤魔化されなかった。手には帯を握っている。
「あと、私のお母さんのことも教えて。私は何処で誰から産まれたの? なんにも教えてもらってないんだけど!」
どう答えればいいのだろう。もし本当にリューナがビスタークの子で腹違いの妹だったとしても、その辺のことをフォスターは知っているはずがない。そのためビスタークに全部任せた。
『お前が俺と話をしようとしなかったからじゃねえか』
「まあそうだけど……」
リューナは少しだけ「あ」という顔をしたがすぐに気を取り直した。
「で、教えてくれるの?」
『あー、旅神ホールニスの町生まれだな』
リューナを大神官から受け取った町なんだろうな、とフォスターは思った。
「旅神の町ってどこ?」
「俺も知らない」
『光の都方面だな』
「そんなに遠いの」
光の都は飛翔神の町を地図の上とすると真下より少し右くらいの世界の反対側方面にある都である。
『お前の出産が難産でそれで医者の世話になって金がかかって借金をした。難産のせいでお前の母親も死んじまった』
「えっ……そうだったんだ……」
割りとありそうな理由である。いつ聞かれてもいいように考えていたのだろうか。
『その借金した所が良くない金貸しだったんだ。そのせいでお前が取られそうになって逃げてきたというわけだ』
心なしか得意気に喋っているような気がする。自分でも良くできた言い訳だと思っている感じだ。
「……お母さんの名前は?」
『名前は……えー……ルナ、そう、ルナだ』
絶対に今考えたな、とフォスターは思った。リューナが少し疑っている顔をしている。
「どんな人だった?」
『お前に似てた』
「もっと具体的に!」
『えー……そうだなー……髪の毛がお前と同じ色でくせっ毛でふわふわで……』
「それから?」
『胸が大きくて、柔らかくて、触り心地が良くてな』
「ん?」
フォスターは嫌な予感がした。
『でも締まりや感度なんかはレリアの方が』
「わーーーっ!」
フォスターは咄嗟に大声を出したがその後の卑猥な話もリューナに聞こえてしまったようだった。帯を手から離し、今まで見たことの無い表情で呆然としていた。
『はー、やっと解放された。面倒な奴』
「…………」
「……リューナ、大丈夫か?」
ビスタークはリューナから逃れるためわざとそんな話をしたらしい。しかしもっと別の方法があったのではないだろうか。
「燃やそう」
「え?」
「死んだ人は星になるべきだと思う」
「あ、うん」
「火葬石あったよね? 燃やそう」
「荷物は神殿だけど……」
リューナは相当怒っている。まあ当然なのだが。
「それに俺から帯を取るのが難しいんだよな」
「生きてる人には燃えうつらないんだから着けたままでもいけるでしょ」
真顔だ。声もとても冷ややかだ。
『え、こいつ怖い』
「お前のせいだからな!」
何故自分まで怖い思いをしなければならないのか。養蜂場に着くまでフォスターは生きた心地がしなかった。
「違うのか。それならいいんだけど」
気になったのでフォスターは先ほどのパン屋の店員と面識が無いかビスタークに聞いてみた。自分と似ている人間の心当たりがビスタークだけだったからだ。もしもビスタークが原因で記憶を消していたら罪悪感に押し潰されるところであった。きっと他人の空似か思い違いだろう。
リューナは機嫌良く買ったお菓子を食べ終わり、甘いお茶を楽しんでいた。フォスターは材料と作り方を考えながら味わって食べているとビスタークがこう言ってきた。
『リューナに帯を握らせろ』
「? 何か話すことがあるのか?」
「ん? お父さん?」
言われるがまま帯をリューナに握らせた。
『お前知ってたか?』
「何が?」
『コイツ、お前と一緒にいた女神官が好みらしいぞ』
フォスターは食べていたクッキーが喉の奥に入り込んで咳き込んだ。
「げほっ……ゲホッ、ごほっ」
「…………そうなの? フォスター?」
リューナの声が冷たい。目が見えないはずなのに冷たい目で見られているような感じがする。美人を見ただけで何かの罪にはならなかったよな、俺は何も悪いことしてないよな、と一瞬の間に色々な思考を巡らせた。お茶を喉へ流し込み咳が止まると一呼吸置いてから弁明した。
「好みっていうんじゃなくて、うちの町にはああいうお淑やかな若くて綺麗な女の人がいないから見惚れてただけだ。男ならみんなそうだと思うぞ」
「ふーん。そうなんだー。へー」
リューナが棒読み状態で相槌をうってくる。ビスタークは滅茶苦茶笑っている。自分が楽しむ為に息子を陥れたに違いない、最低だ、とフォスターは思った。
「若くて綺麗な女の人がいないって……私は? お父さんがよく『可愛い』とか『美人』とか言ってくれてたけどあれはウソってこと?」
お父さん、とはジーニェルの方である。
「お前は妹だから、いくら可愛くても美人でも対象外だ」
「……セレインさんはどうなの?」
リューナはニアタとマフティロの娘の名前を出してきた。フォスターより五歳上である。
「あの人は怖いしキツいから苦手だ。顔を合わす度に怒られてる気がする」
「ふーん。セレインさんは綺麗なの?」
「まあ、綺麗なほうではあるかな」
セレインは命の都へ医者の勉強をしに行っているので一年くらい会っていない。
「私には綺麗な声、くらいしかわかんないし」
「あ……」
リューナが悲しそうな顔をしている。綺麗、というのは目からの情報である。見えないリューナ相手に気遣いが足りなかったことを謝った。
「ごめん……」
「別に謝んなくてもいいけど」
少し拗ねたような声だ。
「でも残念だったねフォスター」
「? 何が?」
「アニーシャさん、フォスターに付いてた神官の人と結婚したばかりだって」
リューナは口の端を上げ少しだけ意地悪な顔をしてそう言った。
「へえ、そうなんだ」
一緒にいたサニアムの顔を思い浮かべて言った。別に見惚れていただけでアニーシャとどうにかなろうと考えていたわけではない。綺麗な人なので相手が既にいるだろうというのは考えてはいたが、サニアムも言っといてくれればいいのにとは思った。
「あとね、アニーシャさんって大神官のお孫さんで、フォスターを連行したり案内してくれた神衛の人の娘さんなんだって」
「えっ。そうなのか」
そちらの方が驚いた。サニアムは婿として親族付き合いが大変なのではないだろうか。変に心配と同情をしてしまった。
「あの神衛は大神官の息子か婿ってことか」
「それはどっちか知らないけど」
「小規模な町の神殿は家族経営が多いのかな」
『じゃああの女神官は将来大神官みたいなババアになるかもしれないのか』
フォスターはそれを聞いて想像してしまい、一気に夢が醒めたような気持ちになった。ロスリーメももしかしたら若い時は美人だったのかもしれない。アニーシャも実はロスリーメのような性格なのかもしれない。
「それは怖いな……」
『大神官で思い出したが、ここのとうちの爺さんは懇意にしてるみたいだったな』
「そういえば、名前呼びしてたな。大神官同士の交流はあるんだろうけど」
「知り合いだったら大神官から連絡してもらって石を譲ってもらえば良かったんじゃない?」
リューナがそう言うとビスタークが文句を言った。
『バカ。お前が殺すなって言ったからここに来る羽目になったんだろうが』
「だって私が本当に狙われてるなんて知らなかったし。大体二人とも詳しいこと教えてくれないじゃない!」
「リューナ、声を抑えて」
フォスターは店員の方を伺いながら注意した。リューナと二人で喋っているようにしか見えないらしく、そんなに不審には見えないようだ。だがそろそろここから出た方がいいだろう。
『だから俺の借金のカタに狙われてるって言っただろ』
「そこまで。怪しまれないうちに店を出るぞ。続きは外でやってくれ」
フォスターは小声でそう言った。
「またそうやってごまかす」
リューナは文句を言っていたが大人しく店から出た。
「ごちそうさまでした」
挨拶をして外へ出た。手持ちの時刻石は茶色く土の刻を表している。携帯できる大きさの時計は高級品で持っていないため、炎の刻まであとどれくらいなのかはわからない。しかし炎の刻になれば必ず神殿に入れる保証も無い。どうやって時間を潰そうかと考えながら歩くことにした。
「うーん。蜂蜜売ってるところでも探すか」
「今のパン屋さんには無かったの?」
「無かった。聞こうと思ってたんだけどお前らが喧嘩始めるから聞きそびれた」
「じゃあ探さないとね」
「養蜂場に行ってみるか。多分網が張ってある所だろうし」
遠くに網が張ってあるところが見える。その場所に向かって並んで歩き始めた。
「で、なんで私は狙われてるの?」
リューナは続けて追及を始めた。残念ながら今回は蜂蜜に誤魔化されなかった。手には帯を握っている。
「あと、私のお母さんのことも教えて。私は何処で誰から産まれたの? なんにも教えてもらってないんだけど!」
どう答えればいいのだろう。もし本当にリューナがビスタークの子で腹違いの妹だったとしても、その辺のことをフォスターは知っているはずがない。そのためビスタークに全部任せた。
『お前が俺と話をしようとしなかったからじゃねえか』
「まあそうだけど……」
リューナは少しだけ「あ」という顔をしたがすぐに気を取り直した。
「で、教えてくれるの?」
『あー、旅神ホールニスの町生まれだな』
リューナを大神官から受け取った町なんだろうな、とフォスターは思った。
「旅神の町ってどこ?」
「俺も知らない」
『光の都方面だな』
「そんなに遠いの」
光の都は飛翔神の町を地図の上とすると真下より少し右くらいの世界の反対側方面にある都である。
『お前の出産が難産でそれで医者の世話になって金がかかって借金をした。難産のせいでお前の母親も死んじまった』
「えっ……そうだったんだ……」
割りとありそうな理由である。いつ聞かれてもいいように考えていたのだろうか。
『その借金した所が良くない金貸しだったんだ。そのせいでお前が取られそうになって逃げてきたというわけだ』
心なしか得意気に喋っているような気がする。自分でも良くできた言い訳だと思っている感じだ。
「……お母さんの名前は?」
『名前は……えー……ルナ、そう、ルナだ』
絶対に今考えたな、とフォスターは思った。リューナが少し疑っている顔をしている。
「どんな人だった?」
『お前に似てた』
「もっと具体的に!」
『えー……そうだなー……髪の毛がお前と同じ色でくせっ毛でふわふわで……』
「それから?」
『胸が大きくて、柔らかくて、触り心地が良くてな』
「ん?」
フォスターは嫌な予感がした。
『でも締まりや感度なんかはレリアの方が』
「わーーーっ!」
フォスターは咄嗟に大声を出したがその後の卑猥な話もリューナに聞こえてしまったようだった。帯を手から離し、今まで見たことの無い表情で呆然としていた。
『はー、やっと解放された。面倒な奴』
「…………」
「……リューナ、大丈夫か?」
ビスタークはリューナから逃れるためわざとそんな話をしたらしい。しかしもっと別の方法があったのではないだろうか。
「燃やそう」
「え?」
「死んだ人は星になるべきだと思う」
「あ、うん」
「火葬石あったよね? 燃やそう」
「荷物は神殿だけど……」
リューナは相当怒っている。まあ当然なのだが。
「それに俺から帯を取るのが難しいんだよな」
「生きてる人には燃えうつらないんだから着けたままでもいけるでしょ」
真顔だ。声もとても冷ややかだ。
『え、こいつ怖い』
「お前のせいだからな!」
何故自分まで怖い思いをしなければならないのか。養蜂場に着くまでフォスターは生きた心地がしなかった。