残酷な描写あり
R-15
037 労働
昨日は食事をリューナの部屋で一緒に取り、フォスターはその隣の部屋で寝た。ここの宿舎は風呂も自由に使え、洗濯もしてもらえた。旅の間の洗濯は洗浄石があれば済むのだが、洗濯用として使うと石の消費が激しく金銭的に厳しい。洗濯や掃除、調理等の神殿内雑務をするために人を雇っているということだったのでありがたくお願いした。この町で記憶を消した人はそのまま住み着く場合が多く、仕事を与えるためにそうしているのだそうだ。
鎧等の装備も昨日のうちに返却されたが今日は仕事をする予定なので金だけ持って他は部屋に置いてきた。フォスターは畑の雑草取りや収穫した作物を運ぶ仕事を、リューナは養土石と降雨石、理蓄石に理力補充をすることになっている。
「ご飯の用意も洗濯もしてもらって、すごく偉い人になった気分なんだけどなんだか落ち着かないね……。昨日やっとお風呂に入れたのは良かったんだけど、身体を洗ったり着替えの手伝いまでされそうになったから、やめてくださいって断ったよ……」
なんだか少しげんなりしている様子だ。神官たちはリューナが神の子だと確信しているようで、あれこれ世話を焼きたがっているようだった。
「なんでこんなにお世話してくれるのかなあ?」
怪訝な表情をしてそう言った。
「目が見えないから気を遣ってくれてるんだよ」
咄嗟にそう言っておいたが、リューナが不審に思っているのであまり過剰に構わないよう言っておこうと思った。
フォスターはリューナが神の子だと信じたくないので、もう確定しているかのように振る舞う神官たちを見ていると気持ちが沈んでゆく。今朝も元気が無かったのだが、朝食として運ばれてきたトーストに添えられた蜂蜜を見てテンションが上がった。リューナに対して食べ物で誤魔化すのが一番良いなどと考えていたが、甘味に関しては人のことは言えないのである。
朝食の後、働くために外へ移動しようと廊下を歩いていると吹き抜けから見える下の階から揉めるような声が聞こえてきた。
「嫌よ!」
「最初は話を聞くだけよ。それから考えてもいいでしょ?」
昨日、フォスター達の前にいた幌馬車から降りた親子だった。母親は六十歳前後、娘は三十半ばくらいの年齢に見える。娘の顔色と表情は暗く何か悩みを抱えている感じだ。母親の方はその娘をなんとかしてやりたいと考えているようだ。
「昨日の人たちだね」
「まだ神官に話をしてないみたいだな」
「そりゃあ昨日は君らに時間とったからさ」
不意に後ろから声がした。
「あっ、大神官。すみません……おはようございます」
「おはようございます!」
「責めてないから気にしなくていいよ」
ロスリーメが後ろに立っていた。下にいる親子を見ている。
「……あの女性の記憶を消すんですか? 本人は嫌がってるみたいですけど……」
「さあね。話をしてみないことにはね。今の段階では何とも言えないね」
「この町に来て、記憶を消さなかった人っているんですか?」
「そりゃいるよ。半分以上はそうだよ」
フォスターが少しホッとしたような顔をするとロスリーメが言った。
「なんだい。人の記憶を容赦なく奪うクソババアだと思ってたかい」
「い、いえ、そんなことは!」
慌てて否定した。
「まあいい。早く働いておいで。ほら、案内しておやり」
そう言うと、リューナには昨日一緒にいた女性神官のアニーシャが、フォスターには初めて見るサニアムという青緑の髪色の若い男性神官がついた。神官二人はそれぞれに今日行う仕事の説明をしつつ畑まで案内した。畑に着くとリューナとは別行動となった。
「じゃあフォスター頑張ってね!」
「お前もな。張り切りすぎて何かにぶつかるなよ」
丁重に扱われ過ぎるくらいなのでそこまで心配しているわけではないのだが、気にはなってしまう。それともう一つ気になっていることがあった。リューナと一緒にいる女性神官のアニーシャである。飛翔神の町にはあまり若い女性がいないのと美人であるためつい目がいってしまう。いわゆる目の保養というものである。リューナも可愛いし美人の部類ではあるのだが、長年一緒にいる家族なので見慣れてしまって「目の保養」という感覚は無い。
「心配しなくても大丈夫ですよ。皆、敬意を持って接していますから」
一緒にいる男性神官のサニアムが少し勘違いをしてくれた。それで伝えようとしていたことを思い出した。
「あの、あまりに丁寧な対応すぎて、リューナが不審がっています。もう少し普通にして欲しいです。さっきまで本人がいたから言えなかったんですが……」
「そうでしたか。私たちは神の子という存在が初めてなので、できるだけおもてなししようと思っていたのですが、自覚が無いんでしたよね。アニーシャに伝えてきます」
「……やっぱり神の子だと思いますか?」
「理力量がとても多いように感じますので」
「理力が多いだけの普通の人間ということは無いんでしょうか……」
暗い顔をしてそう言うとサニアムが気遣うように言った。
「我々では理力の強さしかわかりません。絶対に神の子だという確証はありませんよ」
「……そうですか」
気休めだが、確定したわけではないことに少し安心した。
「あ、ところで仕事ですが、あの建物に収穫した物を集めてありますので中の者の指示に従って運んでください。よろしくお願いします」
「わかりました」
そう言うとサニアムはアニーシャのところへ先程の注意事項を伝えに行った。フォスターは言われた場所へ移動しようと歩き始めたところで声がした。
『はー、やっといなくなったか』
ビスタークが急に話し始めたのだ。
「寝てたんじゃないのか」
『俺の場合「寝る」って表現が正しいのかあれだが、黙ってただけだ。誰に声が聞こえてるのかわからねえから落ち着かん』
「そんなの気にしないと思ってた」
『お前以外誰も聞こえてない時に話しかけるのが面白いのに』
それを聞いてフォスターはカチンときた。
「は? お前今までわざとやってた? 昨日『犯罪者』とか言ったのも? 俺あの時どれだけお前に怒鳴りたかったか」
『よく耐えたなー。えらいえらい』
「……」
今も怒鳴りたかったが建物近くまで来たのでまた耐えた。
建物の中では収穫物が仕分けされて札が付けられ山になっていた。荷馬車が何台か待機している。収穫物をその荷台に載せるのがフォスターの仕事のようだ。指示された通りに荷物を持ち上げて運んだ。普段から重い酒樽を持ち上げて神殿までの階段を上っていたので、階段が無いぶん特に苦もなく終わらせた。
『お前は力だけはあるんだけどなあ』
今は周りに神官がいないので、ビスタークは遠慮なく話しかけてくるようだ。「だけは」の部分に嫌味っぽい含みを感じるが、反応したら負けだと無視を決め込んだ。働いている人たちは普通の人ばかりでビスタークの声は聞こえないようだった。この中の何人が記憶を消した人たちなのだろうか。
力仕事が早く終わったことに感謝され、次は荷馬車に乗り出先で荷下ろしを頼まれる。着いた場所は外壁内の一室だった。ここに集められている物は他の町、主に眼神の町へ、他は友神の町の出荷分らしい。時停石があるので鮮度は気にしなくても大丈夫だが、量が多いので石もたくさん必要である。時停石は対象が非生命体という話だ。収穫した野菜類はまだ生きていると思うのだが、石には生命として扱われないようで鮮度が保たれるようになっている。土から離れると非生命体として扱われるようだ。
出荷される中に蜂蜜の瓶を見つけた。目を輝かせて見ていると、商人に話しかけられた。
「蜂蜜に興味がおありですか?」
「あ、はい。でも高いんですよね?」
「そうですなあ。一瓶に一リコ入っているのですが、眼神の町や友神の町の店では一万レヴリスで販売していますね」
「そんなに……」
二人で朝食付きの宿に泊まれるくらいの値段であった。なお「リコ」とはここでの重さの単位である。
「ただ、それにはここへの往復の経費等が上乗せされていますから、この町で買えばもっと安く買えますよ」
「! そうですか!」
興奮気味に返事をしたためか商人は愉しげに笑っていた。
「貴方のような人がいるので甘味は良い商売になりますよ。本当にここの大神官は商才がある」
「大神官が?」
「そうですよ。四十年前くらいに今の大神官が始めた事業ですから。人を雇って給料を払う立場の人は色々な事を考えなければならないんでしょうなあ。私も自分の商売を拡げる時には参考にしなくてはと思っていますよ」
「……すごい人、なんですね」
大神官ロスリーメの有能ぶりを目の当たりにして、フォスターは溜め息しか出なかった。
鎧等の装備も昨日のうちに返却されたが今日は仕事をする予定なので金だけ持って他は部屋に置いてきた。フォスターは畑の雑草取りや収穫した作物を運ぶ仕事を、リューナは養土石と降雨石、理蓄石に理力補充をすることになっている。
「ご飯の用意も洗濯もしてもらって、すごく偉い人になった気分なんだけどなんだか落ち着かないね……。昨日やっとお風呂に入れたのは良かったんだけど、身体を洗ったり着替えの手伝いまでされそうになったから、やめてくださいって断ったよ……」
なんだか少しげんなりしている様子だ。神官たちはリューナが神の子だと確信しているようで、あれこれ世話を焼きたがっているようだった。
「なんでこんなにお世話してくれるのかなあ?」
怪訝な表情をしてそう言った。
「目が見えないから気を遣ってくれてるんだよ」
咄嗟にそう言っておいたが、リューナが不審に思っているのであまり過剰に構わないよう言っておこうと思った。
フォスターはリューナが神の子だと信じたくないので、もう確定しているかのように振る舞う神官たちを見ていると気持ちが沈んでゆく。今朝も元気が無かったのだが、朝食として運ばれてきたトーストに添えられた蜂蜜を見てテンションが上がった。リューナに対して食べ物で誤魔化すのが一番良いなどと考えていたが、甘味に関しては人のことは言えないのである。
朝食の後、働くために外へ移動しようと廊下を歩いていると吹き抜けから見える下の階から揉めるような声が聞こえてきた。
「嫌よ!」
「最初は話を聞くだけよ。それから考えてもいいでしょ?」
昨日、フォスター達の前にいた幌馬車から降りた親子だった。母親は六十歳前後、娘は三十半ばくらいの年齢に見える。娘の顔色と表情は暗く何か悩みを抱えている感じだ。母親の方はその娘をなんとかしてやりたいと考えているようだ。
「昨日の人たちだね」
「まだ神官に話をしてないみたいだな」
「そりゃあ昨日は君らに時間とったからさ」
不意に後ろから声がした。
「あっ、大神官。すみません……おはようございます」
「おはようございます!」
「責めてないから気にしなくていいよ」
ロスリーメが後ろに立っていた。下にいる親子を見ている。
「……あの女性の記憶を消すんですか? 本人は嫌がってるみたいですけど……」
「さあね。話をしてみないことにはね。今の段階では何とも言えないね」
「この町に来て、記憶を消さなかった人っているんですか?」
「そりゃいるよ。半分以上はそうだよ」
フォスターが少しホッとしたような顔をするとロスリーメが言った。
「なんだい。人の記憶を容赦なく奪うクソババアだと思ってたかい」
「い、いえ、そんなことは!」
慌てて否定した。
「まあいい。早く働いておいで。ほら、案内しておやり」
そう言うと、リューナには昨日一緒にいた女性神官のアニーシャが、フォスターには初めて見るサニアムという青緑の髪色の若い男性神官がついた。神官二人はそれぞれに今日行う仕事の説明をしつつ畑まで案内した。畑に着くとリューナとは別行動となった。
「じゃあフォスター頑張ってね!」
「お前もな。張り切りすぎて何かにぶつかるなよ」
丁重に扱われ過ぎるくらいなのでそこまで心配しているわけではないのだが、気にはなってしまう。それともう一つ気になっていることがあった。リューナと一緒にいる女性神官のアニーシャである。飛翔神の町にはあまり若い女性がいないのと美人であるためつい目がいってしまう。いわゆる目の保養というものである。リューナも可愛いし美人の部類ではあるのだが、長年一緒にいる家族なので見慣れてしまって「目の保養」という感覚は無い。
「心配しなくても大丈夫ですよ。皆、敬意を持って接していますから」
一緒にいる男性神官のサニアムが少し勘違いをしてくれた。それで伝えようとしていたことを思い出した。
「あの、あまりに丁寧な対応すぎて、リューナが不審がっています。もう少し普通にして欲しいです。さっきまで本人がいたから言えなかったんですが……」
「そうでしたか。私たちは神の子という存在が初めてなので、できるだけおもてなししようと思っていたのですが、自覚が無いんでしたよね。アニーシャに伝えてきます」
「……やっぱり神の子だと思いますか?」
「理力量がとても多いように感じますので」
「理力が多いだけの普通の人間ということは無いんでしょうか……」
暗い顔をしてそう言うとサニアムが気遣うように言った。
「我々では理力の強さしかわかりません。絶対に神の子だという確証はありませんよ」
「……そうですか」
気休めだが、確定したわけではないことに少し安心した。
「あ、ところで仕事ですが、あの建物に収穫した物を集めてありますので中の者の指示に従って運んでください。よろしくお願いします」
「わかりました」
そう言うとサニアムはアニーシャのところへ先程の注意事項を伝えに行った。フォスターは言われた場所へ移動しようと歩き始めたところで声がした。
『はー、やっといなくなったか』
ビスタークが急に話し始めたのだ。
「寝てたんじゃないのか」
『俺の場合「寝る」って表現が正しいのかあれだが、黙ってただけだ。誰に声が聞こえてるのかわからねえから落ち着かん』
「そんなの気にしないと思ってた」
『お前以外誰も聞こえてない時に話しかけるのが面白いのに』
それを聞いてフォスターはカチンときた。
「は? お前今までわざとやってた? 昨日『犯罪者』とか言ったのも? 俺あの時どれだけお前に怒鳴りたかったか」
『よく耐えたなー。えらいえらい』
「……」
今も怒鳴りたかったが建物近くまで来たのでまた耐えた。
建物の中では収穫物が仕分けされて札が付けられ山になっていた。荷馬車が何台か待機している。収穫物をその荷台に載せるのがフォスターの仕事のようだ。指示された通りに荷物を持ち上げて運んだ。普段から重い酒樽を持ち上げて神殿までの階段を上っていたので、階段が無いぶん特に苦もなく終わらせた。
『お前は力だけはあるんだけどなあ』
今は周りに神官がいないので、ビスタークは遠慮なく話しかけてくるようだ。「だけは」の部分に嫌味っぽい含みを感じるが、反応したら負けだと無視を決め込んだ。働いている人たちは普通の人ばかりでビスタークの声は聞こえないようだった。この中の何人が記憶を消した人たちなのだろうか。
力仕事が早く終わったことに感謝され、次は荷馬車に乗り出先で荷下ろしを頼まれる。着いた場所は外壁内の一室だった。ここに集められている物は他の町、主に眼神の町へ、他は友神の町の出荷分らしい。時停石があるので鮮度は気にしなくても大丈夫だが、量が多いので石もたくさん必要である。時停石は対象が非生命体という話だ。収穫した野菜類はまだ生きていると思うのだが、石には生命として扱われないようで鮮度が保たれるようになっている。土から離れると非生命体として扱われるようだ。
出荷される中に蜂蜜の瓶を見つけた。目を輝かせて見ていると、商人に話しかけられた。
「蜂蜜に興味がおありですか?」
「あ、はい。でも高いんですよね?」
「そうですなあ。一瓶に一リコ入っているのですが、眼神の町や友神の町の店では一万レヴリスで販売していますね」
「そんなに……」
二人で朝食付きの宿に泊まれるくらいの値段であった。なお「リコ」とはここでの重さの単位である。
「ただ、それにはここへの往復の経費等が上乗せされていますから、この町で買えばもっと安く買えますよ」
「! そうですか!」
興奮気味に返事をしたためか商人は愉しげに笑っていた。
「貴方のような人がいるので甘味は良い商売になりますよ。本当にここの大神官は商才がある」
「大神官が?」
「そうですよ。四十年前くらいに今の大神官が始めた事業ですから。人を雇って給料を払う立場の人は色々な事を考えなければならないんでしょうなあ。私も自分の商売を拡げる時には参考にしなくてはと思っていますよ」
「……すごい人、なんですね」
大神官ロスリーメの有能ぶりを目の当たりにして、フォスターは溜め息しか出なかった。