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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
004 収束
 リューナの言葉を裏付けるかのように男の攻撃を受けるだけで精一杯だった先ほどとは違い、フォスターの動きが先程とは別人のようだった。今押しているのはフォスター側だ。癖のある武器を使いこなしている。
 
 の剣が男の脇に当たりその圧力で飛ばされていく。すかさず追いかけ追撃し、上へと弾き飛ばした。反力石リーペイトを持たないであろう相手が無防備に落下する際さらに攻撃を加えようと思ってのことだったが、男は空中で静止し体勢を立て直した。
 
 石に触れたような動きは無いが、兜の額の位置にある神の石らしきものがほんのり光っている。兜の両側には羽飾りがついており、マフラーのようなマントは両肩から二つ背中に伸びていて鳥の翼のような意匠だ。鳥神もしくは翼神あたりの神衛兵かのえへいなのだろう。自由に飛べる神の石をつけているようだ。
 
 それを理解したは空中にいる男へ視線を固定したまま盾を左手側の格納石ストライトへ戻した。
 
 男が剣を構え空中から高速で突っ込んでくる。避けた後の隙を狙っているのだろう。ならば向こうの意表を突けばいい。男と接触するギリギリでは鎧の反力石リーペイトに触れ空中へ飛んだ。向こうはこちらも飛べるとは思っていなかったようで少しの動揺が見えた。
 そして上空から相手を地面に叩きつけるよう何度も剣圧を与え、先ほど男がしたように相手に真っ直ぐ剣を向け急降下した。地面にひれ伏す格好だった男は衝撃に抗いながら横に転がって避けたが、片手で逆立ちをしているような体勢のにすかさず放たれた横なぎの剣圧をもろに受け呻き声をあげた。
 
 が歩いて近寄ると男は苦し紛れに剣を振り上げた。はすぐに難なく剣だけ弾き跳ばした。剣はくるくると空中で回りながら落ち、後方で地面に突き刺さった。周りで見ていた町民達が危ないとざわついたが、は気にも留めなかった。

「お前の負けだ」

 はそう言って頭を剣で殴るように圧を与え男を気絶させた。

 その途端、様子をうかがっていた周りの町民たちが一斉に男の身柄を確保する。は不満げな表情を浮かべた。

「ちっ。命拾いしたな」

 そう言って剣も右手側の格納石ストライトへ仕舞った。軽くため息をつき、そのまま右手を握っては開き指の動きを確かめる。

「慣れてない身体だからもう少し手こずるかと思ったが……それだけこいつが俺と似てるってことか」
「ねえ!!」

 が声のほうを見ると、妹のリューナが近くに来ていた。

「ん?」

 リューナは一緒にいたパージェを置いて一人だけでやってきた。

「あなた……誰なの? フォスターはどこに行ったの?」

 リューナは顔面蒼白になりながらの腕を掴み強く訴える。

「フォスターを返して! 返してよ!!」

 リューナを慌てて追いかけてきたパージェが怪訝そうに言う。

「ちょ、ちょっとリューナ? どうしちゃったの?」

 周りからはフォスター本人に向かってフォスターはどこだと言っているようにしか見えず、奇妙であった。はその様子を一瞥しまた軽くため息を吐いた。

「よくわかるな。まあ、安心しろ。もう少ししたら戻ってくる」
「本当?」
「ああ。俺も久しぶりの身体で疲れた。しばらく休むとコイツに伝えとけ」

 は自分自身を指で指し示し、そう言った。
 
「え? それはどういう意味……?」

 リューナが言い終わらないうちにフォスターの身体から力が抜け、リューナにもたれかかるようにガクリと崩れ落ちる。慌ててパージェが支えに入り、二人でその場へ横に寝かせた。
 養父母のジーニェルとホノーラも怪我したところを押さえながらこちらへ来た。

「リューナ、大丈夫だったか?」
「フォスターはどうしたの?」
「お父さんは大丈夫なの?」

 ジーニェルとホノーラとリューナが同時に喋った。この家族は血の繋がりが少ししか無いのもあって髪の色が全員違う。フォスターは紫色、リューナは青みがかった水色、ジーニェルは白髪混じりの群青色、ホノーラはやはり白髪混じりの草色である。ジーニェルだけは少し血が繋がっているが、そんなことは関係ない。ホノーラは全員と全く血の繋がりは無いが子どもたちへの愛情は本物である。血の繋がりのない家族それぞれがそれぞれを気遣っている。皆が揃ったのを見てパージェがこう言った。

「家から手当てに必要な物を色々持ってくるわね」

 パージェは気を利かせてジーニェルが受けた傷の手当てのため、金髪のポニーテールを揺らしながら自分の家へ道具を取りに行った。

「お父さん、斬られたって聞いたけど……」
「そこまで深い傷じゃない。傷口が長くて痛いだけだ。それよりフォスターは? さっきまで立っていただろう?」
「私もよくわからないんだけど……」

 とリューナが状態を説明しようとしたところでフォスターが呻いた。

「痛……あれ、俺……?」

 そう言いながら殴られた頭を擦りながら起き上がろうとする。

「そうだ! あいつは!?」

 辺りを見回し町民達によって男が紐で縛り上げられているのを確認し一旦安心したが、すぐ不可解そうな表情を浮かべて呟く。

「あれ……? 俺殴られて、その後どうしたっけ……?」

 その声を聞いたリューナの表情が明るくなる。

「よかった……いつもの、フォスターだ……」

 安堵した声でフォスターに抱きつき、堰を切ったように泣き出した。水色のくせっ毛が顔に当たってくすぐったい。

「さっきまで別人みたいで、頭を打っておかしくなったのかと思ってすごく怖かった……」
「え?」
「その人が言ってたの。フォスターはもうすぐ戻ってくる。疲れたから休むって伝えとけって」

 リューナが少し離れ、水色の大きな目で顔を覗き込むように言った。目が見えないはずなのに。
 フォスターはどこかから聞こえてきた「声」のことを思い出した。今、あの「声」は聞こえない。

「フォスター、一人で誰かと喋ってるみたいだったし、本当に頭を打って気が狂ったんじゃないかと心配で」
「いやホントあれは変だったぜ?」

 両親の後ろからカイルも会話に入ってきた。その途端、リューナがビクッとしてフォスターの後ろへ隠れるように後ずさる。子どもの頃のことでカイルとは距離を置いているためだ。

「変……だったのか」
 
 フォスターは何か色々やらかした気がして殴られたところだけでなく頭が痛い。一人で会話する狂人だと思われていたのかと思うと恥ずかしさで顔を覆いたくなった。しかし今回の一件でやらなければならないことが多いので、ひとまず忘れて気にするのはやめようと思った。
 
 まずは神殿一家に報告と相談に行かなければならない。あの男の引き渡しと経緯の説明だ。そのまま神衛兵かのえへいにされそうな流れだが今回は偶然にも鎧を着ていてよかったと思う。もしなかったらと思うとぞっとする。鎧ほか一式はとりあえずカイルに渡して調整と整備をしてもらうつもりである。
 
 それにあの「声」のことも言わなくてはならない。こちらのほうが問題だ。何と説明すればいいだろうか。そもそもこんな不可解なことを信じてもらえるのだろうか。鎧を装備したとたん、自分にしか聞こえない声が聞こえたなどと、どう証明すればいいのか。しかも今はその声が聞こえなくなったのだ。また後で聞こえてくるのかもわからない。

 フォスターにはあの「声」の主、自分の身体に乗り移ったのが誰なのか見当がついていた。だから育ての両親にはなんとなく言いにくいのだが、妹のリューナには言ってもいいと思っている。

 あれは死んだ実の父親、ビスタークだと。
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