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作者: 結城貴美
残酷な描写あり R-15
019 口裏
 ジーニェルとホノーラは暗い顔をしながら自宅へと帰っていった。フォスターとビスタークはまだ話をするため席に座っている。両親のことも気になるが、まだこれからのことを話し合わなければならない。

「さて……町の者たちにはなんて説明しようかの」
「そうね……」

 ソレムが問題を切り出し、ニアタが同意した。

「ザイスさんがヴァーリオ君を殺したなんて知ったら大混乱よね。もらった薬を飲んだ自分も死ぬのかって。他の人に対してはちゃんと医者として対応していたみたいだけど、私も少し不安だもの」
「本当に大丈夫?」
「即効く薬のようだから毒だったらとっくに死んでるだろうし、大丈夫だと思うけど……」
 
 もらった二日酔いの薬を飲んだニアタがこぼした。夫のマフティロは世界一の愛妻家を自称しているくらいなので、ニアタの体調をとても心配している。妻を見る深緑の瞳はどんな不調も見逃さないと注意深く観察しているようだ。ニアタが好きすぎて水の都シーウァテレスから押しかけ婿をしたと聞いている。代々神官の家系である大神官家族のベネディサイト家に婿入りしたのだ。

 フォスターはザイスの名前を聞いただけで怒りが再燃した。身体の奥底から激しい感情が沸き上がってくる。リューナを殺そうとした、その事実に怒りで身体が震える。その様子を見てソレムが溜め息をついた。

「やれやれ。フォスターの様子だけで医者が悪者だってバレそうじゃの。名前を聞いただけでこうなんじゃからな」
「ほんとね」
「あまり話題にしないようにするとしよう。医者は帰ったことにすればいいからの。問題はヴァーリオのほうじゃ」
「意識が戻らずにそのまま死んだことにすればいいじゃねえか」

 ビスタークがそう言うとニアタが目線を反らした。

「……ごめん。私、ヴァーリオ君の意識戻った話、色んな人に言っちゃった……。正気に戻ったら普通の人だったって……」
「あ?」

 ビスタークはニアタを睨み付けた。

「次期大神官のくせして口が軽すぎるぞ、ニア姉」
「だ、だってこんなことになるなんて思わなかったんだもの」

 そこへフォスターが口を挟んだ。

「それに……それだと、俺が殺したことになる」
「は? 正当防衛だろうが。面倒くさいな、お前は」

 ビスタークがリューナの姿で呆れたように言った。

「医者と一緒に出ていったことにすればどうじゃ?」
「だめよ、どうやって火葬すればいいのよ」
「夜中にこっそり火葬するのも難しいし、見つかると怪しまれるしな」

 うーん、と黙って考えていると、それまで沈黙していたマフティロが意見を言った。

「自殺……というのはどうでしょう」
「ああ、正気に戻って罪の意識に耐えかねて、ってことね?」
「まあ、それが一番無難じゃな。町の者は自殺した魂がどうなるか、詳しいことは知らんしな」

 ヴァーリオは自殺した、ということで話がまとまった。ソレムが少し気になることを口にしたが両親の様子のほうが気がかりだったためフォスターは質問しなかった。

「それでは解散じゃな。フォスター、ジーニェル達へ決まったことの伝言頼んだぞ」
「はい」

 フォスターは返事をしながら立ち上がった。
 ニアタは用意したお茶の食器を片付けながらビスタークに礼を言う。
 
「ビスターク、さっきはありがとね。言いにくいこと代わりに言ってくれたんでしょ」
「……別に。お前らがもたもたしてるから言っただけだ」
「そう?」

 ビスタークはそう言いながら椅子から立ち上がり部屋を出ていこうとした。なんとなくだが、フォスターは違和感を感じた。ビスタークはわざと憎まれ役をしているような気がしたからだ。ニアタはそれをわかっているのかもしれないと思った。

「あの空き家、直しておかないとね」
時修石リペダイトで直しておくよ。窓と玄関なら、家ごと囲まないとかなあ。だいぶ理力を使うと思うから、今日は他のこと何も出来なくなるかもしれないよ」
「直した後は寝てていいからお願いできる?」
「うん。わかった。すぐ直しに行くよ」

 ニアタとマフティロが壊れた空き家について話していた。時修石リペダイトとは石で円などの囲みを書き、それを中心とした球状の範囲内の非生命体を一日前の状態に戻す神の石である。つまり、壊れる前の状態に戻るのである。理力の消費が激しいため一般人にはあまり使われない。神官は普通の町民より理力量が多いため、神殿に依頼して使用してもらうことがほとんどである。

 

 部屋を出て機嫌悪そうにリューナの姿で前を歩くビスタークにこれからのことを聞いてみた。

「……なあ」
「何だ」
「リューナには言ったほうがいいか? その……医者のこと」

 またフォスターの内に怒りがわいてくるが押さえつけて飲み込んだ。
 
「狙われてるってことを自覚させたほうが護りやすいんだがまだいいだろ、町を離れてからで。とりあえずは決まった内容で伝えておけ」
「わかった……」

 これからの事を考えてフォスターは気が重くなった。リューナに嘘をつき続けなければならないからだ。フォスターは嘘をつくのが苦手だ。自分ではわからないがすぐ顔に出るらしい。リューナは目が見えないのでまだなんとかなるが。
 
 神殿の中を移動しながらビスタークは話し続ける。

「どうせこれからもこいつを狙う奴らが来るだろうからいつまでも隠し通せないだろうけどな」
「やっぱり、また来ると思うか?」
「そりゃ来るだろ。場所はわかったから出直すようなことを医者の野郎も言ってたじゃねえか」

 話しながら礼拝堂へと出る。

「……人違いってことは無いのか?」
「あのなあ、同じ薬を飲まされてこいつだけ死ななかったんだぞ」
「本当に同じ薬かどうかなんてわからないじゃないか! あいつがそう言ってただけで!」
「そう騒ぐな。お前にはわからんだろうが、この身体すごい勢いで回復してるんだぜ。いい加減現実を見ろ。こいつは人間じゃない」

 リューナの身体に手を当てながらフォスターに諭すように言う。

「……そんなにこいつが破壊神なのが、嫌か」
「嫌とか、そういう問題じゃない」

 フォスターは礼拝堂に飾ってある神話画を見上げた。神殿の入り口正面奥にはパイプオルガンが一基あり絵はその上部に飾られている。

 神話画には、神話の戦争が描かれている。右側に飛翔神、左側に破壊神が大きく描かれ、その周りでそれぞれの神衛兵かのえへいたちが戦っている、という構図だ。

 その神話画を見ながらフォスターはビスタークに尋ねた。

「……親父が母さんのこと、破壊神の神官見習いだったことを言わなかったのは何でだ?」
「そりゃお前……この町に居づらくなるからに決まってんだろ」
「それと同じだよ」
「……そうか」

 フォスターはいい機会なので今まで気になっていたことを聞いてみた。
 
「……母さんってどんな人だった?」

 なかなか聞く機会が無かったのだ。育ての両親にはもちろん、母親が誰なのかわからないリューナの前でも聞けなかった。

「どこまで知ってる?」

 ビスタークは質問に質問で返した。

「この町の人じゃないことと、俺を産んで数日後に死んだこと、あと口が利けなくて穏やかな人だったことくらいしか」
「そうか」
「破壊神の神官見習いって話は昨日知った」
「そりゃそうだろ。この町で言ったのは昨日が初めてだからな」

 ビスタークは少し考えてから続けた。

「……お前の髪と酒が飲めないところは母親似だな。他は特に似てるところは無いな。あとは……右目のここんとこに泣き黒子があったな」

 ビスタークは右目の目尻を指差してそう言った。
 
「夜になったら星の場所くらいは教えてやれる。まあ、何か思い出して気が向いたらそのうち話してやるよ」

 話を打ち切ると神殿の外へと歩きだした。
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