残酷な描写あり
R-15
012 追懐
リューナは家を出て走った後、建物の壁を触りおおよその現在位置を確認した。畑の側にある空き家へ向かうためだ。町の中の建物等の配置、建物の間の歩数は全て覚えている。壁の触り心地と走ってきた方向で大体の見当はついた。そこからは壁に触りながら歩数を確認し進んだ。
町の端の建物から畑のふちの柵までは触れる物が無いので歩数を頼りに手探りで進む。柵に触れてからは柵が空き家まで続いているので、手すりがわりに使える。ここまで来れば後は楽にたどり着ける。
空き家の扉をノックする。反応は無い。ドアノブを回してみると鍵はかかっていなかった。
「ごめんください……」
声をかけてみたが誰も返事をしなかった。留守のようだ。そういえばニアタがザイステルに用があると言っていた気がする。神殿に行ったのかもしれないと考えてこの建物の中で待たせてもらうことにした。神殿に行った確証も無いので入れ違いになる恐れもあるし、家にも戻りづらかったからだ。
手探りで中に入ると少し進んだところに手すりと階段があった。触って確かめてから段差に座りこんだ。
「はあ……」
リューナは大きな溜め息をついた。フォスターへ一方的に負の感情をぶつけてしまった。喧嘩をしてしまった気がする。
「ううん、違う。悪いのはお父さんだよ。初めて話したのにいきなり諦めろなんてひどい。フォスターは悪くない。心配してくれただけだもん」
フォスターにはいつも心配かけてばかりだなあとリューナは子どもの頃を思い出していた。
リューナが小さい頃、文字を覚えるためにフォスターが板に文字を彫ってくれたことがあった。それを触って文字の形を覚えた。大きめの板だったので抱えて大切に持ち歩いていた。
リューナはいじめられっ子だった。同じくらいの歳の男の子達にその板を取り上げられ、どうにもできずに泣いていた。
男の子達はこの町では数少ない女の子のリューナが気になっていた。自分の相手をしてほしくて、反応してほしくていじめていたのだが、本人からしたらたまったものではない。いじめられて好きになるはずがない。優しく接してくれる人の方がいいに決まっている。気を引きたくていじめるなど逆効果だ。しかし幼い子どもにはそれがわからなかった。
そういう時はいつもフォスターが駆けつけてくれた。すぐに板を取り返しいじめた子ども達に鉄拳制裁を加え、リューナに板を返す。
「ほら、リューナ。もう大丈夫だ、気をつけろよ」
頭を撫でながらフォスターが言う。いつもそうだった。
いじめられていたので、リューナは歳の近い男性が苦手だ。比較的大丈夫なのはニアタの息子二人だが、一番上のコーシェルは十歳近く差があり、一番下のウォルシフは声や体が大きいため本人にその気が無くても威圧感を感じてなんとなく苦手であった。
歳の近い女性は現在命の大神ライヴェロスの都へ行っているニアタの娘セレインとカイルの妹メイシーしかいない。近いといってもそれぞれ八歳くらい違うが。
友達と言える人はいなかった。カイルにはいじめられてはいないが、とある出来事から距離を置くようになっていたのでリューナには兄のフォスターしか歳の近い親しい相手がいなかった。依存していると言っても過言ではなかった。
今はあまりしなくなったが小さい頃リューナはよく壁や柱に身体をぶつけていて、その度に擦り傷や切り傷を作っていた。
「なめとけばなおる」
と、いい加減な大人がよく言い放つ言葉を信じて幼いフォスターはリューナの傷を舐めてやっていた。眉唾物であるが実際に傷はすぐに治っていたのでリューナはその話を、というよりフォスターが傷を舐めればすぐに治ると信じていた。今は流石にしていないが。
反力石を使って下りの階段を飛んで降りることが出来ずにいじめられた時もフォスターに助けてもらった。
この町の人間は階段を下りるときはわざわざ歩かず、高いところから飛び降りて着地直前に反力石を使って空中で止まり、着地の衝撃を無くしてから地面に降りるのが普通である。子どもの遊びの一種でもある。
だがリューナは目が見えないため、高いところから飛び降りると地面がどこだかわからないのだ。地面から反力石で上がっていけば下りる時も時間の感覚でだいたい予測がつくのだが。
からかわれて反発し、階段上から飛んだのはいいが着地までの滞空時間がわからず、恐怖のあまりだいぶ高い位置で静止してそこから動けなくなりパニックをおこしていた。さらに助けに来たフォスターの声を聞いて安心し、ペンダントの反力石から手を離してしまったのだ。
下にいたフォスターが受け止め階段横の草むらに転げ落ちた時、嫌な音がした。フォスターが受け身をとろうとして手首の骨を折ってしまったのだ。相当痛かったはずだった。
「大丈夫か? ケガしてないか?」
それなのに言われた言葉はリューナを気遣うものだった。
この前もリューナを助けるため痛い目にあっていた。いつも、毎回フォスターは自分のことは二の次でリューナのことを心配していた。
「後でフォスターには謝らなくちゃ……」
階段に座ったまま、両手で顔を覆ってリューナは呟いた。
「フォスター、一体何があったの?」
店の前で何かに向けて怒鳴ったフォスターに向かってホノーラが恐る恐る聞いた。息子の様子が普段と比べて異様だったからだ。嫌なところを見られたなと思ったフォスターはとりあえず誤魔化すことにした。
「……ごめん、後で話すよ」
そう言って先延ばしにし、店の扉を閉めた。ビスタークがこれからどうするか話しかけてくる。
『今はニア姉が神殿に連れて行ってるはずだから、たぶん入れ違いになってるだろ。その医者ってのに会わせろよ』
「そうだな……」
フォスターがそう言った後、服を後ろから軽く引っ張られる感触があった。
「ん?」
なんだろうと思い振り向くと、いつの間にか後ろにカイルの弟妹たちがいた。
「なんだ、メイシーとテックか。おはよう」
「おはようフォスター」
「おはよー」
「今日は授業無い日か?」
「うん」
「何か俺に用?」
「あのね、兄ちゃんがフォスターから預かってるやつバラバラにしてたから言っとこうと思って」
「なんかおもしろいの作るみたいだよ!」
メイシーの表情はあまり明るくない。悪いことをしてる兄を告発している感じである。それに対してテックはただ面白がっている。
『何の話だ?』
ビスタークが訝しげに聞いたがフォスターは無視した。
「……ちゃんと元に戻してくれるんならいいけど……バラしたのって何?」
メイシーは両手をひろげて説明した。
「このくらいの大きさで平べったくてー」
「まんなかにおっきな反力石がついてたよねー」
あ、盾か、とフォスターが思ったのと同時に頭の中に大声が響いた。
『俺の盾のことか! 何でそんなことになってんだよ!』
うるさいな、と思い顔を少し顰めつつメイシーとテックに言う。
「じゃあちょっと見に行ってもいいかな?」
「いいよー」
カイルの家はすぐそこ、店の斜向かいだ。二人がフォスターの手を引っ張り先導する。その短い間にメイシーが聞いてきた。
「さっきリューナ姉ちゃんが泣きながら走ってったけど、どうしたの?」
「……」
子どもは時々悪気なく真っ直ぐにあったことを聞いてくる。見られていたのか、と思い何て答えようかと考えているとメイシーが続けてこう言った。
「ケンカしたんならさっさとあやまったほうがいいよ? じゃないと兄ちゃんみたいに仲直りできなくなっちゃうよ?」
子どもに諭された。
「……うん。そうだね……」
女の子は小さくてもよく周りを見ていてしっかりしてるな、とフォスターは思った。
町の端の建物から畑のふちの柵までは触れる物が無いので歩数を頼りに手探りで進む。柵に触れてからは柵が空き家まで続いているので、手すりがわりに使える。ここまで来れば後は楽にたどり着ける。
空き家の扉をノックする。反応は無い。ドアノブを回してみると鍵はかかっていなかった。
「ごめんください……」
声をかけてみたが誰も返事をしなかった。留守のようだ。そういえばニアタがザイステルに用があると言っていた気がする。神殿に行ったのかもしれないと考えてこの建物の中で待たせてもらうことにした。神殿に行った確証も無いので入れ違いになる恐れもあるし、家にも戻りづらかったからだ。
手探りで中に入ると少し進んだところに手すりと階段があった。触って確かめてから段差に座りこんだ。
「はあ……」
リューナは大きな溜め息をついた。フォスターへ一方的に負の感情をぶつけてしまった。喧嘩をしてしまった気がする。
「ううん、違う。悪いのはお父さんだよ。初めて話したのにいきなり諦めろなんてひどい。フォスターは悪くない。心配してくれただけだもん」
フォスターにはいつも心配かけてばかりだなあとリューナは子どもの頃を思い出していた。
リューナが小さい頃、文字を覚えるためにフォスターが板に文字を彫ってくれたことがあった。それを触って文字の形を覚えた。大きめの板だったので抱えて大切に持ち歩いていた。
リューナはいじめられっ子だった。同じくらいの歳の男の子達にその板を取り上げられ、どうにもできずに泣いていた。
男の子達はこの町では数少ない女の子のリューナが気になっていた。自分の相手をしてほしくて、反応してほしくていじめていたのだが、本人からしたらたまったものではない。いじめられて好きになるはずがない。優しく接してくれる人の方がいいに決まっている。気を引きたくていじめるなど逆効果だ。しかし幼い子どもにはそれがわからなかった。
そういう時はいつもフォスターが駆けつけてくれた。すぐに板を取り返しいじめた子ども達に鉄拳制裁を加え、リューナに板を返す。
「ほら、リューナ。もう大丈夫だ、気をつけろよ」
頭を撫でながらフォスターが言う。いつもそうだった。
いじめられていたので、リューナは歳の近い男性が苦手だ。比較的大丈夫なのはニアタの息子二人だが、一番上のコーシェルは十歳近く差があり、一番下のウォルシフは声や体が大きいため本人にその気が無くても威圧感を感じてなんとなく苦手であった。
歳の近い女性は現在命の大神ライヴェロスの都へ行っているニアタの娘セレインとカイルの妹メイシーしかいない。近いといってもそれぞれ八歳くらい違うが。
友達と言える人はいなかった。カイルにはいじめられてはいないが、とある出来事から距離を置くようになっていたのでリューナには兄のフォスターしか歳の近い親しい相手がいなかった。依存していると言っても過言ではなかった。
今はあまりしなくなったが小さい頃リューナはよく壁や柱に身体をぶつけていて、その度に擦り傷や切り傷を作っていた。
「なめとけばなおる」
と、いい加減な大人がよく言い放つ言葉を信じて幼いフォスターはリューナの傷を舐めてやっていた。眉唾物であるが実際に傷はすぐに治っていたのでリューナはその話を、というよりフォスターが傷を舐めればすぐに治ると信じていた。今は流石にしていないが。
反力石を使って下りの階段を飛んで降りることが出来ずにいじめられた時もフォスターに助けてもらった。
この町の人間は階段を下りるときはわざわざ歩かず、高いところから飛び降りて着地直前に反力石を使って空中で止まり、着地の衝撃を無くしてから地面に降りるのが普通である。子どもの遊びの一種でもある。
だがリューナは目が見えないため、高いところから飛び降りると地面がどこだかわからないのだ。地面から反力石で上がっていけば下りる時も時間の感覚でだいたい予測がつくのだが。
からかわれて反発し、階段上から飛んだのはいいが着地までの滞空時間がわからず、恐怖のあまりだいぶ高い位置で静止してそこから動けなくなりパニックをおこしていた。さらに助けに来たフォスターの声を聞いて安心し、ペンダントの反力石から手を離してしまったのだ。
下にいたフォスターが受け止め階段横の草むらに転げ落ちた時、嫌な音がした。フォスターが受け身をとろうとして手首の骨を折ってしまったのだ。相当痛かったはずだった。
「大丈夫か? ケガしてないか?」
それなのに言われた言葉はリューナを気遣うものだった。
この前もリューナを助けるため痛い目にあっていた。いつも、毎回フォスターは自分のことは二の次でリューナのことを心配していた。
「後でフォスターには謝らなくちゃ……」
階段に座ったまま、両手で顔を覆ってリューナは呟いた。
「フォスター、一体何があったの?」
店の前で何かに向けて怒鳴ったフォスターに向かってホノーラが恐る恐る聞いた。息子の様子が普段と比べて異様だったからだ。嫌なところを見られたなと思ったフォスターはとりあえず誤魔化すことにした。
「……ごめん、後で話すよ」
そう言って先延ばしにし、店の扉を閉めた。ビスタークがこれからどうするか話しかけてくる。
『今はニア姉が神殿に連れて行ってるはずだから、たぶん入れ違いになってるだろ。その医者ってのに会わせろよ』
「そうだな……」
フォスターがそう言った後、服を後ろから軽く引っ張られる感触があった。
「ん?」
なんだろうと思い振り向くと、いつの間にか後ろにカイルの弟妹たちがいた。
「なんだ、メイシーとテックか。おはよう」
「おはようフォスター」
「おはよー」
「今日は授業無い日か?」
「うん」
「何か俺に用?」
「あのね、兄ちゃんがフォスターから預かってるやつバラバラにしてたから言っとこうと思って」
「なんかおもしろいの作るみたいだよ!」
メイシーの表情はあまり明るくない。悪いことをしてる兄を告発している感じである。それに対してテックはただ面白がっている。
『何の話だ?』
ビスタークが訝しげに聞いたがフォスターは無視した。
「……ちゃんと元に戻してくれるんならいいけど……バラしたのって何?」
メイシーは両手をひろげて説明した。
「このくらいの大きさで平べったくてー」
「まんなかにおっきな反力石がついてたよねー」
あ、盾か、とフォスターが思ったのと同時に頭の中に大声が響いた。
『俺の盾のことか! 何でそんなことになってんだよ!』
うるさいな、と思い顔を少し顰めつつメイシーとテックに言う。
「じゃあちょっと見に行ってもいいかな?」
「いいよー」
カイルの家はすぐそこ、店の斜向かいだ。二人がフォスターの手を引っ張り先導する。その短い間にメイシーが聞いてきた。
「さっきリューナ姉ちゃんが泣きながら走ってったけど、どうしたの?」
「……」
子どもは時々悪気なく真っ直ぐにあったことを聞いてくる。見られていたのか、と思い何て答えようかと考えているとメイシーが続けてこう言った。
「ケンカしたんならさっさとあやまったほうがいいよ? じゃないと兄ちゃんみたいに仲直りできなくなっちゃうよ?」
子どもに諭された。
「……うん。そうだね……」
女の子は小さくてもよく周りを見ていてしっかりしてるな、とフォスターは思った。