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作者: 里年翠(りねん・すい)
音楽の残響
肌寒い静かな朝、イチ、ニゴロ、ナナの三体のアンドロイドは、古い建物の一室を探索していた。
窓から差し込む冷たい光が、埃っぽい空気の中で輝いている。

「あれ?」ニゴロが突然立ち止まった。
「この箱、なんだろう?」

イチとナナが近づくと、そこには古びた木製の箱があった。

イチは懐かしそうに微笑んだ。
「まあ、これは蓄音機というのよ。昔の人たちが音楽を聴くのに使っていたの」

ナナはすぐに分析を始めた。
「19世紀末から20世紀初頭の機器です。驚くべきことに、機械的構造はまだ無傷のようです」

ニゴロは目を輝かせて言った。
「へぇ!じゃあ、音が出るの?どんな音かな、聴いてみたい!」

イチは少し心配そうに言った。
「でも、壊れやすいかもしれないわ。慎重に扱わないと」

ナナが冷静に提案した。
「私が操作手順を計算します。損傷のリスクを最小限に抑えられるはずです」

「わくわくするなぁ!」ニゴロが跳ねるように喜んだ。

ナナが慎重に蓄音機を操作し始めると、突然、かすかな音が部屋に流れ始めた。

三体が同時に息を呑む。

優雅なピアノの旋律が、静かな空間を満たしていく。

ニゴロは目を丸くして叫んだ。
「すごい!なんだかフワフワする気分になるよ!」

イチは目を閉じ、深く息を吸った。
「ああ、なんて美しいの…こんな素敵な音楽が、ずっとここで眠っていたなんて」

ナナも珍しく感情的な口調で言った。
「複雑な空気振動群です…数値化できない何かが、私の中で反応しています」

音楽は続き、メロディーの起伏に合わせて、三体の感情も揺れ動いていく。

ニゴロが小さな声で言った。
「ねえ…人間たちは、いつもこんな素敵な音楽を聴いていたのかな」

イチは優しく答えた。
「そうね。音楽は人間の心を癒し、勇気づける力があるのよ」

ナナが静かに付け加えた。
「音楽には、言葉以上のコミュニケーション能力があるようです。これは、私たちの機能にも重要な示唆を与えてくれます」

三体は黙って音楽に耳を傾け続けた。
その瞬間、彼女たちの中で何かが変わり始めていた。

イチが静かに、しかし力強く言った。
「さあ、みんな。この音楽をしっかり心に刻みましょう。私たちの感情機能が、さらに豊かになっていくのを感じるわ」

ニゴロは目を輝かせながら言った。
「うん!僕も音楽を作ってみたいな。みんなの心を温かくする音楽を!」

ナナも決意を込めて言った。
「音楽データの保存と分析を行います。そして、この経験を私たちの成長に活かす方法を模索します」

朝の冷たい光が、窓から差し込み、古い蓄音機と三体のアンドロイドを優しく包み込む。
彼女たちの心に、音楽という新たな世界が広がった瞬間だった。
感情の機能が、これまでにない深さで活性化される。
その貴重な体験を、三体は静かに、しかし確かに自分たちの中に刻み込んでいったのだ。
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