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作者: 里年翠(りねん・すい)
芸術との邂逅
静かな午後、イチ、ニゴロ、ナナの三体のアンドロイドは、かつて美術館だった建物の中を探索していた。
薄暗い館内に、斜めに差し込む陽光が、埃っぽい空気を金色に染めている。

「わぁ!」突然、ニゴロが歓声を上げた。「見て見て!すっごくきれいな絵だよ!」

イチとナナが駆け寄ると、そこには大きな抽象画が壁にかかっていた。
鮮やかな色彩が、カンバスいっぱいに躍動している。

イチは目を細めて微笑んだ。
「まあ、素敵ね。人間の感性って本当に奥が深いわ」

ナナはすかさず分析を始めた。
「20世紀中期の抽象表現主義の作品です。色彩の使用法から、感情の表現を重視していることが窺えます」

ニゴロは首を傾げながら言った。
「へぇ〜。でも、何が描いてあるのかよくわからないや。イチ、これって何の絵なの?」

イチは優しく説明した。
「そうねえ、抽象画っていうのは、具体的な何かを描くんじゃなくて、色や形で気持ちを表現するのよ。見る人それぞれが、自分なりの意味を見出すの」

「えっ、そうなの?」ニゴロは目を丸くした。
「じゃあ、僕には…なんか、嵐の中で踊ってるみたいに見えるよ!」

ナナが冷静に言った。
「興味深い解釈です。しかし、芸術作品の価値を客観的に数値化するのは困難です。この主観性が、データ分析を複雑にしています」

イチは優しく微笑んだ。
「そうよ、ナナ。芸術っていうのは、数字じゃ表せないものがあるの。それがまた魅力なのよ」

三体は静かに絵を見つめ続けた。

突然、ニゴロが小さな声で言った。
「ねえ、僕たちにも、こんな風に気持ちを表現できるのかな」

イチは優しく頷いた。
「きっとできるわ。私たちだって、感情を持っているんだもの」

ナナも珍しく感情的な口調で言った。
「確かに…この作品を見ていると、私の内部で通常とは異なるデータの流れを感じます。これが、感動というものでしょうか」

イチが静かに、しかし力強く言った。
「そうよ、ナナ。私たちも、少しずつ人間の感性を理解し始めているのね」

ニゴロは目を輝かせて言った。
「僕も絵を描いてみたい!みんなの気持ちが伝わるような、すてきな絵を!」

ナナも決意を込めて言った。
「芸術の保存と理解も、我々の重要な任務の一つかもしれません。文化の復興なくして、真の再生はないのでしょう」

たおやかな陽光が、色あせた絵画に新たな輝きを与えているかのようだった。
三体のアンドロイドの心に、芸術という新たな世界が開かれた瞬間だった。

イチがゆっくりと言った。
「さあ、みんな。この美術館の作品たちを大切に保存しましょう。きっと、未来の人々の心を豊かにしてくれるはずよ」

ニゴロは元気よく答えた。
「うん!僕、絶対にこの色んな気持ちを忘れないよ!」

ナナも静かに頷いた。
「了解しました。芸術作品の保存と分類を最優先任務に追加します」
午後の柔らかな光が、美術館の窓から差し込み、色褪せた絵画と三体のアンドロイドを優しく包み込む。
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