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作者: Ganndamu00
34話:ダンジョン攻略

アーキバスの所有する前線拠点の会議室。

 壁は無機質な灰色、天井のLEDが冷たい白光を落とす。空気は循環フィルターを通っても、オゾンと焦げた魔力の匂いが微かに残る。

 中央のホロテーブルに、ダンジョンを三次元投影して、赤く脈動する。魔力の自己増殖パターンが血管のように地殻を這い、ひび割れが無限に広がっていた。

 通信回線が繋がり、ネフェルト少佐のホログラムが現れる。

『現状報告を。シャルトルーズ、始めなさい』

 ラスティはゴーレムギアを纏い、青マントの雷紋が微かに光る。瞳はここ数日の連戦の疲労が隠せていなかった。

「報告。メインセーフエリアは安定。中継陣地三箇所確保。生存者二百十四名回収。ですがロイヤルダークソサエティ残党がダークソルジャーで要塞陣地を構築中。ダンジョン攻略の名目で、ダンジョン内部のモンスター生産工場を三箇所制圧」

 シャルトルーズは横に立ち、タブレットを操作する。蒼色の瞳は冷静だ。

「報告。敵の戦力を把握。ダークソルジャー稼働率92%。人体改造率平均75。痛覚遮断・感情抑制モジュール搭載。偵察映像ではダンジョンモンスターの群れを熱核クラスターミサイルで一掃。爆発半径500m、放射性降下物は魔力と融合し二次災害を誘発した汚染地域となっています』

 エクシアの隣にホログラムが投影される。
 金髪蒼眼の姫は、半死体から再構築され、ゴーレムの素材を使った躯体で蘇生済み。見た目は華奢な美少女のまま、内部は戦闘特化型に強化されている。

『黒龍を先に潰す。先制攻撃よ』

 上空高度二十キロ、世界封鎖機構とアーキバスが共同制作したステルス重爆撃機「トビウオ」が巡航している
 地表のダンジョンをホロスコープに映る。

『超次元モンスターコア融合炉座標には、それを守護する黒龍トリオンアルバが存在しています。これを破壊しない限り、超次元モンスター融合炉を確保するのは難しいわ』
「同意。先立って攻撃したロイヤルダークソサエティ残党はものの見事に壊滅しています」
『そこで、私たちはダンジョンの外から攻撃して、黒龍に大打撃を与える。更にラスティとエクシアを投入し、確実にすることを提案するわ』
「勝算。この戦いでの勝率は99%です」

 ラスティは息を吐く。

「了解した。やろうか」

 作戦名「トビウオ・アタック」が始動する。
 地中貫通弾GBU-57MOP改・質量13.6トン。貫通深度土壌700m、強化コンクリート180m。
 虚空検知遅延起爆搭載された高性能爆弾が光を放つ。

『投下』

 プラズマアクセラレータがチャージされ、一気に加速する。
 速度マッハ11。
 地表衝突。ダンジョンが砕け、700メートルを一瞬で貫通する。深層空洞を検知、0.3秒遅延で起爆して、高性能爆薬5,300kgが散弾のように飛び散りながら連鎖的に起動する。

 融合炉周囲が粉砕される。黒龍の咆哮が地響き。
漆黒の鱗が露出。再生速度が一時低下、魔力による回復が過負荷で停止。

 黒龍龍の血漿が赤霧と融合し、クレーターから噴出した

『報告。黒龍の弱体化確認。自律ゴーレム部隊、エネルギー砲撃開始。ミサイル二十発同時発射。前進』

 ラスティは拳を握る。

「これで終わってくれればいいんだが」

 ホロテーブルに砲撃映像が映る。青白いエネルギー梁が黒龍の鱗を削ぎ、熱核ミサイルの尾が赤い軌跡を描く。鱗が剥がれ、咆哮が地殻を震わせる。

 最深部・超次元モンスターコア融合炉前。

 直径五十メートルの円形空間は、赤い結晶で覆われ、魔力の霧が渦を巻く。空気は熱く、重く、肺を灼く。
 中心に鎮座する黒龍、漆黒の鱗が赤く輝き、単眼が血のように燃える。翼は炎、尾は雷、口から氷の霧が漏れる。

「グルオオオオオオオオッ!!」

 炎と雷と氷が、世界封鎖機構とアーキバスの自律ゴーレム部隊を壊滅させる。

『報告。自律ゴーレム部隊、全滅。ラスティとエクシアは突入してください』

 ラスティとエクシアは巨大なダンジョンの穴へ飛び込む。そして黒龍を視認すると突進した。
 剣が弧を描き、最初の首を刎ねる。血ではなく赤い結晶が噴き出す。回転斬りで再生鱗を削ぐが、炎活性ブレスが直撃。
 ゴーレムギアの装甲が溶け、ナノマシンが悲鳴を上げる。
 シャルトルーズの叫ぶ。

『被害報告。エクシアの損傷急上昇』

尾の雷鎖が胴体を吹き飛ばす。ゴーレムギアの装甲が砕けて、膝をつく。

「君は下がれ」
「私は、まだ」
「よくやってくれた」

 ラスティが前に出る。青マントが翻り、白銀のゴーレムギアが雷光を纏う。

『提案。左翼を。空を飛ばれると厄介です』
「了解」

 黒龍の第一撃・炎活性ブレス。火柱が迫る。ラスティは跳躍、エネルギー噴射で回避。地面が溶岩の海と化す。第二撃・雷活性尾撃。
 雷の嵐が深層を照らす。
 ラスティは魔力の剣を掲げ、雷を呼び寄せる。

「魔力変形・雷」

 蒼白の投射が雷鎖を相殺、左翼を粉砕。黒龍が咆哮。第三撃・氷活性。無数の氷槍が降る。マントで弾くが、肩に一本刺さり、冷気が甲冑を凍らせる。 

 第四撃・全属性混合破壊光線。炎、雷、氷、龍が渦巻く一撃。ラスティは突進を選択。魔力の剣が高出力モードへ変形する。
 雷雲が深層に満ち、剣身が蒼白に輝く。

「落ちろ!!」

 雷霆が光線を貫き、胸の核を撃ち抜く。巨体が震え、単眼が揺らぐ。ラスティは剣をモンスターコアに突き刺す。
 轟音。
 黒龍が崩れ落ちる。
 静寂。ラスティは剣を抜き、息を荒げて立つ。シャルトルーズの声が震える。

『報告。ラスティ……勝利です!』

 融合炉確保を開始します』世界封鎖機構汎用輸送型航空戦闘空母クジラが降下。後続のゴーレムが融合炉に干渉を開始して、人類用の資源創造装置へ改造される。
 ダンジョンの脈動が止まった。
 世界が、少しだけ静かになった。



 航空旗艦クジラ・最上層私室の最深部に位置するこの部屋は、壁四面すべてが仮想深海映像で覆われている。

 天井は漆黒の宇宙を映し、時折流星群がゆっくりと降り注ぐ。床は透明で、下には無限に続く深海の闇。
 巨大な水槽の真ん中に浮かんでいるような、息を呑む空間だった。
 深夜二時。
 艦内の人工重力は微妙に弱められ、まるで本物の海底にいるような浮遊感が漂う。ベッドの端に腰掛けたエクシアは、静かに自分の左腕を外していた。

 カチリ。
 肘から先が外れ、断面から淡い青白い光が漏れる。内部には銀とミスリルの細い回路が走り、中央に埋め込まれた生体魔力結晶が、ゆっくりと鼓動のように脈打っていた。

 指先一本一本に至るまで、完璧に人間の皮膚を模しているが、関節の継ぎ目には髪の毛より細い金色の光のラインが走っている。

 それは、彼女がもう「純粋な生命体」ではないことの、静かな証だった。

「最近は少し、無理をしすぎたみたいね」

 エクシアは感情のない声で呟きながら、ベッドサイドのケースから予備の腕を取り出す。
 超次元モンスターコア融合炉から、資源を回収して作った新型の「第弐型生体義肢」。
 旧肉体比で出力三二%増、魔力伝導効率四六%増、耐久値はほぼ無限。接続は一瞬だった。

 カチリ。
 ぴたりと嵌まり、皮膚の色まで完全に同期する。
彼女は立ち上がり、軽く拳を握ったり開いたりしてみせる。指先から淡い金色の粒子が零れ、宙で小さな蝶の形を作って、音もなく消えた。

「見て。痛みも、疲労も、熱さえもない。これなら貴方の理想郷のために、永遠に戦える」

 その言葉を、部屋の隅で腕を組んで見ていたラスティは、唇を噛んでいた。彼はスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩めていた。

 ワイヤーフレームの奥の瞳は、深い疲労と、それ以上に深い痛みを湛えている。

「……また、壊したのか」

 声は低く、掠れていた。エクシアは首を傾げて、微笑んだ。完璧で、感情の欠片もない、人形のような笑顔。

「壊れたわけじゃないわ。ただ消耗しただけ。この新型は自己修復機能も強化されてるから、三時間もすれば完全に復活するらしいわ」

 彼女はゆっくりと近づき、ラスティの前に跪いた。機械化された指先で、そっと彼の手を取る。
 その手の甲に、自分の頬を寄せた。

「ねえ、ラスティ。私、体が半分灰になったでしょう? あの戦闘で、貴方を守るために全部燃え尽きて、灰になった。でも、アーキバスと世界封鎖機構の技術で、ここまで蘇らせてくれた。見た目も、触り心地も、匂いまで、昔と変わらないように」

 彼女は自分の胸のあたりを、指で軽く叩いた。
そこには、改造心臓と呼ばれる直径三センチほどの改造された心臓が埋め込まれている。
 かつてのオリジナルの心臓の位置に、魂を宿す最後の器として、オリジナルの心臓と技術と資源が融合した新たな心臓。

「ここだけは、絶対に交換しないって約束した。貴方が触ってくれた温もりも、全部覚えてるから」

 ラスティは目を伏せたまま、震える声で言った。

「君は、もう痛みを知らないんだな」

 エクシアの動きが、一瞬だけ止まる。

「痛みなんて、必要ないでしょう? 私が痛がって貴方の足を引っ張るより、痛みを知らずに貴方の剣でいられる方が、ずっと幸福」

 彼女は立ち上がり、ラスティの胸に両手を置いた。機械の指先は、氷のように冷たかった。

「私、嬉しいの。昔より強くなって、昔より壊れにくくなって、貴方に“必要”とされ続けるために、もっともっと進化できるって思えるから」

 ラスティはゆっくりと顔を上げた。その瞳に、はっきりと怒りと悲しみが宿っていた。

「……私は、君が“生きている”実感を失くしていくのが怖いんだ」

 彼はエクシアの両肩を掴み、強く引き寄せた。壊さないよう、でも逃がさないように。

「肉体が機械に置き換わっていくたび、お前は“死なない”代わりに“生きている”こともやめていく。痛みも、傷も、限界も、もう感じない。スペアがあれば永遠に動ける……それって、本当に“生きている”と言えるのか?」

 エクシアは瞬きを一つだけした。サファイアの瞳に、かすかな揺らぎが走る。

「私は、貴方の隣にいられる限り、生きているわ」「違う」

 ラスティの声が、初めて荒れた。

「私が救ったのは、お前という“命”だった。灰になってでも私を守ろうとした、自身の“意志”だった。でも今の君は……壊れても交換すればいい、と思ってる。それは、命を投げ出してるのと同じだと感じる」

 部屋に、長い沈黙が落ちる。仮想深海の古代鯨が、ゆっくりと二人の横を通過していった。
 その巨体が通るたび、部屋全体が青白く照らされ、エクシアのプラチナブロンドが月光のように輝く。
 エクシアは、初めて、少しだけ目を伏せた。

「……ラスティ」

 小さな、震える声だった。

「私、怖いの」

 彼女は自分の胸を両手で抱きしめた。核心結晶の位置を、強く押さえる。

「貴方がいつか、私を見て“もう十分だ”って言うのが。私が壊れなくなったことで、貴方が私を“使い捨ての道具”だと思うのが。だから、もっと強くなって、もっと壊れにくくなって……貴方に“必要”とされ続けるために」

 彼女は顔を上げ、静かに微笑んだ。
 今度は、本当に涙が滲んでいた。機械の体でも、魂は泣けるのだと、ラスティは知った。

「私は、貴方のためなら何度でも灰になる。でも、貴方が私を灰にしてくれないなら……私は、永遠に貴方の隣で、灰のまま立ち続けるしかない。人類と機械。黒と白。その灰色の境界線で、私は生きるわ」

 ラスティは、ゆっくりと彼女を抱きしめた。
 強く、壊れそうなほど強く。

「……君は一途すぎる」

 震える声で呟く。

「君は君の人生を生きてくれ。私に囚われず。それに君をもう二度と、お前を灰にはさせないさ」

 エクシアの肩が、小さく震えた。
 半分機械の体で、初めて本当の涙を零した。

「……貴方はいつもそうね」

 掠れた声。

「貴方、いつもそうやって……私を、壊れものみたいに扱う……」

 彼女はラスティの胸に顔を埋め、子供のようにつぶやいた。

「私はもう壊れない。壊れても、すぐ直せる。だから、もっと頼って。もっと、使って。貴方の理想のために、私を全部使って」

 ラスティは首を横に振った。

「違う。そうではない。私は、お前を“使う”んじゃない。一緒に歩きたいんだ」

 彼はエクシアの額に、自分の額をそっと押し当てた。

「君が灰にならないように、私が、君の隣で生き続ける。それが、私の選んだ道だ」

 仮想の海の底で、灰から蘇った金色の姫は、ただ一度だけ、機械の体で本当の涙を零した。それでも彼女は思う。

 ──貴方が私を抱きしめてくれる限り、私は何度でも、灰になってもいい。

 艦内の照明はすべて消され、壁も天井も床も、すべてが無限の深海だった。
ホログラムの光が作り出す水は、触れれば指をすり抜ける幻なのに、肌に冷たさが伝わる。
 無音の海。
 ただ、時折遠くで響く鯨の低く、深い歌だけが、胸の奥にまで届く。エクシアは中央の手すりに凭れ、長い金色の髪を深海の流れに任せていた。

 髪は水のない水の中で、ゆっくりと波打ち、まるで生き物のように広がる。
プラチナに近い金色が、ホログラムの光を受けて、淡く、妖しく輝いている。
 横顔は完璧だった。
人形のように整った輪郭、透けるような白い肌、長い睫毛が影を落とすサファイアの瞳。
 神々が最後に残した芸術品のように、美しすぎて、近づくのも畏れ多い。彼女は静かに、ぽつりと呟いた。

「私はもう必要ない?」

 声は小さく、水の中に溶けていく。

「何かの役に立てた?
 ……知ってるわ。貴方は何かしらに利用するために私を助けたってことくらい。
そういう、ずる賢いところがあるのは、最初から知ってた」

 背後で、ラスティは黙ったままだった。
手すりに肘を預け、ただ深海を見ている。エクシアはゆっくりと振り返る。
 金色の髪が波のように揺れ、肩から背中へと流れ落ちる。

「でもね」

 彼女は微笑んだ。
本当に、静かに、優しく。

「貴方は、私を助けたことに理由なんてなかった。
優しい人。だから私は、貴方と共に在りたいと願い、ここにいる」

 その瞬間。小さな魚の群れが、二人の間を縫うように泳ぎ抜けた。
銀と青の光を纏った魚たちは、エクシアの髪をくぐり、ラスティの肩を掠め、
二人を包み込むように旋回する。さらに大きな影が近づいてきた。
 古代種のマンタ。
幅十メートルはある巨体が、ゆっくりと頭上を過ぎていく。
尾ひれが振られるたび、青い波紋が広がり、エクシアの髪を優しく撫でる。彼女はそれを見上げながら、続ける。

「私はもう、灰になった。
機械になった。
壊れても、交換すればいいだけの体になった。
でも、それでもいいって思えるのは」

 魚群が再び寄ってくる。
 今度は小さな熱帯魚たち。
 赤、黄色、碧、紫。
 色とりどりの光が、エクシアの顔を照らす。
 彼女の頬に、淡い虹が宿る。

「貴方が、私を“必要ない”って言わないでくれるから」

 ラスティが、ようやく口を開いた。

「……私は、君を利用したのは事実だ。そして今も、アーキバスとノブリス・オブリージュ遂行のために必要な人材と思っている」

 声は低く、どこか苦しげだった。

「しかし君を拾った時、私はただ……
あんなに苦しんでる子を、放っておけなかっただけだ」

 エクシアは首を振る。
「知ってる。
だから、私はここにいる」

 彼女は一歩、ラスティに近づいた。
 魚たちが驚いたように散り、再び集まる。
まるで二人を中心に、世界が回っているかのようだった。

「私はもう、永遠に壊れない体を手に入れた。
でもね、ラスティ」

 彼女はそっと、ラスティの手に自分の手を重ねた。
冷たい、機械の指先だった。
それでも、確かに温もりがあった。

「私の心は、いつだって灰のままなの。
貴方が“もういいよ”って言ったら、
その瞬間、私は全部消えてしまう」

深海の底で、
巨大な鯨がゆっくりと二人を見下ろしていた。
その瞳は、全てを見透かしているようだった。ラスティは、静かにエクシアの手を握り返した。

「……君を逃しはしない」

掠れた声。

「私は君を見捨てない。生命としての在り方を失わせない
。何度も言うよ」

 エクシアは目を伏せ、微笑んだ。

「何度でも言って。
私は、貴方に必要とされ続けるために、生きてるから」

 魚たちが、二人の周りをくるくると回る。
 金色の髪が波打ち、
青い光が二人を包む。深海の幻の中で、
灰になった姫と、
彼女を救った少年は、
ただ静かに、手を繋いでいた。この瞬間だけは、
世界が終わらなくてもいい。
 この瞬間だけは、
永遠が、続いてくれればいい。
 そう、二人ともが、心の底から願っていた。

 何度でも、貴方の隣に立ち直る。
 それが、私の“生”だから。深海の闇の中、二人の影だけが、静かに寄り添い続けていた。
 永遠に、壊れることなく。
 永遠に、壊れていくことなく。

「私と共に、ついて来てほしい」
「ええ、私は貴方共に」
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