一章:エピローグ①
シャルトルーズは言った。
「疑問。空想具現・極之番・顕象:理想夢物語って、ずるくないですか?」
「うん? ああ、便利だよね」
ラスティはりんごを食べながら答える。
空想具現・極之番・顕象:理想夢物語は、一言で言ってしまえば気合と根性でわがままを貫き通す力だ。魔力というリソースは必要とするものの、最初に発動させて、自分に無限の魔力があると現実を改変すれば、無限のリソースを手に入れた状態で能力を発動し続けられる永久機関の完成だ
まさに、発動さえしてしまえば無敵の能力である。
「デメリットも体が疲れるくらい以外に特にないし、それも治せる。優秀な能力だよこれ」
「肯定。ずっと使っていれば、アーキバスはもっと優位に立ち回れているのでは? 貴方自身の立場も帝王になることも可能なはずです」
「うん、それはそう。でもしない。理由は幾つかあるけど、単純に物理法則がメンタル次第の世界だと、ややこしいんだよ。昨日までリンゴだったものがミカンになってるなんて嫌でしょう? それがいくつも発生する。鋼の剣は石より脆く、石は空気より軽い。みたいにその場その場で現実改変してると、優先順位がわかんなくなって、身動きが取れなくなる」
当たり前が存在しない世界。
今、お金が欲しいから大金を手に入れて使用したとして、それが社会に与える影響は甚大だ。無から有を生み出し、都合の良いように書き換えられ続けるのは便利であるが、乱用すれば社会秩序の崩壊を招いて悲劇に繋がる。
だからこそ、緊急時にしか使わない制約が必要なのだ。あくまで心掛け程度の話ではあるが。
「あとは、この力は、連鎖覚醒を誘発しやすい感じがする。物理法則が乱れるから、みんなの限界値が歪むんだ。そしてそれは自我の強さが世界に存在する指標になってしまう。すると、わがままを通したい強い者たちだけの世界の出来上がりだ」
自我の強さは、極論であればあるほど強くなる傾向がある。
世界平和を目指して悪を皆殺しにする英雄や、光を羨み嫉妬しつつも自分は努力したくない劣等者による光の否定。
光を目指して努力できる者が確実に報われる優劣主義の世界。
成功者や頑張った者を、自分は例外者として一方的に否定して貶める醜い者達の卑劣な願いが横行する属性主義の世界。
あるいはみんなの意見を尊重しつつ纏め上げたいという願いも、最大多数の最大幸福のディストピアまで行き着いてしまう。
「現実改変は、極端であればあるほど強い。突き抜けた想いは物理法則を凌駕して、自分の都合の良い形に変化させられるが……だけどそれに巻き込まれる人間や世界や社会はたまったものではない。原則破りが横行すれば、最後に待つのは全員纏めて藻屑と消えるだろう」
「理解。便利すぎて強力すぎる。だから使わないんですね」
「社会秩序と、そこで暮らす人間が笑顔でいられる世界を目指している以上、リスクは最小限に抑えておきたい。勿論、世界各国で現実改変を乱用している存在はいるだろうが……そこの対策は正直、手が出ない」
現実改変できる能力は、便利で強力で素晴らしい。
デメリットがない上に、凄く頑張ればみんな使えるというのが最高だ。
そりゃあ、個人で完結していたり、小規模なグループで完結している者たちは乱用するだろう。物理法則に縛られる者たちを一方的に蹂躙することができるのだから、使わない理由はない。
理解できるし、共感もできる。
しかし、ラスティはそういった乱用する者達は自滅すると考えていた。それは現実改変能力は物理法則を歪ませ、その影響下にあるものを連鎖覚醒させる性質があるからだ。つまり、突然、敵も味方も現実改変が使えるようになる、ということである。
一方的な蹂躙劇を楽しんでいたならば、その悲しみや絶望に呼応して生み出される逆襲に特化した現実改変によって、上位者は獲物に食い破られる。
安全なところから一方的に相手を蹂躙する性格の持ち主が、絶望を糧とし悲しみを刃として死ならば諸共という強い覚悟で吶喊する者に勝てる道理が全くない。
想いの強さが違うのだ。
自分の死すら織り込み済みの一途な復讐心は、神をも殺す刃となって、世界に風穴を開けるだろう。無限覚醒の果て、怨敵の首を掲げることは容易に想像できる。
では逆に、味方が覚醒した場合はどうなるだろう?
考えられる可能性は三つ。
離反、同調、対消滅だ。
離反は分かりやすいだろう。現実改変という圧倒的な力を信じていたものが、自分もできるからと離反する。シンプル故に分かりやすい。
では同調。
同じ想いを共有して、より強固な現実改変として昇華される。そのエネルギー量は共鳴と無限覚醒を続けることで飛躍的に向上していくことだろう。しかしこれまた問題点として、知性体である以上、考えが違うのは当たり前だ。だからこそ、どちらがの想いが強いかという戦いになってしまう。
お互いに尊敬し、仲間だと思っているが故に、素晴らしいお前がそこまでやるのならば、俺も負けてはいられない、と果てしなく出力は相乗効果で飛翔していき、周囲を巻き込んで爆散する。
三つ目の対消滅は、これもまた分かりやすい。
世界を歪ませるこの力はあってはならない、と認識することで互いの力を打ち消し合い、あるいは放棄することで、平和が保たれる。
気合と根性で現実を改変できる精神力があるのが前提なので、そういう人間は能力に頼らなくても自分の人生を拓いていける確率は高い。
「と、諸々の理由なわけでポンポン使うのはリスクが高いから嫌なんだ。理解できる?」
「理解完了。わかりました。貴方は弁えた使い方をしているのですね。確かに利口だとは思いますが、貴方はそれで満足しているのですか? 特別な人間だけが持つ圧倒的な力を誇示したいとは思わないのですか?」
「思うこともあるけど、まぁ、自分はやるべきことをやれるタイプだから暴走することはないかなぁと自分で思うよ。面倒だから先延ばし、気が乗らないから手を付けない、どうせ出来ないから努力しない、そういうの弱さは理解はできても自分とは違うって割り切るし」
「……」
ラスティの目標はあくまでエクシア達の平穏と安寧である。その過程で邪魔なものを轢殺することはあっても、そもそもの目的が安定なのだから、過度に殺す必要も救う必要もない。
救世主のように全人類を救うことを目指していないし、逆に悪の魔王のように全人類の支配も企んでいない。ほどほどに裕福で、ほとほどに贅沢できれば良いという塩梅だ。
その過程で邪魔になる存在は強引にでも潰すが、世界に影響を与えるほどのものではあってはいけない。物理法則の変更や、過去改変、未来確定といった原則破りは混乱をもたらしてしまう。
それこそ世界封鎖機構に脅威認定されてしまうかもしれない。世界に埋まっている未知の旧世界の遺物も興味あるが、それを集めて使って最強軍団を作るつもりもない。
先制防衛として、相手が原則破りができないように限界値を固定する首輪は開発しても良いかもしれないが。
「そんな感じかな。悪いね、つまらない人間で」
「肯定。貴方はつまらない人間です。でも、それでも良いと思います。つまらない人間は悪ではありませんから」