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作者: 神無城 衛
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入り口の壁にはシリウスの独立に関する年表がかけられている…

…グレゴリオ暦3633年、地球連邦主導のもと企画されたシリウス星系開拓が軌道に乗り、シリウスでは農地が栄え国民が食に困らないまでになった。当時シリウスは地球連邦直轄領の一つで、地球から最も遠い植民地だった。
同3640年、シリウス産の穀物を中心とする農産物は地球政府に税として納められていた一方で、創設間もない銀河開拓通商連盟(ギルド)が高額で買い取りたいと申し出たことでシリウス大統領とシリウスの農協に属する国民に独立の気運が高まっていった。
当時シリウスは軍事力を持っておらず、自警団程度の民兵が海賊を退ける程度の武装しか持ち合わせていなかった。
翌年3643年3月、シリウス政府に軍備を卸していたギルド統治下の軍産複合体企業であるアダルヘイムが私兵(ターミネイトファイブ、ロート・ヒュンフリッターとも)を擁し、シリウスへの軍事力の貸与を提案、シリウス政府は海賊への抑止力としてそれを承諾したことから地球政府との間に緊張が生まれた。
同3643年、地球政府がシリウス産の農産物全般に62%の税をかけたことでギルドとシリウス政府の反発を受けた。しかし地球政府はこれを撤回しなかったため、取引先であるギルド加盟国の協議の結果、賛成多数で地球連邦のギルド加盟継続を否決し地球政府はギルドから脱退した。
3652年11月、地球政府はシリウスを再統治するべく惑星間弾道ミサイル「サジタリウスⅡ」を発射、本来シリウスの軌道をかすめて付近のアステロイド帯で起爆する予定だった6発のうち1発がシリウスの穀倉地帯に着弾し、人的被害を出さなかったものの収穫を控えた穀倉地帯が大きな打撃を受けた、この事件(後にシリウスN2ミサイル事件と呼ばれる)はシリウス政府の地球に対する反感を煽り、シリウス政府は独立に向けて舵を切ることとなった。
3655年、シリウスはギルドに加盟し、同時にアダルヘイムはシリウス独立に向けた軍事行動を約束した。
一方で地球では食料自給率の低下とシリウスからの税収が途絶えたことでさらなる不況に見舞われ、第二位の権力を持っていた新ウラジオストク皇国が権限の4分の1と第2、第4、第5艦隊の指揮権を持っていたユニオン政府の反対を押し切り、太陽系内の植民地への軍事的、政治的圧力を高めて税収を確保しようとしていた。
背景には食料自給率の問題を背景に新ウラジオストク皇国が深刻な飢餓にあえいでいたこと、ユニオン政府の食料と農産技術の供与を拒んだことがあるとされている。
同年、軍備を整えたアダルヘイムの私兵団はシリウスを威圧する地球政府艦隊を強襲し、10年にわたる軍事作戦を展開し、地球軍を退けることに成功した。後にシリウス独立戦争と呼ばれるこの戦いは後の地球政府の政変をもたらすこととなる。
この間、開戦から7年後の3602年、地球政府が伏せていたシリウスN2ミサイル事件が太陽系内の植民地で露呈した、この時徴兵され、安否も知れない家族についての情報が公開されず、不満が高まっていた太陽系内の植民地に住まう人々の不満が爆発、各地の地球領事館で暴徒化したデモ隊による暴動が勃発し、地球政府の治安維持軍が制圧する事態に発展、治安維持軍が武器を手にして市民を攻撃し、死傷者を出したことでさらに地球連邦政府への反感が高まった。これを受けて太陽系内で月自治区、火星自治区、木星衛星群自治区がそれぞれ自治権獲得のための戦闘を想定してアダルヘイムとの軍事力貸与の協定を締結、圧倒的な戦力差によって制圧されることを恐れた地球政府は治安維持に残していた戦艦を含む主力艦隊による再統治を断念し、ギルドによる救済措置を受け入れ、シリウス政府、月政府、火星政府、木星衛星群政府の独立を認め、既存の地球連邦政府を解体した。こうして地球連邦政府は権力を失い、地球を含む太陽系の独立政府とともにギルドに復帰する形で新たな地球連邦政府が拓かれた。新政府は連邦統一以前の地球圏内にある各国の自治も認め、各国の権力を平等にした。これ以降惑星開拓は地球内外の各国がそれぞれの主権を以て行い、連邦政府は太陽系内の国連組織となった。
また、この自由化に伴い、シリウスを足掛かりとした惑星国家の独立した宇宙開拓への追い風となり、今日のシリウスおよび各惑星国家の繁栄に寄与している。

地球の士官学校や小等教育で習った通りだ。ここに書かれている範囲には特筆して新しい情報は無かった。
続いて展示を見ていく。当時の農民の服装で農作業に従事している姿をかたどったマネキンやシリウスのデモ隊が実際に使用した看板が並ぶ、続いて動画がスクリーンに投影されている。地球政府の軍艦に襲い掛かったアダルへイムの艦隊の動きを表している。この星の自転に合わせた進攻で燃料を節約しながら艦隊を動かし、各艦隊を確実に制圧していったことがうかがえる。作戦行動は3フェーズに渡っていて、最初の通商破壊網撃破がグレイプニルの縛鎖作戦、追加で派遣される巡洋艦クラスの艦隊を駆逐、または撃退するインドラの矢作戦、宙域の安全を確保するためのクサナギノツルギ作戦が展開されたとある。
クサナギノツルギ作戦の直前にN2ミサイル事件が露呈したことによって太陽系内の治安が乱れたことから、さらなる反攻作戦として地球に侵攻するマーナガルムの牙作戦が立案されるも、シリウス政府に地球を統治する余力がないこと、あくまで手を貸すのはシリウスの独立までということで当時のアダルヘイムのCEOが反対したことなどを受けてこの作戦は地球政府に対して用意があると警告するにとどまった。しかしこの警告はギルドを脱退し、アダルヘイム諜報部によって高度な情報遮断を講じられた地球政府には非常に有効であったことが説明されていた。

難しくて子供たちには分からないことも多い気がしたが、ルイーサいわく教育は触れる機会が大事で、その後の人生においてこんなこともあったなと学びなおすきっかけができればいいのだという。私も今こうしてここにいることはおおよそその学びなおしのためで、確かにそういうものなのだと納得していた。

記念館から外の広場に出ると銃を提げ旗を手にした農民が彫られた戦勝記念の彫像が立っていて、観光客はここで記念撮影をするのが定番らしい。ルイーサは立場上どこで居場所が割れるか分からないと写真は断ったので、セシリアと子供たち、ついて来たアウレリオとクルーで記念撮影をした。
普段仕事で寄ることはあったシリウスでこんな楽しみ方があるとは知らなかった。これもルイーサと子供たちがいればこその発見かもしれない。
そんなことを思いながら近くの喫茶店で休憩にしようと歩き出した矢先、宇宙港の応急長から連絡が来た。
用件は二件で、簡易検査の結果船に損傷はなかったので精密検査をして、問題なければ物資の積み込みに移るという報告と、積み荷の詳細について具体的に聞かれたらどのように伝えればいいかということだった。
積み荷については美術品とはしているが、電力設備を有しているので詳細は歴史的価値も高い繊細な彫刻で、温度を調整しないと壊れる可能性があると伝えるよう、改めて指示した。これなら航海日誌を確認されたときになぜアルクビエレドライブを使わなかったのかの言い訳にもなる。
祖父の代からやっていたこの仕事ではそうした繊細な美術品や精密機器の試作品を運ぶことはたまにあり、言い訳としては成立するだろうというのがヤマモト機関長がウェバー博士とともに統一した認識である。
喫茶店に入ると外気より少し涼しくなっていて過ごしやすい。もともと農作に適した温暖な地域であるこのエリアは年中通して気温と湿度が少し不快で、この星で好んでこのエリアに腰を据える人々というのはどんな人か、セシリアには理解が及ばなかった。とはいえ父の代で大きくなったバートランド商会の支部長がここを拠点に選んだので、きっと住んでみればいいところなのだろう。
セシリア一行はレースのカーテンが程よく日差しを和らげる窓際の席に通された。
子供たちはサンデーを、ルイーサはアイスコーヒーを、セシリアはアイスココアを注文した。
チェーン店ではない個人経営の喫茶店であるこの店はこぢんまりとしてなんとも居心地がよく、アイスココアもちょうどいい甘さだ。
 ココアをもう一杯頼んだところでユカが来た。ルイーサたちは他にレジャー施設があるからそこに行くということで別れた。ユカは船外で話したいことがあると個別チャンネルのチャットで言っていて、ちょうど喫茶店にいたので場所を知らせて船内業務が済んだら合流することになっていた。
「お疲れセシリア、船にいるとみんなに気を遣うから大変でしょ?」
「ありがとうユカ、ヤマモト機関長に諭されちゃった。上下関係の厳しい士官学校にいたから船の中でフランクになるのが難しくなっちゃってね、昔の自分は船長の娘だからってずいぶん失礼な口の利き方してたんじゃないかなって思ったりして…」
「パパったら…、何を言われたのかは知らないけど、パパはメカ以外には不器用なところがあるからあんまり気にしないで、それにセシリアは今私と接してるようにみんなに関わったらいいのよ。みんなだってその方がやりやすいし、年上のクルーはみんなお父さんお母さんとかお兄さんお姉さんだと思っておけばいいのよ」
 改めて親子で同じことを言われて頭を抱えると、察したユカが隣の席に回ってぐしゃぐしゃに頭を撫でた。
「難しく考えなくていいのよ、今までみたいにやんわりいけばいいのよ」
 ユカの胸に頭をうずめられた。ユカの私服からはほんのり柔軟剤の香りがした。
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