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作者: 泗水 眞刀
4-3


「いまさらなにを心配なさるアルファー殿。バッフェロウが動き始めたのです、夕方までにはきっちりと決着がつきましょう。わが無敵のザンガリオス鉄血騎士団にお任せあれ、まずは総大将の生意気なイアンの首を槍先に架け、今宵の酒宴の肴にいたそう」
 ペーターセンが勝ちを確信しているのか、アルファーの進言を一笑に付す。

「今日の決戦後は、まずはバロウズの頑固者を打ち破る。イシュー軍の陽動作戦にさえ手を焼いている位だ、本軍が投入されれば簡単にひねりつぶせましょう。最後の仕上げは総力を挙げて、戦のために生きておるようなノインシュタインの黒き騎士たちを叩く。命知らずの狂戦士の集まりと聞いておるから、多少は手屑るかも知れんが結果は見えておる。そうして武力をすべて奪っておいて、歯向かった宮廷貴族たち始め、不忠の輩どもの仕置きを厳しく敢行する。それでサイレンは再びわれらの手に戻る、一月もあれば成し遂げられよう」
 フライディがそれがあたかも既定路線とでもいうように、余裕綽々とキャリム水の杯を口にする。

「家臣の分際でいままで貴族どもが力を持ちすぎておったのだ、これでサイレンの六名家などという不遜な者どもは消えてなくなる。ザンガリオス、ワルキュリア両家が宗家に復帰し、これからは尊く青き血を持ったサイレン家が国を治める。これこそ本来あるべき姿である、此度の騒動こそ政の実権を、宮廷から親政へと取り戻す聖なる行いとなるのだ」
 拳を握り締め、ヒューガンが高らかに宣言する。

「ドルーク・サイレン!」

 諸侯がそれに同調し、手を叩いてサイレン家を讃える言葉を発する。
 すでに自分たちの勝ちを、確信しているかのような振る舞いであった。

〝まだ確実に勝ったわけでもないのに、この浮かれようはどうしたことか。この驕りが戦局をあらぬ方向へと変えてしまわねばいいが──。この場にいるはずのご舎弟フェリップさまの動向も気になる、なにか不穏な気配を感じる。探ってみるか・・・〟
 ウェッディン家の家令アルファ―はそっとその場を離れ、手の者を呼び寄せなに事かを命じる。

 アルファ―の言うご舎弟とは、ウェッディン家当主ジャージイーの実弟、バミュール侯爵フェリップ・フォン=サイレンのことである。
 凡庸な兄と違い幼い頃から英明の誉れが高く、戦にもなん度も出陣している文武に秀でた人物である。

 今回の叛乱勢力への肩入れを、最後まで反対したという噂も流れていた。
 家中では、兄と弟が逆であってくれれば良かったと囁かれている。
 当然此度のような際には、兄に代わり諸侯と渡り合うはずの立場にあるのだが、何故かこの帷幕には顔を見せていなかった。

 通常であれば姿を見せないフェリップの所在云々が、味方うちで問題になるはずなのだが、盟主であるヒューガンはなんの興味も示していない。
 有能なフェリップがいない方が、愚鈍なジョージイーをいいように操れるという訳で、むしろ不在を歓迎しているようですらある。

 家令ロンゲルの策謀で、新たに執権職を創設しそれにはヒューガンを据えるという計画を立てている。
 大公位はジョージイーへ譲っても、実権は自分たちカーラム・サイレン家で支配するつもりなのである。

 摂政と違い執権職は単なる大公の代理ではなく、政そのものを大公に代わり執り仕切る役職となるため、大公はただの名前だけの飾りとなる。
 そんな思惑があることも知らず、ジョージイーは大公になれる日を心待ちにしていた。

 その後約束通りにカーラム家とウェッディン家が交代で大公を務めようとも、執権職をカーラム家が握り続ければ、誰が大公となろうとそれは名ばかりのものである。
 過去六十年以上続いた、カーラム家による独裁体制が再び復活することになる。

 いやいままで以上に、大公の独断専横が顕著になるはずだ。
 サイレン六名家は存在せず、宮廷の存在は名ばかりとなる。
 サイレン家に物申すほどの大貴族はすべて粛清され、その代わりにサイレンの血を受け継ぐ一門と、大公の側近が政の実権を握ることになるだろう。
 下手をすれば一旦は手を組んだウェッディン家も難癖を付けられ、リム家同様にこの世から消されてしまう可能性もある。

 現政権が瓦解すれば建国以来の伝統である、国主としての大公家と、貴族主導による宮廷の双方による微妙な均衝を保った国家運営が完全に消滅し、カーラム一族単独による、専制君主国家となり果ててしまうのは確実であった。
 サイレン公国は建国の成り立ちからして、小領主どうしの連合体という経緯もあり、大公と諸侯の垣根が非常に低いというのが特徴の国であった。
 大公に非のある場合は、家臣であろうが歯に衣着せぬ諫言をするのが特徴である。
 それ故に、貴族主体の宮廷の発言力が強い国柄でもあった。

 それが長年カーラム家が大公位を独占して来たために、いつしか専制君主的な体制へと変わってきていた。
 政の主導権も宮廷から大公側近へと移り、宰相でさえ権限が小さくなり国政への影響力は殆どなくなってきていた。
 唯一サイレン家の親族であるバラン家のみが、大公及びその側近たちの独断に異を唱え政に介入していたのであった。

 しかしここに来て当主のクローネ・フォン=バランは、大公政務顧問の役職を解かれ、大公への面会もほとんどが拒否され政から遠ざけられていた。
 いまやカーラム家は絶大なる大権を手中にし、対抗しうる勢力はいなくなってしまっていた。

 この状態を危惧したクローネが、サイレン六名家や大貴族と示し合わせて決行したのが、トールン中を震撼させた大公暗殺劇だったのである。

 これまでの反抗的な態度を改め、大公家の親族としてこれからはカーラム家に忠誠を尽くすことを誓い、その証に門外不出といわれたバラン家伝来の家宝〝鳳凰般若待〟という東方の鳳凰大陸から伝わって来た、伝説の名香木を献上して頭を下げた。
 これを悦び大公が返礼として、いままで疎遠になっていたバラン家の屋敷を訪れ、これからの誼みを祝して大々的な宴が開かれた。

 その宴の最中に、クローネの次男ルバートが大公の胸を後ろから刺し貫き、その場で首を刎ねてしまった。
 この大逆の罪でバラン家は滅ぼされたが、結果としてカーラム家の支配体制が揺らぎ、リム家出身のアーディン・フォン=サイレンが大公位に就いたのである。

 ここで政権を奪還されてしまえば、一族滅亡と引き換えにサイレンの政を本来の姿に戻そうとした、クローネとバラン一族の犠牲はすべて無に帰してしまうことになる。

 いま起こっている大乱は、今後のサイレン百年を占うといってもいいほどの出来事なのだ。

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