凶報
『そうか、そいつぁ災難だったな』
「今回ばかしは自分の間抜けさ加減にほとほと愛想が尽きたよ……。あいつの性格考えれば突き放したって余計に突っかかってくることくらい予想できたはずなのにな……」
『お前は昔から女性心理に無頓着過ぎるんだよ』
翌日、携帯の向こうでからかうように切り捨てたのは皆守である。
『で、どうする? ここで手を引くか?』
「バカ言うな、やられっ放しで腹の虫がおさまるかよ」
気を吐く不破の様子に、ふっと相手が笑ったような気配がスマホ越しに伝わってくる。だがすぐに皆守の真剣みを帯びた声が後に続いた。
『……って事は、牧ちゃんを襲ったのが嘉納がらみの人間だと……お前もそう睨んでいるんだな?』
「ただの物盗りや暴行目当ての変質者とは思えないね。広島で何かあったに違いない」
『そしたらまずは本人たちに話を聞きたいところだろうが……、少し時間は置いてやれよ? 何しろ一人は重傷だし、牧ちゃんだって少なからずショックを受けているだろうからな』
「心得てるよ」
『さぁ? それはどうだかな……何しろお前は女性心理に無頓着すぎる』
「おい、こっちは茶化している状況じゃないんだぞ」
『冗談だ、少し落ち着けよ』
ムキになる不破をのらりくらりと電話口であしらう皆守。
『とはいえ今後は少し行動に気を付けた方が良いな。沖縄でも嘉納に警告されたんだろ?』
「……そうだな」
『お前は自分が思っているほど一人で生きている訳じゃあない……って事だ。あの時みたいな事はもう二度と──』
「言うなよ……分っている……」
皆守の言葉を途中で遮った不破の口調は、僅かに苛立ちが含まれていた。
『……そうか、悪かったな』
「いや、いいんだ……昔の話だ」
双方が言葉を濁してしまった事によって妙な間が生じてしまう。通話先の向こう、皆守の背後に微かに警笛音が聞こえている……鉄道か港湾の近い場所にでもいる様だった。気まずさを打ち払う様に皆守は話を本題に戻した。
『それはそうと、SSに関していくつか分かったことがあるんだがな……』
「SS……例の90年代に開催されていた地下競技……だったか?」
『ああ、その顛末についてなんだが、どうも競技上のトラブルが原因で賭場が崩壊したらしい』
「崩壊? 摘発か何かあったのか?」
『いや結果的にはそうなったのだが、どうも賭けの対象であるSSにオッズをコントロールできないレベルの混乱が発生したのだとか……』
「どういうことだ?」
『簡単に説明するとだな、賭場で興行主が破産させられゲームの維持が出来なくなったんだ。それも競技進行上のアクシデントによって、な』
破産と言っても個人が競馬で負けるのとはまるで意味が違う、興行主の破産は賭場そのものの存続に関わる大事なのだ。
「そんな事があり得るのか? オッズってのはどんな状況であれ多少のコントロールがなされているものだろうに? しかもそれを競技している側から引き起こしたなんて……」
『まぁな。一体どんな手違いや抜かりがあったかは判らんが、いずれにしろそれが背後にあった首都再開発計画の頓挫の一因にもなっていたと考えられる』
それだけSSが首都再開発計画とやらの中核を担っていた事を意味するのだが……それにしてもそこまで簡単に揺らいでしまっている点はやはり解せない。
『で……だな、実はその事件に大きく関わっていたであろう人物で、出自も行方も判然としない者が二人いる』
「それは、混乱の首謀者ってことか?」
『原因には違いないだろうが、首謀者と呼ぶには若干の相違があるな。一人は確かにオッズそのものに手を加えることが出来る存在……ディーラーと呼ばれていた男だ』
「ディーラー……その呼称から察するに、そいつはSSの競技進行役って事か?」
『それも当然兼務しているのだが……実質上の賭場の現場責任者だって話だ。年齢、本名は不明。そしてもう一人はSSの競技者……つまりプレイヤーだな、こちらも本名・年齢は分かっちゃいないが、№193と呼ばれていたそうだ……』
「ディーラーにプレイヤー……か、両者の結託によるイカサマ行為でもやらかしたのかな?」
『さてな、そこまではまだ判らん。また引き続き調べてみるつもりだが、ひとまずここまでの詳細を渡しておこうと思う。明日……いや、明後日は時間あるか?』
「ああ、何とかしよう」
『そうか、そしたらまたいつもの場所で……』
「分った、そちらも気を付けろよ?」
『誰にもの言ってやがる、こちとらまだ最前線だぞぉ?』
「……ハっ、言ってくれる」
苦笑を漏らす不破。皆守はからからと笑い「では、また」と告げて通話を切る。携帯を懐に収めるとまるで思い出したかのように周囲の喧騒が戻っていた。不破は新宿の地下街からロータリーに出てタクシーを拾った。
◆
翌々日、約束していた公園に皆守と落ち合うべく訪れた不破を意外な人物が出迎えた。
「またお会いしましたな、不破さんよ」
「……青梅……さん? なぜここに?」
三日前、病院で会った時と同じカーキのコートに身を固めた青梅がそこに立っていた。
「今日は警察としてここへ来たんですがね……いや、本来でしたら電話か何かでまずお知らせするところでしたが、たまたまこちらに出向いていたもんでして……」
やけに回りくどい言い方をする。不破は何やら不吉な予感を感じ始めていた。
「不破さんねぇ……残念ながら待ち人はここへは来られないんですわ」
「……どういうことです?」
その返答は不破の予感を裏付けるものだった。
「実は今朝、皆守英二さんの遺体が横浜で上がりましてね……」
「今回ばかしは自分の間抜けさ加減にほとほと愛想が尽きたよ……。あいつの性格考えれば突き放したって余計に突っかかってくることくらい予想できたはずなのにな……」
『お前は昔から女性心理に無頓着過ぎるんだよ』
翌日、携帯の向こうでからかうように切り捨てたのは皆守である。
『で、どうする? ここで手を引くか?』
「バカ言うな、やられっ放しで腹の虫がおさまるかよ」
気を吐く不破の様子に、ふっと相手が笑ったような気配がスマホ越しに伝わってくる。だがすぐに皆守の真剣みを帯びた声が後に続いた。
『……って事は、牧ちゃんを襲ったのが嘉納がらみの人間だと……お前もそう睨んでいるんだな?』
「ただの物盗りや暴行目当ての変質者とは思えないね。広島で何かあったに違いない」
『そしたらまずは本人たちに話を聞きたいところだろうが……、少し時間は置いてやれよ? 何しろ一人は重傷だし、牧ちゃんだって少なからずショックを受けているだろうからな』
「心得てるよ」
『さぁ? それはどうだかな……何しろお前は女性心理に無頓着すぎる』
「おい、こっちは茶化している状況じゃないんだぞ」
『冗談だ、少し落ち着けよ』
ムキになる不破をのらりくらりと電話口であしらう皆守。
『とはいえ今後は少し行動に気を付けた方が良いな。沖縄でも嘉納に警告されたんだろ?』
「……そうだな」
『お前は自分が思っているほど一人で生きている訳じゃあない……って事だ。あの時みたいな事はもう二度と──』
「言うなよ……分っている……」
皆守の言葉を途中で遮った不破の口調は、僅かに苛立ちが含まれていた。
『……そうか、悪かったな』
「いや、いいんだ……昔の話だ」
双方が言葉を濁してしまった事によって妙な間が生じてしまう。通話先の向こう、皆守の背後に微かに警笛音が聞こえている……鉄道か港湾の近い場所にでもいる様だった。気まずさを打ち払う様に皆守は話を本題に戻した。
『それはそうと、SSに関していくつか分かったことがあるんだがな……』
「SS……例の90年代に開催されていた地下競技……だったか?」
『ああ、その顛末についてなんだが、どうも競技上のトラブルが原因で賭場が崩壊したらしい』
「崩壊? 摘発か何かあったのか?」
『いや結果的にはそうなったのだが、どうも賭けの対象であるSSにオッズをコントロールできないレベルの混乱が発生したのだとか……』
「どういうことだ?」
『簡単に説明するとだな、賭場で興行主が破産させられゲームの維持が出来なくなったんだ。それも競技進行上のアクシデントによって、な』
破産と言っても個人が競馬で負けるのとはまるで意味が違う、興行主の破産は賭場そのものの存続に関わる大事なのだ。
「そんな事があり得るのか? オッズってのはどんな状況であれ多少のコントロールがなされているものだろうに? しかもそれを競技している側から引き起こしたなんて……」
『まぁな。一体どんな手違いや抜かりがあったかは判らんが、いずれにしろそれが背後にあった首都再開発計画の頓挫の一因にもなっていたと考えられる』
それだけSSが首都再開発計画とやらの中核を担っていた事を意味するのだが……それにしてもそこまで簡単に揺らいでしまっている点はやはり解せない。
『で……だな、実はその事件に大きく関わっていたであろう人物で、出自も行方も判然としない者が二人いる』
「それは、混乱の首謀者ってことか?」
『原因には違いないだろうが、首謀者と呼ぶには若干の相違があるな。一人は確かにオッズそのものに手を加えることが出来る存在……ディーラーと呼ばれていた男だ』
「ディーラー……その呼称から察するに、そいつはSSの競技進行役って事か?」
『それも当然兼務しているのだが……実質上の賭場の現場責任者だって話だ。年齢、本名は不明。そしてもう一人はSSの競技者……つまりプレイヤーだな、こちらも本名・年齢は分かっちゃいないが、№193と呼ばれていたそうだ……』
「ディーラーにプレイヤー……か、両者の結託によるイカサマ行為でもやらかしたのかな?」
『さてな、そこまではまだ判らん。また引き続き調べてみるつもりだが、ひとまずここまでの詳細を渡しておこうと思う。明日……いや、明後日は時間あるか?』
「ああ、何とかしよう」
『そうか、そしたらまたいつもの場所で……』
「分った、そちらも気を付けろよ?」
『誰にもの言ってやがる、こちとらまだ最前線だぞぉ?』
「……ハっ、言ってくれる」
苦笑を漏らす不破。皆守はからからと笑い「では、また」と告げて通話を切る。携帯を懐に収めるとまるで思い出したかのように周囲の喧騒が戻っていた。不破は新宿の地下街からロータリーに出てタクシーを拾った。
◆
翌々日、約束していた公園に皆守と落ち合うべく訪れた不破を意外な人物が出迎えた。
「またお会いしましたな、不破さんよ」
「……青梅……さん? なぜここに?」
三日前、病院で会った時と同じカーキのコートに身を固めた青梅がそこに立っていた。
「今日は警察としてここへ来たんですがね……いや、本来でしたら電話か何かでまずお知らせするところでしたが、たまたまこちらに出向いていたもんでして……」
やけに回りくどい言い方をする。不破は何やら不吉な予感を感じ始めていた。
「不破さんねぇ……残念ながら待ち人はここへは来られないんですわ」
「……どういうことです?」
その返答は不破の予感を裏付けるものだった。
「実は今朝、皆守英二さんの遺体が横浜で上がりましてね……」