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作者: 沖房 甍
襲撃
「送ってくれなくって大丈夫だってば」

 帰りの車内では広島で目撃したサングラスの男たちに尾行されているのではないかという不安から、二人とも終始黙りこくったままで過ごした。切符は東京駅まで買っていたのであるが、急な牧の提案で品川にて途中下車。そこでいるかどうかも分からない相手を撒くために駅構内に直結したショッピングモールを小一時間、うろうろと程無軌道に歩きまわる。更にはファミレスでしばらく様子見。何とも疑心暗鬼に過ぎた行動だったが、それでようやく落ち着きを取り戻した二人が渋谷駅に辿り着いた時にはもうとっぷりと日の暮れる時刻になってしまっていたのである。
 勝手知ったる生活圏内に到着したことで安心したか、改札を抜ける頃にはもう口論が始まっていた。

「いや、でも何があるか分からないからさ……」
「しつっこいよ? 子供じゃないんだから一人で帰れるってば!」

 エスコートを受けるのは決して悪い気分はしないのであるが、そこで子ども扱いとか半人前扱いされるのにはやはり過剰反応してしまう、ましてそれがお子ちゃま認定している相手ならば尚のことだ。

「それに遠回りになるでしょ? 悪いよ」

 ……もちろんそれにむきなるのも自身の拙さ、幼さであることを重々承知していたので相手に気遣う余裕を見せることは忘れない。かたやそんな気など毛頭無く、単純に頼れる男をアピールしたいだけの松原はお構いなしに更に自分を売り込みにかかる。

「そんなことないよ。牧さん二子玉でしょ? こっちは溝の口だから帰るついでだし」
「そうだけど──、ん?」

 ついでならいいか……と一瞬納得しかけるが、すぐに一つの疑問が妥協をかき消した。

「……何で私の住んでるトコ知ってるの!?」
「えっ……?」

 たら~りと松原の頬に汗が伝う……口が滑った。

「さては後、付けたな!??」
「いや……それは………」

 実は以前のデート(…と本人は思っている)の時こっそり後を付け、彼女の職場と住居はチェック済みだった。彼女が割と近くに住んでいた事実を知った時は狂喜乱舞したものだ。もちろん彼の下心にそれ以上の邪心は無かったため、帰宅を見届けた後それで満足して引き上げたのだが、このご時世その理屈がまかり通る道理は無い。

「うわ、信じらんない! それストーカー行為よ!?」
「いや、これは市民を守る警官の義務として……」
「なに調子のいい事言ってんのよっ!!」

 弁明をする松原を自分の荷物でどん! と突き放し、牧はつかつかと彼を置き去りにしてしまう。ぶち当たった荷物の質量が並じゃなかったのかよろけた松原は、不覚にも人波に彼女を見失ってしまう。

「わ、ちょっ……待って牧さぁん!」



                    ◆

「まったく、どーゆー神経してんのかなァ!?」

 二子玉川の駅を出た後もぶつくさと独り言ちながら夕闇迫る帰り道を歩く牧。だが自室のあるマンションが近づくにつれ次第に不安に襲われ始めていた……広島での出来事が不意に思い出される。もしもあのサングラスの一団が尾行してきていたら……。

「……やだ、もぅ。怖くなってきちゃったじゃないの」

 松原と最後に交わした会話からか、誰かが後を付けて来ているような錯覚に襲われどうにも後方が気になり落ち着かない。知らず知らずのうちに早足になっていた牧であったが、とうとう堪らずに駆け出してしまう。そのままの勢いでマンションのエントランスを抜け、2階の自室に飛び込んだ。
 後ろ手で鍵を閉めその場にどさりと荷物一式を落とす、真っ暗な玄関に自分の息つく音だけが耳障りだ……。しばしドアにもたれて息を整えていた牧だったが、まだ明かりも点けていないことに気付いてスイッチを手で探る。

「……?」

 壁を探る手が止まる……何だか様子がおかしい。留守から帰ると決まって部屋は独特の寂寞感せきばくかんに満たされているものだが、何やら今日はいつもと違う。

──何か……いる?

 それは気配というよりも、もっとねっとりとした体温の様なものを感じるのだ。暗闇に目を凝らす牧……その視覚が廊下の奥、浅く開いたドア越しの薄明かりに微かに蠢く何かを捉えた。

「………っ!?」

 思わず恐怖に引きつった声が喉の奥から漏れ出てしまう……、それが切っ掛けとなったか突如扉から潜んでいた人影が飛び出してきた……!!
 人影は二つ、どちらも牧より一回り半以上は大きい。その人影の片割れには見覚えがあった……広島で目撃したスキンヘッドだ。スキンヘッドは覆いかぶさるように牧の肩を掴むと彼女の腕を後ろ手にひねり上げた。

「い……っ…むグ………」

 命にも及ぶやもしれない危機感から脱するため大声を上げなければ……咄嗟にそう判断した牧だったが相手に口を塞がれ声を上げることすら叶わない。拘束から逃れようと懸命にもがくが、スキンヘッドに後方から抱きすくめられる格好となり、両足も浮いた状態なため全く身動きがまったく取れなくなってしまっているのだ。
 時折そのもう一人の手らしき感触がバタつかせている自分の足下を探っている気配がして全身に悪寒が走る。


 目まぐるしい危機感と後悔にも似た絶望感でもはやまともな思考も出来ない。……牧は意識が飛びそうになる中、ただひたすら獣のような唸り声をあげて抗い続けた……………。
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