取材
(取材音声記録より……)
──最初に一番こちらが知りたい事を質問します。あなたは何の目的で聖火トーチを強奪したのでしょうか?
嘉納:目的はあるがそれを話すことは出来ない。話すと今後の行動に著しい制限を受ける可能性があるからだ。
──すると、今後もまだ犯行は続ける意思があると?
嘉納:始めたからには目的を達するまでは止めるつもりは無い。これは先程の質問の答えにもなるが、自分の行動の結果がその目的を示すことになると思うのでここで止まれば意味が無くなる。
──明確な目的があるということは理解しましたが、新たな疑問も浮かびます。あなたの犯行は何かしらの目的を持って行っているにしては手段がひどく非効率的で、あえて余分な労力とリスクを負っているようにも感じるのですが?
嘉納:自分でもそう思う。だがそれはこうした手順を踏まなければ通らない筋があってのことで、これも結果で示すことでしか理解は得られないだろうと考えている。
──それにしてもこうした法に抵触する様な手段しか無かったのでしょうか? もっと他の選択肢は無かったのですか?
嘉納:……難しい質問だと思う。他の選択肢が無かったのかと問われれば、きっといつかは見出せただろうとも考える時はある。だけど……時間切れだったのだな、もう国内開催のオリンピックは来てしまった。そして次の機会は、たぶんもう無いだろう。ならば今ある選択肢で臨むしかない。
──この計画はあなたが一人で計画し実行されたものですか? これまでの犯行状況から推測するところでは単独で行うにはかなり厳しい条件の様にも思えます。私たちは複数による犯行と考えているのですが?
嘉納:もちろん他者の手は借りている。だがその相手に関しては話すわけにはいかないし、本人たちに犯罪に加担している自覚があるとは限らない。
──つまり、あくまで首謀者はあなたのみで、今回の件に関わっているとは知らないまま協力している人間がいると?
嘉納:それはそちらが自由に推測してほしい。それが当たっていてもいなくても自分には関係の無いことだ。
──どうにも先程からあなたは全ての責任を自分が背負おうとしている節があります。何かを庇っている可能性についてはあるのですか?
嘉納:(回答を拒否)
──そうですか。一つこちらとしても明らかにしておきたいのは、あなたが犯行時に無関係な人はもちろんのこと、警察や警護関係者にも一切傷を負わせていない点です。そうした行動は人命や安全を配慮しての事でしょうか? それとも罪の軽減を図っての事でしょうか?
嘉納:それもどう解釈してくれても構わない。ただ、いかなる理由や状況であっても犯罪は犯罪であって、そこは問われなければならない。それと、自分は決して無抵抗主義者ではない。然るべき時にはやはり……それがやむを得ないと判断したならば実力行使を行う事はあるし、これまでそうした局面があったことも否定はしない。当然、それによって自分に課せられる責任も受けるつもりだ。
──では、償う意思はあると?
嘉納:いつかそういう機会が訪れるのであればそうなるだろう。だがその前に問われるべき罪もある。
──問われるべき罪とは?
嘉納:……あくまで道理の話だ。深い意味は無いので気にしないでほしい。
(中略)
──質問を変えましょう。あなたの身のこなしを見る限り何らかの武術の経験があると見受けます。一体それらをどこで身に付けたのですか?
嘉納:多くは独学と多種多様な武術の見様見真似で習得したもの、特定の流派に師事したことは無い。ただ基本的な型は……母親から教わったおぼろげな記憶が残っている。尤も、その母も独学だったと言っていたが……、そこら辺に関してはもう記憶が定かではない。
──生い立ちに関して聞くのは差し支えありますか?
嘉納:そうだな……いや、少し喋り過ぎたみたいだから遠慮しようと思う。
──分かりました。ところで当記事ではあなたの仮称として「嘉納」としていますが、その話をした際に決して悪くは感じていなかった様子でしたが、嘉納治五郎氏には何か思い入れでも?
嘉納:(笑)大した理由じゃない、ただ随分好意的にこちらを捉えてくれたものだと思っただけだ。嘉納治五郎先生は戦前、オリンピック招致に尽力していた人物であり、一方で当時はその行動が決して報われた訳ではなかったという経緯もある。今回の件に上手いこと絡めたものだという感心もあったし、正直な気持ち……光栄だった。
──一部ネットではあなたを英雄視する流れもありますが、それに関してはどう思われてますか?
嘉納:そちら方面には疎いのだが、あまり感心できる事とは思っていない。自分は……自分で言ってしまうのも憚られるが……所詮は犯罪者だ。そうした者に迎合するのは危険な考え方だと思うし、まして尊重の意図も無く時流に乗る形で安易に持ち上げるのは只の冒涜行為に過ぎない。
──手厳しいですね。
嘉納:個々の責任を逃れることに腐心する行為を黙認することが寛容だとは思っていない。その自覚もないなら尚更だ。
──それは先のあなたの無自覚な協力者たちに対しての批判にもなっていませんか?
嘉納:……ああ、そうなってしまうか……。確かにその通りだ。だがその場合非があるのはそれを仕向けた自分たちだ。そうした意味でも自分はいつかその罪を贖わなけらばならないのだろうな……。
(中略)
──再び質問を本旨に戻しましょう。今回の件、これが時間をかけて計画されていた犯行だとしたら、昨年のスタートイベントでも全く同じチャンスがあったはずです。にもかかわらず昨年あなたが行動を起こさなかったのは一体どうした理由からだったのでしょう?
嘉納:これは全くの偶然と当時の世界情勢を鑑みた結果としか言えない。実際昨年もあの場所に自分は来ていて、タイミングが合えば決行する寸前だったのは事実だ。それが余儀無く中断されたのは……ちょっとしたアクシデントがあったから…とだけ言っておこうと思う。
──ちょっとしたアクシデントとは?
嘉納:個人的な事情だ。
──数奇なものですね……、もしも昨年オリンピックの開催延期が無ければ、または中止が決定していたならば、今ここにあなたという犯罪者はいなかったことになる。
嘉納:(笑)違いない。だがたとえそうなったとしても自分はきっと別の形で同じような事件を起こしていると思う。
──ご自身をそこまで突き動かす信念がある……と仰るのですか?
嘉納:少しだけ自らに酔った言い方が許されるなら……自分はそうとしか生きられないから……だろうな。
──決意の程は理解しましたが、できれば今からでも思い止まる選択を選んで下さることを祈ります。
嘉納:雑誌の取材ということで最初は躊躇したが、そう言える方が相手で良かったと思う。
──結果がどうあれ、報道する側として経緯を見届けようと思います。本日はありがとうございました。
「個人的な質問として、最後にもう一つだけ聞かせてくれないか?」
インタビューを終え、立ち去ろうとする嘉納の背中に不破は問いかけた。
「あんたは『緊急強化選手』なのか?」
ぴくり、と相手の肩が強張る。
「……何の話だか分からないな」
背中を向けたまま、嘉納は先程までとは異なる警戒に満ちた口調で返す。それがあからさまにしらを切ってのことであるのは承知していた。
「……だいぶ調べ込んで来たみたいだが、あまり踏み込まない方が良い。それがあなたのためだ」
「場末のスパイ映画みたいなセリフだな」
「どう解釈してくれても構わない」
揺らぐことのない突き放した態度に戻ったかに思えた……が、
「だが、会えて良かった。先程あなたは数奇と言ったが、不測の事態の結果こうしてあなたに会えたのは自分にとっては収穫だったと思う」
そう言うと嘉納は再びこちらに顔を向ける事も無く、そのまま部屋を出て行った。静寂に包まれた室内で、残された不破が一人佇む。
しばしの沈黙の後、不破は大きく深呼吸をして窓にかけたカーテンを一気に引き開けた。外は一足早い夏の日差しと積乱雲。強い日差しに目を細め、不破はうそぶくように呟いた。
「……生憎と、もう踏み込んじまっているんだよ」
──最初に一番こちらが知りたい事を質問します。あなたは何の目的で聖火トーチを強奪したのでしょうか?
嘉納:目的はあるがそれを話すことは出来ない。話すと今後の行動に著しい制限を受ける可能性があるからだ。
──すると、今後もまだ犯行は続ける意思があると?
嘉納:始めたからには目的を達するまでは止めるつもりは無い。これは先程の質問の答えにもなるが、自分の行動の結果がその目的を示すことになると思うのでここで止まれば意味が無くなる。
──明確な目的があるということは理解しましたが、新たな疑問も浮かびます。あなたの犯行は何かしらの目的を持って行っているにしては手段がひどく非効率的で、あえて余分な労力とリスクを負っているようにも感じるのですが?
嘉納:自分でもそう思う。だがそれはこうした手順を踏まなければ通らない筋があってのことで、これも結果で示すことでしか理解は得られないだろうと考えている。
──それにしてもこうした法に抵触する様な手段しか無かったのでしょうか? もっと他の選択肢は無かったのですか?
嘉納:……難しい質問だと思う。他の選択肢が無かったのかと問われれば、きっといつかは見出せただろうとも考える時はある。だけど……時間切れだったのだな、もう国内開催のオリンピックは来てしまった。そして次の機会は、たぶんもう無いだろう。ならば今ある選択肢で臨むしかない。
──この計画はあなたが一人で計画し実行されたものですか? これまでの犯行状況から推測するところでは単独で行うにはかなり厳しい条件の様にも思えます。私たちは複数による犯行と考えているのですが?
嘉納:もちろん他者の手は借りている。だがその相手に関しては話すわけにはいかないし、本人たちに犯罪に加担している自覚があるとは限らない。
──つまり、あくまで首謀者はあなたのみで、今回の件に関わっているとは知らないまま協力している人間がいると?
嘉納:それはそちらが自由に推測してほしい。それが当たっていてもいなくても自分には関係の無いことだ。
──どうにも先程からあなたは全ての責任を自分が背負おうとしている節があります。何かを庇っている可能性についてはあるのですか?
嘉納:(回答を拒否)
──そうですか。一つこちらとしても明らかにしておきたいのは、あなたが犯行時に無関係な人はもちろんのこと、警察や警護関係者にも一切傷を負わせていない点です。そうした行動は人命や安全を配慮しての事でしょうか? それとも罪の軽減を図っての事でしょうか?
嘉納:それもどう解釈してくれても構わない。ただ、いかなる理由や状況であっても犯罪は犯罪であって、そこは問われなければならない。それと、自分は決して無抵抗主義者ではない。然るべき時にはやはり……それがやむを得ないと判断したならば実力行使を行う事はあるし、これまでそうした局面があったことも否定はしない。当然、それによって自分に課せられる責任も受けるつもりだ。
──では、償う意思はあると?
嘉納:いつかそういう機会が訪れるのであればそうなるだろう。だがその前に問われるべき罪もある。
──問われるべき罪とは?
嘉納:……あくまで道理の話だ。深い意味は無いので気にしないでほしい。
(中略)
──質問を変えましょう。あなたの身のこなしを見る限り何らかの武術の経験があると見受けます。一体それらをどこで身に付けたのですか?
嘉納:多くは独学と多種多様な武術の見様見真似で習得したもの、特定の流派に師事したことは無い。ただ基本的な型は……母親から教わったおぼろげな記憶が残っている。尤も、その母も独学だったと言っていたが……、そこら辺に関してはもう記憶が定かではない。
──生い立ちに関して聞くのは差し支えありますか?
嘉納:そうだな……いや、少し喋り過ぎたみたいだから遠慮しようと思う。
──分かりました。ところで当記事ではあなたの仮称として「嘉納」としていますが、その話をした際に決して悪くは感じていなかった様子でしたが、嘉納治五郎氏には何か思い入れでも?
嘉納:(笑)大した理由じゃない、ただ随分好意的にこちらを捉えてくれたものだと思っただけだ。嘉納治五郎先生は戦前、オリンピック招致に尽力していた人物であり、一方で当時はその行動が決して報われた訳ではなかったという経緯もある。今回の件に上手いこと絡めたものだという感心もあったし、正直な気持ち……光栄だった。
──一部ネットではあなたを英雄視する流れもありますが、それに関してはどう思われてますか?
嘉納:そちら方面には疎いのだが、あまり感心できる事とは思っていない。自分は……自分で言ってしまうのも憚られるが……所詮は犯罪者だ。そうした者に迎合するのは危険な考え方だと思うし、まして尊重の意図も無く時流に乗る形で安易に持ち上げるのは只の冒涜行為に過ぎない。
──手厳しいですね。
嘉納:個々の責任を逃れることに腐心する行為を黙認することが寛容だとは思っていない。その自覚もないなら尚更だ。
──それは先のあなたの無自覚な協力者たちに対しての批判にもなっていませんか?
嘉納:……ああ、そうなってしまうか……。確かにその通りだ。だがその場合非があるのはそれを仕向けた自分たちだ。そうした意味でも自分はいつかその罪を贖わなけらばならないのだろうな……。
(中略)
──再び質問を本旨に戻しましょう。今回の件、これが時間をかけて計画されていた犯行だとしたら、昨年のスタートイベントでも全く同じチャンスがあったはずです。にもかかわらず昨年あなたが行動を起こさなかったのは一体どうした理由からだったのでしょう?
嘉納:これは全くの偶然と当時の世界情勢を鑑みた結果としか言えない。実際昨年もあの場所に自分は来ていて、タイミングが合えば決行する寸前だったのは事実だ。それが余儀無く中断されたのは……ちょっとしたアクシデントがあったから…とだけ言っておこうと思う。
──ちょっとしたアクシデントとは?
嘉納:個人的な事情だ。
──数奇なものですね……、もしも昨年オリンピックの開催延期が無ければ、または中止が決定していたならば、今ここにあなたという犯罪者はいなかったことになる。
嘉納:(笑)違いない。だがたとえそうなったとしても自分はきっと別の形で同じような事件を起こしていると思う。
──ご自身をそこまで突き動かす信念がある……と仰るのですか?
嘉納:少しだけ自らに酔った言い方が許されるなら……自分はそうとしか生きられないから……だろうな。
──決意の程は理解しましたが、できれば今からでも思い止まる選択を選んで下さることを祈ります。
嘉納:雑誌の取材ということで最初は躊躇したが、そう言える方が相手で良かったと思う。
──結果がどうあれ、報道する側として経緯を見届けようと思います。本日はありがとうございました。
「個人的な質問として、最後にもう一つだけ聞かせてくれないか?」
インタビューを終え、立ち去ろうとする嘉納の背中に不破は問いかけた。
「あんたは『緊急強化選手』なのか?」
ぴくり、と相手の肩が強張る。
「……何の話だか分からないな」
背中を向けたまま、嘉納は先程までとは異なる警戒に満ちた口調で返す。それがあからさまにしらを切ってのことであるのは承知していた。
「……だいぶ調べ込んで来たみたいだが、あまり踏み込まない方が良い。それがあなたのためだ」
「場末のスパイ映画みたいなセリフだな」
「どう解釈してくれても構わない」
揺らぐことのない突き放した態度に戻ったかに思えた……が、
「だが、会えて良かった。先程あなたは数奇と言ったが、不測の事態の結果こうしてあなたに会えたのは自分にとっては収穫だったと思う」
そう言うと嘉納は再びこちらに顔を向ける事も無く、そのまま部屋を出て行った。静寂に包まれた室内で、残された不破が一人佇む。
しばしの沈黙の後、不破は大きく深呼吸をして窓にかけたカーテンを一気に引き開けた。外は一足早い夏の日差しと積乱雲。強い日差しに目を細め、不破はうそぶくように呟いた。
「……生憎と、もう踏み込んじまっているんだよ」