市街戦
夕闇迫る空をひゅんと風切り音が切り裂くと、一拍おいて上空から無数の矢の雨が降り注いだ。
嘉納は着弾地点を頭の中ではじき出しながら防風林を盾に回避を行う。直撃こそ避けてはいるが、かすめた矢は腕や肩に幾筋もの血を浮かばせている……一矢でも命中を受ければ致命的なダメージは必至だった。
追跡者の手にはアーチェリーやボーガン、エアライフルを所持する者も見受けられる。合計六人……体格から数名は女性も混じっている事が察せられるが、全員顔の上半分はゴーグル状のナイトスコープを装着し、表情は読めない。
一団は黄昏の陰りの中、よどみのない動きで獲物を索敵する。それぞれ二名でペアを組み、一人が矢を放つともう一人がその隙に先行、そして今度は先行した者が射る間に先程の射手が先行……と、代わる代わる攻撃~前進を繰り返して射程距離を保ち続ける。織田信長の鉄砲三段撃ちよろしくローテーションで絶え間なく矢を射かけ続け追い込む目論みだ。
だがここは長篠ならぬ、和歌山県の工業地帯を眼下に臨む蜜柑農園である。
もう幾度も追っ手から逃れ、あるいは撃退して凌いできた嘉納もこの遠距離からの襲撃には手を焼いていた。何しろこちらの射程範囲の遥か先から攻撃を仕掛けてくるのである、それだけでも十分脅威に値するのだが、その上ナイトスコープなどというハイテク機器を装備しているのだ。それに対しこちらは徒手空拳、おまけに灯りを点しての行動である……分が悪いなんてレベルの話では無い。
遠距離攻撃の相手に無手で立ち向かうのであれば、何が何でも接近戦に持ち込むか、一目散に逃げるのがセオリーである。ところがこの夜中の松明は一方的に相手に自身の位置を知らせてしまう……接近しようにもその前にこちらの動きを知られて距離を取られてしまうのだ。また、逃げるにしても人間の足よりも降り注ぐ矢や空気圧で射出される金属球の方が遥かに速い。そして相手は二人一組での行動を行う事によって射出武器の最大の欠点である給弾時間の隙を衝く事も容易ではない。
ほとんど土に埋もれた石垣によって形成された起伏を塹壕代わりに身を潜め、周囲の状況把握と乱れた呼吸を整える嘉納。だがゆっくりと身を休めている時間は無い。とにかくこのまま開けた場所に留まっていては避け続けることも反撃することも困難、嘉納としては何としても自身に有利な環境に持ち込まなければならなかった。
「弾切れを待つしかない……か」
空気銃の方はまだいくらでも弾をストックして持ち歩く余裕はあるだろうが、弓の方はそうはいかない。野外戦で持ち歩くことが出来る本数は限られている……ならば長期戦に持ち込めばやがて弓の追手は一度引かざるを得ないはず……。
一縷の望みをかけて、嘉納は追跡者たちの矢の残りを確認せんと暗闇に包まれた後方に目を凝らした。
「!?」
じりじりと進軍を続ける追跡者の行動を確認して、嘉納は自分の認識の甘さに気付いた。追跡者たちは波状攻撃を仕掛けるのと同時に、射かけた矢を回収しながら前進していたのだ。これでは相手の弾切れなどまず望めない。そうした逡巡の間にも撃ち込まれたボーガンの短矢を、嘉納は苦し紛れにへし折るのだが、これも思ったよりずっと容易くは折れないのでいちいち折って逃げている余裕など無いことを悟るのみ。
……万事休す、だ。
再び一斉射撃で放たれた矢がすぐ間近で土煙を上げる。長弓の使い手たちによる複数の矢の同時射撃は命中率こそ劣るものの、散弾の様に着弾するので相手を燻り出すのに適した戦法なのだ。たまらず飛び出した嘉納は斜面を転げ落ちるように走り下りると農道に抜けた。
そのまま住宅地に入り込んだ嘉納は人目を避けるため路地に入り、身を低くしながら屋根の陰を駆け抜けて住宅地を移動する。これが日中であればそう自由には動き回ることが出来なかったであろう。障害物の多い市街地であれば射角も狭くなるであろうし、命中率も格段に下がるはず。それに追跡者たちもまさか市街で無闇やたらに飛び道具を使ってくることはあるまい……そう高を括っていたのだったが……、
「ぎゃっ!!」
嘉納が身を潜めたブロック塀のすぐ外側で叫び声が上がった。壁越しに覗くと一人の老人が足を押さえて呻いている。偶々か、あるいはこの微かな騒ぎを聞きつけ外に出てきたのか……いずれにしろ不用意に出歩いた結果、不幸にも追手の標的になってしまったのだ……その脛には深々と刺さった一矢。嘉納の表情からざっと血の気が引き、返す波の様にすぐに激しい怒りが湧き上がる。
一瞬立ちすくんだ嘉納の頭の横を唐突に疾風がかすめ抜けていく。つぅ…と彼の頬に生暖かいものが伝った。肩越しに後方を振り返るとコンクリートの壁にボーガンの矢が突き刺さっている。
「……撃ってくるのか……、こんな場所で……!?」
どうやら相手の良識を期待していた自分の方が誤りだったらしい。追跡者は住民の被害など露ほどにも気にしていないのだろう、放っておけば無関係の被害者が出かねない。嘉納は弾かれたように路地から飛び出すと最短距離で住宅地を離れて工場街に走り出した。インカムを通じて誰かと連絡でも取っているのか、それとも独り言なのか……どちらともつかない口調で淡々と自身の行動を告げる。
「方針変更だ……迎え討つ……!」
◆
昨年からの自粛の影響で終業時間が早まっていた工場街は、無人ではないまでも往来する人の姿はごくごく疎ら、場所によっては丸々一区画ががらんとした空間となっている場所もある。嘉納はひと気の絶えた区域で廃工場を発見するとそこに飛び込む、数分遅れて追跡者たちも施設内に侵入した。
暗闇に閉ざされた工場内は埃と揮発性塗料のツンとした臭いで満たされている。建物は鉄骨に断熱材とトタンを貼り付けたごく簡素な構造で、両脇の壁に設置された合計四か所の鉄骨階段で上階と行き来が出来る。また天井にはクレーンの走行レールと、それに並行してキャットウォークも左右に横断していた。コンクリートの床にはうち捨てられた資材や塗料の缶が無造作に転がされており、積み重ねられた運搬用パレットはあちらこちらに小高い島を形成している……確かに身を潜めるには絶好の環境であろう。
追跡者たちは二班に分かれて捜索を開始、闇と静寂に包まれた施設内に赤いレーザーポインターだけが無機質に踊る。生身の目しか持たない嘉納に対して、自分たちは赤外線の視界を有している。まして相手は高熱源体である火を灯したトーチ片手なのだ、たとえ施設内に逃げ込んだとしてもこちらの索敵網からはまず逃れられようはずが無い……追跡者たちは誰もが皆そう考えていた。
二手に分けた班は直線状に一定距離を置いてフォーメーションを取り、前後左右に死角を作らないように廃工場内を進む。
「!」
その一班、ボーガンを構えていた追跡者が異変を感じ振り返る。しんがりを務めていたはずの仲間の姿が消えていた。一瞬の緊張で身体が強張る、その背後の暗闇から抜身の双腕が浮かび上がった……。
「……?」
背後の二人の気配が確認出来なくなったことで状況を察知した先頭を歩く長弓の男は矢をつがえた。
「……妙だな?」
男の赤外線の視界には潜んでいる人間の熱源どころか、ターゲットが手にするトーチの火さえ補足できないでいる。
「どこかに隠れているのか?だとしても何の熱源も見出せないと言うのは一体……?」
監視役から聞いた話では栃木においてターゲットはトーチそのものを囮に追跡側を撃退せしめたという。今回もそうした奇策を使ってくることは十分に想定済みだ。長弓の男は油断なく周囲を警戒し、いつでも矢を放てるように徐々に弦を引き絞る。
別行動の班の位置は相互に取り合う連絡によって把握している、今自分の間近で動くものがあったらそれは即ち『敵』だ。
すると、突然自分の足下から炎が上がった!
「な……にィ!?」
足下だけではない、俄かに上がった火の手はたちまちのうちに彼の周囲を覆いつくす……ナイトスコープの画面が真っ白に潰れた。
「くそっ、油でも撒きやがったか!?」
男は頭からスコープをかなぐり捨て、裸眼で周囲を見回す。巻きあがる炎の中、横切る何者かの影を視界が捉えた……、即座に射出!
きぃんと硬質な音を立てて矢が弾ける。放置された資材の山で闇雲に撃つ飛び道具が十分な働きを果たそうはずがない。二撃目をつがえようと視線を落とした瞬間を逃さず、長弓の男の首に嘉納の腕が絡みついた。ごきん、とくぐもった音を立て、揺らめく熱気の中に人影が一体崩れ落ちる。
地の利は嘉納にあった。
射程距離のアドバンテージを施設内の障害物で潰し、同時にキャットウォークや天井クレーンの走行レールを巧みに利用して立体的に奇襲をかけられる。これらを活かして追跡者の前後に揮発性の塗料を撒いてトーチの火で着火したのだ。赤外線の視界も周囲を炎で包めばその光で全く役に立たなくなる。また壁面にアルミ遮熱シートが残っていたのも幸いだった。これを身に巻くことにより嘉納は相手のナイトスコープから一時的に自分の身とトーチの火を隠し、工作を仕掛け遂せることが出来たのである。
嘉納はこうした状況的優位をいかんなく駆使することで、程なくしてもう一方の追跡者の班も沈黙させたのだった。
翌日発行された地方新聞の紙面には工場跡での火災が報じられた。だがそこには直前矢によって負傷した一般人に関する表記も、また火災現場から発見されたはずの死亡者に関する表記も一切載っていなかった……。
嘉納は着弾地点を頭の中ではじき出しながら防風林を盾に回避を行う。直撃こそ避けてはいるが、かすめた矢は腕や肩に幾筋もの血を浮かばせている……一矢でも命中を受ければ致命的なダメージは必至だった。
追跡者の手にはアーチェリーやボーガン、エアライフルを所持する者も見受けられる。合計六人……体格から数名は女性も混じっている事が察せられるが、全員顔の上半分はゴーグル状のナイトスコープを装着し、表情は読めない。
一団は黄昏の陰りの中、よどみのない動きで獲物を索敵する。それぞれ二名でペアを組み、一人が矢を放つともう一人がその隙に先行、そして今度は先行した者が射る間に先程の射手が先行……と、代わる代わる攻撃~前進を繰り返して射程距離を保ち続ける。織田信長の鉄砲三段撃ちよろしくローテーションで絶え間なく矢を射かけ続け追い込む目論みだ。
だがここは長篠ならぬ、和歌山県の工業地帯を眼下に臨む蜜柑農園である。
もう幾度も追っ手から逃れ、あるいは撃退して凌いできた嘉納もこの遠距離からの襲撃には手を焼いていた。何しろこちらの射程範囲の遥か先から攻撃を仕掛けてくるのである、それだけでも十分脅威に値するのだが、その上ナイトスコープなどというハイテク機器を装備しているのだ。それに対しこちらは徒手空拳、おまけに灯りを点しての行動である……分が悪いなんてレベルの話では無い。
遠距離攻撃の相手に無手で立ち向かうのであれば、何が何でも接近戦に持ち込むか、一目散に逃げるのがセオリーである。ところがこの夜中の松明は一方的に相手に自身の位置を知らせてしまう……接近しようにもその前にこちらの動きを知られて距離を取られてしまうのだ。また、逃げるにしても人間の足よりも降り注ぐ矢や空気圧で射出される金属球の方が遥かに速い。そして相手は二人一組での行動を行う事によって射出武器の最大の欠点である給弾時間の隙を衝く事も容易ではない。
ほとんど土に埋もれた石垣によって形成された起伏を塹壕代わりに身を潜め、周囲の状況把握と乱れた呼吸を整える嘉納。だがゆっくりと身を休めている時間は無い。とにかくこのまま開けた場所に留まっていては避け続けることも反撃することも困難、嘉納としては何としても自身に有利な環境に持ち込まなければならなかった。
「弾切れを待つしかない……か」
空気銃の方はまだいくらでも弾をストックして持ち歩く余裕はあるだろうが、弓の方はそうはいかない。野外戦で持ち歩くことが出来る本数は限られている……ならば長期戦に持ち込めばやがて弓の追手は一度引かざるを得ないはず……。
一縷の望みをかけて、嘉納は追跡者たちの矢の残りを確認せんと暗闇に包まれた後方に目を凝らした。
「!?」
じりじりと進軍を続ける追跡者の行動を確認して、嘉納は自分の認識の甘さに気付いた。追跡者たちは波状攻撃を仕掛けるのと同時に、射かけた矢を回収しながら前進していたのだ。これでは相手の弾切れなどまず望めない。そうした逡巡の間にも撃ち込まれたボーガンの短矢を、嘉納は苦し紛れにへし折るのだが、これも思ったよりずっと容易くは折れないのでいちいち折って逃げている余裕など無いことを悟るのみ。
……万事休す、だ。
再び一斉射撃で放たれた矢がすぐ間近で土煙を上げる。長弓の使い手たちによる複数の矢の同時射撃は命中率こそ劣るものの、散弾の様に着弾するので相手を燻り出すのに適した戦法なのだ。たまらず飛び出した嘉納は斜面を転げ落ちるように走り下りると農道に抜けた。
そのまま住宅地に入り込んだ嘉納は人目を避けるため路地に入り、身を低くしながら屋根の陰を駆け抜けて住宅地を移動する。これが日中であればそう自由には動き回ることが出来なかったであろう。障害物の多い市街地であれば射角も狭くなるであろうし、命中率も格段に下がるはず。それに追跡者たちもまさか市街で無闇やたらに飛び道具を使ってくることはあるまい……そう高を括っていたのだったが……、
「ぎゃっ!!」
嘉納が身を潜めたブロック塀のすぐ外側で叫び声が上がった。壁越しに覗くと一人の老人が足を押さえて呻いている。偶々か、あるいはこの微かな騒ぎを聞きつけ外に出てきたのか……いずれにしろ不用意に出歩いた結果、不幸にも追手の標的になってしまったのだ……その脛には深々と刺さった一矢。嘉納の表情からざっと血の気が引き、返す波の様にすぐに激しい怒りが湧き上がる。
一瞬立ちすくんだ嘉納の頭の横を唐突に疾風がかすめ抜けていく。つぅ…と彼の頬に生暖かいものが伝った。肩越しに後方を振り返るとコンクリートの壁にボーガンの矢が突き刺さっている。
「……撃ってくるのか……、こんな場所で……!?」
どうやら相手の良識を期待していた自分の方が誤りだったらしい。追跡者は住民の被害など露ほどにも気にしていないのだろう、放っておけば無関係の被害者が出かねない。嘉納は弾かれたように路地から飛び出すと最短距離で住宅地を離れて工場街に走り出した。インカムを通じて誰かと連絡でも取っているのか、それとも独り言なのか……どちらともつかない口調で淡々と自身の行動を告げる。
「方針変更だ……迎え討つ……!」
◆
昨年からの自粛の影響で終業時間が早まっていた工場街は、無人ではないまでも往来する人の姿はごくごく疎ら、場所によっては丸々一区画ががらんとした空間となっている場所もある。嘉納はひと気の絶えた区域で廃工場を発見するとそこに飛び込む、数分遅れて追跡者たちも施設内に侵入した。
暗闇に閉ざされた工場内は埃と揮発性塗料のツンとした臭いで満たされている。建物は鉄骨に断熱材とトタンを貼り付けたごく簡素な構造で、両脇の壁に設置された合計四か所の鉄骨階段で上階と行き来が出来る。また天井にはクレーンの走行レールと、それに並行してキャットウォークも左右に横断していた。コンクリートの床にはうち捨てられた資材や塗料の缶が無造作に転がされており、積み重ねられた運搬用パレットはあちらこちらに小高い島を形成している……確かに身を潜めるには絶好の環境であろう。
追跡者たちは二班に分かれて捜索を開始、闇と静寂に包まれた施設内に赤いレーザーポインターだけが無機質に踊る。生身の目しか持たない嘉納に対して、自分たちは赤外線の視界を有している。まして相手は高熱源体である火を灯したトーチ片手なのだ、たとえ施設内に逃げ込んだとしてもこちらの索敵網からはまず逃れられようはずが無い……追跡者たちは誰もが皆そう考えていた。
二手に分けた班は直線状に一定距離を置いてフォーメーションを取り、前後左右に死角を作らないように廃工場内を進む。
「!」
その一班、ボーガンを構えていた追跡者が異変を感じ振り返る。しんがりを務めていたはずの仲間の姿が消えていた。一瞬の緊張で身体が強張る、その背後の暗闇から抜身の双腕が浮かび上がった……。
「……?」
背後の二人の気配が確認出来なくなったことで状況を察知した先頭を歩く長弓の男は矢をつがえた。
「……妙だな?」
男の赤外線の視界には潜んでいる人間の熱源どころか、ターゲットが手にするトーチの火さえ補足できないでいる。
「どこかに隠れているのか?だとしても何の熱源も見出せないと言うのは一体……?」
監視役から聞いた話では栃木においてターゲットはトーチそのものを囮に追跡側を撃退せしめたという。今回もそうした奇策を使ってくることは十分に想定済みだ。長弓の男は油断なく周囲を警戒し、いつでも矢を放てるように徐々に弦を引き絞る。
別行動の班の位置は相互に取り合う連絡によって把握している、今自分の間近で動くものがあったらそれは即ち『敵』だ。
すると、突然自分の足下から炎が上がった!
「な……にィ!?」
足下だけではない、俄かに上がった火の手はたちまちのうちに彼の周囲を覆いつくす……ナイトスコープの画面が真っ白に潰れた。
「くそっ、油でも撒きやがったか!?」
男は頭からスコープをかなぐり捨て、裸眼で周囲を見回す。巻きあがる炎の中、横切る何者かの影を視界が捉えた……、即座に射出!
きぃんと硬質な音を立てて矢が弾ける。放置された資材の山で闇雲に撃つ飛び道具が十分な働きを果たそうはずがない。二撃目をつがえようと視線を落とした瞬間を逃さず、長弓の男の首に嘉納の腕が絡みついた。ごきん、とくぐもった音を立て、揺らめく熱気の中に人影が一体崩れ落ちる。
地の利は嘉納にあった。
射程距離のアドバンテージを施設内の障害物で潰し、同時にキャットウォークや天井クレーンの走行レールを巧みに利用して立体的に奇襲をかけられる。これらを活かして追跡者の前後に揮発性の塗料を撒いてトーチの火で着火したのだ。赤外線の視界も周囲を炎で包めばその光で全く役に立たなくなる。また壁面にアルミ遮熱シートが残っていたのも幸いだった。これを身に巻くことにより嘉納は相手のナイトスコープから一時的に自分の身とトーチの火を隠し、工作を仕掛け遂せることが出来たのである。
嘉納はこうした状況的優位をいかんなく駆使することで、程なくしてもう一方の追跡者の班も沈黙させたのだった。
翌日発行された地方新聞の紙面には工場跡での火災が報じられた。だがそこには直前矢によって負傷した一般人に関する表記も、また火災現場から発見されたはずの死亡者に関する表記も一切載っていなかった……。