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作者: 沖房 甍
県警捜査一課
 神奈川県警、刑事部捜査課第一課。この日、青梅練造オウメ レンゾウ警部補の機嫌はすこぶる悪かった。

「何だってぇあの場に公安がしゃしゃり出てくるかね?」
「現場に来ていきなりでしたからね」

 非番の予定を返上してまで現場に駆けつけてみれば、後から警視庁公安部がやってきて早々に所轄の警官諸共現場から締め出されることになったのだから苛立つのも無理はない。黒いコートとジャケットをソファーに乱暴に引っ掛けると青梅はどすんっと乱暴に腰を落とした。

「大体、今朝上がった変死体の身元も明らかになる前からだぞ? やっこさんら、事前に死体が上がる事を知っていたとしか思えねぇ」
「何でしょうね? 何かでっかいヤマが背後に絡んでいるとか?」
「知るか……っチィっ!!」

 淹れたて熱々のお茶を口に流し込み悶絶する、この悪癖は毎度の事だ。全然学習しないんだな……と、脇では配属二年目の若い刑事、関口セキグチがすっかり呆れ顔だ。

「あるいはホトケの正体が知れたら上にとって不都合な事でもあるのかも知れねぇな」
「練さん、深入りは禁物ですよ」

 同じ警察機構と言えどもそのテリトリーはまるで違う。他所の部署に口を挿んだり不用意な手出しをしたって損ばかりで何も利などは無いのが世の常だ。こうした組織では常識論なのではあるが、それを口にするのが若手刑事で、且つベテラン刑事がたしなめられている側であるという構図はちょっと珍しい。

「それで、どうします? 結局半日無為に過ごしちゃいましたけど、今から非番に戻ったらどうですか?」

 青梅は返事の代わりにまっ黒い無地のネクタイを首から引き抜くと忌々しそうにそれをテーブルに放り投げると手首でじゃらりと音が鳴る。そういえば午前中から数珠を巻きっぱなしだったことに今更気付き、それも外してネクタイの上へと放り出す。そんな老刑事を相手に、関口刑事は気難しい子供をなだめる様な口調でなおも説得を試みる。

「だって今日妹さんの処に行く予定だったんでしょう……法要でしたよね?」
「今頃はもう終えている頃だろうさ。あいつも俺がこういう商売だって分かってたんだから今更化けて出て来やしねぇよ」

 どうにも帰る気はないらしい。これ以上世話を焼いてもきっと最後には癇癪かんしゃくを起こすのだろうと関口は結局説得を断念した。

「そういえば甥っ子さんも警官ですよね……確か大師署でしたっけ?」
「んー。まぁ歳はお前さんと大して違わねぇけどな、人間的にゃまだまだおしめの取れねぇ赤ン坊みたいなもんさぁな」

 ふんっ! と鼻を鳴らして顔をしかめるが、その表情はどことなく緩みが垣間見える。関口は思わず噴き出しそうになってしまった顔を彼に見せぬ様、顔を背けた。

「……たぁ言えアイツももう立派な大人だ、法事くらいは一人でこなせなきゃ──」

 こき下ろすばかりではさすがに後ろめたかったのか、青梅は自身の暴言の埋め合わせを一応入れ……ようとして、不意に一抹の不安に囚われた。

「──いや、待てよ。そー言やあのバカたれ、こないだ福島で大失態やらかしてたって言ってたな……」
「はい? 何か言いましたか?」
「……いや、何でも無ぇ」

 青梅は窓から覗くハマの街路に目を向け、またもや不用心に湯呑をあおる。

「……ヌルいな」

 あれこれと思いを巡らせている間にお茶はとっくに冷めきっていた。



                    ◆

「……っきしっ!」

 唐破風を設けた大きな山門を出たところで松原は一つ大きなくしゃみをした。東京都下に建つ閑静な古刹である。
 いくつかの手抜かりはあったもののひとまず無事に法要を終え、親戚縁者の車を送り出した後、住職へのお礼と挨拶を今済ませてきたところだ。

「誰か噂でもしているのかな?」

 松原はわざとらしく鼻などすすりながら辺りを見回すと、今時誰も使わないようなカビの生えた迷信を口走りながらポケットからスマホを取り出した。待ち受け画面には先日(こっそり)撮影した牧の画像、ちなみにしっかりアドレスも交換済みだ。


 一体何を期待しているのやら、画面を眺めるオトコの表情はだらしなくも盛大に緩みまくっていた……。
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