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作者: 沖房 甍
もう一人の…
 電話は会場で控えていた九品礼からだった。

「九品礼さんか、どうした?」

 こうした事態で連絡を密にしておく必要があったため、いかに電話無精の不破であってもさすがに呼び出しを無視することも無くコールに即座に応じる。電話口の九品礼の声はかなり切迫したものであった。

『ごめんなさい、連絡が遅れて。混乱している時に誤った情報を伝えてしまうと更に混乱が起きる恐れがあったので今まで確認を取っていたのですけど……。実はこちらでもちょっとトラブルが起きていて……』
「トラブル? 何かあったのか?」
『はい。実は午前中に会長たちの迎えを麻臣さんにお願いしていたんですが』
「ああ、その話なら聞いている──事故でもあったのか?」
『分かりません、でも本当なら今日一度こちらの会場にも顔を出す予定だったんですが、結局姿を現さなくって。それで心配して電話したんですけど、会長も麻臣さんも連絡が全く取れなくなっているんです!』

 何やら悪い予感がした。ほんのつい先ほどもう一人共犯者がいるのでは? という話をしたばかりである、そのタイミングで入ったこの報せが中林の件と無関係とは、不破には到底考えられなかったのだ。

「……で? 小山田さんたちは本来はどういうスケジュールで動く予定だったんだ?」
『本当であれば今日の送迎は咲楽さんが車で……って話でした。まずは午後過ぎにこちらの会場の様子を覗きに来て、その後は山下公園、そこでスタッフと合流してミーティング……という予定です』
「──だ、そうだ」

 不破は九品礼の言葉をそのまま牧と青梅に伝える。咲楽はそうしたスケジュールに関しては先刻承知しているため既に次の行動に入っていた。

「私、会場に戻って自分の車取ってきます!」
「なら、九品礼さんと蹲さん、梶山さん拾って山下公園に直接向かってくれ。俺たちもすぐに向かう。……詩穂ちゃん、無理はするなよ?」
「はい、大丈夫です」

 ……とは言うのであるがとても大丈夫な表情には見えない。もちろんさっきまで拘束を受けていた事と、身内の犯行のショックに憔悴している事もあろうが、咲楽は小山田夫妻の行方不明の報せを聞いてひどく動揺しているのだ。

「スミ、お前詩穂ちゃんに連いて行ってやれ。あの小型車には全員は乗れないだろうから、その場合タクシーでも拾って後から来てくれ」
「分かった。……さ、行こう咲楽さん」
「はい」

 牧の付き添いで咲楽は埠頭の先の会場に戻って行く、不破は追加でその旨を九品礼に伝えた。

「聞こえたか? 今詩穂ちゃんがそっちに向かったんで山下公園で落ち合おう」
『了解です』
「……ったく、忙しい一日だよ。……おい、二~三人残してくれんか? あと車も一台!」

 不破たちの一連のやり取りを聞いていた青梅は既に引き上げにかかっていた警官を引き止め、更にパトカーを手配していた。



                    ◆

 湾岸線経由で山下公園には車で20分も走らないうちに到着、パトカー移動の不破らは念のため一度公園を素通りして大桟橋手前で降ろしてもらうとそこから山下公園へと入る。公園内は例の如くまだまだ本来の人出に比べたらずっと空いた状況なのであるが、そこはそれ横浜随一の名所だけあってこの時間でもひと気が絶える様子は無く、しかも夕刻からのこの時間あたりにはカップルも増え出すので嫌になるほどベンチに空きが見当たらない。

『九品礼です。今こちらも到着しました、人形の家方面です』
「ちょうど良い、九品礼さん達は公園のパーキングで麻臣さんのバンを探してくれ……もしも見つけたらそこで待機していて欲しいんだ」
『分かりました、そちらは?』
「今大桟橋側から入ってそっちへと向かっている。ここで見つからなかったらパーキングで合流後一度対策を練ろう」
『了解です』

「まだ山下公園にいると思うのかね、不破さんよ? ……いや、それどころかここにたどり着く前にトラブルに遭ったとは考えないのかい? 大体からして、さっきの話じゃ山下公園に来る前に大黒埠頭による予定だったのだろ? 話がおかしいじゃないか」

 油断なく左右に視線を走らせながら青梅が携帯を懐に収める不破に問いただす。

「話がおかしいからこそ、だよ。これが小山田夫妻が麻臣さん共々何らかのトラブルに巻き込まれたというのであれば分からないけどね……。だがそうでない場合ここに来ることそのものに意味があると思うんだ。だったらまだこの山下公園に夫妻がいる可能性は高い。とにかくまずは車がパーキングに置いてあるかどうかだ」
「……聞かせちゃくれませんかね? 私も何となく想像はつくんだが……ひょっとしてお前さん、共犯者とやらの目星が付いてんじゃあないのかね?」

 相手に逸る気持ちがあるのかその歩調はだいぶ速く、青梅は時々小走りになりながらそれに追いすがる。その半歩先を進む不破は視線も動かさずにぎりりと噛み締めた歯を青梅に見せるとぽつりと呟くのだ……。

「裏聖火リレーの医療を担当している麻臣さん……恐らくもう一人の共犯者は彼だ!」



                    ◆

『不破さん、九品礼です。麻臣さんのバンを発見しました。……中には誰もいません。ここは私と蹲さんで押さえて梶山さんと咲楽さんをそちらに向かわせます』
『先輩、今こちらも山下公園に着きました。県民ホール前から入ってバラ園方面に回ります』

 今や着々と包囲網が形成されつつあった。

「不破さんよ、今話すべき事じゃあないんだがね……私が思うに、SSってぇのは、きっとこんな競技だったんだろうな……」

 相変わらず四方への監視も怠り無い青梅が不意にそんな思いつきを口にした。

「今の私らみたいに、こうして通信ツールで包囲網狭めて、まるで猟犬が狩りを行うみたいに相手を追い詰めてゆく……。そんな事をもっとチーム単位で、そしてこうした普通の街中で繰り広げる。なかなかどうして、確かにどこか人間の根源的な欲求に訴えかけるゲームだと思えてきますなぁ……」
「何故今そんな事を……?」
「テレビ番組と違って刑事ってなあまり大捕物には参加しないものでしてね。ところが若い頃には深層意識のどこかでそんな立ち回りを繰り広げる事に憧れもあった訳なんですわ。ですが、いざ実践してみると……快感と共に、こいつはそこはかとない恐ろしさを感じてなりませんわな」
「ゲームとは違って現実では自分が狩られる側に回ってしまう可能性も想像してしまうからかな。結局人間が欲する危険ってヤツは、安全地帯でのんびり鑑賞できる範囲のものに限られる……って事さ」

 青梅のへの字に曲げた口許から失笑とも冷笑ともつかない息が漏れ出る、別に愉快な訳では無く、どうやらまったく逆の感情が湧いてきて笑うしか無くなっていまった様である。

「だから私たちは世の中の事件なりイザコザなりを画面で見て語りたがるのでしょうなぁ……。遠巻きに眺める事で我が身に飛び火するリスクを避け、第三者でいる事で自身にかかる責任から逃れることが出来る。そうやって確保した安全地帯でグロテスクな見世物興行を観覧してご意見番を気取ってみせるし……何とも空恐ろしい話だとは思いませんかね?」
「自分はそうではないと信じたい……とは思っているんですけどね。いや、どちらかと言えばマスコミや俺らみたいなタブロイドなんてその最たるものか……」

 ひょっとすると、SSとそれを用いたカジノ構想とは現代社会の縮図でしかないのかも知れない。そう考えるとこうして俄か追跡劇に奔走する自分達のあり様も、何者かの興行として演じられているアトラクションなのだろうか? そんなあらぬ妄想さえ不破の思考に浮かんでくるのだ。

「ん、何だいあの人だかりは?」

 そんな不破の妄想は青梅の声にかき消された。二人の進む先には円形の花壇に囲まれている少女の像、唱歌としても有名なその像の付近に数名の人の取り囲みが形成されているのを発見したのだ。こうしたご時世であるものだから人だかりという程の人数でこそないが、この夕刻に大道芸か何かの見世物に集まった集団とは思えない。
 近寄ってみるとどうやら脇の植え込みに具合を悪くしている人がいて、その対処に大わらわ……といった状況らしい。取り巻きの大半は何かを恐れてか距離を取って傍観を決め込んでいたり、一体何を考えているのかスマホのカメラなんぞを向けている人間までいる始末なのだが、幾人かの良識ある人の介抱を受けている様子だ。その人物の顔を見て不破が声を上げる。

「小山田さん!?」

 介抱されている老人もその声に応じる。

「……ああ、不破君ですか……。助かりました……いや、酷い目に遭いまして……」
「お知り合いの方ですか?」

 介抱していた人物が小山田と不破の双方に確認を取ると不破の代わりに青梅が身の証をしてくれる。

「あー、こりゃ失礼。こちらはそちらの方の知人でして、私は警察の者です」

 青梅が見せた身分証明書で先程から遠巻きにスマホを向けていた男がそそくさと退散してゆく。

「こちらのお年寄りが植え込みで苦しんでいたのを発見しまして……。先程救急車を呼びましたのですぐに到着すると思います」

 介抱していた人物は不破に状況を説明して小山田の身体を任せる。

「そうでしたか。……感謝します、後は我々が引き取ります」
「まったく、お恥ずかしい。……何だか随分放って置かれたみたいですね。いつの間にかこんなに日が傾いてしまっているとは……」

 よろよろと自身の身体を支えた小山田であったが、ハンカチで押さえた頭には薄っすらと血が滲んでいる。

「……ああ、そんな場合ではありません。……妻は、……瞳美は?」

 不破は周囲を見回し、首を横に振る。

「いません。一体何があったんです?」

 小山田は「そうですか」と呻くように呟くと証言を始めた。

「午後4時過ぎ頃になりますか……、ここへ着きまして麻臣君と三人で1時間程散策してました。リレー……ああ、「裏」の方のね……そちらの様子も見ておきたかったのでそろそろ大黒埠頭に向かおうとしたところ急に麻臣君に突き飛ばされましてね……、それでこの有様です。目が覚めた時にはもう人だかりが出来ていまして、それからまたしばらく動けずこうしていた次第です」
「突き飛ばしたのは麻臣さんという方で間違いありませんね?」

 横合いから青梅が質問を投げかけてくる。

「……不破君、この方は?」
「県警の青梅です。不破さんの……ま、知人でして。今日はたまたま彼とここで会う約束をしておりました」

 虚実入り混じった自己紹介をしつつ、青梅は若干眉を潜めて小山田を観察する。何が引っかかるのだろうか首など傾げているが不破にはその意味がよく理解できず、それよりもすぐに最優先事項を思い出す。

「朝臣さんを捜して夫人を保護しないと。青梅さん、小山田さんを頼めますか?」
「おいおい、そりゃ立場が逆だろうが。……仕方無ぇな、この人救急車に乗せたらすぐに追うからくれぐれも無茶な真似だけはしてくれるなよ?」
「……そいつぁ状況によるよ!」

 言うが早いか、不破は脱兎の如く駆け出していた。
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