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作者: 沖房 甍
捜索
「……そういう事情か、そいつぁ確かに迂闊にスタッフの人たちに話す事は出来そうもないな……」
「こうなると現状、関係者で信用できるのは先輩だけになります。咲楽さんもそう思って先輩に電話をかけようとしていたんじゃないですかね?」

 午後になり中枢のスタッフたちがまだリレーの雑務で動けない中、それに代わって部外者である立場から先行して不破と牧が咲楽の捜索にあたることとなった。じりじりとした夏の日差しで蒸しかえるような熱気が立ち上るアスファルトを歩く道すがら、不破は改めて事の詳細を牧から聞く。

「──で、あのプレハブでの猿芝居か。お前、あれ何か他に手は無かったのか?」
「あ……、あの時は咄嗟であれしか思いつかなかったんですっ!」

 牧が自身の暴挙を思い出して必死に取り繕おうとする、すっかり顔が紅潮してしまっているがそれは決してこの暑さのせいでは無い。

「そういうのは前持って言っとけ……と言いたいところだが、まぁ今回は仕方が無かったとしとこうか……」

 かく言う不破にしても先程からハンカチで顔を扇いでいるのが本当に暑さのためからなのかどうか疑わしい。

「で、詩穂ちゃんの電話の件だが、一点だけ気になるのは電話をしようとしていた相手が一緒に行動していたお前じゃなくって俺だという事だ」
「……ああ、そう言えば……」

 不破は懐から咲楽のスマホを取り出すとそれをしげしげと眺める、あれから色々操作したため充電が切れてしまったスマホはもはやウンともスンとも言わない。

「恐らく……なんだが、彼女は俺あたりでないと分からない何かを確認したかったんじゃないかな?」
「私もそう思ってました。問題はそれが何かって事なんだけど……?」
「それは俺もまだ分からない。仮に犯人……というか黒幕だな、そいつがスタッフ内の誰かだとしたら、その正体に真っ先にたどり着くのは彼女なのだからそんな件では連絡してこないだろう。ならばその人物そのものに関する事では無く……もしかしたらその先に何か重大な事実が隠されていて、その手掛かりを発見したのかも知れない」
「黒幕にとってバレちゃまずい何かって事か……だから誘拐された?」
「その可能性は、高い」

 不破の見解を聞いて牧は「ふぅ~む」と唸る。

「……そっか。……それで、先輩?」
「ん?」
「何で、詩穂ちゃんなんですか?」
「………はっ?」

 先の電話での話題を急に蒸し返されて思わず息を詰まらせる不破。

「何だ、こんな時に!?」
「いえ、別に。仲のお良ろしい事だなぁ……と思いましてねぇ~?」
「成り行きでそう呼んでるだけだ、カラむな!」

 うざったくあしらう不破であったが、同時に彼女の微妙な変化にも気づく。以前の彼女ならこうした話題には拗ねるか噛みつく様に腹を立てるか、いずれにしろ感情を露にするところなのだが、今は妙に執着を表に出さない余裕が垣間見えるのだ。むしろ対話を挑んでその反応を楽しむかの様にこちらの表情を覗き込む態度は明らかにこれまでの彼女には見られなかった許容を感じるのである。

「スミ……お前、何か変わったか?」
「そう? ……ん~、かもね」

 そう言って不破の前面に回ると牧は急に真顔を彼に向ける。

「先輩、咲楽さんは私にとってももう友達です。だから今回の件は先輩の都合とは関係無く、私も私の意志と責任で関わりますのでそう認識して下さい」

 不破は一瞬だけ何か言いたげな表情を浮かべたが、彼女の決意に満ちた眼を見てその言葉を胸のうちに収める。彼女が何を言わんとしているのかは十分察せられる、これは彼女なりの意志表明であり、自分に覚悟を示したのだと不破は解釈した。それを裏付けるかのように、毅然と踵を返した牧はそのまま不破の前を歩きながら、独り言の様にこう口にしたのだ。

「もう私は先輩の後ろをいて歩きません。………これからは肩並べて歩けるようになりたいと思いますので」
「……そうか」
「ええ、これからは私が皆守さんの代わりです!」
「………大きく出やがって」

 胸を張る牧に対してたしなめる様な台詞を返す不破だったが、その口端は無意識のうちににやり、と上がっていた。

「それで話は戻りますけど、先輩には咲楽さんの行方の目星は付いているんですか?」
「そんなもの、ある訳は無いだろ? こういう時はローラー作戦をやるんだよ!」

 やっぱり、とでも言いたげな恨めし顔で牧は空を見上げる……この炎天下の中歩きまわるんだァ……と。

「この横浜中をですか?」
「バカ言うな、具体的には判らんがある程度の範囲は推測できてるよ」
「本当ですか!?」

 牧は内心ほっと胸を撫で下ろした……いくら覚悟が出来ていようが無闇に市中をさ迷い歩く様な真似は避けたいのが本音の処だ。

「いいか? まずは黒幕が中枢スタッフの誰かだ……という大前提の話になるが、九品礼さんの連絡後さほど時間をかけずに全員が集まったと言ってたな?」
「はい」
「……と、いう事は詩穂ちゃん連れ去ってそれ程時間を置かずに戻って来れる距離に彼女はいるとは考えられないか?」
「あ……確かに。でも一旦会場のどこかに彼女を置いて、その後それぞれの持ち場に戻る際にまたどこかへ運んだって可能性は無いですか?」
「考えられなくはないな。だが、その場合それが出来るのは普段と異なる用件でこの場を後にした麻臣さんだけがそれが可能だと言える。何しろ他の人間たちはスタート地点から未だに離れられない状況だからな」
「そうか……そうなると黒幕って朝臣さん?」
「そう決めつけるのはまだ早いな。……全員が集まって、対策を検討していた時間は何分ほどあった?」
「ん~と……、スタート時刻寸前まであれこれ話し合ってたので1時間くらいでしょうか。それから九品礼さんと梶山さん、麻臣さんが出て行って30分くらい経ってから先輩が到着したんです」
「……となると、約1時間はスタッフは全員プレハブにいた訳だな。仮に拘束していたとしても、人が数多く集まっている会場のどこかに彼女を置いてそれだけの時間目を離すのは少し危険だと思わないか? 仮に彼女の意識を奪っておいたとしても、それだけ時間があったら目を覚ます可能性だってあり得るし、そうでないならなおの事、時間があれば何らかの悪あがきをするだろうから、参加者によって発見されてしまう恐れもある。俺だったら朝方の人がいない間に確保していた場所にしっかりと彼女を監禁する事を選ぶだろうよ」
「なるほど」

 不破の推理に牧も頷く、確かにそちらの方が合理的でリスクも少ない。

「ただし、俺たちの知らない第三者が共犯者として存在した場合は今の推測は全て意味を持たなくなる。あくまで相手が単独犯である事が必須条件だ」
「……え、ダメじゃん」

 ここまで積み上げた推理が丸ごとちゃぶ台返しを食らったような気分に牧が露骨な落胆を見せた。

「いやいや、そうは言ったが俺たちの知らない第三者の線はほぼ無い。そんな都合のいい共犯者がいるなら黒幕がヴェラティなんて傀儡かいらいを調達する必然性なんて無かったはずだからな……もしくは……いや──」

「……? もしくは……何です?」
「──いや、何でも無い」

 言いかけて不破はその先のセリフを引っ込める。実はその他にも複数犯行の可能性が一つあるのだったが、不破は敢えてそこには触れずに話を進める。たとえそうであってもその場合相手の選択する手段は同じであるし、少なくとも今は語るべきではないと判断したためだ。

「そして詩穂ちゃんをどこかに監禁して戻ってくる時間を考えるとそう遠くには行けないはず。ならば彼女はこの大黒埠頭のどこかにいると考えるのが妥当だ。黒幕には都合の良い事にここには倉庫やコンテナがあちこちに点在している事だしな」
埠頭ここに……?」

 そう言われて牧は周囲を見渡す。対岸のみなとみらいに比べてただただ広大で殺風景な風景が広がっている。

「そんなこと言っても、埠頭は結構広いですよ? ローラー作戦たって私たち二人じゃ手に余ります!」

 そんな牧の不満は想定済みとばかりに不敵な笑みを浮かべる不破は、自身のスマホをかざす。

「安心しろ、そう言うと思って応援はもう呼んでおいたし、手は二重三重に打っておくもんだ。幸い横浜ハマにはツテがあるからな」
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