再会
翌日、開催地は横浜に至る。さすがにスタートとゴール地点となる会場やコース等は横浜駅周辺やみなとみらいが所在する桜木町、あるいは山下公園等の使用許可が下りることは無く、ようやく許可されたのは繁華街から少し離れた大黒埠頭周辺となった。倉庫と港湾関係の会社が建ち並ぶ区画、そこを行き交うのは大型のトラック、トレーラーの類だけ。だが対岸には良く見知った横浜みなとみらいの華やかな風景が広がっていた。
早朝牧は約束の時間にプレハブに到着、咲楽はまだ来ていないらしくプレハブの扉は閉ざされていた。鍵を持っていないので仕方が無く入り口に座って咲楽の到着を待つ牧だったが、どういう訳か彼女は一向に姿を現さない。やがて日もだいぶ高くなり本来の集合時間になってやって来たのは九品礼だった。
「あれぇ? 牧さん今日も随分早いですね?」
「え? ああ、うん……」
曖昧に返事する牧。
「……咲楽さんがまだ来てなくって。私ちょっと彼女の部屋見てきます!」
「何もそんなせっかちにならなくても。ちょっと寝過ごしているのよ、中で待ちましょ」
事情を知らない(……と仮定するとして)九品礼はそう言って笑うのだが、牧としては何だか気持ちが落ち着かない。現段階では誰がヴェラティとつながっていたのかが全く掴めていない状況なので、目の前にいる九品礼にさえも疑いの目を向けざるを得ない、そんな自分に牧は後ろめたさも感じるのである。
プレハブの鍵を開けた九品礼は牧を促し、中へと入る……が、そこで二人が目にしたのはひどく荒らされた室内の惨状であった。
「……何これ?」
「!?」
状況がイマイチ理解できず混乱する九品礼に対し、牧はますます自分の不吉な予感の深まりを感じて辺りを見回す……咲楽がそこにいる様子は無い。そして予感が確信に変わったのはその荒らされ方であった、一見室内はまんべんなく荒らされている様にも見えるが、特にPC周りが念入りに荒らされている事に牧は気づいたのだ。
「泥棒かな……ちょっと梶山さん呼ぶね」
「あ、ちょっと待って!」
自分のスマホを取り出す九品礼を見て牧は制止をかける、念のためと思い牧は自分の携帯で咲楽の番号へと電話をかけた。
「えっ?」
意外なほど近くから呼び出し音が鳴って九品礼がきょろきょろと辺りを見回す、二人して音の出所を探ると事務戸棚の隙間から見覚えのあるスマホが出てきた……咲楽のだ。
「どういうこと? 何で咲楽さんのスマホが?」
「……それは……」
彼女にどう説明したらいいものか、牧は考えあぐねている。
「……分かんないけど……きっと咲楽さん、私が来るよりも早くにここに来ていたのよ。それで何かトラブルに巻き込まれたのかも……」
状況判断に予測も踏まえて牧は考えを口にした……頭の中で目まぐるしく考えながら話していい事、悪いことをその都度判断する。
幸い咲楽のスマホは認証が開きっ放しになっていた。それは彼女がスマホの操作中に何らかのトラブルに見舞われた事、そしてそれから大した時間が経過していない事を意味している。画面を見ると電話アプリが起動したままで未送信の電話発信画面が残されていた、それが不破の番号である事を認めた牧はほとんど無意識にその通話ボタンをタップする。
……無反応、相変わらず簡単に出てくれる相手ではない。
「九品礼さん、スタッフの人たちに連絡してくれる? 私は先輩に連絡してみる」
「分かった、お願いね」
各所に連絡を回す九品礼を横目に見ながら牧はあれこれと考えていた……誰を疑うべきで、誰が信用出来るのか……そもそも本当にスタッフの中に謎の人物がいるのか? 焦燥感に囚われてきりの無い思考のループに陥りそうになる。ともかく今すべき事……これから集まって来る古参のスタッフたち、彼ら全員のこの後の言動一つ一つを決して見逃してはいけない。牧は自身の肝にそう銘じるのだった。
内輪でのトラブルで今日一日のスケジュールを潰してはいけない、リレーは予定通りに開催され何事も無かったかの様に参加者はスタートを切る。その一通りの工程をこなした後にようやく中枢のメンバーはプレハブに集まることが出来た。
牧にとって意外だったのはその日、メンバーは誰一人欠ける事無くほぼ時間通りに到着した事、九品礼が連絡してからさほど間を置かず全員が三々五々やって来たのである。一人くらい予定外に遅刻してくれればその人物を警戒することも出来たのだろうが、そうした牧の目論見も残念ながら空振りに終わる。
「それで? 説明しとくれ、牧さん。詩穂ちゃんが行方知れずですって!?」
開口一番中林が牧に詰め寄る、この女性が咲楽に対して親身に接していたのはこの数日で認識していた。経理担当と聞いているが普段の言動からはそうした面を感じさせない、容姿通りの世話好きなおばちゃん、といった印象だ。
「こっちはトラブルを表沙汰にせず何食わぬ顔で参加者送り出すまでこちらは気が気ではなかったんだよ?」
「まったくです。あなたといい不破さんといい、何かとトラブルに関わる方なのですね?」
「申し訳ありません」
さも迷惑そうな麻臣に牧は頭を下げた。
「麻臣さん! 別に牧さんが悪いわけじゃないんですよ!?」
まるで彼女に責任を問うかの様な麻臣の口ぶりに九品礼が反発する。
「皆さん、落ち着いて。ここで内輪でもめていても何も解決はしません」
話が感情的になりそうな所を蹲が仲裁に入る、一見気弱そうでとても集団を取りまとめる様なタイプには見えないが、どうしてなかなか、こうした場を収める対応力はしっかり身につけているらしい。
「とにかくまずは牧さんから事情を説明してもらって、それから今後の対応を検討しましょう。その間九品礼さんと梶山さんとで現場の進行をお願いします」
「了解です」
蹲の指示で梶山がプレハブを出ていく、九品礼も一瞬心配げな表情を牧に向けた後それに続いた。
「……本当は午後になったら咲楽さんが会長夫妻を迎えに行く予定だったんですが仕方がありませんね。他に車を持ってきているのは私だけだから会長の所へは私が行きましょう」
「じゃあそっちはお願いするよ、朝臣さん」
中林に対して朝臣は「やれやれ……」と小さく呟くと再び牧に視線を戻す。
「それで? 何か心当たりは──」
「あ、ごめんなさい……ちょっと電話……」
テーブルに置いた咲楽のスマホから呼び出し音が鳴り始める。牧は呼び出し一回で通話ボタンをタップするや否や即座に怒鳴りつけた。
「先輩っ! どこで何しているんですかっ!!」
『す……っ、スミぃっ!?』
予想もしていなかった相手からスマホ越しに怒鳴られたのだから驚くのも無理はないとは思うのだが、不破の声は酷く困惑していた。
『何って、馬鹿、お前こそ何で詩穂ちゃんの携帯から……』
「詩穂……ちゃん……?」
牧の声が一段冷たく、低くなる。会話の内容でも察したのだろうか、蹲がぷっと噴き出した。
『あ、いや……、これはだな……』
慌てて弁明を始めようとする不破だったが、牧はすぐにそれを遮る。
「いや、今はそんな事どーでもいいです、ともかく大変なんです。今、私たち横浜に来てますので大至急来て下さいっ!! その咲楽さんが……誘拐されたんです!」
『何だとぉ? おい、そりゃ一体どういう事だ!?』
「説明は来てからちゃんとします、とにかく大至急大黒埠頭に来て下さいっ! いいですね、大至急ですよっ!!」
言い放って牧は一方的に通話を切る。切ってからはっと我に返り周囲に目を向けると……スタッフたちが何とも生温い目で彼女を見ていた……。
「……不破さんの到着は待つけど、とにかく先にちゃんと話だけは聞かせてもらうよ。それで良いね?」
咲楽の身を案ずる気持ちを押し殺しているかの様に、中林はぷいと背中を向けた。
不破が埠頭の会場に駆けつけたのはそれから1時間半ほど後、間もなく午後に差し掛かろうという頃、足の速い参加者が既にゴールし始めている時間になってからだった。彼の到着をプレハブで待っていたのは蹲と中林、そして牧の三人、梶山と九品礼は会場の取り仕切り、麻臣は小山田夫妻を迎えに車で出ている最中である。
「……ったく、あれこれと人を待たせる人だよ。ほら、まずはわざわざあんたを訪ねて待ってたこの娘にちゃんと謝りな」
中林に突き出される様に不破は牧の目の前に立つ。瞬間目が合って二人の間に妙な間が生まれた。
「……ぉ、おぅ」
唐突に訪れた再会にまるっきり気持ちの準備が出来ていなかった不破はただぶっきら棒に声をかけるのがやっとの事。
「……はい……」
一方の牧も、言いたい事や話したい事は山ほどあったはずなのにいざ面と向かうと言葉が出てこずにいた。
……沈黙。双方次の言葉が出てこない。
「………中林さん、私たちちょっと席外しましょうか?」
「え? 何でだい、この後対策立てなきゃいけないんだよ?」
「まぁまぁ、いいから……」
先程の電話での対応で何かを察したか、蹲が二人に気を利かせて中林を外に連れ出そうとする。そうした気持ちの余裕が無いのか中林は蹲の意図が理解出来ていない様子で渋々とプレハブを後にする。……二人残されたプレハブの中、まだ気まずい沈黙が支配していた。
「……ええっ……と……」
少々目が泳ぎ気味の不破は何とか平静を取り戻そうと頬を掻く。こういう時に限ってうまい言葉が見つからない。
「……お前、一体何しにここに……?」
うっかり問い詰める様な、誤解を招きかねない言い方になってしまった。そこは本来「何しに」ではなく「何で」と聞くべきだったろう。実際、それを聞いた牧の表情に一瞬かちんときた様な怒りの色が浮かんだのであるが、思いもよらずそれは牧の心理に冷静さを取り戻すきっかけを与える事となる。
「……話す事はいっぱいあります。でもまずは咲楽さんの身が心配です……心配ですから、落ち着いて聞いて下さい……」
そう言って、牧はがばりと不破に抱きついた。
「えっ!? ん、んなぁっ???」
更に畳みかける様な予想外の出来事に不破が大きく動揺する。
「落ち着いて! こっちまで恥ずかしくなるでしょうっ、もぉ!」
外の二人には見えない角度を取った耳元で牧が囁く。
「理由あって今は他の人たちに聞かれたくない情報がいくつもあります。先輩には予め知っておいて欲しいので、知らぬふりでこのまま聞いて下さい」
プレハブの外では中林と蹲が見ていない振りで顔を背けているのが窓から見て取れる、まだいまいち状況は呑み込めないが、ここは牧に従うのが賢明と不破は判断した不破は彼女に合わせてそっとその頭を引き寄せた。
「……分かった。教えてくれ、一体何があった?」
早朝牧は約束の時間にプレハブに到着、咲楽はまだ来ていないらしくプレハブの扉は閉ざされていた。鍵を持っていないので仕方が無く入り口に座って咲楽の到着を待つ牧だったが、どういう訳か彼女は一向に姿を現さない。やがて日もだいぶ高くなり本来の集合時間になってやって来たのは九品礼だった。
「あれぇ? 牧さん今日も随分早いですね?」
「え? ああ、うん……」
曖昧に返事する牧。
「……咲楽さんがまだ来てなくって。私ちょっと彼女の部屋見てきます!」
「何もそんなせっかちにならなくても。ちょっと寝過ごしているのよ、中で待ちましょ」
事情を知らない(……と仮定するとして)九品礼はそう言って笑うのだが、牧としては何だか気持ちが落ち着かない。現段階では誰がヴェラティとつながっていたのかが全く掴めていない状況なので、目の前にいる九品礼にさえも疑いの目を向けざるを得ない、そんな自分に牧は後ろめたさも感じるのである。
プレハブの鍵を開けた九品礼は牧を促し、中へと入る……が、そこで二人が目にしたのはひどく荒らされた室内の惨状であった。
「……何これ?」
「!?」
状況がイマイチ理解できず混乱する九品礼に対し、牧はますます自分の不吉な予感の深まりを感じて辺りを見回す……咲楽がそこにいる様子は無い。そして予感が確信に変わったのはその荒らされ方であった、一見室内はまんべんなく荒らされている様にも見えるが、特にPC周りが念入りに荒らされている事に牧は気づいたのだ。
「泥棒かな……ちょっと梶山さん呼ぶね」
「あ、ちょっと待って!」
自分のスマホを取り出す九品礼を見て牧は制止をかける、念のためと思い牧は自分の携帯で咲楽の番号へと電話をかけた。
「えっ?」
意外なほど近くから呼び出し音が鳴って九品礼がきょろきょろと辺りを見回す、二人して音の出所を探ると事務戸棚の隙間から見覚えのあるスマホが出てきた……咲楽のだ。
「どういうこと? 何で咲楽さんのスマホが?」
「……それは……」
彼女にどう説明したらいいものか、牧は考えあぐねている。
「……分かんないけど……きっと咲楽さん、私が来るよりも早くにここに来ていたのよ。それで何かトラブルに巻き込まれたのかも……」
状況判断に予測も踏まえて牧は考えを口にした……頭の中で目まぐるしく考えながら話していい事、悪いことをその都度判断する。
幸い咲楽のスマホは認証が開きっ放しになっていた。それは彼女がスマホの操作中に何らかのトラブルに見舞われた事、そしてそれから大した時間が経過していない事を意味している。画面を見ると電話アプリが起動したままで未送信の電話発信画面が残されていた、それが不破の番号である事を認めた牧はほとんど無意識にその通話ボタンをタップする。
……無反応、相変わらず簡単に出てくれる相手ではない。
「九品礼さん、スタッフの人たちに連絡してくれる? 私は先輩に連絡してみる」
「分かった、お願いね」
各所に連絡を回す九品礼を横目に見ながら牧はあれこれと考えていた……誰を疑うべきで、誰が信用出来るのか……そもそも本当にスタッフの中に謎の人物がいるのか? 焦燥感に囚われてきりの無い思考のループに陥りそうになる。ともかく今すべき事……これから集まって来る古参のスタッフたち、彼ら全員のこの後の言動一つ一つを決して見逃してはいけない。牧は自身の肝にそう銘じるのだった。
内輪でのトラブルで今日一日のスケジュールを潰してはいけない、リレーは予定通りに開催され何事も無かったかの様に参加者はスタートを切る。その一通りの工程をこなした後にようやく中枢のメンバーはプレハブに集まることが出来た。
牧にとって意外だったのはその日、メンバーは誰一人欠ける事無くほぼ時間通りに到着した事、九品礼が連絡してからさほど間を置かず全員が三々五々やって来たのである。一人くらい予定外に遅刻してくれればその人物を警戒することも出来たのだろうが、そうした牧の目論見も残念ながら空振りに終わる。
「それで? 説明しとくれ、牧さん。詩穂ちゃんが行方知れずですって!?」
開口一番中林が牧に詰め寄る、この女性が咲楽に対して親身に接していたのはこの数日で認識していた。経理担当と聞いているが普段の言動からはそうした面を感じさせない、容姿通りの世話好きなおばちゃん、といった印象だ。
「こっちはトラブルを表沙汰にせず何食わぬ顔で参加者送り出すまでこちらは気が気ではなかったんだよ?」
「まったくです。あなたといい不破さんといい、何かとトラブルに関わる方なのですね?」
「申し訳ありません」
さも迷惑そうな麻臣に牧は頭を下げた。
「麻臣さん! 別に牧さんが悪いわけじゃないんですよ!?」
まるで彼女に責任を問うかの様な麻臣の口ぶりに九品礼が反発する。
「皆さん、落ち着いて。ここで内輪でもめていても何も解決はしません」
話が感情的になりそうな所を蹲が仲裁に入る、一見気弱そうでとても集団を取りまとめる様なタイプには見えないが、どうしてなかなか、こうした場を収める対応力はしっかり身につけているらしい。
「とにかくまずは牧さんから事情を説明してもらって、それから今後の対応を検討しましょう。その間九品礼さんと梶山さんとで現場の進行をお願いします」
「了解です」
蹲の指示で梶山がプレハブを出ていく、九品礼も一瞬心配げな表情を牧に向けた後それに続いた。
「……本当は午後になったら咲楽さんが会長夫妻を迎えに行く予定だったんですが仕方がありませんね。他に車を持ってきているのは私だけだから会長の所へは私が行きましょう」
「じゃあそっちはお願いするよ、朝臣さん」
中林に対して朝臣は「やれやれ……」と小さく呟くと再び牧に視線を戻す。
「それで? 何か心当たりは──」
「あ、ごめんなさい……ちょっと電話……」
テーブルに置いた咲楽のスマホから呼び出し音が鳴り始める。牧は呼び出し一回で通話ボタンをタップするや否や即座に怒鳴りつけた。
「先輩っ! どこで何しているんですかっ!!」
『す……っ、スミぃっ!?』
予想もしていなかった相手からスマホ越しに怒鳴られたのだから驚くのも無理はないとは思うのだが、不破の声は酷く困惑していた。
『何って、馬鹿、お前こそ何で詩穂ちゃんの携帯から……』
「詩穂……ちゃん……?」
牧の声が一段冷たく、低くなる。会話の内容でも察したのだろうか、蹲がぷっと噴き出した。
『あ、いや……、これはだな……』
慌てて弁明を始めようとする不破だったが、牧はすぐにそれを遮る。
「いや、今はそんな事どーでもいいです、ともかく大変なんです。今、私たち横浜に来てますので大至急来て下さいっ!! その咲楽さんが……誘拐されたんです!」
『何だとぉ? おい、そりゃ一体どういう事だ!?』
「説明は来てからちゃんとします、とにかく大至急大黒埠頭に来て下さいっ! いいですね、大至急ですよっ!!」
言い放って牧は一方的に通話を切る。切ってからはっと我に返り周囲に目を向けると……スタッフたちが何とも生温い目で彼女を見ていた……。
「……不破さんの到着は待つけど、とにかく先にちゃんと話だけは聞かせてもらうよ。それで良いね?」
咲楽の身を案ずる気持ちを押し殺しているかの様に、中林はぷいと背中を向けた。
不破が埠頭の会場に駆けつけたのはそれから1時間半ほど後、間もなく午後に差し掛かろうという頃、足の速い参加者が既にゴールし始めている時間になってからだった。彼の到着をプレハブで待っていたのは蹲と中林、そして牧の三人、梶山と九品礼は会場の取り仕切り、麻臣は小山田夫妻を迎えに車で出ている最中である。
「……ったく、あれこれと人を待たせる人だよ。ほら、まずはわざわざあんたを訪ねて待ってたこの娘にちゃんと謝りな」
中林に突き出される様に不破は牧の目の前に立つ。瞬間目が合って二人の間に妙な間が生まれた。
「……ぉ、おぅ」
唐突に訪れた再会にまるっきり気持ちの準備が出来ていなかった不破はただぶっきら棒に声をかけるのがやっとの事。
「……はい……」
一方の牧も、言いたい事や話したい事は山ほどあったはずなのにいざ面と向かうと言葉が出てこずにいた。
……沈黙。双方次の言葉が出てこない。
「………中林さん、私たちちょっと席外しましょうか?」
「え? 何でだい、この後対策立てなきゃいけないんだよ?」
「まぁまぁ、いいから……」
先程の電話での対応で何かを察したか、蹲が二人に気を利かせて中林を外に連れ出そうとする。そうした気持ちの余裕が無いのか中林は蹲の意図が理解出来ていない様子で渋々とプレハブを後にする。……二人残されたプレハブの中、まだ気まずい沈黙が支配していた。
「……ええっ……と……」
少々目が泳ぎ気味の不破は何とか平静を取り戻そうと頬を掻く。こういう時に限ってうまい言葉が見つからない。
「……お前、一体何しにここに……?」
うっかり問い詰める様な、誤解を招きかねない言い方になってしまった。そこは本来「何しに」ではなく「何で」と聞くべきだったろう。実際、それを聞いた牧の表情に一瞬かちんときた様な怒りの色が浮かんだのであるが、思いもよらずそれは牧の心理に冷静さを取り戻すきっかけを与える事となる。
「……話す事はいっぱいあります。でもまずは咲楽さんの身が心配です……心配ですから、落ち着いて聞いて下さい……」
そう言って、牧はがばりと不破に抱きついた。
「えっ!? ん、んなぁっ???」
更に畳みかける様な予想外の出来事に不破が大きく動揺する。
「落ち着いて! こっちまで恥ずかしくなるでしょうっ、もぉ!」
外の二人には見えない角度を取った耳元で牧が囁く。
「理由あって今は他の人たちに聞かれたくない情報がいくつもあります。先輩には予め知っておいて欲しいので、知らぬふりでこのまま聞いて下さい」
プレハブの外では中林と蹲が見ていない振りで顔を背けているのが窓から見て取れる、まだいまいち状況は呑み込めないが、ここは牧に従うのが賢明と不破は判断した不破は彼女に合わせてそっとその頭を引き寄せた。
「……分かった。教えてくれ、一体何があった?」