ハッキング
咲楽は自分の鞄を引き寄せると中から小さな機材をいくつも取り出し、それを自分のPCに接続する。たちまち画面上にはいくつものウィンドウが表示され、そのアイコンをクリックすると青い画面にプログラム言語の羅列が下から上へと流れてゆく。脇で作業を見守っている牧の目からは一体彼女が何をしているのかさっぱり理解する事が出来なかったが、それが正規のPCの操作でない事だけは雰囲気から感じ取ることが出来た。
「………これって、もしかしてハッキング……!?」
「お願い……決して口外しないでね……」
尋常では無い速さでキーボードを操作する咲楽は全く手を鈍らせること無く牧に守秘を請う。
「……此間の時は不破さんがいて、他の方法を示してくれたんだけど……今は他に手が無いから……」
「……ごめんね、役に立てなくって」
咲楽の呟きが別に牧に向けられた厭味でない事は当然分かっている……が、その場に同席している牧としては何も貢献できていない事に申し訳無さを感じるばかりである。まだまだ未熟……意識や覚悟が出来ていてもこうした経験の持ち合わせが手札として無いと役に立たないんだなぁ……と悔しさが滲むのだ。
「牧さんが謝ることじゃないよ。もしかしたらこれは身内の恥になる事かも知れないから、そうした事実が本当だったとしても間違いだったとしても、それは身内であり最初に気付いた者として私がしなきゃいけない事だと思うから……」
そう言って画面を見つめる咲楽の眼差しは、どこか悲壮感が漂って見える。
「……そういう意味では不破さんがいない時に気付けて良かった……」
その表情が少し思いつめていると牧には感じられた。……まるでこれは少し前の自分みたいだ……と。それでも自分のエゴではなく仲間の名誉を考えての行動である分、彼女の方がずっと偉いなとも感じるし、なればこそ一層力になってあげたい。もしかしたら彼女は他者がそう思わずにいられなくなるタイプなのかも……だとしたら何て羨ましいのだろう。不謹慎だがこの状況下で牧はそんな事も考えてしまう。
そうこうと牧が思いを巡らせているうちに咲楽の作業は粛々と進められてゆく。途中数分間の読み込み待ちの間にゼリー飲料で一服すると、画面には見知ったSNSの画面……そしてDM画面が表示された。
「咲楽さん……これは?」
「………自称『ヴェラティ』のスマホの中……彼女のアカウント管理画面よ」
咲楽は以前不破と探し当てたヴェラティの別名義のブログから経由し、彼女のスマホ内のデータに侵入したのである。もしも咲楽がその気になればこの人物の個人情報はおろか、スマホから操作できるあらゆるなりすまし行為や乗っ取りも可能であり、恐らくはいくつかのカード情報も入手することが出来るだろう……当然の事ながらこれは明らかな犯罪行為である。
「出来れば使いたくないし、使うべき手段じゃないけどね……。でもこの後スタッフの誰に相談して良いのかを判断するためにも、とにかく今すぐその確証が欲しいから……」
どういった経緯で彼女がこのスキルを身につけたのかは知れない。だがその行使に関しては咲楽としても苦渋の判断であったに違いない。そんな咲楽の様子をじっと見守っていた牧は、しばし目を閉じて思案を巡らせた後、彼女の両肩に手を添えて囁いたのだった。
「いいよ。そしたら私も一蓮托生、共犯者になってあげる」
「牧さん……!?」
牧もまたこの場に不破がいなくて良かったと感じていた。いたら他に手段が無くても絶対自分たちを止めるに違いないし、そしたら代わりに彼が手段を問わない無茶をするかも知れない……そう思えるからだ。いや、実際には不破ならば何かしらの妙案を考えつくのかも知れないが現在のこの状況、いずれにしろ不確かな可能性にすがっている余裕は無さそうに思えたのだ。
「……ありがとう、牧さん」
咲楽は聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で礼を述べ、再び画面に向かい解析を始める。
果たしてヴェラティ側のDM記録にはこちらでは消去されていたメールが残されていた。内容的には彼女の言い分への理解と共に今後はこの人物が応対窓口となる旨が記されているのであるが、肝心の相手の名前に関してはそれらしき記述は見当たらない。
「……それ以降は別のアカウントのDMから送信しているみたいね……」
牧がそう呟く間に咲楽はその別アカウントを表示させていた。やはり牧の推測通り、ヴェラティは書き込みを中断していた空白期間にこの謎の人物と連絡を交わしていたらしい。
「どうやらこの何者かはヴェラティって人をなだめすかせる一方で私たちへの憎悪も煽って、段々と彼女を会場襲撃へと誘導しているみたいね」
ヴェラティとのやり取りの中でこの人物は時に彼女の自尊心をくすぐり、時に承認欲求を煽り立てながら言葉巧みに彼女の行動の選択肢を狭めている。しかもこの人物の巧妙な所はその決断を悉く彼女自身に委ねてあたかも彼女が自発的に判断しているかの様に導いている事だ。恐らく彼女は……ひょっとしたら今でも……こうして他者によって行動を操られていた事実に微塵も気付いていないのかも知れない。
「こりゃあ相当な知能犯ね。しかも相変わらず自分の正体につながる記述は残していない」
牧がそう語る様に、やはりそこにも具体的な相手の名前はおろか素性につながる様な事さえ一切記されていない。
その様子をただ漠然と眺めていた牧だったが唐突にあるアイデアが閃き、よく考えずにそれを相手に進言してみる。
「ねぇ、思うんだけど……今度はそこから何者かのPCかスマホに侵入は出来ないかな?」
我ながら名案などと、その瞬間は思えたのだったが、その起死回生のアイデアはすぐに咲楽によって一蹴されてしまう。
「うん、それは最初に試してみたんだけど……どうも海外のサーバーを経由しているみたいでちょっと今すぐには何とかできそうも無いのよね」
「……そ…、そうなんだ……」
所詮は素人の浅知恵。落胆した牧はがっくりと肩を落とす。
「それともう一点、ヴェラティの履歴を見て気付いたんだけど……」
ついでに気付いた事を口にした咲楽の声は些かの懸念を含んでいる。
「この正体の分からない人物とのやり取りだけじゃなく、仙台で彼女が事件を起こそうとしたあの日以降……彼女のいくつもあるアカウントや各種のメールが全部更新が止まっているのが気になるのよ」
「止まっている? それってほとぼりが冷めるまで大人しくしているとか、しばらくネット環境から距離を置いているとかではなくって?」
「その可能性も無くは無いけど……だとしてもカードや口座の利用も無いのはちょっと解せないかな……って」
……そんな事まで分かっちゃうんだ……と牧は内心ゾッとするも今は余計なこと考えている暇は無いと思考の軌道修正をかけた。
「……だとしたら、考えたくはない可能性だけど……この人今はスマホを操作できない状況にある……って事かも。例えばアクセス出来ているから故障ではなくそのスマホを紛失しているとか、何者かに取り上げられている……とか?」
「または、このヴェラティ自身が何らかのトラブルに巻き込まれている……とかね……」
さすがに「トラブルって何?」とは聞けない牧、聞いたら物騒な結論に至ってしまいそうな気がしたのだ。
「ま、まだそうと決まった訳じゃないよ。結論はもう少し情報を集めてからにしましょう?」
「……そうだね……」
牧に気を取り直すよう促された咲楽はそれに従って更なる精査に集中する。
そうして作業に没入する彼女たちの視界の端……、その様子を窺う様にプレハブの窓に映された人影がゆっくりとその場を立ち去って行ったのだが、この時二人はこれを完全に見逃していたのだった。
作業はそれから1時間程続いたが、スタッフらがやってくる頃になると余儀なく中断となる。何しろやっている事がやっている事だ、人前でなんて出来ようはずが無い。咲楽は「明日までにもうちょっと調べてみますね」と牧に告げると、明日の同じ時間にまたこのプレハブで……と約束を交わしてその場は別れることとなった。
◆
その夜、咲楽は拠点としている川崎のウィークリーマンションの一室で作業の続きに取り掛かっていた、機材が不十分だったのとその場に牧が同席していた手前、朝には敢えてしなかったより深いハッキングを試みるのである。更にはその範囲を自分たちが用いているプレハブのデスクトップにも広げてみる……、DMそのものは消去されてしまったが他にも何か痕跡が残っているのではないかという推測に基づいた判断だ。こちらの方は咲楽もパスワードを知っているので作業自体は容易なものだ。
「……とは言ったものの……そんなあからさまな証拠を残すような相手じゃないか……」
別にその相手が何者かが判っている訳ではないのだが、ヴェラティとのやり取りを見ればその人物が極めて慎重な性格であることは十分に推察できる。ならば自分が操作したPCに証拠なんか残さないだろう……半ばそう諦めかけていたのだったが──
「……あれっ?」
履歴を照らし合わせていた咲楽の手が止まる。
「……この時間……って!?」
今朝の調査で判明したヴェラティと件の謎の人物とのDMのやり取り……それから僅か10分ほどの時間差で誰かがPCでデータの更新作業を行っているのである。それが気になって更に精査してみると立ち上げ時の基本アクセスが無いことからその間にPCの電源を落としたり再起動をかけた形跡はない、であるとしたら仮に前後の操作が別人が行っているとしてもその場合、両者がその場でPCを譲り合った事になる。
「……でもいくら何でもこんな怪しい作業している現場を第三者には見られたくはない……よね?」
咲楽はそうした状況を想像して、その違和感に思わず首を傾げてしまう。
「だとしたら、この前後の操作を行ったのは……同一人物って事になる!」
もしも咲楽たちがヴェラティ側のスマホにハッキングをかけていなかったら恐らくこの前後性に気付かなかった事だろう。無論彼女がハッキングなどという非合法のスキルを持っている事は相手とて知り様は無いので、ヴェラティ側のDMから発覚する事など予測は出来なかったはずだ。
咲楽はその際に更新されたファイルを開く。……それは裏聖火リレーに用いる備品の管理記録……一瞬抱いた期待はすぐに失望の色に染まる。
「……何だ、大して関係無さそうな……ん?」
咲楽の目がその日の備品購入リストとその経費計算表に釘付けとなる。
「……あれぇ? コレ収支の計算がおかしい……? それに経費の記録の方が正しいとしても今度は量が半端じゃないし……」
メモを取りつつ差額計算などしてみるがやはり帳尻が合わない。
「……でもこれって何か関係が……?」
あらぬ所から出てきた手がかりらしきものは、だが肝心のDMの件との関係が全く結びつかないでいた。
「……これは明日朝イチで確かめてみるか……」
「………これって、もしかしてハッキング……!?」
「お願い……決して口外しないでね……」
尋常では無い速さでキーボードを操作する咲楽は全く手を鈍らせること無く牧に守秘を請う。
「……此間の時は不破さんがいて、他の方法を示してくれたんだけど……今は他に手が無いから……」
「……ごめんね、役に立てなくって」
咲楽の呟きが別に牧に向けられた厭味でない事は当然分かっている……が、その場に同席している牧としては何も貢献できていない事に申し訳無さを感じるばかりである。まだまだ未熟……意識や覚悟が出来ていてもこうした経験の持ち合わせが手札として無いと役に立たないんだなぁ……と悔しさが滲むのだ。
「牧さんが謝ることじゃないよ。もしかしたらこれは身内の恥になる事かも知れないから、そうした事実が本当だったとしても間違いだったとしても、それは身内であり最初に気付いた者として私がしなきゃいけない事だと思うから……」
そう言って画面を見つめる咲楽の眼差しは、どこか悲壮感が漂って見える。
「……そういう意味では不破さんがいない時に気付けて良かった……」
その表情が少し思いつめていると牧には感じられた。……まるでこれは少し前の自分みたいだ……と。それでも自分のエゴではなく仲間の名誉を考えての行動である分、彼女の方がずっと偉いなとも感じるし、なればこそ一層力になってあげたい。もしかしたら彼女は他者がそう思わずにいられなくなるタイプなのかも……だとしたら何て羨ましいのだろう。不謹慎だがこの状況下で牧はそんな事も考えてしまう。
そうこうと牧が思いを巡らせているうちに咲楽の作業は粛々と進められてゆく。途中数分間の読み込み待ちの間にゼリー飲料で一服すると、画面には見知ったSNSの画面……そしてDM画面が表示された。
「咲楽さん……これは?」
「………自称『ヴェラティ』のスマホの中……彼女のアカウント管理画面よ」
咲楽は以前不破と探し当てたヴェラティの別名義のブログから経由し、彼女のスマホ内のデータに侵入したのである。もしも咲楽がその気になればこの人物の個人情報はおろか、スマホから操作できるあらゆるなりすまし行為や乗っ取りも可能であり、恐らくはいくつかのカード情報も入手することが出来るだろう……当然の事ながらこれは明らかな犯罪行為である。
「出来れば使いたくないし、使うべき手段じゃないけどね……。でもこの後スタッフの誰に相談して良いのかを判断するためにも、とにかく今すぐその確証が欲しいから……」
どういった経緯で彼女がこのスキルを身につけたのかは知れない。だがその行使に関しては咲楽としても苦渋の判断であったに違いない。そんな咲楽の様子をじっと見守っていた牧は、しばし目を閉じて思案を巡らせた後、彼女の両肩に手を添えて囁いたのだった。
「いいよ。そしたら私も一蓮托生、共犯者になってあげる」
「牧さん……!?」
牧もまたこの場に不破がいなくて良かったと感じていた。いたら他に手段が無くても絶対自分たちを止めるに違いないし、そしたら代わりに彼が手段を問わない無茶をするかも知れない……そう思えるからだ。いや、実際には不破ならば何かしらの妙案を考えつくのかも知れないが現在のこの状況、いずれにしろ不確かな可能性にすがっている余裕は無さそうに思えたのだ。
「……ありがとう、牧さん」
咲楽は聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で礼を述べ、再び画面に向かい解析を始める。
果たしてヴェラティ側のDM記録にはこちらでは消去されていたメールが残されていた。内容的には彼女の言い分への理解と共に今後はこの人物が応対窓口となる旨が記されているのであるが、肝心の相手の名前に関してはそれらしき記述は見当たらない。
「……それ以降は別のアカウントのDMから送信しているみたいね……」
牧がそう呟く間に咲楽はその別アカウントを表示させていた。やはり牧の推測通り、ヴェラティは書き込みを中断していた空白期間にこの謎の人物と連絡を交わしていたらしい。
「どうやらこの何者かはヴェラティって人をなだめすかせる一方で私たちへの憎悪も煽って、段々と彼女を会場襲撃へと誘導しているみたいね」
ヴェラティとのやり取りの中でこの人物は時に彼女の自尊心をくすぐり、時に承認欲求を煽り立てながら言葉巧みに彼女の行動の選択肢を狭めている。しかもこの人物の巧妙な所はその決断を悉く彼女自身に委ねてあたかも彼女が自発的に判断しているかの様に導いている事だ。恐らく彼女は……ひょっとしたら今でも……こうして他者によって行動を操られていた事実に微塵も気付いていないのかも知れない。
「こりゃあ相当な知能犯ね。しかも相変わらず自分の正体につながる記述は残していない」
牧がそう語る様に、やはりそこにも具体的な相手の名前はおろか素性につながる様な事さえ一切記されていない。
その様子をただ漠然と眺めていた牧だったが唐突にあるアイデアが閃き、よく考えずにそれを相手に進言してみる。
「ねぇ、思うんだけど……今度はそこから何者かのPCかスマホに侵入は出来ないかな?」
我ながら名案などと、その瞬間は思えたのだったが、その起死回生のアイデアはすぐに咲楽によって一蹴されてしまう。
「うん、それは最初に試してみたんだけど……どうも海外のサーバーを経由しているみたいでちょっと今すぐには何とかできそうも無いのよね」
「……そ…、そうなんだ……」
所詮は素人の浅知恵。落胆した牧はがっくりと肩を落とす。
「それともう一点、ヴェラティの履歴を見て気付いたんだけど……」
ついでに気付いた事を口にした咲楽の声は些かの懸念を含んでいる。
「この正体の分からない人物とのやり取りだけじゃなく、仙台で彼女が事件を起こそうとしたあの日以降……彼女のいくつもあるアカウントや各種のメールが全部更新が止まっているのが気になるのよ」
「止まっている? それってほとぼりが冷めるまで大人しくしているとか、しばらくネット環境から距離を置いているとかではなくって?」
「その可能性も無くは無いけど……だとしてもカードや口座の利用も無いのはちょっと解せないかな……って」
……そんな事まで分かっちゃうんだ……と牧は内心ゾッとするも今は余計なこと考えている暇は無いと思考の軌道修正をかけた。
「……だとしたら、考えたくはない可能性だけど……この人今はスマホを操作できない状況にある……って事かも。例えばアクセス出来ているから故障ではなくそのスマホを紛失しているとか、何者かに取り上げられている……とか?」
「または、このヴェラティ自身が何らかのトラブルに巻き込まれている……とかね……」
さすがに「トラブルって何?」とは聞けない牧、聞いたら物騒な結論に至ってしまいそうな気がしたのだ。
「ま、まだそうと決まった訳じゃないよ。結論はもう少し情報を集めてからにしましょう?」
「……そうだね……」
牧に気を取り直すよう促された咲楽はそれに従って更なる精査に集中する。
そうして作業に没入する彼女たちの視界の端……、その様子を窺う様にプレハブの窓に映された人影がゆっくりとその場を立ち去って行ったのだが、この時二人はこれを完全に見逃していたのだった。
作業はそれから1時間程続いたが、スタッフらがやってくる頃になると余儀なく中断となる。何しろやっている事がやっている事だ、人前でなんて出来ようはずが無い。咲楽は「明日までにもうちょっと調べてみますね」と牧に告げると、明日の同じ時間にまたこのプレハブで……と約束を交わしてその場は別れることとなった。
◆
その夜、咲楽は拠点としている川崎のウィークリーマンションの一室で作業の続きに取り掛かっていた、機材が不十分だったのとその場に牧が同席していた手前、朝には敢えてしなかったより深いハッキングを試みるのである。更にはその範囲を自分たちが用いているプレハブのデスクトップにも広げてみる……、DMそのものは消去されてしまったが他にも何か痕跡が残っているのではないかという推測に基づいた判断だ。こちらの方は咲楽もパスワードを知っているので作業自体は容易なものだ。
「……とは言ったものの……そんなあからさまな証拠を残すような相手じゃないか……」
別にその相手が何者かが判っている訳ではないのだが、ヴェラティとのやり取りを見ればその人物が極めて慎重な性格であることは十分に推察できる。ならば自分が操作したPCに証拠なんか残さないだろう……半ばそう諦めかけていたのだったが──
「……あれっ?」
履歴を照らし合わせていた咲楽の手が止まる。
「……この時間……って!?」
今朝の調査で判明したヴェラティと件の謎の人物とのDMのやり取り……それから僅か10分ほどの時間差で誰かがPCでデータの更新作業を行っているのである。それが気になって更に精査してみると立ち上げ時の基本アクセスが無いことからその間にPCの電源を落としたり再起動をかけた形跡はない、であるとしたら仮に前後の操作が別人が行っているとしてもその場合、両者がその場でPCを譲り合った事になる。
「……でもいくら何でもこんな怪しい作業している現場を第三者には見られたくはない……よね?」
咲楽はそうした状況を想像して、その違和感に思わず首を傾げてしまう。
「だとしたら、この前後の操作を行ったのは……同一人物って事になる!」
もしも咲楽たちがヴェラティ側のスマホにハッキングをかけていなかったら恐らくこの前後性に気付かなかった事だろう。無論彼女がハッキングなどという非合法のスキルを持っている事は相手とて知り様は無いので、ヴェラティ側のDMから発覚する事など予測は出来なかったはずだ。
咲楽はその際に更新されたファイルを開く。……それは裏聖火リレーに用いる備品の管理記録……一瞬抱いた期待はすぐに失望の色に染まる。
「……何だ、大して関係無さそうな……ん?」
咲楽の目がその日の備品購入リストとその経費計算表に釘付けとなる。
「……あれぇ? コレ収支の計算がおかしい……? それに経費の記録の方が正しいとしても今度は量が半端じゃないし……」
メモを取りつつ差額計算などしてみるがやはり帳尻が合わない。
「……でもこれって何か関係が……?」
あらぬ所から出てきた手がかりらしきものは、だが肝心のDMの件との関係が全く結びつかないでいた。
「……これは明日朝イチで確かめてみるか……」