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作者: 沖房 甍
ヴェラティ
「それではこちらにお名前を記入して下さい。ハンドルネームでも構いませんよ」

───そういう個人情報搾取には断固反対します。人間には自由の権利があるんです。あなた達のそうした搾取行為が世の中の不平等を生む原因になっているのをあなた達は知るべきです。え? 書かないと参加できない? バカ扱いしないで下さい。心外です。仕方が無いから適当な事を書いて差し上げましょう。これがあたしの真の姿だとあなた達は信じていると良いのです───


「お一人ですか?組が同じでしたら一緒に走りましょうか?」

───何目的なんですか? ナンパですか? それともあなた達はきっとセミナーか新興宗教なのでしょう? だからそうやって馴れ馴れしくあたしに話しかけてくるんだわ。あなた達みたいな人にこそあたしのハッピーな真心を教えてやりたいのだわ。それを知らないからあなた達はそうやってあたしに言い寄ってくるのだわ───


「お姐ちゃん、焼きトウモロコシいかが?」

───全く金満主義の豚どもときたら、そうやって何かにつけて金をふんだくろうとするのね。きっと性根が心底卑しいからなんだわ。あーやだやだ……、世の中の人間がみんなあたしみたいにハッピーに生きることが出来れば世界から貧困なんて無くなるのに、ホント心の貧しい人間たちばかりで嫌になるわ───


「何かのコスプレですか? 頑張って下さいね」

───アスペの糞野郎はすぐにそうやって女性蔑視な視線で見るのね。リア充の人間が羨ましくって仕方が無いのね。妬みとか人を羨むのは人生お粗末にするだけよ、おあいにく様。やっぱり人間ピースに生きなきゃ損よね、うん、絶対に損!───


「ゴミは極力お持ち帰り下さい。ご協力お願いしまーす!」

───何なの? あの言い草! まるであたしが道にゴミをポイ捨てする人間みたいに決めつけて! それを拾うのがあなた達の仕事じゃないの? そうやって世の中全員あたしに背負わそうとするのね? 何もかもあたしの責任に仕立て上げようとするのね? あたしが今までどれだけ不幸な生い立ちに生きてきたかも知らないで、何て身勝手な人間たちなんだろう!! あなた達みたいな人こそがゴミ人間なのです。自分たちがゴミである事をもっと自覚するべきなのです───


「本日はスタートもゴールもこの港になりまーす。各自走り終えたら必ずここへ戻って来て下さーい!」

───そうやって上から目線で他人を支配しようとしてるのね? 一体どこの組織の回し者なの? そう言えば先月からずっとあたしを監視していたでしょ? とぼけたって無駄、全部知っているんだから。あなたたちの邪な企みは今日白日の下に晒されるのよ! 謝ったって遅いんだから、あたしは絶対許さない。一生かかっても償わせるし生まれ変わっても見つけ出して贖罪させてやるのだわ───


「すみません、トイレはどこですかねぇ……?」

───どいつもこいつも軽々しくあたしに話しかけるな! あたしはあなた達とは霊格が違うんだ。解ってる? あなた達みたいに前世が蛆虫だった様な低級な人間とは違うのよ? あたしは聖、他の奴はクソ! あのあたしがそう言っているのだからそれが世界の真実、宇宙の真理なのだわ───


 ……何度来てもこの会場の胸糞悪い馴れ合いは改善する兆しも無い……今日もまた心の中であたしは裁定を下す。まったく、ここの連中ときたら何にも分かっていない、分かっていないのだ。
 ここへ来るための旅費も、顔バレしない様に毎回毎回ウィッグを変えてくる手間だってバカにならない。こんな苦労しなきゃいけないのもみんなこの連中がバカだからだ。バカはどこまで行ってもバカだ。どれだけバカかと言えばバカがバカをバカにしている事実に気付かぬほどバカなのだ。バカなんだからやはり自分が導くしかない、導くしかないのである──
 何だ? また何か言いたげに近寄ってくる糞がいる。えっ……トーチに点火して下さい? 点火ブースに案内する?

 うるせー、知ってるよ。

 あたしが何回この馴れ合いに参加してると思っているんだ? 素人だと思うな。え? こっちじゃない? 紛らわしい案内するな! そうやってわざと人が迷っているのを観てお前らは嗤っているんだろ? どうせお前らは女性蔑視の人権差別野郎とその手先なんだろ? 知ってるぞ、お前らはアメリカ帝国主義の工作員なんだろ? だからあたしのハッピーな生活に嫉妬して難癖付けてくるんだろ? ああっ、ホントに胸糞悪い……!
 今までこっちは大きな愛で見守っててやったのに、そっちがそういう気ならこっちにだって考えがある。

 今日でお前たちには裁きが下るんだ。

 取り返しのつかない事になって泣きわめくがいいんだわ。

 お前らみたいなのが死に絶えれば世界がハッピーになるんだわ。

 あたしが世界をハッピーにするんだわ。


 ……そう、今日はそのための用意だってしてあるんだから……。


「どうぞ、こちらです。もうすぐスタートですのでお急ぎ下さい」

 梶山がその女性を案内したのは会場から少し離れた場所に設営されたイベント用テントだった。
 切妻屋根型の天幕と骨組みで構成された運動会や屋外イベントでよく見るタイプであるが、横風への対策のためか白い横幕で側面も覆い、外から中の様子を見ることは出来ないようになっている。案内してきた梶山は女性を中に促すと、すぐに外に出て行く。

 中に入ると女性はぐるりとテント内を見渡す。意外に広い空間には簡素なテーブル、そして二脚のパイプ椅子が置いてあるだけ。そして書類を挿んだクリアホルダー片手の咲楽が一人で立っていた。
 だが女性はテント内に肝心の点火用トーチが無いことに違和感を覚える……、トーチへの点火はもう何度も経験したが今日はいつもと段取りが全然違っているのだ。そう考えて改めて周囲を見回すと他の参加者の姿がそこには無い。ソーシャルディスタンスを考慮しているのだとしても、何人かはテント内や入り口に並んでいても不思議ではないはずだ。

──何か様子がおかしい……?──

 女性がそう気づいた時には既に目の前に咲楽が歩み寄っていた、咲楽は女性に対して毅然とした面持ちで問いかける。


「……あなた……、ヴェラティさん…ですよね……?」
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