第一章「【ベータ】」③
■■紫藤学園高等部 体育館裏■■
諸星海遊。
この来訪者に対する桂の第一印象は『とにかく派手なやつ』だった。
少し暗いトーンの赤髪に、耳元には刈り上げたこめかみと三連ピアス。
紫藤学園がいくらその辺り緩い学校とはいえ、見る人間が見れば、社会的通念やら何やらを引き合いに出して咎められそうな出で立ちである。
「――【魔戒】。人の内的宇宙【原景】によって規定され、【戒力】と呼ばれる精神エネルギーによって出力される異能。かつて、【烏輪の八族】たちは『魔法』と呼ばれていた技術を再解釈し、神秘を現象へと還元することで【魔戒】を生み出した」
「……君が諸星海遊くん、か」
「オウともよ。【八族】の末裔さん」
「…………」
桂はその言葉に押し黙る。
ハルガも先ほど触れていた、桂の『家柄』――【烏輪の八族】。
それはたしかに【魔戒】の成り立ちに深く関わってきた氏族たちであり、もちろん、【烏輪祭】の運営・執行についての強い発言力も有している。
だが、だからと言って明確な根拠もなく、ここまで露骨に妬み嫉みを向けられるというのは、当然、桂にとってあまりいい気のすることではなかった。
「あのね、『この学校の設立者』とか他の家はたしかにそれなりの力を持ってるかもしれないけど、『雨月』はどこにでもいるような、ただの中流家庭だから。君にしろ、ハルガ嬢にしろ、あんまり勝手なことを言わないでほしいな」
「なはっ、そうムキになりなさんな。後輩の軽口程度で」
「ムキになってない」
「どうかな。我が家の弟と妹たちもよく同じセリフを言うよ。涙流しながら『泣いてない』ってな」
海遊は言いながら「なはははっ」と愉快そうに笑っている。
「ま、でもこんくらいの粗相は許してくれよ。だってサ、こっちゃあ、栄誉ある大会の切符を急に取り上げられちまってよ――」
それから、切れ長の双眸で、桂を真っ直ぐに見つめた。
「――期待してくれてた家族にも顔向けができねえってコトになってんだ」
「…………」
「なはっ、だから、いちいちそんな反応をすんなって。沢渡のお嬢も言ってたろうが。勝ちゃあいいんだ、勝ちゃあ。……オレァよ、他人の力に負ぶさって偉ぶってるやつは大嫌いだが、勝負から逃げねえやつは嫌いじゃねえ」
「……何それ。今はおれを恨む気はないとでも言いたいの?」
「どうだかな。ケドまあ、ここにちゃんと来たって時点でアンタとオレはもう対等ってこった。とにかくやりあおうぜ。『オレよりすげえやつがいんだ』って言い切れんなら、それはそれでオレも兄弟たちに顔が立つってモンよ」
「……海遊……ちゃん」
「面白れェ……オレを『ちゃん』付けで呼んだのはアンタが初めてだぜ――」
そして。
空気が――変わる。
「【星戒・曼荼羅隕石】」
海遊がそう告げると、地面から突如として人間大の岩石群が現れ、衛星のように彼の周囲を回り出した。
「なっ……それは――」
「ああ、アンタも知ってるだろ。【星戒】――あの『鳩島九郎』と同じ【原景】だ」
桂の反応を見て、彼は満足げに口の端を吊り上げる。
「【魔戒】の性質や強さは【魔戒師】自身の『精神性』や『心理的強度』に依存する。そう、オレは去年の【烏輪祭】を見て――『鳩島九郎』という存在を目にして――心の中身をまるっと変えられちまうほどの衝撃を受けた。それこそ、同じ【魔戒】に目覚めちまうほどに」
桂は構えた。
あの【魔戒】の強力さは痛いほどに知っている。
ハルガが相棒として推挙する人間というだけあって、とても油断できる相手ではない。
「――あ?」
しかし。
桂がそのように判断した、その時だった――
「痛てェ……なんだ、こ……れ……?」
今にもその【魔戒】の威力を、桂に向けて発揮しようとしていた諸星海遊が。
首筋を押さえて、突然、その場に倒れ込んだ。
「え……海遊くん……?」
糸が切れた人形のように、膝から力なく崩れ落ちた海遊は、しかし、再び起き上がってくることはなかった。
なかった、が――
その体が周囲を舞う岩石と同じように浮き上がった時、桂は一体何が起こったのかをようやく把握した。
「ああ、なるほど、そうか……」
そして、桂は静かに憤る。
隠しきれない怒りを眼光にたたえて、彼は海遊と技量を競わせるはずだったその【魔戒】を発動する。
「【嘯戒・曼荼羅引斥】」
すると、桂の周りを岩石よりもずっと小さな砂塵が舞った。
それは、かつて、彼のライバル――海遊と同じ【魔戒】を扱う男子生徒と対峙した時にも使った技だった。
「こんな時にも手出ししてくるんだな、『お前ら』は――」
▼▼第一章「【ベータ】」④へ続く――