残酷な描写あり
R-15
第30話「『空白』に塗りつぶされた戦禍」
■■【五大貴族】について語るヘルド・フェレライ■■
ワシらの今後の方針について議論するうえで、まずは【五大貴族】について確認しておくかの。
ターナカは……あまり傾聴するのが得意ではないと思うが、まあ、あらましだけでも把握してくれればよい。
……とは云ったものの早速どこを見ておる。
そのカップが気になるか? それはゼーレン領から取り寄せたものじゃ。あのあたりに腕のいい陶器職人がおっての。
作りは質素じゃが、実用性の美がある。ワシは必要以上に華美な工芸品を好まんでな。
それのよさが分かるとはおぬしもなかなかいい眼を持っておる。
手と目に馴染むものがあれば、帰りにいくつか見繕っていくがよい。
――さて。
【五大貴族】の歴史についてじゃが――それは今より六〇〇年前、初代【魔王】が現れた時代まで遡る。
当時、異世界より召喚された【勇者】は、女神より与えられた数々の恩恵によって【魔王】を討ち果たしたが、いよいよその絶大な魔力と生命力の全てを奪い切ることは叶わなかった。
故に復活を恐れた王は【勇者】の箴言を受け、初代【魔王】の遺体を分割し、王都近郊より離れた土地で管理することを決めた。
その際、遺体の管理を任された五つの有力諸侯たちが現在の【五大貴族】と呼ばれる者たちじゃ。
【魔王】の遺体はそれより二〇〇年後、王都と彼らの土地を異界化させ――【ダンジョン】を生み出すことになる。
そして、それこそが彼らの発展の契機となった。
倒せど倒せど、絶えず異形たちが湧き立ち、外の世界へと恐怖を放ち続ける魔物たちの巣窟。
その畏怖の象徴は年月を経て、兵たちをより強く鍛え、無限の資材を獲得することのできる産業資源となった。
北東部の農耕地域を管理し、攻略者の登竜門と呼ばれるダンジョンである【歌い人の虚空】を所有するアルトゥール家。
西部の【王の道】にて発展する各商業地を管理し、最も多種類の魔物が生息するダンジョンである【笑い人の赤沼】を所有するゲオルク家。
最北部の雪原・炭鉱地帯を管理し、最も魔物の総生息数が多いダンジョンである【痩せ人の石牢】を所有するゼーレン家。
南部の港町と練兵施設を管理し、個体として強力な種と称される魔物が闊歩するダンジョンである【猛り人の堅城】を所有するマルティン家。
本土の流通網から切り離され、独自の発展を遂げたフテルシア島を管理し、最難関と名高いダンジョン【下り人の頂】を所有するフリードリヒ家。
彼らは王都より授かったいくばくかの土地の所有権と各王都直轄地の運営権限を用いて、それぞれに地位を築き上げてきた。
彼らのそばには資源と仕事を求めて多くの民が集まり、【ダンジョン】に隣接するその領土は産業の中心地へと変わっていった。
じゃから、そうして大きな力を得た彼らが、資本力に応じた更なる権利を求めて王都に反発することも当然の話の流れであった。
経済発展の妨げとなる税の軽減と撤廃。
かつて承認されていなかった私兵の組織権と運営権。
より深い国営への干渉するための政治的権限。
それこそが【愚者の白暦】で起こった以降二〇〇年近くに亘る内乱の戦果じゃった。
かねてより、【愚者の白暦】はこの国内部の諍いの歴史だろうと予想されておった。
ヒース第三王子主導のもと、ワシが顧問を務め、ターナカやクルオスにも協力を仰いだこの空白期間についての調査活動は、史実編纂を大義名分とした【五大貴族】の現状調査じゃ。
坑道でありながら、内部に数十名が収まる空間が存在するような、明らかに採掘業では不要の設備を備えた洞窟。
雪の降りしきる厳しい環境下にありながら、人が潜伏できる何らかの生活圏が点在する林道。
そこには人と人とが争いあった歴史の足跡が残っていた。
ワシらは現在になって来歴不明の人間が集っているというそういった場所場所へと直接赴き、フィールドワークの実績としながら、その裏で政治犯や山賊たちに息をかけた何者かの存在がないか日々確かめておった。
調査の結果は――まあほぼクロじゃろうな。
それは彼らの持つ武器の生産地の統一性と【レベル】から導かれた結論じゃ。
イディアニウム人の場合、レベルアップに『成長条件』が課されることは知っておるじゃろう。
その中に【一つ目鬼の討伐】というものがある。
これは――人間によってタイミングはランダムじゃが、【レベル42】までの間に必ず発生することが分かっている。
このサイクロプスは【歌い人の虚空】の上層か【下り人の頂き】の低層に生息する魔物でな。怠け者なのか、ダンジョン外に出ることがない。
本来、【ダンジョン】は各貴族によって管理されており、王都への申請なく立ち入ることは許されておらん。
しかし、ターナカとクルオスが倒した者たちの中には【レベル42】を超える人間が数名確認された。
つまり、じゃ。
彼奴らは、奪う以外の方法で大口の武具を調達する伝手を持ち、貴族の目通りなしに立ち入ることのできない場所へと立ち入った。
これが意味することなど、そう多くはないじゃろう。
じゃから、ワシは『ほぼクロ』だと結論付けた。
『ほぼ』というのは――真偽の確度は現段階でそこまで必要なものではないという意味じゃ。
ワシらが導いた結論は、少なくとも反乱があることを予期して、それを前提とした立ち回りを選択する根拠にはなりうる。
それが本当だったかどうかは、次の段階で明らかにされていくことじゃろう。
あるいは『なぜこの事実は歴史から削除されたのか』というもう一つの謎も、もしかすると解き明かされていくのかもしれん。
……ん?
どうした、シア。なんぞ気になることでもあったか。
…………。
ふむ。
『なぜ今なのか』か。
……これもある意味では推測の域を出ないことなのじゃが。
現在では各諸侯が私兵を持つことが許されているが、そこに制限があることは知っておるな?
ワシの娘なら知っていて当然――徴兵制じゃ。
各地の騎士や兵たちはその総数に応じて、累進方式で王都への徴兵数が決められ、生まれ育った土地を出なければならん。
最も志願兵の多いマルティン領などはその半数近くが王都および直轄領へと召し上げられるが、これは各諸侯が自衛以上の戦力――つまりは王都以上の戦力を持たぬようにするための措置じゃ。
そんな環境があるからして、戦力的な問題によって【五大貴族】たちは――仮に王都への反意を抱いたとしても――これまで泣き寝入りをするほかなかった。
……ただ、今この時期は別なんじゃ。
二〇〇年に一度。
王都が管理しきれない『余剰戦力』がこの国には生まれるじゃろ。
……得心がいったようじゃな。
そう。
――【勇者】じゃよ。
彼らは規格外の能力を持ち、その膂力は騎士数百名で構成された一軍すら容易く凌駕する。
それを囲い込み、戦力として適切に運用すれば、【王の壁】を切り崩す攻城砲となりうる。
二〇〇年前、毅卒王と呼ばれたアダ・プロトスは【勇者】に頼らず、自力で【魔王】を討伐したと云われておるが、察するに、その時にもなんらかの波乱があったのやもしれんな。
毅卒王の時代の【勇者】たちは『複数名の召喚が確認された』ということが分かっておるが、しかし、肝心の『どのように活躍したか』……あるいは『どのように活動を終えたか』、それがどの文献にも残っておらん。
ともすれば、彼らが歴史に残るような活動を行うより前に『強硬手段』が打たれたのやもしれぬ。
……あまり今代の【勇者】たちがいる場所でする話ではないかもじゃな。
さて、喫緊の問題に話を戻すが、現在【五大貴族】による【勇者】の懐柔が既に現実のものとなりつつある。
今日の主旨はその対応策についての議論ということになるが、【勇者】関係の前提情報はクルオスに話をしてもらうのがよかろう。
ワシから事前に話す内容としては以上じゃ。
――さて。
ターナカよ、さっきからあの壁掛けが気になっておるようじゃな。
一応訊くがワシの話はどこまで…………いや、やっぱいいや。シアがあとでいい感じに補足してくれると信じよう。
ちなみにあれは北のアルトゥール領から仕入れたものなんじゃが、あのあたりには腕のいい反物職人がおって――。
▲▲~了~▲▲