▼詳細検索を開く
作者: 特攻君
残酷な描写あり R-15
第2話 召喚されし者たち1
 餓死で死のうと考えた男性が寝ていると、近くから声がする。とはいえ、深い眠りに入っているために気付くことはない。
 それでも徐々に眠りが浅くなり、周囲の声を聞き取り始めた。

「おっさん。起きろ、起きろよ!」
「うーん」
「きゃは! マジ寝てんだけど? ウケるぅ」
「寝てる場合じゃないのですが、どうしましょうかね?」

 男性は横っ腹に痛みが走り、頭をたたかれたような痛みも感じた。
 そこまでされたら、さすがに目が覚めるというものだ。

「おっ! おっさん、起きたか?」
「さっさと起きてくれるぅ」
「申し訳ないですが起きてもらえますかね?」
「う、ん?」

 男性は目を擦りながら、周囲を見回した。すると近くには、二人の男性と一人の女性が立っている。
 その三人は若者だった。
 一人はホストのような男性で、もう一人は知的な大学生のような男性。女性は今どきのギャルである。

「なっなんだ! なんだ君たちは!」
「なんだ、じゃねえよ! とりあえず起きろ」
「きゃは! 放っておけばいいじゃん!」
「ですが四人で来たわけですしね」

 状況に混乱した男性は、ホストのような男性に言われたとおり起き上がる。しかしながら、どう見ても自分の部屋ではない。
 豪華な造りのうえ、高級そうなテーブルとソファーが置かれている。
 男性は人間が嫌いで苦手だが、会話ぐらいは可能だ。状況を確認するためにも、まずは疑問を呈する。

「この部屋は何だ? 俺は自室で寝てたはずだが……」
「いいか、よく聞けよ? 今いる世界は日本じゃねえ!」
「は?」

 男性の問いかけに、ホストのような男性が答えた。なんとも突拍子もないことを言っているので、男性は怪訝けげんな表情に変わる。
 それにしても、ホストのような男性がふざけているようには見えない。知的な男性も真面目な顔をしている。
 唯一ギャルだけは、ニヤニヤと笑っていた。

「信じられねえだろうなあ。俺も信じられねぇ」
「きゃは! でもさあ。信じないと駄目なわけ」
「異世界ってやつだね。まさか本当にこんなことが起こるとは……」
「い、異世界?」

 知的な男性が異世界と言った。
 そういった創作物は知っているが、はっきり言って想像の域だ。いくら男性がゲーム好きでも、その程度の分別はあった。
 それでも三人がうそを言っているようには見えない。ギャルは置いておいても、二人の男性は真面目な顔を崩していない。

「どういうことだ?」
「おっさんは落ち着いてんな」
「まぁ年の功ってやつか」
「そりゃ結構。お偉いさんが俺らを召喚したって話だぜ」
「信じるのか?」
「信じられねぇが信じるしかねぇな。外を見な!」

 ホストのような男性に促されたので、立ち上がり窓から外を見る。地面は暗くてよく見えないが、薄っすらと大きな庭が見えた。
 それから視線を、空に移すのだった。

「月が……。七つだ、と?」
「作りもんじゃねぇぜ。後で担当者が来るってよ」
「担当者?」

 男性は唖然あぜんとしてしまう。餓死して死のうかと部屋で寝ただけだ。
 それが起きたら、異世界に転移していた。
 何の笑い話だろうか。ライトノベル作品やゲームではお約束のシチュエーションである。とはいえ、現実で起こるとは思ってもいなかった。

「自己紹介が遅れたな。俺はシュンだ。二十五歳だぜ」

 シュンと名乗る男性は、現役のホストらしい。
 召喚されたときは仕事中だったらしく、黒いスーツを着ていた。長めの金髪で、典型的なホストに見える。

「あたしはアーシャね。十七歳よ」

 アーシャと名乗る女性は、クラブへ通っていた露出の激しい女性である。
 踊っていたときに召喚されたらしい。ヘソまで出して、今にもパンツが見えそうなミニスカートを履いていた。

「僕はノックス。二十歳」

 ノックスと名乗る男性は、現役の大学生である。
 スマートフォンゲームで遊んでいたときに、こちらの世界に召喚されたという話だった。おしゃれなシャツとジーパンを履いて、上着を腰へ巻いている。

「あれ? 君たちは日本人じゃ……」

 そして、男性は部屋着である。
 少し汚れたシャツに短パンだけの簡単な服装だった。この格好で自宅から出たら恥ずかしい思いをするだろう。
 家の近くにあるゴミ捨て場へ行くなら問題はないが、コンビニエンスストアすら行きづらい格好だ。
 三人と比べると恥ずかしい。

「みんなは名前を覚えてねぇんだ。おっさんは覚えてるか?」
「え? 俺の名前……。名前? 俺の名前は……。なんだっけ?」
「分かったようだな」
「君たちの名前は?」
「俺らを召喚した奴がカードをくれてな。それに書いてある名前だ」
「カード?」
「ほれ。ポケットに入ってんだろ?」

 なぜかは分からないが、確かに名前を思い出せない。
 シュンから言われたとおりポケットに手を入れると、確かにあった。ならばとカードを取り出してマジマジと見ると、名前らしき文言が書かれている。

「えっと……。フォルトと書いてある」
「フォルトか。歳はいくつだ?」
「四十七歳だ」
「マジおっさんじゃん! その格好はどうかと思うよ?」
「寝てる間に召喚されたんでしょ」
「そうだけどさあ。でもキモッ!」
「名前は思い出せないのに、歳を覚えてるのって変だよね」

(若いギャルにキモいとか言われるとへこむな。ギャルは死語か? でもノックスが言ったように、年齢は覚えてる。思い出せないのは名前だけか)

 気落ちしたフォルトは、窓際から近くにあるソファーに向かう。
 どうも立っていると疲れるので、一言発して座った。

「どっこいしょっと」

 運動量が極端に不足しているためだ。
 ソファーはフワフワで、尻が大きく沈んだ。背もたれに寄りかかると、気持ち良さのために息を吐いてしまう。

「ふぅ」
「おっさん臭いっつーの! でもおっさんだったね。きゃは!」

 アーシャがフォルトを馬鹿にしてくる。
 顔は笑っているが、目がゲテモノを見るようだ。そんな目で見られる筋合いは無いのだが、すでに諦めていた。
 現状で口論しても仕方ない。四十代後半のおっさんが、若者と口喧嘩けんかしても勝てる見込みは皆無である。

「ところで君たちは、誰かに会ったのか?」
「聖女って女にな。そいつの近くにいた兵士に取り囲まれてよ」
「聖女? 兵士?」
「逃げようと思ったがよ。どうしようもねぇぜ」
「言われたとおりにするしかないしぃ」
「取り囲まれて武器を向けられれば、ね」
「おっさんは寝ながら運ばれてきてさ。超ウケる!」
「そっそうか。済まなかったな」

 話を聞くかぎり、その聖女という女性が日本から召喚したらしい。兵士に守られているのなら重要人物だろう。
 三人が不用意な行動に走らなくて良かった。もしも何かしていたら、フォルトは寝ている間に殺されていたかもしれない。

(ん? それでも良かった気もするな。寝てたなら痛みも無く死ねる。どうせ死のうとしてたんだし……。でももう遅いか)

「とりあえずよ。日本には帰れねぇって言ってたぜ」
「マジ最悪。どうすんのよ? 訴えてやるわ!」
「訴えるって言っても、ここは日本じゃないしね」
「そうだったあ。もぉおっさん! どうにかしてよ!」
「どうにかって……。帰れない?」

 アーシャが突っかかってくるが、今は無視しておく。
 それよりも、シュンの話は聞き捨てならない。詳しい内容を聞くと、どうやら一方通行の召喚らしい。
 フォルトは愕然がくぜんとしてしまった。

「俺ら以外にもよ。何人か召喚されてるらしいぜ」
「シュン君は色々と知ってるな」
「君はやめろ。呼び捨てでいい」
「そうか」

 おっさんが若者に君付けすると嫌われることが多い。
 例に漏れず、シュンにも嫌われた感じがした。これには溜息ためいきを吐きたくなった。しかしながら、そんなことを気にしている場合ではなかった。

「言われたとおりにしながら質問攻めしたんだよ」
「あの状況でマジ凄いんだけど!」
「聖女が好みだったからな。第一印象は重要だぜ?」
「さすがはホストだわ。あたしなんて震えちゃったよ」
「僕もだよ。いきなりで混乱した」

 シュンはホストらしい話術で、聖女から情報を聞き出していた。
 大人しく紳士的に振る舞ったおかげで、優しく教えてくれたようだ。様々なことを質問したらしいが、やはり異世界という結論だった。
 今いる場所は、エウィ王国という国である。
 魔物討伐のために、フォルトたちを召喚したらしい。

「魔物?」
「いるんだってよ」
「ゲームみたいだ」
「そいつらを倒すらしいぜ」
「あたしたちに倒せるわけがないじゃん!」
「僕らは普通の日本人だよ? 魔物なんて無理だよ」

 ノックスの言ったとおりだ。
 フォルトも魔物どころか動物すら殺したことがない。肉は好物だが、加工した食品を食べているだけだ。
 狩りをして捕まえることは不可能である。

「そうでもないらしいぜ」
「え?」
「俺らより前に召喚された奴らがよ。魔物を退治してるぜ」
「どうやって?」
「冒険者をやってるんだとよ」
「へぇ」

 冒険者。
 異世界ものの創作物では定番で、フォルトも知っている職業だ。とはいえ、自分がやれるとは思っていない。
 氷河期世代の引き籠りに、肉体労働など無理な話である。

「仕事の依頼で魔物を倒してるって聞いたぜ」
「マジ? 凄いじゃん!」
「でもよ。そいつらはハズレらしい」
「ハズレってなんなの?」
「聖女が言うには勇者候補が当たり。それ以外はハズレ」
「マジ最悪じゃん! ハズレなら放り出されるってこと?」
「ハズレの基準って何だろうね」
「後で説明してくれるらしいぜ」

 ここまで会話したところで、部屋の扉がノックされた。
 続けて二人の男女が入室してくる。女性はシスターのような格好で、とても清楚せいそな印象だ。屈強そうな男性は、重そうなよろいを着ている。
 フォルトは立ち上がって、二人に席を譲った。すると女性のほうは、一礼してからソファーに座った。
 そして、対面の席に座るよう促してきたのだった。
Copyright©2021-特攻君
Twitter