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作者: 特攻君
残酷な描写あり R-15
第63話 宮廷会議と亜人の宴3
 フォルトの目前に広がるのは、大量の肉塊。
 ビッグホーンの解体も進んで、その成果が積み上がっている。部位ごとに分けて切り出しており、魔法で凍らせるのに多大な苦労をした。
 もちろんその作業を行ったのは、デモンズリッチの皆様である。

「これだけ見てると気持ち悪いわねえ」
「まぁ肉の塊だしな」

 ルリシオンの言葉に、フォルトは相槌あいづちを打つ。
 肉自体は無造作に切り出しており、大きさに統一性はない。凍っているのでマシだが、地面には大量の血だまりが広がっていた。
 またそれとは別に香ばしい匂いが立ち込めて、ジュウジュウと焼ける音がする。日本にいた頃であれば、フラフラと引き寄せられてしまうだろう。

「でもルリちゃん、この肉は美味よ」
「マリの肉はハラミだな。内臓だぞ」

 現在は、焼肉パーティーが開催されていた。
 気持ちの悪くなりそうな肉塊はあるが、視界に入れなければ良いのだ。背中に目が付いていないことに感謝である。
 ともあれフォルトたちは、調理器具など持ってきていない。
 それでも代用品として、ビッグホーンの分厚い外皮を使っている。半端な火力では燃え尽きず、それでいて熱を通す優れものだった
 〈爆炎の薔薇ばら姫〉ルリシオンがいるので、火力の調整はお手のものだ。

「ぶっ! 早く言いなさいよ!」
「フォルト様、サーロインが焼けましたわ」

 次にレイナスが、ステーキのように焼いた肉を持ってくる。
 厚みがあり、焼き加減もフォルト好みだった。むとジューシーな肉汁が口いっぱいに広がって、ほほがとろけてしまいそうだ。
 こちらの世界では、残念ながら調味料が少ない。にもかかわらず肉だけで味を楽しめるほど、ビッグホーンの旨い。
 わざわざ倒した甲斐かいがあったというものだ。

「もぐもぐ。やはりミディアムに限る!」
「ロースも最高ですよぉ」
「あたしは断然、ササバラよ!」
「ササバラって何だっけ?」
「外バラね。要はカルビ、上カルビ!」
「くれ!」
「はいはい。あーん」

 アーシャが焼いたカルビは、まさに絶品だった。
 味わって飲み込んだ後は、遠巻きに囲んでいる亜人たちに目を向ける。ゴブリンやオーク、それにオーガたちだ。
 今回の功労賞として、肉を渡してある。
 さすがに焼いたりしておらず、肉の塊を引きちぎって食べていた。知能の低い亜人の文化レベルなど、そんなものだろう。
 当然のように面倒臭いので、わざわざ焼いてあげたりはしない。

「有名どころの部位は、俺たちで確保だな」
「要らないのはあげちゃいますかぁ?」
「そうだな。しんたまとか、すねとかは好みがなあ」
「内臓もタンやハラミぐらいでいいですかぁ?」
「あ……。レバーとミノ、ハツも頼む」
「はあい!」

 カーミラには、確保する部位を伝えた。
 アーシャが描いた部位の絵があるので、簡単に仕分けができていた。積み上がった肉塊は、各部位ごとに別れているのだ。
 とりあえず、これだけあれば半年は持つかもしれない。
 そう思っていると、何体かのゴブリンとオークが近づいてきた。彼らの対応はレイナスに任せてあるので、用事を聞いてもらう。

「フォルト様、各種族の代表がお礼を述べにきましたわ」
「面倒だからいいよ。腹一杯食べてと伝えてくれ」

(肉が無くなりそうになったら、また作業してもらうしな。その都度、礼を言われても困る。次からはデモンズリッチに任せて、俺は森から出ないぞ!)

 亜人たちは強者に従う。
 レイナスだけでは無理だが、フォルトの力はかけ離れている。魔の森ではカーミラも力を見せつけており、恐怖の対象になっていた。
 それでも何かをやらせるときは、対価として食料を与えている。
 あめむちになるが、だからこそ感謝もされていた。

「主よ。戻ったのじゃ」

 焼肉で腹を満たしていると、フォルトの影からニャンシーが姿を現した。
 伝令役として、とある人物を連れてきてもらったのだ。

「ほら、ハツだ」
「むぐっ! んー!」

 頑張っているニャンシーの口に、フォルトは肉を放り込んだ。
 いきなりでビックリしているが、徐々に頬をとろけさせていった。彼女の幸せそうな顔は、何ともほっこりしてしまう。

「コリコリしているだろ?」
「はっ歯ごたえが……。ではないのじゃ! もうすぐ到着じゃな」
「そうか。まぁ向こうからは見えているだろ」
「これだけの肉の山じゃからのう」

 ニャンシーに連れてきてもらった人物は、グリムとソフィアだ。
 解体作業が終わって撤収するので、ビッグホーンの素材を引き取ってもらう。肉だけは渡せないが、角・骨・外皮などは高値で取引される。
 フォルトの視線の先には、二人が遠くから歩いてくるのが見える。しかしながら、声が掛かるまでは放っておく。
 大罪の一つ暴食の関係で、まだまだ食べ足りないのだ。

「はぁ……。満腹よ!」
「私も十分に堪能させていただきましたわ」

 二人の身内レイナスとアーシャは、早々に脱落した。
 人間は、魔人フォルトや悪魔カーミラような胃袋は持っていない。

「ルリちゃん、これ以上食べたら太るわ」
「そうねえ。でも、もう一切れだけ……。あむっ!」

 魔族のマリアンデールとルリシオンも脱落だ。
 人間よりは食べられるが、そこまでの差は無い。姉妹は魔力の消費量が多かったので、単純に腹が減っていただけである。

「来たか」

 そしてフォルトたちが休憩に入ったところで、グリムとソフィアが到着した。護衛の兵士を連れてきたようだが、こちらには近づいてこない。
 どうやら、気を利かせてくれたようだ。

「うっぷ。やぁソフィアさん」
「………………」
「どうかしましたか?」
「いえ……」

 ソフィアの視線を追いかけると、背後に積まれている肉塊に向かっていた。
 やはり気になるのか、嫌なものを見たような表情だ。凍らせてあるのでグロさは緩和されているが、それでも気持ち悪いだろう。

「肉の山が気になりますか?」
「はっはい!」
「次は布でも用意するべきじゃな」
「提供してもらえればね」

 グリムの言ったとおりだろう。とはいえ残念ながら、肉の山を隠すほどの大量の布は持ち合わせていない。
 このように言っておけば、次回までに用意してもらえるか。

「オーガが従うとは思いませんでした」

 実際に確認するまでは、ソフィアも半信半疑だっただろう。
 この場所に連れてくるまでは良いとしても、まさか解体作業まで行うとは思っていなかったようだ。
 魔物や亜人に対する感覚が、フォルトと違うのだろう。

「人間を襲って食べると言っても、ただ肉食なだけですよ」
「左様ですか?」
「左様ですとも」

 人間の肉だけを狙って食べる魔物は存在しない。
 獲物としての肉に、人間が分類されているだけだ。今は満腹状態なので、ソフィアを見ても気に留めていなかった。
 中には食べ過ぎて、地面に寝転んでいるオーガもいる。
 それを一瞥いちべつしたグリムが、フォルトに話しかけた。

「闘技場の件じゃが、城塞都市ソフィアの北に造ることとなった」
「近くていいなあ」
「お主なら、森の前に造れと言い出しそうじゃがな」
「さすがにそれは……。大勢の人間が訪れるので嫌ですよ」

 闘技場を双竜山の森の前に造られても困る。
 グリムの冗談だと分かっているが、フォルトは嫌だと分かる表情を浮かべた。顔に出るのは相変わらずだ。

「礼を言っておこうかのう」
「家賃ですよ」
「ほっほっ。肉が消費される頃には、また素材が出るかの?」
「そうですね。あっ! 良かったら一切れ食べてみます?」
「うむ。ソフィアもどうじゃな?」
「えぇ。いただきます」

 思惑通りに進んでホクホク顔のフォルトは、二人分の肉を用意させた。
 グリムは年寄りなので、脂身の少ないロースである。若者のソフィアには、上カルビを渡す。二人とも、ビッグホーンの肉など食べたことはないだろう。
 恐る恐るではあるが、覚悟を決めたように口に含んで噛み始めた。

「むっ! 旨いの」
「本当に美味ですね」
「でも、味は内緒ですよ? 乱獲されても困ります」
「乱獲などできんよ。じゃが、少しばかり欲しいのう」
「大量にありますからね。お土産でどうぞ」
「いただきます!」
「おおっ?」

 どうやら上カルビが、ソフィアの琴線に触れたらしい。
 味は濃厚で、脂の甘みと香りが楽しめる。おっさんなら胸やけを起こすが、若者ならちょうど良いだろう。

「食べ過ぎると太るので、お気を付けて」
「はいっ!」

 ソフィアが浮かべる満面の笑顔がまぶしい。石化三兄弟の名称で笑ったように、普段からは想像もできない表情を見せる。
 これにはムラムラしてしまうが、隣に祖父のグリムがいるので自重しておく。いなくても自重しないと拙い女性だが……。
 そして、今後の予定を伝えた。

「俺たちは撤収する予定です」
「往復となると、数日は必要じゃな」
「ですね。オーガたちに運ばせますが、その間は……」
「近づけば襲われる、ということじゃな?」
「襲わないように言ってありますが、知能が低いのでね」
「了解じゃ。わざわざ危険の中に入る必要は無いの」
「素材は置いていきます。後で勝手に拾ってください」
「うむ。じゃが、これだけの大きさじゃと……」

 一緒に来たのは、護衛の兵士である。
 素材を運ぶほどの人数は連れてきていない。実際に運ぶとなると、もっと大掛かりになるだろう。
 グリムが素材について試算していると、首を傾げたソフィアが疑問を呈した。

「フォルト様、あれは何ですか?」
「踊っていますね」

 ソフィアが指した場所では、亜人たちが踊っていた。まるで豊饒祭ほうじょうさいのように、肉の山を囲んで様々な動きをしている。
 要らない肉を分配するのが、全員に伝わったのだろう。表情は邪悪そのものだが、おそらくは喜んでいると思われた。

「ギャッギャ! 肉イッパイ」
「ゴブリン食ワズ、済ム」
「ギャ! オーガ怖イ」
「メス欲ホシイ」
「襲ウ、殺サレル」
「肉モラウ、満足スル!」

 この場には女性陣が多いので、オークが繁殖したいようだ。
 そうは言っても、さすがに手を出してこない。確実に殺されると理解しているだけに、繁殖どころではないと結論付けたか。
 口に出してしまうほど知能が低くても、そのあたりは弁えているようだ。

(あの中には、ジェシカやアイナの子豚がいるのかな? それとも、山に移動させた奴らか? 巣は全滅させたと聞いたしな。いないか……)

 すでにフォルトの中では、ジェシカとアイナの記憶は薄れている。にもかかわらずオークを見ると、ついつい思い出してしまう。
 これっぽちも罪悪感は無いのだが……。

「蒸し返すこともないな」
「フォルト様?」
「ははっ。あいつらも喜んでいるようで何よりです」
「複雑な心境です」
「そうですか? 人間は大変ですね」
「人間は?」
「あぁいや、何でもありません!」

(危なかった。俺が魔人だと知られたら大変なことになる。なるか? いや、なるだろうなあ。人間は愚かだし……)

 魔人については調べていないので当然だが、まるで情報が無い。
 それでもフォルトは、どうなるかの想像がついている。
 人間よりはるかに強い魔族と敵対しているぐらいなのだ。全種族の敵である魔人が出現しても、必ずや敵意を向けてくるだろう。
 こちらの世界では最弱に位置するような種族なのに、全種族の頂点に立っていないと気が済まないのだ。
 肉塊の前で踊っている亜人たちのほうが賢いとさえ思える。
 ともあれ今は、話をはぐらかす。

「そう言えばシュンは?」
「シュン様ですか? ノックス様が合流されて、魔の森に派遣されています」
「一緒に来るかと思っていました」
「私の専属ではありませんよ?」
「へぇ」
「いいじゃん! 来ないほうが清々するわ!」

 アーシャが話に割り込んでくる。
 シュンに捨てられた理由が最悪だったので、完全に嫌っているようだ。とはいえフォルトは大罪の嫉妬を持っているので、念のために確かめておく。
 そう。念のため、だ。

「根に持っているのか?」
「当たり前っしょ! でも今は、フォルトさんの女よ?」
「従者だ!」
「またまたぁ。照れなくてもいいの!」
「おっおい!」

 アーシャが遠慮もせずに、フォルトの腕に絡みついてくる。
 こういった積極的なところは、リリスのカーミラと同様だ。柔らかい二つのものが気持ち良いので、絶対に振り解くことは無い。
 そして二人のじゃれ合いを前に、ソフィアは優しそうな表情に変わった。

「アーシャさんは変わりましたね」
「そう?」
「明るくなられて良かったです」
「こっちが素だけどね」
「ふふっ。そうみたいですね」

 ソフィアは聖女として、アーシャを気遣っていたようだ。
 それについては偽善と思っていても、フォルトは口に出さないでおく。人間嫌いは根深いが、その程度の空気は読める。

「でも、シュンはやめといたほうがいいよ」
「はい?」
「ソフィアさんを狙ってるからね!」
「まあ!」

 女性の洞察力をめてはいけない。
 シュンはアーシャという恋人がいても、ソフィアを狙っていたようだ。
 それを分かっていても、彼女は守ってもらいたかった。もちろんつなぎ止める自信もあったので、当時は軽く考えていたらしい。
 こういった内容を話すのも、フォルトの身内として幸せだからだ。

「シュン様のことは何とも思っておりませんが?」
「ありゃ。可哀想ね」

 こと男女関係において、アーシャの勘は鋭い。
 口では可哀想と言っておきながら、目と口元が笑っている。ソフィアのシュンに対する感情を、本当の話と受け取ったのだろう。
 そう思っていると、女子会のような会話にグリムが混ざってきた。

「あの坊主か? ソフィアを射止めるには力量が足らんのう」
御爺様おじいさま!」
「ほっほっ。じゃが、もう嫁に出さねばなるまい」
「結婚するつもりはありません!」
「しかしのう。嫁いでおらねば拙い歳じゃぞ?」

 どうやら、ソフィアの婚姻話のようだ。
 フォルトからすると、まだ早いような気もしているが……。

「そうなのですか?」
「異世界人のお主は知らぬか。十五歳までには許嫁がおるものじゃ」
「へぇ」
「ワシは貴族ではないからのう。そこまで厳しくはないのじゃが……」
「世間体というやつですか?」
「そうじゃ」

 貴族同士であれば、生前から婚姻の約束を交わす場合もあった。世間一般の常識でも、二十歳までには他家に嫁ぐらしい。
 平民だと生活が苦しく、いつまでも娘を養えないからだ。
 そういった事情もあり、早期の婚姻は当たり前になっている。

(昔の日本や中世の欧州のようだなあ。俺としてはそっちのほうが、しっくりとくるんだけどね。昭和生まれのおっさんだし……)

 グリムの話は、フォルトも聞いたことがある。
 昭和の時代にも残っていた風習だった。田舎では家業を続けるために、早期の婚姻を望まれていた。
 都会ではそうでもないが、「早く嫁をもらえ」といった言葉が思い出される。

「そうじゃのう。乗り遅れたら、お主が引き取ってくれぬかの?」
「は?」
「ほっほっ。冗談じゃ」
「そっそうですか」

 相変わらずの好々爺こうこうやである。
 長い白髭しろひげを扱いているグリムは、フォルトにソフィアをくれると言っている。当然のようにお約束の社交辞令なので、手放しに期待してはいけない。
 その程度は社会の常識だが、アーシャの勘がギクッとさせる。

「あー! 満更でもないって顔をしてるぅ」
「そっそんなことは無いぞ!」
「そうですよ。フォルト様は、私を面倒な女だと思っていますからね」
「何度も俺に会いにきて、ご苦労さまとは思っていますよ」
「ほら」

 ソフィアは何日もかけて、フォルトを説得しようとしていた。
 一度は魔の森から帰ったが、またもや戻ってきて森から連れ出された。目的を達した後も、双竜山の森に建てた屋敷にも訪れている。
 しかも今までの罪を告白して、彼女には嫌われているのだ。

「御主人様、帰りますよぉ」

 そんなことを話していると、撤収の準備が整ったようだ。
 今後の予定は伝えたので、後は放っておいても良いだろう。グリムとソフィアを送り出した後は、双竜山の森に帰るだけだ。

「さてと……」

 二人が見えなくなったところで、フォルトは周囲を見渡す。
 それを合図にデモンズリッチたちが、肉塊の後ろから現れた。さすがに強すぎる魔物は見せられなかったので、今まで隠していたのだ。

「オーガたちに肉を持たせろ。往復になるが、後は任せるからな?」
「カタカタ。分カリマシタ」

 実働部隊の亜人たちには、最後の仕上げを頑張ってもらう。
 ビッグホーンの肉をたらふく食べたので、喜んで協力してくれた。もちろん凍傷にならないよう、デモンズリッチたちが防御魔法を展開している。
 そして、フォルトの怠惰は往復することを許さない。
 カーミラと一緒に空を飛んでも良いが、今回は全員がいる。となると同じように往復することとなるので、ならばとスケルトンを召喚する。
 以降は神輿みこしに乗り込んで、双竜山の森に向かって出発するのだった。
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