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作者: 特攻君
残酷な描写あり R-15
第44話 運命の転換点2
 エウィ王国の中枢である城内には、各地の領主が使う執務室が存在する。
 そのうちの一室には、左右の壁を本棚で埋め尽くした部屋があった。本棚には分厚い本が、大量に収められている。
 聖女ソフィアの祖父、宮廷魔術師グリムの執務室だ。重厚感のあふれる部屋では、その二人が机を挟んで椅子に座っていた。
 彼女は魔の森での出来事を報告書として渡したが、その後に協議した結果を受けて祖父に呼び出されていた。

「報告書は読んだ。厄介な話じゃな」

 書類を机に置いたグリムは、長くて白いひげを扱いている。
 青いローブをまとった姿は、宮廷魔術師としての地位を表していた。所持している古臭いつえは、相当な魔力が込められているらしい。
 ともあれソフィアは、王国の対応について問いかけた。

「それで……。上は何と?」
「ローイン伯爵が本格的な侵攻を主張しておる」
「そうなるでしょうね」
「じゃが、デルヴィ伯爵が反対しておる」
「魔の森の利権ですか?」
「分かるか。そのとおりじゃ」

 魔の森は、資源の宝庫である。
 木材もそうだが、希少な薬草類や素材が手付かずなのだ。開拓で生み出される利益は、想像を絶するだろう。
 その利権を狙っているのが、かのデルヴィ伯爵である。
 ローイン伯爵の主張どおりに大規模侵攻などすれば、森が荒らされて資源が採れなくなってしまう。だからこそ、反対している。
 質が悪いのは、二人とも王国の有力貴族だということだ。
 どちらも大きな派閥を持ち、実力は拮抗きっこうしていた。

「どちらが優勢ですか?」
「デルヴィ伯爵じゃな」
「貴族らしいと言えば、らしいですが……」
「ローイン伯爵の主張は、個人的な部分が多いからのう」
「レイナス様は戻らないと言っておりました」
「駆け落ちか? 馬鹿馬鹿しい。何かされたに相違あるまい」
「されたとしても、今は本気のようですよ?」
「じゃが個人的な話で、国は動かないじゃろうて」
「そうでしょうね」

 グリムとしても、ローイン伯爵に味方できない。
 もちろん、気持ちは分かる。父親として、娘のレイナスを取り戻すことが優先されるだろう。しかしながら一人を助けるために、千人を殺せない。
 魔の森は魔物の巣窟なので、侵攻すれば大量の犠牲者が出るのだ。

「それよりもじゃ。魔族についてじゃが……」
「〈爆炎の薔薇ばら姫〉ですか?」
「先ほど早馬が来てな。森の駐屯地が襲撃されたそうじゃ」
「え?」
「〈狂乱の女王〉もいたそうじゃ。姉妹がそろっておるな」
「な、なぜ……。フォルト様のところにはいなかったですよ」

 聖女のソフィアが、ザインやシュンたちと向かった魔の森の奥地。
 そこで暮らすフォルトのところで、〈爆炎の薔薇姫〉ルリシオンと遭遇した。また彼女の隣には、獣人族のような子供がいたような気がする。
 すぐに戦闘が開始されたので、残念ながら深く考える余裕は無かった。とはいえ、勇魔戦争のときに報告されていた面体と違うはずだ。
 そうなると、〈狂乱の女王〉マリアンデールは確認していない。
 これには、首を傾げてしまう。

(そう言えば……。あれからは子供を見ていないです。隠れていたのかしら? レイナス様と同じような? もっと考える時間があれば……)

 ルリシオンと遭遇してからのソフィアは、忙しさに追われた。
 フォルトとは話し合う必要があり、シュンやアーシャの容態も気になっていた。傷付いた兵士たちの様子も見なければならない。
 子供のことは、頭から抜け落ちていたようだ。

「目撃されておる。駐屯地は大惨事じゃ」
「では……」
「この報告で、ローイン伯爵が優勢になるかもしれぬな」
「各国との協定で決められた魔族狩りのことですね?」

 人間による魔族狩りは、勇魔戦争時の連合国で結ばれた協定である。
 この協定の効力は人間の国だけで、亜人の国とは結んでいない。しかしながら人間の国であるエウィ王国は、それを履行する必要があった。

「それについては、まだ協議中じゃ」
「すぐには動けませんものね」
「うむ。森にいるなら利権の件も絡むからのう」

 こちらの件も、やはりデルヴィ伯爵が反対しているようだった。
 魔の森の外なら、貴族の多くのは賛成したかもしれない。だがローゼンクロイツ家の姉妹は、森の中にいるのだ。
 相手が悪すぎて、余計に資源を消失するだろう。

「アーシャさんについては?」
「その者についての見解は無いの。犯罪者として扱うぐらいじゃ」
「そうですか」
「同情はするがの。発狂しただけじゃろうという話じゃった」
「ですが、フォルト様のところに向かったと思われます」
「レイナス嬢と同様に何かされたのじゃろ」

 アーシャは二人の冒険者を殺して、ソフィアたちの前から姿を消した。追いかけようにもそれと呼応するかのように、魔物の襲撃を受けたのだ。
 そして、フォルトのところに向かう道は閉ざされてしまった。
 魔物の群れが、道を塞いでしまったのだ。数が多すぎるため、ソフィアたちだけで排除するには無理があった。

「その異世界人は危険じゃがな。手出しせねば平気なのじゃろ?」
「姉妹の行動で分からなくなりましたけどね」
「かの姉妹は自由奔放じゃからのう」
「知っているのですか?」
「援軍として帝国に向かったときに少々、な」
「どういった人物なのですか?」
「言葉通りじゃ。戦況を度外視して遊んで帰るだけじゃった」

 マリアンデールとルリシオンは、グリムが言ったとおりの人物である。
 後一歩でとりでが落とせるときに帰ったり、戦力差があっても二人だけで襲ってきたりと勝手気ままに戦っていたらしい。
 行動がまったく読めずに、ソル帝国は苦慮していた。

「暫くは様子見じゃが……」
御爺様おじいさまの見解は?」
「状況に進展が無ければ、魔族の討伐を盾に魔の森を手中に納める」
「フォルト様には王国を出るようにと伝えしましたが……」

 この話は、フォルトも承知している。
 そういった「最悪」を想定していたようだ。王国侵攻の可能性を伝えても、あまり驚いていなかった。
 しかも魔の森からの退去を助言したが、それすらも考えていただろう。
 聡明そうめいな人物だと感嘆したものだ。
 ソフィアたちを殺害した場合の結果も理解していた。

「その異世界人。何とか呼び戻せぬかのう」
「御爺様?」
「強者の囲い込みは必須じゃ。多少の罪は不問にできるのじゃがの」
「無理だと思われますよ?」
「なぜじゃ?」
「最初の対応が拙かったです。それに……」
「それに?」
「フォルト様が言うには、自堕落生活を満喫中だそうです」
「はぁ……。怠け者ということかの?」
「はい。腰は重そうでしたよ」

 苦笑いを浮かべたソフィアは、この言葉にうそは無いと思っている。
 フォルトを観察していたが、まるで動こうとしない。食料の調達や畑の世話は召喚された魔物、雑用はカーミラやレイナスがやっていた。
 そこだけを見ると駄目男である。

「もう一度行って、その異世界人を連れてきてもらえぬかの?」
「はい?」
「フォルトと言ったかの? ソフィアには心を開きかけていそうじゃ」
「物凄く嫌そうな顔をしていましたが?」

 ソフィアとの会話は、本当に嫌そうだった。フォルトの表情に現れていたので、誰もが同じような感想を抱くだろう。
 それでも話を聞いてくれたので、穏便に進められた。

「困ったのう」
「一緒にいるローゼンクロイツ家の姉妹は魔族ですよ?」
「それじゃ。かの姉妹の討伐は困難じゃ」
「困難なのは分かりますが……」
「討伐できぬなら囲い込むほかあるまいて」
「さすがに無理では?」

 グリムは何を言っているのだろう。
 それでは王国の方針と真逆で、各国との協定も破ることになる。人間の敵である魔族は討伐しなければならないのだ。
 そしてフォルトは法を犯した異世界人なので、国法では処分の対象だった。

「ソフィアの考えは理解しておるがのう」
「でしたら……」
「知らぬ間に、他国に行かれても困るのじゃ」
「異世界人は国から出しませんからね」

 異世界人に関わる国法の中には、国外に出さないという条文がある。
 要は囲い込むための法律で、例外はあるが破れば重罪だった。
 確かにフォルトには、エウィ王国を出ることも勧めた。だがそれは、今の状況でも処分の対象だったからだ。
 ソフィアとしては、生き残る確率が高い方法を勧めただけである。

「国法とは別の話でな」
「え?」
「すでに勇魔戦争から十年じゃ。国同士の調和は失われつつある」
「そうでしょうか?」
「帝国が協定を破って、魔族を囲っておる」
「えっ!」
「表向きは守っておるがの。証拠もあるのじゃ」

 これでは、何のために協定を結んだのか。
 魔族の国を治めていた魔王は、すべての国に宣戦布告をして世界に挑んだ。戦争の傷跡として、幾千万もの人々が死んでいる。
 ソル帝国とて、戦争の被害に遭っている国なのだ。
 協定どおりに魔族を殺すことを、国是としていたはずだ。しかしながら、その憎むべき魔族を囲っているという。
 その理由としては、魔族の力を軍事的に利用することが目的だろう。ならば現在の帝国軍は増強され、エウィ王国の脅威となっている。
 戦争でもしようものなら、魔族を前面に押し出してくることは明白だった。

「ソフィアなら分かるじゃろ?」
「はい」
「ワシの庇護下ひごかに入れる。それならば陛下も強く言えまい」
「ですが……」
「当面はかの者の望むことをさせるつもりじゃ」
「何もさせないという話ですか?」
「そうなるかの。自堕落生活をしてもらおうではないか」
「はぁ……」

 ソフィアは溜息ためいきを吐きながら、グリムの執務室を出ていく。
 再び魔の森に戻ることになってしまった。
 フォルトを連れてくるなど無理な相談だと思っているが、それでも祖父の懸念を考えると聞き入れてもらう必要がある。
 まずは同行の依頼をするために、ザインがいる場所に向かうのだった。


◇◇◇◇◇


 フォルトから「従者になれ」と言われて、アーシャは頭を抱えている。
 はっきりと言えば選択肢は無いのだが、納得するかは別だった。

「決めたか?」
「うるさい! 黙ってて!」
「あ……。はい」

 アーシャの怒声が、庭に響き渡る。
 フォルトは気圧されてしまったが、彼女の怒声を聞いたマリアンデールとルリシオンが自宅から出てきた。

「フォルトぉ。どうしたのお?」
「貴方! ルリちゃんといいところなんだから邪魔しないでよ!」
「あ、あぁ……。すまんな」
「あらあ。死にぞこないの人間じゃなあい」
「うっ」

 アーシャは、ルリシオンが苦手である。
 それは当然だろう。焼けただれた醜い顔にした張本人で、後一歩のところで殺されていたのだ。もちろん、彼女に勝てる見込みは無い。
 そのときを思い出すだけで身震いしてしまう。

復讐ふくしゅうにでも来たのかしらあ?」
「い、いえ……」
「ルリ、あまり虐めるな。俺の従者になる奴だからな」
「ならないわよ!」
「ならないのか? じゃあ帰っていいぞ」
「ちょっと!」
「「従者?」」

 フォルトの従者という言葉に、姉妹が興味津々である。
 一般的に従者とは、主人の共をする者の総称だった。身の回りの世話から、一緒に戦うことまで行う。

「貴方にはカーミラとレイナスがいるじゃない」
「カーミラはシモベで、レイナスは俺のキャラだ!」
「同じようなものだと思うけどお?」
「要は雑用係だな」
「ふーん」
「雑用って……。あたしに何をさせる気よ!」
「何って……。色々?」
「それじゃ分からないでしょ!」

 アーシャは、シュンの従者だった。
 雑用はしていたが恋人だったので、面倒なものは押し付けられなかった。今は思い出しただけで、むかっ腹が立つ。
 それにしても、フォルトに何をやらされるか見当も付かない。

「えへへ。二つに一つしかありませーん!」
「そうだな。どっちかだ」
「う、うぅ……」
「もちろん、契約で縛るぞ」
「また契約……」

 二者択一なのは、フォルトやカーミラに言われなくても分かっている。
 そして、契約には悪いイメージしかない。アーシャが結んだ悪魔の契約は、どちらも自身を殺すものだった。
 元の可愛い顔に戻っても死んだら意味が無いのだ。

「この人は何を迷っているのかしら?」
「え?」
「フォルト様の近くにいられるのは女の幸せですわよ」

 いつの間にか、レイナスも近くにいた。
 アーシャから見れば、フォルトの周囲で一番まともに見られる人物だ。同じ人間であり、女性でも憧れるほど奇麗なのだ。
 ともあれおっさんは嫌いなので、彼女の言葉には顔をしかめてしまう。

「レイナスちゃんの言ったとおりだよぉ」
「何でそこまで……」

 悪魔とはいえ、カーミラも物凄く可愛い女性だ。彼女もレイナスと同様に、フォルトの体にピッタリと身を寄せている。
 アーシャには、とても理解できない。

「身をもって体験したんじゃないのお? また燃えたいのかしらあ」
「何この人間、私のルリちゃんに挑んだの? 馬鹿なの?」
「うっ!」

 ルリシオンは魔族として理解したが、もう一人は分からない。
 初めて見る女性だが、角は無いので魔族ではなさそうだ。とはいえ今までに体験したことの無い、物凄い威圧感を感じる。

(なっ何なのよ!)

 こちらの世界は、平和な日本と違う。
 命の危険と隣り合わせで、人間が簡単に死んでしまう。また王政国家で格差が酷いため、生活するのにも苦労する。
 今まで生きてこられたのは、シュンの従者で庇護下にいたからだ。しかしながらルリシオンに負けたとき、アーシャは捨てられてしまった。
 弱肉強食の世界で生きるためには、弱者だと二択しかない。自分が強くなる、もしくは強者の下に付くしかないのだ。
 死にたくないのであれば……。

「わっ分かったわよ! 従者でも何でもやるわよ!」

 もう「どうとでもなれ」であった。
 投げやりではあるが、どうせ選択肢は一つしかないのだ。二択だとしても、アーシャに反対は選べない。

「よし! じゃあ早速終わらせよう」
「え?」

 フォルトは意気揚々と立ちあがった。
 それから近づいてきて、右手を向けてくる。アーシャは簡単な風属性魔法が使えるので、何をやるのか理解してしまった。

「魔法を使う。体の力を抜いて受け入れればいい」
「やっぱり……。痛くないでしょうね?」
「大丈夫さ」

 アーシャは気が気でないが、フォルトに言われたとおりにする。
 腕をダランと下げて、うつむきながら待つ。


【ウーンズ・トランスファー・カース/傷移しの呪い】


「っ!」

 フォルトの魔法が発動すると、アーシャの体が暗黒に包まれていく。思わず身構えてしまったが、痛くもかゆくもない。
 そして数秒後には、その暗黒は消え去った。

「終わったぞ」
「もう?」
「包帯を取ってみろ」
「えぇ……」

 効果のほどは分からないが、アーシャは包帯を解いた。続けて顔を手で弄ってみると、周囲の女性たちが感嘆の声を挙げる。
 これには、少しビックリした。

「へぇ。さすがは魔人ね」
「面白い使い方をするわねえ」
「さすがは御主人様です!」
「フォルト様は凄いですわ!」
「なっ治ったの? どうなのよ!」

 結果が分からないアーシャは、もどかしさを感じて怒鳴ってしまった。
 その怒声を聞いたカーミラが、何かを手渡してくる。

「これを使うといいですよぉ」
「鏡……」

(持ってんなら、さっさと渡しなさいよ! って悪魔だったわね……)

 心の中で愚痴をこぼしたアーシャは、受け取った鏡を恐る恐るのぞき込んだ。するとどこかで見た、可愛い女性が映っているではないか。
 火傷の跡など無かったかのように、奇麗さっぱりと消えていた。

「マジ? 治ってるじゃん!」
「元の口調に戻ったな」
「うるさい! でも、何これ? 超凄いんですけど!」

 あれだけ悩んで苦労したのだ。喜ばないほうがおかしいだろう。人殺しまでして戻ってきた甲斐かいがあったというものだ。
 今までの出来事が、嘘のように感じてしまった。

「どうやったのよ!」
「呪いだ」
「呪い?」
「ほら。冒険者の顔を見てみろ」
「げっ!」
「俺の魔法はなあ」

 フォルトは言った。使った魔法は呪術系魔法であると。アーシャの醜かった顔の火傷は、首だけになった冒険者の顔に移ったのだ。
 これには、驚いてしまった。
 別の意味で……。

「キモッ!」
「アーシャもなあ。その顔をしてたんだがな」

 ソフィアから鏡を借りたアーシャは、自分の醜い顔を知っている。
 そして冒険者の顔は、同じように醜くなった。死んだ人間の顔は恐怖を誘うが、気持ちの悪さが先にきてしまう。
 それでも、結果としては万々歳だった。

「細かいことはいいのよ!」
「では対価をもらうぞ」
「従者だったわね。いいわよ。何をすればいいの?」
「ギャルだ」
「はい?」

 またもやフォルトが、突拍子もないことを言い出した。
 最初は従者になれと言われたので、まずは何をやるかを聞いたのだ。その回答がギャルでは、まったく意味が分からない。
 頭上にクエスチョンマークが出たアーシャは、ただほうけてしまうのだった。
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