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作者: 特攻君
残酷な描写あり R-15
第35話 聖女の誤算と爆炎の薔薇姫4
 〈爆炎の薔薇ばら姫〉ルリシオンとの戦闘で被害を受けた翌日。
 フォルトの自宅を訪ねたソフィアは、玄関扉をノックする。昨日の件も含めた詳しい話を聞くためだ。
 ザインからは同席すると言われたが、彼女は頑なに拒否した。
 護衛とはいえ騎士や兵士を同席させれば、相手を威圧することになる。また二つ名持ちの魔族がいるので、少数の護衛では意味を成さない。
 ならば、初めからいないほうが良いのだ。

「はあい!」
「っ!」

 ソフィアの来訪に対応したのは、なぜかルリシオンだった。
 これにはさすがに驚いて、玄関扉から離れようとする。しかしながら、服をつかまれてしまって逃げられなかった。
 昨日の戦闘が思い出され、思わず身震いしてしまう。

「あら人間。何か用かしらあ?」
「離してください!」
「安心しなさあい。フォルトに止められているからねえ」

 どうやらルリシオンには、ソフィアを攻撃するつもりが無いようだ。確かにフォルトも、彼女に襲わせないと言っていた。
 どのみち信用するしかないので、逃走を諦めて向き直る。

「ずっ随分と仲が良いようですね」
「あはっ! もしかして気になるのお?」
「呼び捨てでしたので……」
「名前で呼べって言われたのよお」
「そうですか。あの……。フォルト様は?」
「まだ寝てるわよお」
「昼は過ぎていますよ?」
「そう言われてもねえ」

 フォルトの睡眠時間は長い。
 一度は起きたらしいが、二度寝という惰眠に入っているらしい。目覚めるのは、もう少し後になりそうだ。
 その体たらくに、さすがにソフィアもあきれてしまった。

「起こせませんか?」
「いいわよお。そこで待ってなさあい」
「分かりました」

 魔族が人間の頼みを聞くとは珍しい。
 いぶかし気なソフィアが「気まぐれだろうか」と思っていると、ルリシオンは無造作に寝室に入っていった。
 この魔族は、遠慮という言葉を知らないようだ。
 寝室への扉は玄関からでも見られるが、なぜか入った先で立ち止まっている。
 どうしたのかと待っていると、勢いよく振り向いて戻ってきた。

「無理!」
「はい?」
「入っていいわよお。貴女が起こしなさあい」
「え? さすがにフォルト様の許可が無いと……」
「言われたとおりにしなさあい。入らないと殺すわよお」
「はっはいっ!」

 ソフィアはルリシオンの言葉に戸惑うが、殺害を宣言されてしまった。
 この場で怒りを買うわけにはいかない。昨日の戦闘では、あれだけ力の差を見せつけられたのだ。
 そう思って恐る恐る寝室に近づくと、後ろから押し出された。
 人間よりも腕力が強いと知っていても、自身で体験するのは初めてだった。華奢きゃしゃな体では押し返すことが不可能である。
 戻ることもできず、そのまま寝室に入ってしまった。

「フォ、フォルト様?」
「ぐぅぐぅ」
「「すやすや」」
「え?」

 寝室の中で、フォルトを見た瞬間。
 ソフィアは少しずつ、ほほが熱くなっていった。
 見てはいけないものを見てしまって、慌てながら後ろを向いた。続けて先ほどのルリシオンと同様に、勢いよく寝室から出る。
 その当人はダイニングの椅子に腰かけて、一部始終を眺めていた。

「無理です!」
「でしょお?」
「でっ出直してきます!」
「そうしなさあい」

 ソフィアは玄関扉を開け、急いでフォルトの自宅から出る。
 あのような破廉恥な状態で寝ている彼らを起こすことは無理だった。とはいえ気になって振り向くと、ルリシオンが悪戯をした子供のような笑顔を浮かべている。
 そして、手を振りながら見送っていたのだった。


◇◇◇◇◇


 フォルトは自宅から庭に出て、ソフィアがいる場所に向かった。
 今は夕暮れ時だが、さすがに起きたばかりなので寝い。右手で目を擦り、欠伸をしながら近づいた。

「ふぁぁあ。すみませんね。寝過ごしてしまいました」
「い、いえ。おはようございます」
「おはよう」

 なぜかソフィアは、頬を赤らめながら挨拶する。
 フォルトは首を傾げるが、時間的に交わす挨拶ではない。

「話があるとか無いとか?」
「あります」
「ですよね。それで?」
「聞きたいことは山ほどありますが……。答えてくれませんよね?」
「話せる内容ならいいですけどね」
聡明そうめいなフォルト様なら、私が尋ねたい内容は御存知のはずです」
「聡明ではないですよ。見てのとおりグーたらオヤジです」
「またそんなうそを……」

 ソフィアは何か勘違いしているのだろう。誰がどう考えても、フォルトに対して聡明という評価は無い。
 自堕落な生活が大好きな底辺のおっさんだ。

「俺の分かる範囲で教えられることはありませんね」
「そうですか」

 ソフィアが尋ねたい内容を推察すると、フォルトから話せることは何も無い。
 人間から魔人に変わったことは、口が裂けても言えない。もちろんレイナスも渡せないし、ジェシカたちが死亡した原因も話せない。
 そして、ルリシオンのことを伝えても信じてもらえない。

「では……。帰ってもらえますかね?」
「分かりました。ですが、この状況では帰るに帰れません」
「なぜでしょう?」
「シュン様が重症で、兵士にも怪我人がいます」
「つまり、無事に森から出られないと?」
「はい」
「それで?」
「シュン様が回復するまでは、引き続き滞在してもいいですか?」
「はぁ……」

 フォルトはとことん面倒臭そうな表情をする。
 ソフィアとは、毎日のように顔を合わせているので慣れてきた。しかしながら人間嫌いが根深いので、他の人間には慣れない。
 またそれとは別に、回復という言葉にピンときた。

(回復と言えば治療。治療と言えば信仰系魔法だな。今まで誰も怪我してないから気にもしてなかったよ。アカシックレコードは……)

「さすがに無いな」
「何か仰いましたか?」
「いえ。何でもないです」

 カーミラの元主人から受け継いだアカシックレコードの中には、神の奇跡である信仰系魔法は無かった。
 それは当然だろう。
 フォルトの称号は「神々の敵対者」なので、神の奇跡など受けられないのだ。

「うぎゃああああっ!」
「なっ何だ?」

 突然だったが、女性の絶叫が木霊する。
 フォルトとソフィアは驚いて、声の発生源と思われる天幕を見た。

「アーシャさん!」

 ソフィアの言葉を聞いて、フォルトは考える。
 確かアーシャは、ルリシオンに顔を焼かれていた。応急的な治療を受けていたのを見たが、火傷の跡でも残ったのかもしれない。
 そうなると、可愛いギャルだけに「災難だったな」と思う。

「忙しそうですね。話の続きは明日ということでいいかな?」
「ありがとうございます。では申しわけありませんが……」

 ソフィアは慌てて、アーシャのいる天幕に走った。
 今の出来事には興味が無いフォルトは、さっさと自宅に戻る。
 そして、ダイニングにある椅子に座って料理を待つ。とはいえ、彼女と会話していた時間は短かった。
 まだ完成しておらず、カーミラとレイナスが準備中である。

「御主人様、もう少し待ってくださーい!」
「今日はフォルト様の好物、ペリュトンの蒸し焼きですわ」
「おっ! それは楽しみだな」

 立派とは言い難い台所には、ブラウニーが作った大きなかまどがある。
 そこではレイナスが、蒸し焼きの準備をしていた。フォルトの玩具として成長が著しいが、料理の腕も良い。
 どうやら、趣味という話だった。
 好物と聞いて笑みを浮かべていると、対面に座るルリシオンが疑問を呈する。

「ところでフォルトぉ」
「どうした? ルリ」
「私は用済みなのかしらあ?」
「え?」
「氷属性魔法は教えられないし、限界突破もやれないわよお?」
「それが呼んだ目的だったな」
「忘れっぽくないかしらあ?」
「あっはっはっ!」
「笑ってごまかされてもねえ」

 ルリシオンを呼んだ理由は忘れていない。
 そうは言っても、フォルトからすればどうでも良い話だった。限界突破の作業をやれないのは残念だが、魔法の先生にはニャンシーがいる。
 旅立たせる前はやっていたのだ。
 もちろん、こちらの都合で連れてきてもらったので放り出すつもりは無い。逆に放り出したら、自身を見捨てた者たちと同じになってしまう。

「なぜルリは来てくれたんだ?」
「ニャンシーちゃんに助けてもらった御礼よお」
「本音は?」

 人間不信のフォルトは、カーミラしか信じていない。
 最近では、レイナスも信じている。しかしながら、初対面のルリシオンを信じるほどお人好しではない。
 昔は人を信じまくっていたが、すべて裏切られているのだ。

「あはっ! お姉ちゃんとはぐれてねえ。暇だったのよお」
「なるほどなあ。でも、ここにいて会えるのか?」
「お姉ちゃんは私のことが大好きなのよねえ」
「大好きで会えるものなのか……」
「それに……。魔人の庇護下ひごかに入れば安全じゃなあい」

 魔族は人間より強いが、魔力や体力が無限にあるわけではない。
 人間の魔族狩りが横行してるので、精神的にも参ってしまう。ルリシオンは魔人の庇護下に入って、身の安全を図りたいとの話だった。
 それならばと、フォルトは納得する。
 実際に自分の強さは実感してきていた。
 昨日の戦闘も恐怖を覚えず、屋根の上で戦闘を眺めていた。以降は彼女の行動を止めたが、本来なら気付かれずに腕を掴めるわけがないのだ。
 魔人として、とある魔法を使ったからに他ならない。

「俺の庇護下に入りたいと?」
「そうよお。だからお払い箱だと困ってしまうわあ」
「放り出す気は無いぞ。ゆっくりしていってくれ」
「あらあ? 庇護してくれないのかしらあ」
「庇護と言ってもなあ。俺は自堕落生活の真っ最中だし……」
「自堕落ねえ」

 ルリシオンは首を傾げているが、フォルトの言葉に嘘偽りは無い。
 確かに魔人としては強いと思うが、逆に守ってほしいと考えてしまう。となると、彼女の期待には沿えない気がした。
 ここは、はぐらかしておくに限る。

「御主人様、お肉ですよ! あーん!」
「あーん。もぐもぐ」

 どうやら、調理が終わったようだ。
 カーミラがつまみ食い用の肉を持ってきて、フォルトに食べさせる。
 渡すのではなく、食べさせるのだ。続けて肉を食べている間に、他の食事を運んでいる。なんとも恐ろしい連携である。
 その光景を見たルリシオンは、自堕落の意味を理解したようだ。

「なるほどねえ」
「うん?」

 そして料理が運ばれている最中に、玄関扉が勢いよく開けられた。
 何事かと思ったフォルトは、肉を頬張りながら視線を向ける。すると、顔を包帯でグルグル巻きにされたアーシャが立っていた。
 手には剣を持っており、ルリシオンをにらんでいる。

「あっあんた! あんたのせいで!」
「あらあ。死にぞこないの人間ねえ。私に何か用かしらあ?」
「あんたのせいで! うあああああっ!」

 アーシャが大声を上げて、ルリシオンに向かって剣を振り上げた。
 今はカーミラやレイナスも、料理を運んでいる最中だ。ならばと剣が振り下ろされる寸前に、フォルトは小さくつぶやく。
 それから一瞬のうちに、剣を持っている腕を掴んだ。
 先ほどまで座りながら肉を食べていたが、彼女の後ろに回り込んでいた。

「おっと」
「っ!」

 アーシャは自身の腕を一瞥いちべつした後、フォルトを睨んでくる。
 包帯の隙間からのぞく目に、少し気後れしてしまう。表情は分からないが、まさに鬼気迫るものがあった。
 それでも掴んだ手は離さない。

「アーシャさん。やめてもらえるかな?」
「おっさん! 邪魔すんな!」
「ルリは俺の客人だ。何かあるなら俺を通してくれ」
「あたしの顔を見てよ! こんなにされて……。殺す!」
「見てと言われても、包帯だらけで分からん」
「うるさい! キモいから手を放せ!」

 アーシャは怒りで錯乱している。
 やはりフォルトが思ったとおり、顔の火傷が治らなかったようだ。信仰系魔法と言っても、所詮はその程度なのだろう。
 お気の毒としか言えない――言わない――が、手を放すわけにもいかない。
 どうしようかと悩んでいると、ルリシオンが椅子から立ち上がった。

「キモいって何の言葉かしらあ?」
「気持ち悪いって言ってんのよ!」
「フォルトが気持ち悪いのかしらあ? 貴女も馬鹿ねえ」

 キモいという言葉に興味を持って、ルリシオンが近づいてきた。
 それからアーシャの額を掴んで、口角を上げながら不敵な笑みを浮かべる。

「『炎纏えんてん』。キモいのは貴女のほうよお。あはははっ!」
「ぎゃあ! 熱い! 痛い!」

 ルリシオンは流れるような動きで、スキルを使った。
 これでは、昨日の二の舞である。
 アーシャは悲鳴を上げながら、剣を床に落とした。とはいえ包帯を焼いただけで、彼女はすぐに手を引っ込める。

「ゾンビみたいな顔だわあ。本当のゾンビになりたいかしらあ?」
「うっ!」

 そして、アーシャの顔が露わになった。
 これには、フォルトも開いた口が塞がる。ルリシオンの言ったとおり、ゾンビみたいに皮膚が破けて肉が焼けただれていた。
 見るも無残な姿である。

「ルリ、悪いがやめてくれ」
「この女もフォルトの客人だったわねえ」

 もしかしたら、ルリシオンはサディスティックなのかもしれない。
 人間のアーシャをいたぶって、大層面白がっている。しかしながら、フォルトの頼みは聞いてくれた。
 いたぶられたほうは、片手で顔を押さえて怒りに震えている。

「アーシャさん!」
「何をしておるか!」

 更なる修羅場に入りそうなところで、玄関扉が開いた。
 さすがに「勘弁してくれ」と思ったフォルトは、額に眉を寄せて視線を向ける。するとそこには、ソフィアとザインが立っていた。

「あ……。ソフィアさん、いったいどういうことですか?」
「もっ申しわけありません! 目を離した隙に……」
「俺に触られるのはキモいらしいんで、ソフィアさんにお任せしますね」

 フォルトは嫌みを言いながら、アーシャの腕を離して自分の席に戻った。
 これから楽しい食事なので、さっさと連れ帰ってもらいたい。

「アーシャさん! とにかく戻りましょう」
「嫌だ! あの女を殺すんだ!」
「馬鹿者! いいから来い!」
「嫌だ! あいつを殺して、私も死ぬんだっ!」

 今度はザインに腕を掴まれたアーシャは、無理やり連れ出された。続いてソフィアが頭を下げ、玄関扉を閉めて出ていった。
 まるで台風のようだったが、どうにか穏便に済んだようだ。

「何だったんだ?」
「御主人様は女心が分かっていないでーす!」
「そうか?」
「あそこまで顔を焼かれたら、女としては死にましたぁ」
「あぁ……。なるほどな」

 カーミラの話は納得できる内容だった。
 アーシャは今後、あの醜い顔で生きていくことになるのだろう。彼女が言ったように「死んだ」と比喩できる。

「それは大変だな」
「フォルト様と同郷の女性ですわよね?」
「ずっと馬鹿にされていたからな。どうでもいい」
「さすがは御主人様です!」

 フォルトの心中には、同郷の人間を思う気持ちはない。
 シュンとアーシャを救ったが、何も助けたい気持ちがあったわけではなかった。単に夢見が悪いだけである。
 それに何気ない言葉であっても、侮蔑の言葉に憤怒していたのだ。

(そう言えば……。どこかで見かけても話しかけないで、と言ってたな。もちろん俺もお断りだ。さっさと帰ってもらえれば会うことはなくなるさ)

 今回からは、アーシャが言われる立場へと変わった。まさにブーメランとなっているが、フォルトに侮蔑するつもりは無い。
 それ以前の話として、もう関わりたくない。
 そんなことを思いながら、楽しい食事を続けるのだった。
Copyright©2021-特攻君
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