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作者: 特攻君
残酷な描写あり R-15
第29話 聖女来訪1
 カーミラとレイナスが、庭の中央で向かい合っている。
 距離は十メートルほど開けていた。一騎打ちの形式なので、距離を開けておかないと公平性が保てない。

「レイナスちゃん! 準備はいいですかぁ?」
「はい。傷つけたらごめんなさい」
「ぶぅ。レイナスちゃん如きに傷つけられないよーだ!」

 カーミラはどこから取り出したのか、片手に大鎌を持っていた。まさに悪魔が持つような武器である。
 一瞬、死神という言葉が頭を過った。
 フォルトは椅子に座り、テーブルの下に足を伸ばして、その光景を眺めている。完全にダラけきった格好だった。
 腰を前にずらして、全身から力を抜いている。

「いつでもいいよぉ!」
「では……。行きますわ!」


【ヘイスト/加速】


 初手としてレイナスは、身体強化魔法を使ってすばやさを上げる。カーミラは見た目どおりに動きが速い。
 普通に戦ったのでは追いつけないだろう。

「えへへ。どんどんいこう!」
「お言葉に甘えますわよ?」


【ストレングス/筋力増加】


 次も同じく身体強化魔法を使ったレイナスは、筋力を上げた。
 フォルトの操作では、鉄板の行動である。強敵に対しては基本戦術として、最初にバフと呼ばれる自己強化を行う。
 彼女の体に染みついている行動だった。

「やあああっ!」
「おいでぇ」

 まだカーミラは何もしておらず、レイナスの行動を眺めていただけだ。
 その行動に対しては何も思わない。模擬戦と言えども、両者は武器を持って対峙たいじしたのだ。何もしないなら、何もしないほうが悪い。
 そして、一気に駆け出す。
 彼女は瞬時に距離を詰めて、覚えたてのスキルを使う。

「『魔法剣まほうけん』! たあっ!」

 それでも、カーミラは動かない。避ける気も受け止める気もないようだ。
 レイナスにとって、それはどうでも良い。強いのは分かっているため、先手必勝で戦うのみであった。

「なっ!」
「残念でしたぁ!」

 レイナスの初撃がカーミラに当たったとはいえ、なんと弾かれてしまった。
 これには驚いてしまったが、立て続けに攻撃を仕かける。

「こっこれなら!」
「はい、残念!」
「ええいっ!」
「ほい、残念!」
「たああああっ!」

 なぜかカーミラには、レイナスの攻撃が効かない。
 剣が当たった瞬間に弾かれているのだ。何度繰り返しても同じだった。

「残念無念、また明日ぁ! えいっ!」

 攻撃を弾ききったカーミラが、レイナスに対して蹴りを放つ。
 その威力は強烈で、彼女を数メートルほど吹っ飛ばしてしまった。とても細く奇麗な足で蹴られたとは思えないほどだ。
 それに対してフォルトは、目を見開いて腰を前に動かす。続けて、テーブルの下からのぞき込んだ。
 こういった行動だけはすばやい。

「きゃあ!」
「よっと!」

 吹き飛んだレイナスは、地面に転がって受け身を取った。
 そこにカーミラが一気に詰め寄って、首筋に大鎌を軽く当てる。完全にあしらわれてしまったようで、勝負は決まってしまう。

「えへへ。カーミラちゃんの勝ちでーす!」
「えっ!」
「自分が弱いって分かったかなぁ?」
「………………」
「何で負けたか理解していないようですねぇ」
「は、い……」
「教えてあげるから立ってくださーい!」

 カーミラは手を差し出して、レイナスを立ち上がらせる。
 そして、フォルトのところに戻ってきた。とりあえず怪我はしていないようなので、手を振りながら出迎える。
 二人は武器を置いて、両隣に座った。

「戦い方はいいんだけどねぇ」
「なぜ攻撃が効きませんの?」
「簡単に言うとレベル差ですよお」
「レベル差、ですか?」
「カーミラちゃんはレベル百五十でーす!」
「な、んて?」
「レベル百五十でーす!」
「ええっ!」」

 レイナスは、カーミラのレベルを聞いたことがなかった。
 それを教えてもらったのだが、レベル差は百二十五もある。確かに相手は悪魔なので強いのは分かっていたが、まるでお話にならない。
 フォルトは知っていたので、苦言を呈する。

「戦わずに教えてやっても良かったのでは?」
「えへへ。身をもって知ったほうがいいんですよぉ」
「そうか」

 身をもって知ることは重要である。
 身の程が分かれば、その差を埋めるために努力する。もちろん相手によりが、悪魔に挑んだレイナスならばそうするだろう。
 逆に嫉妬されたり、諦めの境地に入られると困る。
 このあたりのさじ加減を、カーミラはよく知っていた。
 だからこそ戦ったのだ。

「後は装備と能力ですねぇ」
「なるほどな」
「そんなナマクラ剣じゃ、カーミラちゃんの装備に傷は付きませーん!」
「はぁ……」
「能力はスキルでーす! 『物理攻撃軽減ぶつりこうげきけいげん』とかありますよぉ」
「パッシブスキルか」
「パッシブ……? よく分かりませんけど、それでーす!」

 フォルトの言葉はゲーム用語である。当然のようにカーミラは理解していないが、伝えたいことは分かったようだ。
 それを聞いているレイナスは、呆気あっけにとられたままであった。

「これが力の差でーす! 人間のレイナスちゃんだと弱いんですよぉ」
「うーん。どうしようもないのでは?」
「そうですねぇ。なのでレイナスちゃんは不合格でーす!」
「くっ!」

(こればかりはなあ。人間と悪魔は差があり過ぎる。俺はレベル五百だけど、レイナスに伝えると拙いか。再起不能になりそうだな)

 カーミラのレベルでも十分に再起不能になりそうだが、さすがにフォルトのレベルは伝えられない。
 レイナスは絶望を感じてしまうだろう。

「そんなレイナスちゃんに朗報でーす!」
「朗報、ですか?」
「精神的には人間を捨てたのでぇ」
「そうですわね」
「完全に人間を辞めましょう!」
「え? ええっ!」

 カーミラが笑いながら、突拍子もないことを言い出した。
 現在のレイナスは、人間が持っている倫理観や常識を捨てた。いや、壊された。精神的に人間を捨てたと言えるだろう。
 まさに、悪魔の所業だった。
 そうは言っても、肉体までとなると可能かどうか分からない。しかしながらフォルトは、人間から魔人へと変わった。
 もしかしたら可能なのかもしれない。

「どういうことだ?」
「えへへ。悪魔になりましょう!」
「な、なんだってえ!」
「御主人様?」
「あ。いや、なんでもない」
「悪魔になれば寿命はありませーん!」
「レイナスは人間の状態で強くしたいのだが?」
「問題ありませーん!」
「なに?」
「簡単には悪魔になれませんよぉ」

 カーミラの説明では、堕落の種というアイテムを使う。
 そして強さを手に入れてから、種を芽吹かせて悪魔になるのだ。

(こっこれは……。まさかクラスチェンジというやつか! 何と面白いことを考えるのだろうか。カーミラは天才だな!)

 カーミラの提案が、フォルトの琴線に触れた。
 まさにゲーム脳を刺激する提案だ。人間の状態で強くしてから悪魔になれば、途中で飽きることはなくなるだろう。

「過去にも悪魔になった人間はいますよぉ」
「いやはや。カーミラは最高だな。その案、乗った!」
「御主人様はこう言ってますけどぉ?」
「いっいいわ! フォルト様が望むなら悪魔にでもなるわ!」

 フォルトを愛し、完全に依存しているレイナスは承諾する。
 最初の調教からドッペルゲンガーを使った試験で、完全に堕ちていた。

「えへへ。じゃあ条件付きで合格でーす!」
「レベルをいくつまで上げればいいのだ?」
「レベル四十程度かなぁ」
「先は長いな」
「そうですねぇ。人間だと英雄級でーす!」
「ほう。英雄級……」
「レイナスちゃんは『素質そしつ』があるから大丈夫でーす!」

 天使が堕天使になる世界なので、人間が悪魔になる方法もある。とはいえ、レイナスのレベルは二十五だ。
 レベル四十までは、相当な時間が必要か。

「何年ぐらいかかるのか……」
「御主人様は若い女性が好きですからねぇ」
「ちょっと! カーミラは何を言ってるのかな!」

 カーミラの指摘に、フォルトは顔から火を噴いた。文字通りではないが、顔は真っ赤に染まってしまう。
 確かに若い女性は大好きである。しかしながら、死んだアイナに言ったようにロリコンではない。そう。ロリコンではない。
 これは、二回も言うほど大事なことだ。
 低年齢には興味が無いが、ストライクゾーンは広い。

「えへへ。堕落の種は肉体の老化を止めますよぉ」
「何そのご都合主義……」

 老化が止まるということは、若い肉体と美貌を永遠に保てるということ。
 まさにレイナスこそ享受するべきだが、やはり都合が良すぎる。

「そうは言ってもですねぇ。そういうものでーす!」
「へぇ」
「肉体の衰えた悪魔に用は無いんですよぉ」
「では渡してやれ」
「はあい! じゃあレイナスちゃん、堕落の種を飲んでねぇ」
「わっ分かったわ!」

 カーミラが取り出した堕落の種は、ヒマワリの種のような大きさだ。
 それを受け取ったレイナスは、み砕かずに飲み込んだのだった。


◇◇◇◇◇


 ソフィアたち一行は、魔の森の奥地まで歩を進めた。
 前方には木々が伐採されて、かなり開けた庭になっている。小屋も建っており、誰かが暮らしていることに間違いは無い。
 そして、森から出る前にミーティングを始める。

「ここを抜ければ着くぜ」
「そうですか」

 この先にいるであろうフォルトを強制連行するために、森の奥地に向かったエジム隊が戻っていない。
 それに関連して、隊に同行したジェシカとアイナがオークの巣で発見された。
 森の危険度を考えると、奥地まで辿たどり着けなかった可能性は高い。だが、もしも辿り着いていれば要注意だろう。
 だからこそ、ミーティングを行うのだ。

「おっさんなんて警戒しても意味なくね?」
「だよね! ただのキモい、おっさんだよ?」
「それは浅はかな考えです」
「お前たちが強くなってるように、奴もどうなっているか分からん」

 シュンとアーシャは、気楽に構えている。しかしながら、こちらの世界の住人であるソフィアとザインは警戒する。
 これは、危機感の差であった。
 平和な日本で育った二人と、常に命の危険がある世界の住人。召喚されてから時間が経っていたとしても、本格的な実践はつい最近である。
 この差は暫く埋まることはないだろう。

「まず、強制連行の話はしないでください」
「分かりました」
「お二人には、フォルトさんを挑発しないようにお願いします」
「は?」
「なんで?」
「冒険者の二人は、フォルトさんが強いと言っています」
「はあ?」
「オーガを木の棒で一発だぜ」
「その後は苦戦してたがな。ありゃ演技だと思うぞ」

 冒険者は抜け目ない。
 自身の生存確率を上げるために、どんな些細ささいな情報も見逃さないのだ。フォルトが演技していたのは、当然のように見抜いている。
 演技が下手だったということだ。

「一緒にいた小娘もヤバかったぜ」
「可愛い子ぶっていたが隙が無かったな」
「はい?」
「おっさんは一人じゃないの?」
「言ってなかったか?」
「どんな女性ですか?」
「赤髪の若い娘だな。おっさんにれている感じだったぞ」
「「は?」」

 シュンとアーシャは、冒険者の話が理解できない。フォルトが強いという話も納得できないが、若い娘と一緒に暮らしている。
 しかも惚れていると言う。

「ちょっと! 犯罪よ、犯罪! 超ヤバ、超キモッ!」
「た、確かにヤバいな」
「お静かに……」
「こっち世界だと平気なのか?」
「いえ。騒ぐのは駄目だということです」
「あ……。そうだな。すまねぇ」

 ソフィアの言ったとおり、この場所で騒ぐのは拙い。
 もう森を抜けるところだ。すぐそこには、フォルトの家が建っている。まだ何も決めていないのだ。
 来訪が知られて、先に警戒されても困ってしまう。

「私がフォルト様と話します」
「危険では?」
「かの者は聞く耳を持っていましたよ?」
「無礼を働きましたぞ!」
「聞くべきことを聞き、納得するべき話には納得していました」
「していたようには……」
「ふふっ。文句を言いながらも納得していましたよ」

 聖女のソフィアは、アーシャのように外見で判断しない。
 エウィ王国の都合だけで、勝手に異世界から召喚した負い目があるからだ。

「それでは参りましょうか」
「ソフィアさんは俺の近くに、な」
「ちょっとぉ。シュン!」
「アーシャ。時と場合を考えろよ」
「うぅ。分かったわよ!」

 方針が決まったソフィアたち一行は、警戒しながら森を抜けた。
 小屋と庭は分かっているが、他にも倉庫らしき建物や畑がある。だが彼らが驚いたのは、そこにいる魔物たちだった。

「なっ! 魔物の巣だと!」
「あれはトレント! インプもいるぞ!」
「まっ待ってください!」
「え?」

 攻撃態勢に入ろうとした兵士たちを、ソフィアが急いで止めた。
 それは、とあることに気が付いたからだ。

「あの魔物は私たちを見ても襲ってきません」
「そういえば……」
「おそらくは召喚された魔物でしょう」
「召喚ですと?」
「私も召喚魔法が使えるので分かります」
「な、なるほど」

 確かに仕事をしているだけで襲ってこない。
 ソフィアは聖女と呼ばれていても、召喚魔法が使える魔法使いだった。魔法の特性を知っているのだ。
 それを、ザインに伝えるのだった。

「ですが、こちらから攻撃すると襲ってきます」
「無視すればいいと?」
「はい。まずは目の前の小屋に向かいましょう」
「分かりました。ソフィア様は中央に。アーシャもな!」
「はあい……」
「ありがとうございます」
「俺とシュンは先頭を歩く。他の奴は周囲を警戒しろ!」
「「はっ!」」

 ザインが的確な指示を出して歩き出した。たとえ襲われないと言われていても、魔物は脅威の対象である。
 警戒をしながらも、ゆっくりと進む。

「ふむ。平気だったようだな」
「はい」
「ではソフィア様、呼び出しますぞ」
「お願いします」

 フォルトが住むであろう小屋に到着したので、ザインが大声で呼び出す。
 その声を聞いても、魔物は襲ってこないようだ。とはいえ警戒は怠れず、周囲の兵士は腰の剣に手をかけている。
 そして何度か声を張り上げていると、玄関扉が開くのだった。
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