残酷な描写あり
R-15
第25話 小悪魔と魔剣士2
フォルトとレイナスの関係は、主人と玩具である。支配する魔人と支配される人間なのだ。壊れれば捨てるし、興味が失われれば捨てる。
ただ、それだけであった。
「なんて思っていたときもあったな」
「何がですかぁ?」
「レイナスだ」
「飽きましたかぁ?」
「逆だな」
レイナスには飽きていない。逆に楽しませてもらっている。
成長もさることながら、夜の情事でも満足していた。
「惚れましたかあ?」
「それとは違うな」
「じゃあ独占欲ですねぇ」
「独占欲?」
「大罪の強欲でーす!」
レイナスへの感情は、キャラクター愛と呼ばれるものだ。
ゲームのおいて、特定のキャラクターを使い続ける理由の一つである。彼女は美少女育成型対戦ゲームのキャラクターとして拉致した。
その関係で、フォルトにはこだわりや愛着があった。
「御主人様は身内に甘いですよねぇ」
「身内かあ……。そうかもしれないな」
「シモベにしたいですかぁ?」
「どうだろうな」
「でもでも。レイナスちゃんは駄目でーす」
「なぜだ?」
「シモベにするのは、御主人様の自由なんですけどねぇ」
「人間だからか?」
「それ以前に弱すぎまーす! 盾にもなりませんよぉ」
カーミラは笑顔だが、いつになく辛辣だった。
彼女もレイナスを玩具としか見てないが、フォルトの所有物なので一緒にいることを認めているだけだ。
これは、冷静に分析した結果である。
単に主人を喜ばせることだけが、シモベの役割ではない。
どんな命令でも、確実に遂行できる強さが必須条件なのだ。
「そういう話は、私がいない所でお願いしたいわね」
「えへへ。知ってもらうのは重要でーす!」
現在は三人で食卓を囲みながら、料理を食べているところだった。
当然レイナスも同席してるので、今の話は最初から全部聞いている。
「でも強くなったと思うわよ?」
「どこがですかぁ?」
「私の歳でレベル二十五は異例だわ」
すでにレイナスの実力は、エウィ王国の一般兵を超えている。しかも、魔法学園を卒業していない華の十七歳だ。
確かに強くなったと言えるだろう。
「えへへ。盗賊のような小悪党と一緒でーす」
「なんですって!」
「人間を殺せるだけの人間ってことですよぉ」
「………………」
「レイナスちゃんは平気で人間を殺せるようになりましたぁ」
「おかげさまでね」
「罪も無い人間を虐殺したからですねぇ」
「そっそうよ!」
レイナスは人道にもとる行為をした。
フォルトから強要されたことだが、それを受け入れて堕ちている。すでに奇麗で白い手は、血で汚れているのだ。
「そんなことはですねぇ。養鶏場のインプでもできまーす!」
「カーミラ、言い過ぎだぞ」
「でもでも。御主人様のためでーす!」
「ふーん」
カーミラは止まらないが間違いではない。
確かに召喚した魔物であれば、レイナスと同様に、罪の無い人間を殺害できる。盗賊や夜盗のような人間も同様だろう。
ちなみにインプこそが、本来小悪魔と呼ばれる下級悪魔だ。
体長は人間の子供より小さく、全身の色が赤黒い。尖った耳や醜悪な顔が邪悪さを誘う。鉤のある長い尻尾や翼が特徴的である。
小さな悪魔。ゆえに小悪魔であるが可愛くはない。
「そこでぇ。レイナスちゃんには試験をしてもらいますねぇ」
フォルトに限らず、男性が小悪魔と呼ぶのはカーミラだろう。
もう一つの意味合いとしては、男性の心を翻弄する魅力的な女性を指す。真の小悪魔は、同性すらも虜にするらしい。
ともあれ試験という言葉に、怪訝な表情を浮かべる。
「試験だと?」
「駄目ですかぁ?」
「レイナスを壊されるのは困る」
「それはレイナスちゃん次第ですねぇ」
「やるわ。やるわよ!」
「えへへ。レイナスちゃんもこう言ってますよぉ?」
「うーむ」
フォルトからすると、折角入手したレア・キャラクターを失いたくない。
試験の内容によっては、レイナスが壊されるかもしれない。しかしながら挑発的な発言に乗ったのか、彼女はやる気満々だ。
「壊れたら、新しい玩具を見つけてきますよぉ?」
「勿体ない気も……。ちなみに何をやるんだ?」
「内緒でーす! 言っちゃったら試験になりませーん!」
「うーん」
「人間なんてどうなってもいいじゃないですかぁ」
「そう、なんだがな……」
「この程度の人間なら、すぐに見つけまーす!」
「むっ。フォルト様、やらせてください!」
「わっ分かった」
カーミラの挑発で、レイナスがカチンときたようだ。
フォルトは二人に言われると強く返せないので、渋々ながら了承する。彼女には、何か考えでもあるのだろう。
主人の損になることはやらないはずだ。
「じゃあ難しい話はここまででーす。楽しくご飯を食べましょう!」
「そうだな」
「はいっ!」
カーミラは食事を終えた後、フォルトに耳打ちして自宅から飛び立った。
そこそこ大掛かりな試験なので、準備の必要があったのだ。
ついでに、試験の全容を聞いている。内容には一抹の不安を覚えながらも、どうなるか楽しみになった。
確かに最終試験としては良いかもしれない。
そんなことを考えながら、レイナスと寝室に入るのだった。
◇◇◇◇◇
「やあっ! やあっ!」
試験の話を聞いてから、数日が経過した。
いつものようにレイナスは、剣を使って素振りをしている。
まだカーミラは戻っていない。にもかかわらず、それを気にすることはなかった。彼女が留守の間は、フォルトを独占できて嬉しいからだ。
「こんな森の奥にレイナスが?」
「そうでーす!」
「騙してはおらぬだろうな!」
「えへへ。嘘は言いませんよぉ」
レイナスが訓練の休憩に入った頃、森から複数の声が聞こえてきた。
一人は聞いたことのある声で、いつも陽気なカーミラだろう。挑発されたが、別に嫌ってはいないので出迎えてあげるべきだ。
他の声は分からないが、フォルトが人間を嫌っているので連れてはこないだろう。だとすると、魔の森の魔物かもしれない。
そこで、声が聞こえた方向に歩いていく。
「レイナスちゃーん。帰ったよぉ!」
「ほっ本当におったぞ!」
「まあまあレイナスちゃん」
「お父様、お母様?」
これは、夢か幻か。
カーミラと一緒に現れたのは、レイナスの父親であるローイン伯爵である。エウィ王国の有力貴族であり、国内の軍を統括する人物だ。
もう一人は母親のレイラで、他にも護衛の兵士が二十人ほどいる。
突然のことで、思わず呆けてしまう。
「小娘! 礼を言うぞ!」
「いえいえ。連れてきただけですよぉ」
「それでも、だ!」
「本当にありがとうね」
「探したぞレイナス!」
「レイナスちゃん、心配したのですよ?」
「なぜ両親が……」
レイナスは困惑して、その場から動けなかった。
それでも事の説明を、カーミラに求める。
「カーミラちゃん! どういうことですか!」
「レイナスちゃんの居場所を教えれば報奨金がもらえるもん!」
「なっ! 私を売ったのですか!」
「えへへ」
カーミラから出た報奨金という言葉に、レイナスは激昂する。
たとえ彼女が悪魔だとしても、一緒にフォルトを喜ばせる女性として、仲間意識が芽生えていたのだ。
その相手に金で売られたことで、頬を引っ張たきたくなる。
ともあれ、ローインとレイラは近づいてきた。
「レイナス! とにかく帰るぞ!」
「嫌ですわ!」
「お前のせいで、どれだけ迷惑が掛かっとると思っておるのだ!」
「そうですよ。何があったかは屋敷に帰ってからね」
当然のように両親は、レイナスを連れ戻そうとする。
それは当たり前の話なのだが、戻るつもりは毛頭無い。大好きなフォルトの傍を離れたくないのだ。
「私は残りますわ! どうぞお帰りになってくださいませ」
「馬鹿を申すな! お前は伯爵令嬢なのだぞ!」
「レイナスちゃんがいてはいけない場所よ? 早く帰りましょう」
「とにかく、私は戻れませんわ!」
「こんな我儘な娘に育てた覚えはないのだがな。お前たち!」
「「はっ!」」
ローインの命令で、兵士たちがレイナスを取り囲む。無理やりにでも連れていくつもりなのだろう。
この展開に戸惑って、冷静な判断ができない。
そこで判断を仰ごうと、フォルトを見る。
「フォルト様! 私はどうすれば?」
「フォルトだと? 誰のことだ!」
「フォルト様!」
「あの屋根の上の男か? 貴様がレイナスを誘拐したのか!」
「………………」
レイナスは助けを求たが、フォルトは無視している。
ローインからの言葉も同様だった。屋根の上で寝転びながら、こちらの状況を眺めているだけだった。
自分で判断しろとでもいうのだろうか。
「貴様! 降りてこい!」
「………………」
「無礼な奴だ。おい! お前たち!」
「「はっ!」」
「ちっ!」
レイナスが考えている間にも、状況は悪い方向に向かっていた。
兵士の一部が、屋根によじ登ろうと動きだしたのだ。しかしながらフォルトも立ち上がって、屋根の上から隣まで飛び下りてきた。
物凄い跳躍力である。
これには嬉しさのあまり、腕に抱き着いてしまう。
「きっ貴様!」
「レイナスは帰りたくないようです。お引き取りください」
「はあ? 馬鹿も休み休み言え! 貴様を連行する!」
「なぜでしょうか?」
両親を前にしても、フォルトは冷静に対応している。
レイナスにとっては意外であり、てっきり殺すのかと思っていた。もしかしたら、肉親だからと遠慮しているのかもしれない。
「娘を誘拐した罪だ。貴様を死刑に処す!」
「死刑?」
「貴族の娘を誘拐したのだ。当然だろう」
「お父様!」
「レイナスは黙っていなさい。おい! 捕まえろ!」
「「はっ!」」
ローインの命令で、兵士がフォルトを拘束する。
これも意外だった。
なんと成すがまま拘束されてしまったのだ。
彼が魔人だと知っているレイナスは、人間如きに簡単に捕縛されている理由が分からない。とはいえ拙いと思って、伯爵令嬢として兵士に命令する。
「フォルト様を放しなさい!」
「お嬢様の命令でも聞けません!」
「お母様!」
「貴族の娘として自覚を持ちなさい」
「お父様!」
「帰るぞ! 先ほどレイラが言ったように、何があったかは後でな」
「…………。しなさい」
「何か言ったか?」
「フォルト様を放しなさいと言ったのです!」
兵士はレイナスの命令を聞かず、両親は取り付く島もない。
それにも激昂してしまって、訓練で使っていた剣を抜いた。
そして、フォルトを連行しようとした兵士の一人を斬る。人間を殺すことには、何の躊躇いも戸惑いもないとでも言いたげな一撃だった。
確実に急所を捉えている。
「ぎゃあ!」
「レイナス!」
「レイナスちゃん! 何をするの!」
「うるさい! うるさい! うるさい!」
「やめっ!」
「ぐおっ!」
「ぎゃ!」
レイナスは怒声を上げながら、フォルトを取り囲んでいた兵士たちも斬る。
その目には涙が浮かんでいた。
両親の目の前で、人を殺しているのだ。いくら殺すことに戸惑いがなくても、これに耐えられるものではない。
「伯爵様!」
「どうすれば?」
兵士たちはフォルトから離れて、ローインの前に戻る。
さすがに彼らは、レイナスを攻撃することはできない。
本来の目的は、伯爵の娘である彼女を連れ戻すために訪れたのだ。殺してしまっては、本末転倒である。
怒りを買って処分されてしまうだろう。
「レイナス! やめんか!」
「レイナスちゃん! 何をやったのか分かってるの?」
「フォルト様に手を出すからだわ!」
「その男が何だというのだ!」
「私の御主人様だわ!」
「何を言ってるの? レイナスちゃんには婚約者が……」
「………………。帰ってください」
何をやったかは、レイラに言われなくても分かっている。しかしながら、愛する男を死刑などと言われて捕縛させるわけにはいかない。
レイナスは顔を俯かせて、フォルトの前面に立つ。
そして両親に対しても、剣を向けるのだった。
ただ、それだけであった。
「なんて思っていたときもあったな」
「何がですかぁ?」
「レイナスだ」
「飽きましたかぁ?」
「逆だな」
レイナスには飽きていない。逆に楽しませてもらっている。
成長もさることながら、夜の情事でも満足していた。
「惚れましたかあ?」
「それとは違うな」
「じゃあ独占欲ですねぇ」
「独占欲?」
「大罪の強欲でーす!」
レイナスへの感情は、キャラクター愛と呼ばれるものだ。
ゲームのおいて、特定のキャラクターを使い続ける理由の一つである。彼女は美少女育成型対戦ゲームのキャラクターとして拉致した。
その関係で、フォルトにはこだわりや愛着があった。
「御主人様は身内に甘いですよねぇ」
「身内かあ……。そうかもしれないな」
「シモベにしたいですかぁ?」
「どうだろうな」
「でもでも。レイナスちゃんは駄目でーす」
「なぜだ?」
「シモベにするのは、御主人様の自由なんですけどねぇ」
「人間だからか?」
「それ以前に弱すぎまーす! 盾にもなりませんよぉ」
カーミラは笑顔だが、いつになく辛辣だった。
彼女もレイナスを玩具としか見てないが、フォルトの所有物なので一緒にいることを認めているだけだ。
これは、冷静に分析した結果である。
単に主人を喜ばせることだけが、シモベの役割ではない。
どんな命令でも、確実に遂行できる強さが必須条件なのだ。
「そういう話は、私がいない所でお願いしたいわね」
「えへへ。知ってもらうのは重要でーす!」
現在は三人で食卓を囲みながら、料理を食べているところだった。
当然レイナスも同席してるので、今の話は最初から全部聞いている。
「でも強くなったと思うわよ?」
「どこがですかぁ?」
「私の歳でレベル二十五は異例だわ」
すでにレイナスの実力は、エウィ王国の一般兵を超えている。しかも、魔法学園を卒業していない華の十七歳だ。
確かに強くなったと言えるだろう。
「えへへ。盗賊のような小悪党と一緒でーす」
「なんですって!」
「人間を殺せるだけの人間ってことですよぉ」
「………………」
「レイナスちゃんは平気で人間を殺せるようになりましたぁ」
「おかげさまでね」
「罪も無い人間を虐殺したからですねぇ」
「そっそうよ!」
レイナスは人道にもとる行為をした。
フォルトから強要されたことだが、それを受け入れて堕ちている。すでに奇麗で白い手は、血で汚れているのだ。
「そんなことはですねぇ。養鶏場のインプでもできまーす!」
「カーミラ、言い過ぎだぞ」
「でもでも。御主人様のためでーす!」
「ふーん」
カーミラは止まらないが間違いではない。
確かに召喚した魔物であれば、レイナスと同様に、罪の無い人間を殺害できる。盗賊や夜盗のような人間も同様だろう。
ちなみにインプこそが、本来小悪魔と呼ばれる下級悪魔だ。
体長は人間の子供より小さく、全身の色が赤黒い。尖った耳や醜悪な顔が邪悪さを誘う。鉤のある長い尻尾や翼が特徴的である。
小さな悪魔。ゆえに小悪魔であるが可愛くはない。
「そこでぇ。レイナスちゃんには試験をしてもらいますねぇ」
フォルトに限らず、男性が小悪魔と呼ぶのはカーミラだろう。
もう一つの意味合いとしては、男性の心を翻弄する魅力的な女性を指す。真の小悪魔は、同性すらも虜にするらしい。
ともあれ試験という言葉に、怪訝な表情を浮かべる。
「試験だと?」
「駄目ですかぁ?」
「レイナスを壊されるのは困る」
「それはレイナスちゃん次第ですねぇ」
「やるわ。やるわよ!」
「えへへ。レイナスちゃんもこう言ってますよぉ?」
「うーむ」
フォルトからすると、折角入手したレア・キャラクターを失いたくない。
試験の内容によっては、レイナスが壊されるかもしれない。しかしながら挑発的な発言に乗ったのか、彼女はやる気満々だ。
「壊れたら、新しい玩具を見つけてきますよぉ?」
「勿体ない気も……。ちなみに何をやるんだ?」
「内緒でーす! 言っちゃったら試験になりませーん!」
「うーん」
「人間なんてどうなってもいいじゃないですかぁ」
「そう、なんだがな……」
「この程度の人間なら、すぐに見つけまーす!」
「むっ。フォルト様、やらせてください!」
「わっ分かった」
カーミラの挑発で、レイナスがカチンときたようだ。
フォルトは二人に言われると強く返せないので、渋々ながら了承する。彼女には、何か考えでもあるのだろう。
主人の損になることはやらないはずだ。
「じゃあ難しい話はここまででーす。楽しくご飯を食べましょう!」
「そうだな」
「はいっ!」
カーミラは食事を終えた後、フォルトに耳打ちして自宅から飛び立った。
そこそこ大掛かりな試験なので、準備の必要があったのだ。
ついでに、試験の全容を聞いている。内容には一抹の不安を覚えながらも、どうなるか楽しみになった。
確かに最終試験としては良いかもしれない。
そんなことを考えながら、レイナスと寝室に入るのだった。
◇◇◇◇◇
「やあっ! やあっ!」
試験の話を聞いてから、数日が経過した。
いつものようにレイナスは、剣を使って素振りをしている。
まだカーミラは戻っていない。にもかかわらず、それを気にすることはなかった。彼女が留守の間は、フォルトを独占できて嬉しいからだ。
「こんな森の奥にレイナスが?」
「そうでーす!」
「騙してはおらぬだろうな!」
「えへへ。嘘は言いませんよぉ」
レイナスが訓練の休憩に入った頃、森から複数の声が聞こえてきた。
一人は聞いたことのある声で、いつも陽気なカーミラだろう。挑発されたが、別に嫌ってはいないので出迎えてあげるべきだ。
他の声は分からないが、フォルトが人間を嫌っているので連れてはこないだろう。だとすると、魔の森の魔物かもしれない。
そこで、声が聞こえた方向に歩いていく。
「レイナスちゃーん。帰ったよぉ!」
「ほっ本当におったぞ!」
「まあまあレイナスちゃん」
「お父様、お母様?」
これは、夢か幻か。
カーミラと一緒に現れたのは、レイナスの父親であるローイン伯爵である。エウィ王国の有力貴族であり、国内の軍を統括する人物だ。
もう一人は母親のレイラで、他にも護衛の兵士が二十人ほどいる。
突然のことで、思わず呆けてしまう。
「小娘! 礼を言うぞ!」
「いえいえ。連れてきただけですよぉ」
「それでも、だ!」
「本当にありがとうね」
「探したぞレイナス!」
「レイナスちゃん、心配したのですよ?」
「なぜ両親が……」
レイナスは困惑して、その場から動けなかった。
それでも事の説明を、カーミラに求める。
「カーミラちゃん! どういうことですか!」
「レイナスちゃんの居場所を教えれば報奨金がもらえるもん!」
「なっ! 私を売ったのですか!」
「えへへ」
カーミラから出た報奨金という言葉に、レイナスは激昂する。
たとえ彼女が悪魔だとしても、一緒にフォルトを喜ばせる女性として、仲間意識が芽生えていたのだ。
その相手に金で売られたことで、頬を引っ張たきたくなる。
ともあれ、ローインとレイラは近づいてきた。
「レイナス! とにかく帰るぞ!」
「嫌ですわ!」
「お前のせいで、どれだけ迷惑が掛かっとると思っておるのだ!」
「そうですよ。何があったかは屋敷に帰ってからね」
当然のように両親は、レイナスを連れ戻そうとする。
それは当たり前の話なのだが、戻るつもりは毛頭無い。大好きなフォルトの傍を離れたくないのだ。
「私は残りますわ! どうぞお帰りになってくださいませ」
「馬鹿を申すな! お前は伯爵令嬢なのだぞ!」
「レイナスちゃんがいてはいけない場所よ? 早く帰りましょう」
「とにかく、私は戻れませんわ!」
「こんな我儘な娘に育てた覚えはないのだがな。お前たち!」
「「はっ!」」
ローインの命令で、兵士たちがレイナスを取り囲む。無理やりにでも連れていくつもりなのだろう。
この展開に戸惑って、冷静な判断ができない。
そこで判断を仰ごうと、フォルトを見る。
「フォルト様! 私はどうすれば?」
「フォルトだと? 誰のことだ!」
「フォルト様!」
「あの屋根の上の男か? 貴様がレイナスを誘拐したのか!」
「………………」
レイナスは助けを求たが、フォルトは無視している。
ローインからの言葉も同様だった。屋根の上で寝転びながら、こちらの状況を眺めているだけだった。
自分で判断しろとでもいうのだろうか。
「貴様! 降りてこい!」
「………………」
「無礼な奴だ。おい! お前たち!」
「「はっ!」」
「ちっ!」
レイナスが考えている間にも、状況は悪い方向に向かっていた。
兵士の一部が、屋根によじ登ろうと動きだしたのだ。しかしながらフォルトも立ち上がって、屋根の上から隣まで飛び下りてきた。
物凄い跳躍力である。
これには嬉しさのあまり、腕に抱き着いてしまう。
「きっ貴様!」
「レイナスは帰りたくないようです。お引き取りください」
「はあ? 馬鹿も休み休み言え! 貴様を連行する!」
「なぜでしょうか?」
両親を前にしても、フォルトは冷静に対応している。
レイナスにとっては意外であり、てっきり殺すのかと思っていた。もしかしたら、肉親だからと遠慮しているのかもしれない。
「娘を誘拐した罪だ。貴様を死刑に処す!」
「死刑?」
「貴族の娘を誘拐したのだ。当然だろう」
「お父様!」
「レイナスは黙っていなさい。おい! 捕まえろ!」
「「はっ!」」
ローインの命令で、兵士がフォルトを拘束する。
これも意外だった。
なんと成すがまま拘束されてしまったのだ。
彼が魔人だと知っているレイナスは、人間如きに簡単に捕縛されている理由が分からない。とはいえ拙いと思って、伯爵令嬢として兵士に命令する。
「フォルト様を放しなさい!」
「お嬢様の命令でも聞けません!」
「お母様!」
「貴族の娘として自覚を持ちなさい」
「お父様!」
「帰るぞ! 先ほどレイラが言ったように、何があったかは後でな」
「…………。しなさい」
「何か言ったか?」
「フォルト様を放しなさいと言ったのです!」
兵士はレイナスの命令を聞かず、両親は取り付く島もない。
それにも激昂してしまって、訓練で使っていた剣を抜いた。
そして、フォルトを連行しようとした兵士の一人を斬る。人間を殺すことには、何の躊躇いも戸惑いもないとでも言いたげな一撃だった。
確実に急所を捉えている。
「ぎゃあ!」
「レイナス!」
「レイナスちゃん! 何をするの!」
「うるさい! うるさい! うるさい!」
「やめっ!」
「ぐおっ!」
「ぎゃ!」
レイナスは怒声を上げながら、フォルトを取り囲んでいた兵士たちも斬る。
その目には涙が浮かんでいた。
両親の目の前で、人を殺しているのだ。いくら殺すことに戸惑いがなくても、これに耐えられるものではない。
「伯爵様!」
「どうすれば?」
兵士たちはフォルトから離れて、ローインの前に戻る。
さすがに彼らは、レイナスを攻撃することはできない。
本来の目的は、伯爵の娘である彼女を連れ戻すために訪れたのだ。殺してしまっては、本末転倒である。
怒りを買って処分されてしまうだろう。
「レイナス! やめんか!」
「レイナスちゃん! 何をやったのか分かってるの?」
「フォルト様に手を出すからだわ!」
「その男が何だというのだ!」
「私の御主人様だわ!」
「何を言ってるの? レイナスちゃんには婚約者が……」
「………………。帰ってください」
何をやったかは、レイラに言われなくても分かっている。しかしながら、愛する男を死刑などと言われて捕縛させるわけにはいかない。
レイナスは顔を俯かせて、フォルトの前面に立つ。
そして両親に対しても、剣を向けるのだった。
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