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作者: 特攻君
残酷な描写あり R-15
第16話 血濡れの令嬢2
 魔の森に戻ったフォルトとカーミラは、自宅で空腹を満たしていた。
 留守番のブラウニーたちは送還してある。ずっと召喚していると、日々魔力が減っていくからだ。
 必要なときに、また召喚すれば良い。

「長い旅から帰ってきた気分だな」
「そうですかぁ?」
「あんなにも森から離れるとは……」
「たった三日じゃないですかぁ」
「三日間も、だ! 俺にとっては長すぎる!」

 フォルトは思う。
 森は天国で、自宅の中はもっと天国である。離れたくないのだ。
 城塞都市ソフィアなど行きたくなかった。しかしながら、レアキャラクターを入手するために仕方なく向かったのだ。

「あの女はどうするんですかぁ?」

 カーミラの言葉で床に視線を向けると、城塞都市ソフィアから拉致したレイナスが寝転がっている。
 まだ気絶しているようだ。

「決める前に聞きたいんだが……」
「何ですかぁ?」
「いまさらだが、シモベと召喚は違うのか?」
「召喚は魔力を渡して契約しまーす!」
「うん」
「シモベはお互いの同意のもと、魔力の器をつなぎまーす!」
「魔力の器を繋ぐ?」
「そうでーす! 赤い糸ですよぉ」
「あぁ……。イメージはできた」

 水が入った瓶で例えると、水が魔力で瓶が器である。
 召喚は魔力という水をプレゼントすることで、魔物と契約が結ばれるのだ。
 シモベの契約は、瓶自体に穴を通して繋げる契約だった。とはいえ、魔力の共有ができるわけではない。
 あくまでも繋げるだけだ。

「どうやるんだ?」
「アカシックレコードで分かりますよぉ」
「あっはっはっ!」
「御主人様は怠惰でーす!」
「で、どうやるんだ?」
「儀式ですよ! 儀式!」

(カーミラを困らせるのも悪いな。アカシックレコードから儀式を……。うーん。難しそうだな。レイナスは絶対に拒否するだろう)

 シモベ契約を結ぶには、お互いの同意が必要である。無理やり拉致してきたレイナスが同意するわけがない。
 他にも様々な制約があるが、スタートからつまずいていた。

「カーミラは前の主人と同意したのか?」
「前の御主人様は魔人でしたからねぇ。強かったでーす!」
「それだけ?」
「強いは悪ですよぉ?」
「そっそうだったな」
「強者とのシモベ契約は、悪魔にとって憧れでーす!」
「ほう」
「何をやっても守ってもらえるもーん!」

 世間では、泣くことが子供の仕事と言われている。
 それと同じように、悪魔は悪事をするのが仕事だ。天界の神々に敵対する悪魔王の従者として、人間をおとしめるためである。
 カーミラの場合は、進んで悪事をやりたいわけではない。何かをやった結果が、悪魔王の喜ぶ内容なら望ましい程度であった。

「もしかして……。俺を堕落させようとして近づいた?」
「もっと堕落してほしいですけどぉ。理由はシモベだからでーす!」
「どういう意味だ?」
「相性がバッチリなんですよぉ」
「相性かあ」

 フォルトにとって、カーミラが近づいた理由はどうでも良い。
 興味が出たから聞いただけであり、すでになくてはならない存在となっている。体の相性はもちろんのこと、会話の相手としても最高の相手だ。

「結局どうするんですかぁ?」
「まずは同意を取る必要があるな」
「シモベにするんですかぁ?」
「嫌か?」
「弱い人間をシモベにしても意味ないですよぉ」
「なら使えるのが分かってからでいいな」
「シモベはカーミラちゃんだけで十分でーす!」
「そうだが……」」
「御主人様のお世話は、カーミラちゃんが全部やりますねぇ」
「たっ確かに全部やっているな!」

 フォルトは怠惰なので、カーミラに丸投げ状態だった。
 常に一緒にいるので、身の回りの世話を任せているのだ。また面倒なことは、召喚した魔物に任せている。
 まさに怠惰の極みであり、シモベ使いが荒く魔物使いも荒い。
 ともあれ、まずはレイナスと会話しないと始まらないだろう。

「さてと……。レイナスを起こしてくれ」
「騒ぎますよぉ?」
「まぁ分かっているだろ?」
「さすがは御主人様です!」
「ではよろしく頼む」

 カーミラがレイナスを起こすと、「んんっ」と声を出して目を開ける。続けて椅子に座っているフォルトに視線を向けると、やはり大声を上げた。
 もちろん理解しているので、指は耳の中である。
 ある意味ではデジャヴだが、これは「お約束」のようなものだ。

「はぁはぁ」
「気が済んだか?」
「うるさい!」
「お前のほうがうるさかったが……」
「………………」

 大声を出し続けていると疲れるものだ。
 レイナスはフォルトをにらむが、何かがおかしいと周囲を見渡した。

「ここが気になるか?」
「え、えぇ……」
「俺の家だ。確か魔の森だったか? まぁ森の奥地だな」
「え?」
うそは言っていないが……。どうせ後で分かることだ」
「………………」

 カーミラに気絶させられるまで、レイナスは城塞都市ソフィアにいた。
 そして魔の森は、魔物が跳梁跋扈ちょうりょうばっこする危険な場所である。人間が住めるような土地ではないので、彼女が信用していないのは見て取れた。

「それと「早く帰しなさいよ!」とかは要らない。分かっている」
「そう……。帰す気は無いのね?」
「お前も分かっているじゃないか」
「ふん! 私をどうするつもりかしら?」
「そこからが話の続き、だ」
「私を剣奴にするって話ね?」
「うむ」

 レイナスは冷静さを取り戻したようだ。
 自分の置かれている立場を、十分に理解しているのか。はたまた殺されることはないと高を括っているのか。
 それは定かではないが、フォルトは彼女について問いかける。

「レイナスは魔法剣士を目指しているのだろ?」
「そうね。でも戦うことないわ」
「伯爵令嬢だからか?」
「そうよ。嫁ぎ先も決まっているわ」
「婚約者がいるのか?」
「会ったことはないわ。でも貴族とはそういうものよ」

(確か政略結婚だっけ? 貴族の娘は家の道具と聞いたことがある。こっちの世界でも同じか。まぁ俺には関係ないけどな)

 貴族は家の存続を一番に考えている。
 結婚は政治の一環で、貴族令嬢に自由恋愛など認められない。嫡男がいなければ婿を取るため、また貴族家同士の繋がりで送り出す。

「とにかく理解したか? お前は俺の所有物になった」
「どういうわけよ!」
「育てた後は人間と戦ってもらう」
「言ってたわね。答えは嫌よ!」

 当然の返答だろう。
 それにしても、この状況から明確に拒否している。フォルトから逃げるために、話に乗る演技をしても良いはずだ。
 もしかしたら、おっさんの姿に拒否反応でも示したか。ならば事実を伝えれば、彼女も考えを改めるかもしれない。
 カーミラも面体より、魔人の強さに憧れているのだ。

「俺を見てどう思う?」
「気持ちの悪いおじさんだわ」
「ははっ。俺もそう思う。だが面体は関係無い」
「はあ?」
「俺は魔人だからな」
「魔、人……?」
「知っているか?」
「天災級の災害を起こす種族と聞いてるわ」

 今のフォルトに、天災級の災害を起こせるかはさておき。
 人間のレイナスも、悪魔のカーミラと同様の回答をした。ならば魔人とは、そういう存在なのだろう。
 しかし……。

「その魔人がお前の御主人様だ!」
「ふざけないで!」

 フォルトが魔人だと伝えても、レイナスが信用するわけがない。見た目は人間の中年男性なのだ。魔人だという証拠は何も無い。
 それは分かっているので、『変化へんげ』のスキルで翼を出した。

「なっ!」
「魔人だと理解したか?」
「人間じゃないことだけは、ね」
「気丈だな」
「当り前だわ。力だけで何でもできると思わないで!」
「さすがは伯爵令嬢。そして生徒会長。そそるものがあるな」
「貴方に犯されるくらいなら死んだほうがマシだわ!」
「そうだろうな。俺もそう思う」
「くっ! 殺しなさい!」

(くっころきた! 女騎士の定番だが、貴族の令嬢でも言っちゃうものなんだな。だが、まだレイナスというキャラでゲームをやっていない)

 フォルトは感動する。
 いい歳をして厨二病ちゅうにびょうが入っているので、一人だったら涙を流したかもしれない。演技ではなく、本物の「くっころ」である。
 もちろん殺害するつもりはないので、カーミラに視線を移す。

「カーミラ」
「はあい!」
「何日ぐらい必要かな?」
「私も参加するとしてぇ。五日ですかねぇ?」
「なら、さっさとやってしまうか」
「何を……」
「了解でーす! えいっ!」
「きゃあ!」

 カーミラの肩に抱え上げられたレイナスは、フワッと浮かされて寝室に投げ込まれた。猿轡は取っても、体を縛る縄は解かれていないのだ。
 これから始まるのは調教である。
 やり過ぎると、ジェシカやアイナのように壊れてしまう。しかしながらどの程度で再起不能になるかは、先の二人で理解している。
 フォルトは口角を上げて、ベッドでおびえる貴族令嬢に近づくのだった。


◇◇◇◇◇


 レイナスを寝室に放り込んで三日目。
 フォルトとカーミラが、リビングに戻ってきた。今まで寝室にずっといたので、暴食が悲鳴を上げているのだ。
 椅子に座った後は、彼女に催促する。

「カーミラ、飯だ!」
「はあい! ただいまあ!」
「おっ! 準備してあったのか?」
「二日目の途中で寝室を出ましたよぉ」
「悪いな。気付かなかった」
「ですよねぇ。もう冷めっちゃってますけどぉ」
「大丈夫だ! とにかく腹を膨らませるぞ!」

 さすがはカーミラである。
 フォルトの行動などお見通しで、色欲を満足させたら暴食か怠惰なのだ。怠惰なら寝るのだが、どのみち起きれば同じこと。
 暴食を満足させるために、料理をストックしてあった。

「御主人様!」
「もぐもぐ……。ん?」
「五日も必要がなかったですねぇ」
「決意は固かったようだがなあ」
「すぐに堕ちちゃうなんて情けないですよねぇ」

 カーミラの読みでは五日だったが、たったの三日でレイナスが堕ちてしまった。と言うか、初日ですら怪しかった。
 気丈だっただけに、彼女は拍子抜けしたようだ。

「あれだけやれば、な。お代わり!」
「はあい。ただいまあ!」

 冷めていても旨いので、フォルトはガツガツと料理を口に運ぶ。
 そして暫く料理を胃に納めていると、寝室の扉が開いた。四つんいで歩いてきたレイナスが、足に擦り寄ってくる。
 乱れた魔法学園の制服と上気している顔が、調教の結果を物語る。

「フォ、フォルトさまぁ」
「レイナス、お前の主人は誰だ?」
「フォルト様ですわ!」
「俺を見てどう思う?」
「離れられないほどに愛おしいですわ!」
「こんなおっさんが、か?」
「おっさんなどと……。意地悪を言わないでくださいませ」

(完全に堕ちた。カーミラのサポートが凄いんだよなあ。こういうのが得意と言うか何と言うか……。見ていたこっちが恥ずかしい。でへ)

 まさにリリスの本領を発揮していた。
 はっきり言うと、カーミラだけで堕とせただろう。男性だけでなく女性も堕落させられるところが恐ろしい。
 もちろんフォルトがやらないと、レイナスの主人は彼女になってしまう。なので、負けないように頑張ったつもりだ。

「お、お情けを……」
「俺の期待したとおりに育てば、な」
「分かりましたわ」
「とりあえず飯を食え!」
「はい!」

 レイナスは才色兼備である。
 見た目は良しスタイルも良し、頭も良しだ。カーミラガチャは大当たりだった。まさに、レアキャラクターである。
 食事の後は自宅を出て、現在の強さを見させてもらった。魔法学園の中ではトップクラスの実力なので、フォルトの期待通りだった。
 これなら、ゲームを楽しめるだろう。

「レイナス」
「何でしょうか?」
「お前が学園からいなくなるとどうなる?」
「大騒ぎになることは間違いないと思いますわ」
「じゃあ一回戻るか?」
「嫌ですわ。フォルト様から離れたくありません!」
「そうか……」
「今後の私は何をすればよろしいのですか?」
「あ……」

 フォルトとしては、テレビゲームの延長線上として遊ぶつもりでいた。現実で育てる方法など考えていなかったのだ。
 ゲームでは魔物を倒していれば、勝手にレベルが上がっていた。
 他にも成長ポイントと呼ばれる数字を、ステータスに割り振れば良かった。しかしながら、いま魔物と戦わせれば死んでしまうだろう。
 そこで、まずは頭に浮かんだことをやらせてみる。

「素振り」
「はい?」
「その辺に落ちてる木の棒でも拾って、素振り一万回!」
「分かりましたわ」

 フォルトに言われたとおり、レイナスは木の棒を拾う。
 そして、素振りを始めた。表情は真剣そのものだ。称号に「剣士」があったので、なかなか様になっている。
 カーミラはその光景を見て、クスクスと笑っている。続けて腕を組んだ後、首を傾げて問いかけてきた。

「御主人様、あれで強くなりますかぁ?」
「さあ?」
「え?」
「自慢ではないが、俺は人を育てた経験が無い!」
「ええっ!」

 フォルトは教員でもなんでもない。
 自宅に引き籠る前の仕事はブラック企業勤めだったので、新入社員として入社しても「自分で考えろ」であった。
 そういった社風だったためか、部下が付いても同様なことを伝えていた。

「まぁいいや。カーミラよ」
「何ですかあ?」
「アレは演技かもしれない。調教の経過を見ておいてくれ」
「はあい!」
「では任せた。俺は寝る!」
「カーミラちゃんも一緒しまーす!」
「一緒に寝たら経過が分からないだろ?」
「ぶぅ! じゃあ後で行きますよーだ!」

 フォルトは惰眠を貪るために寝室へ戻る。
 掃除は新たに召喚したブラウニーたちが終わらせていた。調教した後の部屋は、大変なことになっていたのだ。
 木窓を開けて換気も万全なので、惰眠に入る前に閉めておく。

「さ、寝よ」

 奇麗になったベッドに飛び込んだフォルトは、ゆっくりと目を閉じた。
 それと同時に、レイナスをどうやって鍛えようかと考える。
 ゲームはゲームでも、現実世界で育成するのだ。折角のレアキャラクターなので、それなりに気を配らないと死んでしまうだろう。
 そして人間の成長に必要なものは、努力と根性である。ならば、それに合わせた練習メニューが必要かもしれない。
 そんな昭和時代の体育教師を思い浮かべながら、深い眠りに入るのだった。
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