残酷な描写あり
R-15
神無き世界
「もうすぐだ……後もう少しで儀式が完成するぞ!」
ジェンタイト魔鉱山で四賢者はひたすら禁呪を唱え続けた。アニバサブ粒子を消し去る儀式、それが完成間近に迫っていた。賢者たちは己の体内から魔力がかつてないほど失われていくのを実感する。巨大な魔方陣によって魔力が吸収されていくと同時に、肉体的な疲労も限界にまで達していた。
空はすっかり真紅色に染まった。そして魔鉱山には嵐が吹き荒び、慟哭のように大雨が降る。世界はもはや異様な様相を見せ始め、誰の目から見ても狂い始めていた。
「よし、そのままだ! 魔力を注ぎ続けろ! そうすれば、この世から全てアニバサブ粒子を消し去れる!」
ビスモアは不気味な笑いを浮かべながら三賢者を奮い立たせた。三賢者はもはや、ここまで来たからにはもう止められない。ひたすら意識の全てを目の前の儀式に集中する。嵐に飛ばされないよう、必死に地面に足を踏みとどまらせた。
だが、魔方陣が眩い光を放ち、そして全ての詠唱が完了しそうになった時だった。突然轟音が鳴り響き、大地が揺らいだ。幾層も積み重なった雷雲が真っ二つに割れ、神々しい黄金の光が雲の裂け目から降り注ぐ。そして空からは、白髪の美しい壮年男性の巨大な顔が現れた。
その人智を超えた存在の登場に王国の三賢者は驚愕に眼を奪われる。だが一方で、その名状しがたき存在を見てビスモアは大喜びした。
「フフ、フハハ! 貴様か? 貴様が神か? やっと、やっと会えた! 俺はずっと貴様を殺したくてたまらなかったぞ!」
興奮してビスモアは叫び散らす。その眼にはもはや正常な色は失われていた。
「神よ! テロワールよ! 我々を殺しに来たのか? 世界中のアニバサブ粒子をカトラ元素に変換し、貴様の存在もろとも消し飛ばそうとする罪深き人間どもを! ならば俺と殺し合おうぞ! 貴様を殺すために、俺は禁忌の魔術にすら手を染めてきたのだ!」
狂気を孕みながら笑うとともに、ビスモアは古代呪文を唱える。『パーフェクトガード』による結界が魔方陣全体に張り巡らされた。だが防壁は世界から既に魔力が失われた影響で、ところどころヒビが入っている。
「さあ、かかってこい神よ! 我々を殺さねば貴様は死ぬ! この世界の創造主たる貴様と戦えるなぞ、この世で最高の瞬間だ! 俺は人生の中で、これほど恐悦至極に震えたことはないぞ! さぁ、俺を殺してみろテロワール!」
他の三賢者はあまりのビスモアの無謀な挑戦に気が失いそうになるほどゾッとする。もはや言っていることもやっていることも滅茶苦茶だった。とても正気の沙汰とは思えない。
だが天空より姿を現した神なる存在は、どこまでも穏やかな無表情で人間たちを見下ろしていた。
「……いえ、我はあなた方と争うつもりはありません。ただ見届けにきたのです。たかが人間ごときが、本気で神無き世界で生きられるなどと信じられる傲慢さを」
神の答えにビスモアは仰天する。彼の絶対的な知性をもってしても、神の意向など理解できなかった。
「どういうことだテロワール! 貴様は人間が憎いのではないのか!? 貴様の創り出した世界を荒らし、我が物顔で使い潰す神への畏敬を忘れた人間どもが!」
「……いえ、もはやあなた方に憎しみなどありません。飽きたのです。我はこの世界に」
四賢者は、ただ失望を吐露する神なる存在を凝視する。危機的で冒涜的な状況だというのに、誰もが恍惚とするほどにその至尊なる存在に意識を奪われていた。
「……我を殺したければ殺しても構いません。所詮人間などという失敗作を創り出した時点で、我は神としての役割を終えたのです。この世界は滅びを迎えました。そして我自身も存在意義を失いました。初めからこの瞬間が来るのを待ちわびていたのかもしれません」
そして神なる存在は、穏やかに瞼をそっと閉ざす。
「……唯一心残りがあるとすれば、神を失くした人間どもの末路を、この眼で確かめることができないことぐらいですね。まぁ、そんなものを眺めて何か世界が変わるわけでもありませんが」
やがて神テロワールは白い砂塵を散らしながら崩れ去っていく。無貌となった面差しは、悲しみも怒りも、そして喜びすらも何もなかった。
「……さらば。我より生まれしゴミクズの失敗作どもよ。例えどれだけ世界を自由に操れる力があったとしても、永遠に生き続けるなど絶望でしかありませんね」
そして神は跡形もなく姿を消した。いつの間にか雷雲がすっかりと晴れ渡り、紅い空には太陽の鈍い光が降り注いでいる。ただ茫然と神の消失を眺めていた三賢者は、やはり空を見上げたまま言葉を失っていた。
「フハハ、フハハ、フハハハハ!!」
だがビスモアは天空へ向かって哄笑を上げる。
「これからの時代こそ、本当に人間の生きるべき意味が試されるのだ!」
荒廃した世界で、ただ狂人の叫びが轟いた。
ジェンタイト魔鉱山で四賢者はひたすら禁呪を唱え続けた。アニバサブ粒子を消し去る儀式、それが完成間近に迫っていた。賢者たちは己の体内から魔力がかつてないほど失われていくのを実感する。巨大な魔方陣によって魔力が吸収されていくと同時に、肉体的な疲労も限界にまで達していた。
空はすっかり真紅色に染まった。そして魔鉱山には嵐が吹き荒び、慟哭のように大雨が降る。世界はもはや異様な様相を見せ始め、誰の目から見ても狂い始めていた。
「よし、そのままだ! 魔力を注ぎ続けろ! そうすれば、この世から全てアニバサブ粒子を消し去れる!」
ビスモアは不気味な笑いを浮かべながら三賢者を奮い立たせた。三賢者はもはや、ここまで来たからにはもう止められない。ひたすら意識の全てを目の前の儀式に集中する。嵐に飛ばされないよう、必死に地面に足を踏みとどまらせた。
だが、魔方陣が眩い光を放ち、そして全ての詠唱が完了しそうになった時だった。突然轟音が鳴り響き、大地が揺らいだ。幾層も積み重なった雷雲が真っ二つに割れ、神々しい黄金の光が雲の裂け目から降り注ぐ。そして空からは、白髪の美しい壮年男性の巨大な顔が現れた。
その人智を超えた存在の登場に王国の三賢者は驚愕に眼を奪われる。だが一方で、その名状しがたき存在を見てビスモアは大喜びした。
「フフ、フハハ! 貴様か? 貴様が神か? やっと、やっと会えた! 俺はずっと貴様を殺したくてたまらなかったぞ!」
興奮してビスモアは叫び散らす。その眼にはもはや正常な色は失われていた。
「神よ! テロワールよ! 我々を殺しに来たのか? 世界中のアニバサブ粒子をカトラ元素に変換し、貴様の存在もろとも消し飛ばそうとする罪深き人間どもを! ならば俺と殺し合おうぞ! 貴様を殺すために、俺は禁忌の魔術にすら手を染めてきたのだ!」
狂気を孕みながら笑うとともに、ビスモアは古代呪文を唱える。『パーフェクトガード』による結界が魔方陣全体に張り巡らされた。だが防壁は世界から既に魔力が失われた影響で、ところどころヒビが入っている。
「さあ、かかってこい神よ! 我々を殺さねば貴様は死ぬ! この世界の創造主たる貴様と戦えるなぞ、この世で最高の瞬間だ! 俺は人生の中で、これほど恐悦至極に震えたことはないぞ! さぁ、俺を殺してみろテロワール!」
他の三賢者はあまりのビスモアの無謀な挑戦に気が失いそうになるほどゾッとする。もはや言っていることもやっていることも滅茶苦茶だった。とても正気の沙汰とは思えない。
だが天空より姿を現した神なる存在は、どこまでも穏やかな無表情で人間たちを見下ろしていた。
「……いえ、我はあなた方と争うつもりはありません。ただ見届けにきたのです。たかが人間ごときが、本気で神無き世界で生きられるなどと信じられる傲慢さを」
神の答えにビスモアは仰天する。彼の絶対的な知性をもってしても、神の意向など理解できなかった。
「どういうことだテロワール! 貴様は人間が憎いのではないのか!? 貴様の創り出した世界を荒らし、我が物顔で使い潰す神への畏敬を忘れた人間どもが!」
「……いえ、もはやあなた方に憎しみなどありません。飽きたのです。我はこの世界に」
四賢者は、ただ失望を吐露する神なる存在を凝視する。危機的で冒涜的な状況だというのに、誰もが恍惚とするほどにその至尊なる存在に意識を奪われていた。
「……我を殺したければ殺しても構いません。所詮人間などという失敗作を創り出した時点で、我は神としての役割を終えたのです。この世界は滅びを迎えました。そして我自身も存在意義を失いました。初めからこの瞬間が来るのを待ちわびていたのかもしれません」
そして神なる存在は、穏やかに瞼をそっと閉ざす。
「……唯一心残りがあるとすれば、神を失くした人間どもの末路を、この眼で確かめることができないことぐらいですね。まぁ、そんなものを眺めて何か世界が変わるわけでもありませんが」
やがて神テロワールは白い砂塵を散らしながら崩れ去っていく。無貌となった面差しは、悲しみも怒りも、そして喜びすらも何もなかった。
「……さらば。我より生まれしゴミクズの失敗作どもよ。例えどれだけ世界を自由に操れる力があったとしても、永遠に生き続けるなど絶望でしかありませんね」
そして神は跡形もなく姿を消した。いつの間にか雷雲がすっかりと晴れ渡り、紅い空には太陽の鈍い光が降り注いでいる。ただ茫然と神の消失を眺めていた三賢者は、やはり空を見上げたまま言葉を失っていた。
「フハハ、フハハ、フハハハハ!!」
だがビスモアは天空へ向かって哄笑を上げる。
「これからの時代こそ、本当に人間の生きるべき意味が試されるのだ!」
荒廃した世界で、ただ狂人の叫びが轟いた。